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第47話 呪われし者たち7

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 エルフ軍の敗走の知らせは瞬く間にエルフの森とアガントス王国に伝わった。
 アガントス王国の国王ペルセウスは直ちに重臣たちを集めて軍議を行った。

 エルフ軍が壊滅した事で魔王アデプト率いる本隊が魔界の東部戦線に加わった為に、魔界の東部で魔王の側近たちと戦っていたアガントス王国軍の旗色が一気に悪くなった。

 当然被害が大きくなる前に王国軍を魔界から撤収させるべきという考えが場を支配したが、それに真っ向から反対する男がいた。

 病の床に伏せているエバートン侯爵に代わってこの軍議に参加したアルゴスである。

「皆さん、確かにバラート率いるエルフの軍団は壊滅しましたが、彼らはただの先遣隊に過ぎず大した損害ではありません。エルフの女王シルフィナは今回の雪辱を晴らす為に次は更に大軍を派遣して必ずや魔界を攻め滅ぼすでしょう」

 アルゴスの発言に宰相が眉毛を吊り上げて怒鳴りつけた。

「ほざくな若造! エルフの本隊が魔界に攻め入る前に我が王国軍が全滅してしまうわ。そもそもエルフ軍が敗れたのは貴様の兄ルシフェルトによるところが大きいと聞くぞ。エバートン侯爵家はどう責任を取るつもりだ!」

 アルゴスは「やれやれ」と肩をすくめながら言った。

「だから私はあの時兄を処刑するよう主張したのですが、裁判長が独断で国外追放など言い渡すからこのような事になったのです。誰に責任があるのかは明確でしょう」

「むう……確かに貴様のいう事にも一理ある」

 実際に裁判長に裏で大金を渡してルシフェルトの助命をしたのは父エバートン侯爵であるが、その事を知っている人間は裁判長以外全員口封じ済みだ。

 そして裁判長もアルゴスの呪術によって当時の記憶を全て奪われて廃人のようになっている。
 真相が露わになる可能性は皆無だ。

 後に裁判長はその判決によって国家の危機を作り出した責任を擦り付けられた形で捕縛され、薄暗い牢の中でその生涯を終えた。

「しかしアルゴスよ、責任の所在がどうであれ我が王国の兵士を見殺しにするなど言語道断だぞ」

「宰相どの、だからといってここで兵を呼び戻せば玉砕するまで戦ったエルフたちに対して王国の面目が立ちません。エルフの本隊が魔王軍を打ち破った後に王国は臆病者の集まりだと見下されるのがお分かりになりませんか?」

「それはそうだが……」

「別に兵士たちに捨て駒になって貰うと言っているのではありません。要は兵士たちに犠牲を出さずにエルフ軍が魔界に攻め入るまでの時間を稼ぐことができれば良いのでしょう」

「この状況でそんな事ができるのか?」

「ええ、私が魔界に行けばいいのです」

「何? 貴様一人が行ったところで何ができるというのだ?」

「こうするのです」

 アルゴスが全身に魔力を込めた瞬間、軍議室内が薄っすらと光を放つ透明な壁に包まれた。

「おお、これは……」

「ご存知の通り我がエバートン侯爵家は代々神官の家系。私の神聖魔法を持ってすれば魔族の侵入を防ぐ結界を張る事ぐらい朝飯前です。本気を出せば王都全体を包み込む程の大きさにもできますよ」

 王国の重臣たちはアルゴスが張った結界に向けて剣でつついたり物を投げつけたりしてその頑丈さを確かめている。

「すごい……これだけの強度があれば魔王軍とはいえ破る事はできないだろうな」

「さすがはエバートン侯爵家の次期当主だ」

「しかもアルゴスはまだ天贈の儀を受けていないのだろう? これで貴様がシヴァン神より優れたユニークスキルを授けられたらそれこそ魔王軍など恐れるものではない」

「恐縮です。私も来月の天贈の儀を楽しみにしております」

 国王ペルセウスはアルゴスの神聖魔法の力に感心しつつ満足そうな笑みを浮かべて言った。

「あい分かった。アルゴスよ、直ちに魔界東部へ向かいその力で魔王軍を食い止めてみせよ」

「御意に! では直ちに向かいます!」

 アルゴスが結界を解除して軍議室から出ようとした時に、入口の扉が開き伝令の兵士が血相を変えて入ってきた。

「陛下、一大事です!」

「なんだ、軍議中だぞ!」

「エルフの森が……燃えています!」

「なんだと!?」

 軍議室に集まっている全員がテラスに出て西の方角を眺めると、エルフの森に当たる場所の空が真っ黒な煙で染まっているのが見えた。

 あれは森林火災というレベルではない。
 森そのものが燃料であるかのように一つの巨大な炎となって燃え盛っている様が遠く離れたこの地からもはっきりと見て取れる。

 伝令の兵士が続けて報告をする。

「どうやらあのルシフェルトが魔族を率いてエルフの森へ向かったという目撃情報もあります」

「なんだと!?」

 ペルセウスは顔面を蒼白にしながら呟いた。

「つまりルシフェルトがエルフたちを根絶やしにする為に森に火を放ったというのか……」

 宰相もぽっかりと口を半開きにしながら呟いた。

「陛下、これでもうエルフ軍の本隊とやらを当てにする事はできなくなりましたな」

「う、うむ……アルゴスよ、魔界にいる兵は全て引き上げさせる。そなたはここに残り、その結界の力で王都を守るのじゃ……」

「は……はい……」

 まさかルシフェルト兄さんがここまでするとは完全に想定外だった。
 これでエルフ軍と魔王軍を潰し合わせて漁夫の利を得ようとする僕の企みは水泡に帰した。
 アルゴスは心の中で地団駄を踏んで悔しがった。
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