冷血

あとみく

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石鹸1

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 先に走り出したのは学で、それがやはり速かったので、俺にとってその警報音は運動会のラッパのようなものになった。台や棚の上を石鹸を蹴散らしながら走り、ドアに飛びついた学を押しのけ、「あっちだ」と先に行かせてまた追った。音が遠のいていくのががっかりで、また戻って何周かしたいくらいだったが、突然の発散は頭から湯気が出そうな興奮だった。心地よい息切れ、末端がだるくなっていく感じ・・・。直線的な学の動きを追って、右へ左へ、登っては飛び降りてを繰り返し、後ろ脚で蹴る重みや爪が掛かる音を一秒一秒過去に流し、次の未知へと飛び込んでいく悦び。ああ気持ちがいい、気持ちがいいけれども、これでは足りない。まるで生き物としての俺の本性が、悪魔となって俺に囁いているようじゃないか。さあ走れ、さあ獲物を追え。それこそがお前の本懐、正しい道。全うせよ、それをよしとせよ。かもめの某は餌でしかないぞ、さあ食え、さあ食え――。
 スピードを落とした学の背に無意識に出しかかった爪を引っ込め、俺は燃えかかった心を静めた。あんな、大した脅威でもないベルにビビって全速を出した犬に対し、しかし失望はない。なぜなら、そうであればあるほど、こんなことをしている不合理とのギャップは著しいエネルギーであるはずで、単なる暴れたりない不良上がりや窃盗団、ヤク中なんかとは違うということだからだ。化けの皮が厚ければ厚いほどいい。面白いものは何重にも隠されている。
「おい」
 学が振り返って口を開いた。さてどんなお説教かとそれを待ったが、続いた言葉は「・・・大丈夫か」だった。
 大丈夫か、だって?
 こんな真っ直線に逃げやがって、自分の心配でもしておけ。
「大丈夫って、何が?」
「きみがだ、覚」
 そしてようやく俺は、自分の方が息を切らしていることに気づいて、軽く舌打ちをした。
「大丈夫さ。いただくものはいただいてきたし、無戦果にはなるまい」
 学は二秒ほど眉根を寄せ、「ならいい」と何かを飲み込んだ。俺の戦果に興味を示さないので少々腹が立ち、強引にそれを渡した。それは俺の気に入った石鹸ひとつだったが、一緒につかんだらしい紙切れが一枚、ポケットから落ちた。
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