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第21話 謎の少女1

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 モロク軍との戦いから一週間、ノースバウムの村は穏やかな日々が続いていた。

 しかしこの平和が束の間の物であると皆理解していた。

 何しろ俺たちは魔王軍の一角を崩したのだ。
 このまま魔王が黙っているはずがない。

 と言っても俺は魔王の事はよく知らないし、どういう行動に出るのか全く想像できない。
 だからと言って無策ではいられない。
 こういう場合は魔王が報復の兵を差し向ける事を想定して対策をするべきだ。

 俺はグリフォンやフェニックスら飛行できる魔獣に交代制で上空から村の周囲を見張らせ、万一魔王の軍勢が接近しようものならばいち早く察知できる体制を整えた。

 一方で村の見張り役であったクロームさんはお役御免となり、仕事がなくなった彼は酒が入る度に自分のたった一つの仕事を取られたとぼやいている。
 かといってそんな彼は次の仕事を探す事もせず、現在は気ままなニート生活を満喫している。
 モロクによる税の徴収が無くなり、食料の蓄えも充分にあるこの村ではあくせくして働く必要はないと彼は主張しているが、彼以外の村人たちは少しでも村を発展させようと日々努力をしていた。

 まだ幼いレミュウですら新しい薬の調合に挑戦している。
 【破壊の後の創造】スキルでは自分の怪我を治す事ができない俺にとっては彼女の作る薬はいざという時の生命線だ。

 俺の【破壊の後の創造】スキルは破壊した物を大きくグレードアップする事ができるが、どこまで強化できるのかは破壊する前の元となった次第だ。
 彼女の調合した薬が優れていればいるほどそれに比例して俺のスキルによって更に素晴らしい薬に創り変える事ができる。

 現時点で既にアガントス王国ではエリクサーと呼ばれていた最高級の薬にも匹敵する程の物に創り変える事ができていた。

 モロクとの戦いでは主に革製の鎧をプレートアーマーに創り変えていたが、元々の素材が騎士が装備しているようなちゃんとした鎧だったとしたらそれこそ伝説の勇者が装備していたようなオリハルコンやミスリル製の鎧へと創り変える事ができたかもしれない。
 今後魔王軍との戦いを想定するとどこかから優れた鍛冶屋を連れてくるのもいいかもしれないな。

 まだまだ今後の課題はたくさんある。
 村人たちと一丸となってこの村を発展させていこう。

 そんな事を考えながら一日一日と時間が過ぎていった。

 ある日の朝の事だ。
 俺が村の広場で日課である黒魔法の練習をしていると、背後から俺に声を掛ける者がいた。

「ねえ、あんたがルシフェルトって人?」

「誰だ!?」

「誰だとは御挨拶ですわね。態々こんな辺境の地まで足を運びましたのに」

 俺は咄嗟に身構えた。
 この村では見た事がない顔だ。
 金色の長い髪にユニコーンのような立派な角を額から生やしているその魔族の美少女は、興味津々そうな目で俺を嘗めまわすように見ている。

 恐るべきはここまで接近されて声を掛けられるまで一切の気配を感じなかった事だ。
 上空から周囲を監視している魔獣たちも彼女が村に侵入した事に気付いた様子はない。

 見た目に騙されてはいけない。
 俺の直感がこの少女がかなりの手練であると警鐘を鳴らしている。

「魔王の手先か!?」

「あらあら、身構えないで下さる? 別にあんたに危害を加えるつもりはありませんわ」

 少女は右手をひらひらさせながら敵意がない事をアピールしている。
 どこの誰かは知らないけど魔王軍からの刺客という訳でもなさそうだ。

 今度は俺が彼女の真意を見定める為に彼女を凝視する。
 少女はそんな俺の内心など全く気にも留めないように話を続けた。

「ふーん、確かに聞いた通りあんたからは上質な黒魔力の波動を感じますわ。私たち魔族なら兎も角、どうしてただの人間のあんたがこれ程の黒魔力を宿しているのかしらね?」

 俺は警戒を続けながら言葉を返した。

「……それはこっちが聞きたいよ。おかげで王国にいた頃は周囲から異端児扱いされてたし、挙句の果てにはSランクの危険人物扱いされて王国から追放までされたんだぞ」

 少女はクスクスと笑いながら言った。

「それはそうですわ。普通の人間でも長い修行を積めば多少の黒魔力をその身に宿す事はできますけれど、あんたの黒魔力の量は桁違いなんですもの。いっその事あんたの身体を解剖して中身を調べてみようかしら」

「か、解剖……?」

 この少女、可愛い顔をして怖い事を言う。
 それに冗談を言っているようには見えない。

「でもやめておきますわ。死んでしまったらそれっきりですからね。……その黒魔力をもっと私に感じさせて下さる?」

 そう言いながら少女はあどけなさを残したその顔を俺の顔に急接近させる。

「近い近い。……本当にいったいなんなの君?」

「くすくす……隙あり、いただきまーす」

「!?」

 そう言って少女は俺の頬をペロっと舐めた。

「な……何をするんだ?」

 俺は少女の異常な行動に驚き、思わず後ずさりをした。

「思った通り、本当にこの上ない程の美味ですわ。癖になっちゃいそう……」

 少女は恍惚の表情を浮かべている。

 そう言えば人食い魔族の噂を聞いた事がある。
 奴らは友好そうな振りをして獲物となる人間に近付き、油断したところで本性を現して大口を開けて頭からバリバリと食らい尽くすという。

 この少女がそうなのだろうか。

 だとしたら黙って食べられるものか。
 俺は少女に向けて手を翳し、魔力を込めた。

「これ以上俺に近付くな! 一歩でも近づいたら俺の黒魔法で塵になると思え!」

「あらあら、思った以上にすごい黒魔力の量ですわ。でも無駄遣いをするのは勿体ないですわよ」

「何を言っているのか分からないけどこれは脅しじゃないぞ!」

「くすくす……」

 少女は俺の警告をまったく意に介せず、余裕の笑みを浮かべながら真っすぐに俺を見ている。
 俺の頬を一筋の汗が伝った。
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