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第34話 追跡する者
しおりを挟む精霊を自分の身体に降ろすのは通常の霊魂を降ろすのと比べて肉体的にも精神的にも負担が大きい。
あまり時間をかけていられない。
さっさとこのハインケルをやっつけないと。
私は突風でハインケルを吹き飛ばして気絶させようと彼に向けて翳した右手に力を込めた。
「くっ……覚えてろ!」
しかし形勢不利と見たハインケルは即座に逃走を選択した。
「ちょっと逃げないでよ!」
私は客車から飛び出してハインケルを追いかけるが、剣士として日々戦いに明け暮れているであろうハインケルと日頃身体を動かす事とは無縁の私では体力の差は歴然でとても追いつけない。
私ははぁはぁと息を切らせながら足を止め、逃げていくハインケルの行方を目で追った。
このままだと間違いなく逃げられる。
彼を逃がしたら後々厄介な事に……。
厄介な事に……?
「あれ? 別に逃げられても問題なくない?」
私が今優先しなければいけないのはハインケルをやっつける事ではなくて一刻も早くお父様の領地まで無事に帰ってレイチェルの企みを皆に知らせる事だ。
ただでさえ降霊術による体力の消耗が激しい中で走り続けたものだから私の体力はそろそろ限界だ。
「うん、ハインケルはもう放っておいてもいいや」
私は精霊シルフィードを身体から解き放とうとした時、逃げていくハインケルを遮るように白馬に乗ったひとりの男性が立ちはだかった。
ハインケルは足を止めて剣を構える。
そしてその人物の顔を見て驚愕した。
「お前は……リストリアか!? どうしてここにいる!?」
私もハインケルと同じ疑問を持った。
どうしてリストリア殿下がこんな所にいるんだろう。
「そんな事はどうでもいい。お前には色々と聞きたい事がある。悪いが少々痛い目を見てもらうぞ」
「くっ……!」
馬上からリストリア殿下が振り下ろす剣をハインケルは辛うじて受け止める。
一方で私は突然現れたリストリア殿下に戸惑いつつ、いつでもリストリア殿下を援護できるように少し離れた位置から二人の戦いを見守る。
リストリア殿下が剣を振るう度に少しずつハインケルが後ろに押されていく。
剣術の腕はリストリア殿下の方が上だ。
数合斬り合った後、ついにリストリア殿下の振った剣がハインケルの大剣を斬り飛ばした。
武器を失ったハインケルは馬から飛び降りたリストリア殿下に実に呆気なく取り押さえられ、直後にリストリア殿下からの拳の一撃を顔面に受けてそのまま伸びてしまった。
勝負がついたのを見て私はお役御免となった精霊シルフィードを身体から解き放ちリストリア殿下の下へ歩み寄った。
リストリア殿下はハインケルを縄で縛りながら私に安堵の笑顔を見せた。
「シルヴィア、無事でよかった」
「あのう、リストリア様はどうしてこちらに?」
「お前が心配になって追いかけてきたに決まっているだろう。エルリーン伯爵からお前がテティス公爵家の馬車に乗ってサルモン川に向かったと聞いた時は耳を疑ったぞ。罠という事を分かっていてあえて誘いに乗っただろう。あれだけ無茶はするなと言っておいたのに」
「別に無茶なんてしていませんけど」
「大体こんな平原の真っ只中に取り残されてこの後どうするつもりだったんだ」
「どうするって……近くの馬宿で新しい馬車をレンタルして帰るつもりでしたよ」
「ここから一番近い馬宿でも五キロはあるぞ。途中には魔物がよく出没する場所もあるが本当に大丈夫なのか?」
「うっ……あんまり大丈夫じゃないかも……」
「当然だ。とにかくまずは俺の馬に乗って馬宿へ行こう。それから……」
リストリア殿下が車輪が破損して動かなくなった馬車の方を見ると、馬車馬の後ろに御者が隠れているのが見えた。
「お前はハインケルを連れて俺たちについてこい。逃げようだなんて考えるなよ」
「は、はい……命だけはお助けを……私は命令されて仕方が無く……」
「それはお前次第だな。分かったらさっさとついてこい」
「は、はい……」
御者はリストリア殿下の迫力に震えあがりながら馬車から馬を外し、その馬の背の上に気絶しているハインケルを荷物のように乗せた。
私はリストリア殿下の出された手を握って白馬の上に引っ張り上げてもらい、リストリア殿下の前に横乗りをした。
「シルヴィアは乗馬の経験はあるか?」
「いえ、全くありません」
「じゃあ振り落とされないようにしっかり俺に掴まっていろよ」
「暴れ馬じゃあるまいしそんな大袈裟な……あっ」
リストリア殿下が馬に合図を送ると馬は緩やかに足を進めた。
「あっ、危ないっ……落ちる……!」
馬が歩くたびに思った以上にその背が上下する。
私は馬からずり落ちないようにリストリア殿下の胴に手を回して思いっきりしがみついた。
「よしその調子だ。じゃあ少し速度を上げるぞ。揺れが大きくなるから落ちるなよ、それっ!」
「え!? もっと揺れるの? リストリア様ストップ、ストップ!」
私は振り落とされないようにリストリア殿下にしがみつくのに必死で、馬宿に到着した時には道中の事を何も覚えていなかった。
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