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第20話 動き出した魔王

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「やれやれ、また厄介事が増えてしまった」

 魔界の中央には標高五千メートル程の台地が広がっており、その中央には山とも見間違うかのような巨大な城が築かれていた。
 二年ほど前に現魔王であるアデプトが先代魔王シルクスから奪い取って自らの居城としたサタナキアキャッスルである。

 その玉座で魔王アデプトは頭を抱えていた。

 元々アデプトの一族は先代魔王シルクスに仕えていた魔界の公爵家の者である。
 魔界は弱肉強食の世界だ。
 シルクスを遥かに超える魔力を持つアデプトはある日シルクスに反旗を翻して挙兵した。
 三日三晩に渡る大激戦の末にアデプトはシルクスをサタナキアキャッスルから追放すると、自らが魔王を名乗り魔界全体を掌握する為に地方への侵攻を開始した。

 アデプトに従っている魔族は精強であり、瞬く間に魔界の各地を制圧した。
 そしてアデプトはまだ統治が安定していない地方に古参の部下たちを領主として派遣して治めさせる事にした。

 魔界北部を支配していた魔将軍モロクが討たれたという事件は瞬く間に魔界全土に知れ渡った。

 現魔界の支配者である魔王アデプトは直ちにサタナキアキャッスルに幹部たちを呼び寄せ、緊急会議を開いた。

「我々が顔を付き合わせるのも久々だな」

 六本の腕を持つこの男は魔界の東部の支配者である魔公爵アシュラムだ。

「ふん、貴様の顔を見ても何の感情も沸かぬわ」

 鋭い牙と爪、大きな耳を持つネコ科の獣人である彼は魔界の西部の支配者である魔提督アンゴラという。

「静かにせよ。魔王アデプト様の御前であるぞ」

 血気盛んな魔王軍幹部の中でただひとり冷静沈着を貫いているのは魔界の南部の支配者である魔軍師ネジョウだ。

 他にも数名の魔族が魔王城の会議の間に集まっている。
 いずれも魔界では知らぬ者はいない実力者たちだ。

 招集を掛けた全員がこの場に揃ったのを確認すると、魔王はゆっくりと口を開いた。

「今日貴様達に集まって貰ったのは他でもない。辺境のノースバウムで魔将軍モロクが討たれた事は既に耳に入っていよう」

「くくくっ……そのような事でしたか。おっと失礼」

 思わず失笑したのは魔公爵アシュラムだ。

「何がおかしいアシュラム」

「恐れながら魔王様、モロクなど過去の栄光に胡坐をかいて大きな面をしていただけの小物。取り立てて騒ぐほどの事もないかと」

 アシュラムの言葉に魔提督アンゴラと魔軍師ネジョウも頷いて賛同の意を示す。

 しかし魔王アデプトは真剣な表情で話を続けた。

「ああそうだな。奴は戦いから離れて久しく、目に見えて衰えていた。だが生き残ったモロクの部下の話では、モロクを討ったのはルシフェルトと名乗るたった一人の青年だという」

 魔王の言葉に会議室がどよめいた。

「人間風情がモロクを!? まさか、噂に聞くアガントス王国の英雄ヘンシェルがこの魔界に攻めてきたとでも言うのですか」

「いや、それは考えられない。ルシフェルトという男は魔獣の谷の魔獣を自在に操っていたばかりか、アガントス王国では忌まわしきものとされている黒魔法を使ったという」

「そんな馬鹿な……そやつはいったい何者なんです?」

「分からん。現時点では奴の目的すらはっきりとしない。それに実際に奴の姿を見た者の証言もちぐはぐで一向に要領を得ない。モロクを黒魔法で一瞬で粉々に吹き飛ばしたかと言えば、逆に死んだ者を蘇らせたり、崩壊した壁を一瞬で元通りに戻したとも聞いた。一人の人間ごときがそのような相反する力を使いこなせるとはとても信じられん」

「破壊と創造の力ですか……はっ!? お待ち下さい魔王様、それではまるで……」

「ああ、かつて破壊の後の創造というスローガンを掲げ、人間界への侵略を繰り返した魔王がいたな」

「人間ごときがかつての魔王の遺志を引き継いだとでも言うのですか?」

「ううむ、ますます分かりませんな……ここはしばらくそのルシフェルトと申す人間を刺激しないように遠巻きから監視し、その目的を見定めようではありませんか」

「そうだなネジョウ。しばらく様子を見る事にしよう。皆異論はないな!?」

「はは、魔王様がそう仰るのでしたら我らは従うのみです」

「よし、それではノースバウムに誰を送り込むかだが……」

「魔王様、失礼します!」

 その時バタンと扉が開いて側近の魔族が入ってきた。

「何事だ、重要な会議中だぞ」

 側近は畏まって用件を述べた。

「申し訳ございません、実は今朝からロリエ様の御姿がどこにも見えないのです」

「なんだと!? まさか、ノースバウムへ向かったのではあるまいな」

「はっ、状況から恐らくはその通りかと……どうなさいますか魔王様、連れ戻しますか?」

「できもしない事を口にするな! しかし厄介な事になった。こうなれば一刻を争う、ネジョウよ貴様にノースバウムの偵察を命ずる。だが決してルシフェルトとやらと事を構えるような真似はするな」

「ははっ、仰せのままに。我が配下にアハトと申します老練な密偵がおります。彼の者に命じてロリエ様の動向を探らせましょう。それでは失礼」

 ネジョウは魔王に一礼をして会議の間を後にした。

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