冷血

あとみく

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犬と猫4

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 ようやく追いついたとき、犬は座り込んで、どこからか拾ったらしい細長い缶を神経質そうに二つ折りにしていた。青い缶で、何かの模様が入っていた。
 俺はただ横に座り、犬もそのままだった。
 それから犬は丁寧に<マチ>を作った缶でもって、地面に四角を描いた。
「それ、何」
「まったく分からない。分からないものは図にする。今のところ、何かのメリットとデメリットを秤にかけようとしている」
「何かって」
「さあ。何もかもが初めてなもんだから、分からないんだ。未知の物事をするときに、既存の方法が役に立つのだかどうだか・・・」
 犬は四角を更に区切って、田んぼの「田」を描いた。
 通行人がこちらを見向きもせず歩き去っていく。冷たい風が吹き、夜になっていた。ちらと見上げた夜空に明星が見えた。そして犬が言った。
「悪いけどやっぱり絆創膏を取りには帰れないようだ。・・・これじゃあまるでジプシー占いだな。でもとにかく、俺には何もない。生まれて初めて、一文無しだ。近くにいてもいいことはないだろうよ、申し訳ない」
「・・・それ、誰に謝ってんだ?」
 犬は視線をよこしたが、俺はうなずかなかった。すると、仕方なしに犬は「・・・名前を知らないので」と所在なさげに語尾を濁した。犬に名乗ったことなどないのでどう言えばいいか分からないが、「サトル」と答えた。
「サトル・・・。どう書く?」
「・・・どう、書く、かは知らない。ただ、そういう感じだったらいいと思ってる」
「うん? そういうって、どの漢字?」
「・・・うるせえなあ。何か、賢いとか、何かを持ってるみたいな、そういう感じだよ」
「悟り、悟る、の?」
「そんな、大げさな」
「そうでなければ、難しい方の智恵の智か、聡いの聡、または、覚える・・・」
「ああ、それくらいでいいよ」
「覚か、分かった」
「そっちは」
「はは、俺の方は、読みが分からないんだ。戸籍にフリガナはないから。学ぶという字だよ。マナブか、あるいはガクか。呼ばれることもないから自分でも忘れていた」
「呼ばれないって、でも、お仲間が呼ぶだろう」
「処置3」
「書痴さん?」
 犬は地面に<処置3>と書いた。処刑人のことかと思ったが、単なる一部署だと言った。
 また風が吹いたが、犬は――いや、学は肩をすくめることもなく地面を見つめていた。時折空中で指を動かし、<算段>とやらを描いているようだった。小刻みに揺れるだけのそれは、たぶん、何も考えられていない。
 風がやむと、学からは好ましい匂いがした。
 地面に描く直線がうつくしかった。
 座った姿勢で微動だにしない身体の沈黙が、何かを思わせて心地よかった。――何かとは何かは分からないが、たとえば深い川や、湖面のようなものかもしれない。とにかくそれは深く思考しているかのようで、表面のさざなみをもろともせず突き刺さっている杭のようで、それを感じると俺のわき腹や腕の後ろがぞわぞわと粟立った。俺はうつむき加減で、しかし目はつとめて遠くを見つめ、注意深く息をしながらその空気に浸った。
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