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第48話 呪われし者たち8
しおりを挟むノースバウム村で休息を取っている間にロリックス城から俺の部下である魔族の兵士たちが到着した。
その数は約千人。
これで次の戦いも幾分楽になるだろう。
しかし敵が攻めてくるのを待っていたらまたノースバウムの村が戦場になってしまう。
俺はエルフの森へ反攻に移る事を計画した。
エルフの森は別名を迷いの森といい、地理に詳しい者の協力を得ずに足を踏み入れれば二度と森の外に出る事は叶わないといわれている。
そして俺たちの中にあの辺りの地理に詳しい者はひとりもいない。
闇雲に侵攻するのは愚の骨頂だ。
俺は部下たちから意見を募った。
「飛行型の魔獣に乗って空から攻めるのはどうでしょうか」
「空からだと森の木々に隠された奴らの本拠地を見つけられないだろ」
「森林を伐採しながら進軍すればどうでしょうか」
「時間がかかりすぎる。却下」
「森で迷わないようにパン屑を落としながら進軍するというのはどうでしょう」
「パン屑を野生動物に食べられて帰り道が分からなくなるのがオチだな」
結局これといった案は出てこなかった。
暗礁に乗り上げたところでロリエが口を開いた。
「森ごと焼却したら早いのではなくて?」
「……いや、いくらなんでもそれはやり過ぎでは……無関係な森の動物たちも皆焼け死んじゃうじゃないか」
「あんただったら【破壊の後の創造】スキルで創り直せますでしょう?」
「あ、そうか」
俺の黒魔法で森を焼けば後で元に戻す事ができる。
そうと決まれば実行あるのみだ。
俺は急いで部下たちに油や乾燥した芝草などの燃料となる物をかき集めさせた。
準備が整った後、部下たちと共にエルフの森へと向かった。
部下たちは火が燃え移りやすくなるように木と木の間に油をたっぷりと染み込ませたロープを繋げて縛る。
そして黒魔法を使える者たちは炎が森の奥へと燃え広がるように風魔法によって東南の風を呼び寄せる。
これで準備は万全だ。
俺は部下たちを後ろに下げると森の奥へ向かって魔力を込めた手を翳した。
「灼熱魔法メギドプロミネンス!」
俺の手から放たれた紅蓮の炎は瞬く間に森中に広がっていた。
「あちち、皆一旦後退しよう」
俺の想像以上に火の回りが早い。
俺は火に巻き込まれないようにその場を離れた。
しかし火をつけたのが一箇所だけではそれに気付いたエルフたちに消火される恐れもある。
俺は場所を移動しながら何度も放火を繰り返した。
◇◇◇◇
エルフの森の奥深く、樹齢三千年といわれる巨大な樹木をくり抜いて作られたのがエルフの女王シルフィナが住まう王宮である。
先遣隊の長であるバラート戦死の報告を受けたシルフィナは即座に女王直属の兵士たちを集めて報復戦の準備を進めていた。
それはバラートが率いていた部隊よりも遥かに多く精強である。
そして彼女の前には呪いによって石にさせられたノースバウムの魔獣や英雄ヘンシェルたちの姿があった。
シルフィナは女神のように美しく整った顔で言った。
「バラートの犠牲のおかげでルシフェルトとやらの黒魔力の限界と弱点が分かりましたわ。これ以上我らエルフの同胞たちから犠牲者を出す必要はありません。この者たちを利用して潰し合って頂きましょう」
エルフが石となった魔獣やヘンシェルを持ち帰ったのは駒として利用する為だ。
石化を解いた後に呪術によって思い通りに操りルシフェルトにぶつける。
【破壊の後の創造】スキルを持つルシフェルトは躊躇せずに黒魔法を放って魔獣やヘンシェルを破壊して創り直そうとするだろう。
しかしその時にはルシフェルトの黒魔力はからっぽだ。
その後どう料理するのかは私たちの思うがまま。
ルシフェルトさえ倒してしまえば魔界を手に入れたも同然だ。
魔王アデプトは最初から恐れるに足らず、その姉であるロリエも植物のつるを操る呪術によって手足を絡みとってしまえば無力化できる事は先の戦いで証明されている。
そして魔界を手に入れた後はいよいよ人間界──アガントス王国──への侵略を開始する。
あのアルゴスとかいう小賢しい人間は我らエルフを意のままに利用しているつもりだろうけど、所詮は下等種族の浅知恵だ。
自らの過ちに気付いた時にはもう手遅れ。
自分の愚かさを悔みながら母国が滅びていくさまを眺めていればいい。
シルフィナは玉座から立ちあがって目下に整列する兵士たちに声を掛けた。
「皆の物、今こそ我らエルフ族が世界を手中に収める時が来ました! まずは魔界を制圧して──」
「女王陛下、大変です!」
シルフィナの演説を遮るようにひとりのエルフの兵士が前に出てきた。
出鼻を挫かれたシルフィナは怒りを露わにして声を荒げる。
「何事ですか!」
「森が……我らの森が燃えています」
「森林火災など珍しくもない。早く消火部隊を送れば良いではありませんか」
「それが……森のあちこちから炎が上がって消火が追いつきません!」
「何を馬鹿な……あら?」
その時、風に乗って焦げ臭い匂いがシルフィナの下にも漂ってきた。
「王宮の近くで火事など……見張りの兵は何をしているのか! ええい、ここからでは木々にが邪魔で辺りの様子が分からぬ」
シルフィナは呪術によって上昇気流を操り、その身体を木々の上まで浮上させた。
「な、なんですかこれは!?」
シルフィナの目に飛び込んできたのは、空まで焦がさんというばかりに轟々と燃え盛る炎の渦の群れだった。
それは周りの全てを焼き尽くしながら王宮のすぐ近くまで迫ってきていた。
シルフィナは即座に地に降りて叫んだ。
「呪術を使える者は水を呼び出し、呪術が使えない者は川から水を汲んできて炎を消しなさい! 一刻も早く!」
「は、はあ……」
「多少の火災なら我らの呪術を持ってすればあっという間に消せますよ。今日の女王陛下は大袈裟だなあ」
「どれ、ちょっと私が様子を見てこよう……うわっ!?」
状況を理解していないエルフの兵士たちは気の抜けた返事をしていたが、実際に自らが置かれた状況を目の当たりにして顔色を失い大混乱に陥った。
「水だ! 水をもっと持ってこい!」
「ダメです! 凄まじい熱気で川の水が沸騰して近付けません!」
「うわあ、もうダメだ! 炎に囲まれて逃げられない!」
「お母さん……助けて……」
炎は七日七晩かけてエルフの森を焼き尽くした。
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