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第7話 エバートン侯爵家
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ボォン!
エバートン侯爵家の屋敷の中庭で耳を劈くような爆発音が響き渡り、辺り一面が炎に包まれた。
「何だ今の音は?」
「中庭からだ! うわっ、火が出てるぞ」
「まさかまたルシフェルト坊ちゃんが……」
「いいから早く火を消すんだ!」
屋敷の使用人たちが懸命な消火活動を続ける傍らで、この騒ぎの張本人である俺は呆けたように口を半開きにしながらその様子を眺めていた。
「どうしてこうなった……」
屋敷の使用人たちの仕事の邪魔をしないように昼下がりの人がいない中庭で俺はひとり神聖魔法の練習をしていただけなのだが、意図せず魔力が暴発して大惨事を引き起こしてしまった。
炎が収まるにつれて徐々に被害の全容が明らかになる。
高名な庭師によって整備され優雅な景観を醸し出していた中庭の面影は既になく、爆心地にはここアガントス王国の守護神であるシヴァン神を模った彫像の残骸が散乱していた。
「あちゃー、ルシフェルト兄さんったらまたやっちゃったんだ。相変わらず凄い威力ですねえ。今度僕にも黒魔法の使い方を教えて下さいよ。ああでも僕たちエバートン侯爵家は代々神官の家系だし黒魔法なんか使ったら父上に怒られちゃいますよね。やっぱりいいです。アハハハハ」
惨劇の一部始終を眺めていた弟のアルゴスがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら執拗に煽ってくる。
どうしてこんなに楽しそうなんだこいつは。
俺の名はルシフェルト・アンゴルモア・エバートン。
代々高名な司祭や聖女を排出してきたエバートン侯爵家の嫡男に生まれた俺は、立派な後継者となるべく幼少より他者の傷を癒したり邪悪なるものを浄化する神聖魔法の修練に勤しんできた。
この世界には大きく分けて二種類の魔法が存在する。
大地に宿る精霊たちの力を借りる事によって使用できる白魔法。
このアガントス王国では神聖魔法とも呼ばれ、その名の通り神の加護を得た聖なる魔法として研鑽が推奨されている。
そしてその対極に位置するのが魔界の瘴気と呼ばれる負の力によって発動する黒魔法。
主に人間と敵対している魔族たちが使用する魔法であり、このアガントス王国では神に背く力であるとして忌み嫌われている。
俺はどれだけ神聖魔法の修練を繰り返しても一向に上達する事はなかった。
その一方で俺は一度も練習をした事がない黒魔法を操る事ができていた。
元々の素質的なものがあったのだろう。
いつしか周囲の人間はそんな俺を恐れ、悪魔の化身だの呪われた子などと陰口を叩かれるようになった。
ダメ元で父上に不得手な神聖魔法ではなく、魔族への対抗手段として得意な黒魔法の研究の道に進む事を願い出た事があるが、「仮にもエバートン侯爵家の嫡男が魔道に走るとは何事だ」と叱責を受けただけで取りつく島も無かった。
仕方なく今日も中庭で神聖魔法の自主練習をしていたのだけれど、俺の思惑とは正反対の黒魔法が勝手に発動した結果がこの有様である。
魔力が暴発するのはここ一ヶ月ほどで既に三度目だ。
俺が神聖魔法の練習を重ねるにつれてその頻度や威力が上がっている。
これはもう俺には神聖魔法の才能が無いとかそういった次元の話ではないような気がしてきた。
「ルシフェルト兄さん、父上への言い訳は思いつきました? そろそろお呼びがかかる頃だから急いで考えた方が良いですよ? もう手遅れだと思いますけどね。アハハハ」
アルゴスは茫然としている俺をまるでサンドバッグのように執拗にいじり続ける。
こいつは昔からこういう嫌味な奴だ。
いい加減俺の堪忍袋の緒も切れた。
「うるさいぞアルゴス、お前はもう部屋に戻れ!」
「あれあれ、良いんですかルシフェルト兄さん、僕にそんな態度をとって。せっかく僕から父上に口添えをしてあげようと思ったのに」
俺が怒鳴り声を上げるとアルゴスは大袈裟に目を見開いて驚いたような演技をする。
俺を庇う気は更々ないくせによく言うものだ。
アルゴスは俺とは違い神聖魔法の才能があるだけでなく、その容姿も早世した母上の面影を強く残しており、父上からも溺愛されている。
アルゴスに接する時の父上の態度は俺の時とは目に見えて異なり、使用人たちもエバートン侯爵家を継ぐのは俺ではなくアルゴスになるだろうと話しているのを耳にした事は一度や二度ではない。
もしアルゴスが侯爵家を継げは間違いなくこの屋敷に俺の居場所はなくなる。
そしてその日はそう遠くないかもしれない。
「ルシフェルトお坊ちゃん、旦那様がお呼びです」
「……分かりました」
案の定、父上の呼び出しがかかった。
俺は処刑台に上がる罪人のような重く沈んだ気持ちで父上の部屋へと足を運んだ。
「父上、ルシフェルトです」
「……入れ」
「失礼します」
「うむ」
部屋に入ると父は人払いをして入口の扉を固く閉ざした。
その瞳には怒りや失望など様々な感情が渦巻いているのが見て取れる。
父上は大きく首を横に振って溜息をついた後、バンと机を叩いて俺を怒鳴りつけた。
「ルシフェルト! お前はいったい何度屋敷の中を破壊すれば気が済むんだ! しかも今日はよりによって王国の守護神であるシヴァン様の像を破壊したそうだな。神の僕である我がエバートン家に対する当て付けか!?」
「ご、誤解です。俺はただ神聖魔法の練習をしていただけで……」
「神聖魔法でどうして彫像が爆発をするのだ! 言い訳をするならもっとましな言い訳を考えるのだな。……お前は明日が何の日なのかは把握していよう」
「はい、天贈の儀が行われる日です」
「うむ。今更言うまでもない事だと思うが、天贈の儀によってシヴァン神はお前にひとつだけ技能を授けて下さる」
「はい……」
このアガントス王国では18歳の誕生日を迎えると成人となる。
アガントス王国の全国民は成人となった翌月の一日に教会にてシヴァン神に祈りを捧げる事が義務付けられている。
これは単なる宗教的な儀式ではない。
その時シヴァン神は祈りを捧げた人間に対して日頃の行いやその能力を吟味し、最も相応しいと考えられる技能をひとつ与えてくれるのだ。
この儀式の事を人々は天からの贈り物を授かる儀式という意味で天贈の儀と呼んでいる。
優れた人格や能力を持つ人間ほどそれに比例して貴重なスキルが与えられるという。
かつて世界を救った勇者や聖女たちになると、それぞれこの世にひとつしか存在しないユニークスキルを与えられていたという。
「お前に二心が無いというのならシヴァン神より我がエバートン家の嫡男として相応しい神聖なスキルを授かるはずだ。それをもって身の潔白を証明してみせよ! 結果次第ではどうなるか分かっているな?」
「は、はい……」
「ならば今日はもう部屋に戻って大人しくしていろ。これ以上屋敷を壊されては敵わん。もういい、下がれ!」
「はい父上……失礼します」
俺は逃げるように父上の部屋を後にした。
これは最後通牒だ。
もし明日の天贈の儀で俺に与えられたスキルが父上の目に適わない物だったとしたら、俺はいよいよエバートン侯爵家を勘当されてしまうだろう。
そうならないようにと神聖魔法の修練を頑張ってきたのだけど、もうそれも許されない。
俺は皆の期待に応えたいと思って魔法の練習をしていただけなのにどうしてこんな事になってしまったのだろう。
俺はトボトボと自室へ戻るとベッドの上で横になり無為な一日を過ごした。
エバートン侯爵家の屋敷の中庭で耳を劈くような爆発音が響き渡り、辺り一面が炎に包まれた。
「何だ今の音は?」
「中庭からだ! うわっ、火が出てるぞ」
「まさかまたルシフェルト坊ちゃんが……」
「いいから早く火を消すんだ!」
屋敷の使用人たちが懸命な消火活動を続ける傍らで、この騒ぎの張本人である俺は呆けたように口を半開きにしながらその様子を眺めていた。
「どうしてこうなった……」
屋敷の使用人たちの仕事の邪魔をしないように昼下がりの人がいない中庭で俺はひとり神聖魔法の練習をしていただけなのだが、意図せず魔力が暴発して大惨事を引き起こしてしまった。
炎が収まるにつれて徐々に被害の全容が明らかになる。
高名な庭師によって整備され優雅な景観を醸し出していた中庭の面影は既になく、爆心地にはここアガントス王国の守護神であるシヴァン神を模った彫像の残骸が散乱していた。
「あちゃー、ルシフェルト兄さんったらまたやっちゃったんだ。相変わらず凄い威力ですねえ。今度僕にも黒魔法の使い方を教えて下さいよ。ああでも僕たちエバートン侯爵家は代々神官の家系だし黒魔法なんか使ったら父上に怒られちゃいますよね。やっぱりいいです。アハハハハ」
惨劇の一部始終を眺めていた弟のアルゴスがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら執拗に煽ってくる。
どうしてこんなに楽しそうなんだこいつは。
俺の名はルシフェルト・アンゴルモア・エバートン。
代々高名な司祭や聖女を排出してきたエバートン侯爵家の嫡男に生まれた俺は、立派な後継者となるべく幼少より他者の傷を癒したり邪悪なるものを浄化する神聖魔法の修練に勤しんできた。
この世界には大きく分けて二種類の魔法が存在する。
大地に宿る精霊たちの力を借りる事によって使用できる白魔法。
このアガントス王国では神聖魔法とも呼ばれ、その名の通り神の加護を得た聖なる魔法として研鑽が推奨されている。
そしてその対極に位置するのが魔界の瘴気と呼ばれる負の力によって発動する黒魔法。
主に人間と敵対している魔族たちが使用する魔法であり、このアガントス王国では神に背く力であるとして忌み嫌われている。
俺はどれだけ神聖魔法の修練を繰り返しても一向に上達する事はなかった。
その一方で俺は一度も練習をした事がない黒魔法を操る事ができていた。
元々の素質的なものがあったのだろう。
いつしか周囲の人間はそんな俺を恐れ、悪魔の化身だの呪われた子などと陰口を叩かれるようになった。
ダメ元で父上に不得手な神聖魔法ではなく、魔族への対抗手段として得意な黒魔法の研究の道に進む事を願い出た事があるが、「仮にもエバートン侯爵家の嫡男が魔道に走るとは何事だ」と叱責を受けただけで取りつく島も無かった。
仕方なく今日も中庭で神聖魔法の自主練習をしていたのだけれど、俺の思惑とは正反対の黒魔法が勝手に発動した結果がこの有様である。
魔力が暴発するのはここ一ヶ月ほどで既に三度目だ。
俺が神聖魔法の練習を重ねるにつれてその頻度や威力が上がっている。
これはもう俺には神聖魔法の才能が無いとかそういった次元の話ではないような気がしてきた。
「ルシフェルト兄さん、父上への言い訳は思いつきました? そろそろお呼びがかかる頃だから急いで考えた方が良いですよ? もう手遅れだと思いますけどね。アハハハ」
アルゴスは茫然としている俺をまるでサンドバッグのように執拗にいじり続ける。
こいつは昔からこういう嫌味な奴だ。
いい加減俺の堪忍袋の緒も切れた。
「うるさいぞアルゴス、お前はもう部屋に戻れ!」
「あれあれ、良いんですかルシフェルト兄さん、僕にそんな態度をとって。せっかく僕から父上に口添えをしてあげようと思ったのに」
俺が怒鳴り声を上げるとアルゴスは大袈裟に目を見開いて驚いたような演技をする。
俺を庇う気は更々ないくせによく言うものだ。
アルゴスは俺とは違い神聖魔法の才能があるだけでなく、その容姿も早世した母上の面影を強く残しており、父上からも溺愛されている。
アルゴスに接する時の父上の態度は俺の時とは目に見えて異なり、使用人たちもエバートン侯爵家を継ぐのは俺ではなくアルゴスになるだろうと話しているのを耳にした事は一度や二度ではない。
もしアルゴスが侯爵家を継げは間違いなくこの屋敷に俺の居場所はなくなる。
そしてその日はそう遠くないかもしれない。
「ルシフェルトお坊ちゃん、旦那様がお呼びです」
「……分かりました」
案の定、父上の呼び出しがかかった。
俺は処刑台に上がる罪人のような重く沈んだ気持ちで父上の部屋へと足を運んだ。
「父上、ルシフェルトです」
「……入れ」
「失礼します」
「うむ」
部屋に入ると父は人払いをして入口の扉を固く閉ざした。
その瞳には怒りや失望など様々な感情が渦巻いているのが見て取れる。
父上は大きく首を横に振って溜息をついた後、バンと机を叩いて俺を怒鳴りつけた。
「ルシフェルト! お前はいったい何度屋敷の中を破壊すれば気が済むんだ! しかも今日はよりによって王国の守護神であるシヴァン様の像を破壊したそうだな。神の僕である我がエバートン家に対する当て付けか!?」
「ご、誤解です。俺はただ神聖魔法の練習をしていただけで……」
「神聖魔法でどうして彫像が爆発をするのだ! 言い訳をするならもっとましな言い訳を考えるのだな。……お前は明日が何の日なのかは把握していよう」
「はい、天贈の儀が行われる日です」
「うむ。今更言うまでもない事だと思うが、天贈の儀によってシヴァン神はお前にひとつだけ技能を授けて下さる」
「はい……」
このアガントス王国では18歳の誕生日を迎えると成人となる。
アガントス王国の全国民は成人となった翌月の一日に教会にてシヴァン神に祈りを捧げる事が義務付けられている。
これは単なる宗教的な儀式ではない。
その時シヴァン神は祈りを捧げた人間に対して日頃の行いやその能力を吟味し、最も相応しいと考えられる技能をひとつ与えてくれるのだ。
この儀式の事を人々は天からの贈り物を授かる儀式という意味で天贈の儀と呼んでいる。
優れた人格や能力を持つ人間ほどそれに比例して貴重なスキルが与えられるという。
かつて世界を救った勇者や聖女たちになると、それぞれこの世にひとつしか存在しないユニークスキルを与えられていたという。
「お前に二心が無いというのならシヴァン神より我がエバートン家の嫡男として相応しい神聖なスキルを授かるはずだ。それをもって身の潔白を証明してみせよ! 結果次第ではどうなるか分かっているな?」
「は、はい……」
「ならば今日はもう部屋に戻って大人しくしていろ。これ以上屋敷を壊されては敵わん。もういい、下がれ!」
「はい父上……失礼します」
俺は逃げるように父上の部屋を後にした。
これは最後通牒だ。
もし明日の天贈の儀で俺に与えられたスキルが父上の目に適わない物だったとしたら、俺はいよいよエバートン侯爵家を勘当されてしまうだろう。
そうならないようにと神聖魔法の修練を頑張ってきたのだけど、もうそれも許されない。
俺は皆の期待に応えたいと思って魔法の練習をしていただけなのにどうしてこんな事になってしまったのだろう。
俺はトボトボと自室へ戻るとベッドの上で横になり無為な一日を過ごした。
応援ありがとうございます!
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