黒犬と山猫!

あとみく

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お盆旅行と、告白

第254話:火遊び

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 それから結局、四人でドラマの犯人当て大会をして盛り上がった。
 当てたのはお姉さんで、キャストの俳優の知名度を推し量って勝利。お母さんもかなりいい線いっていたが、途中で誰かから電話が入り、見ていなかった所があったため仕方がなかった。僕はといえば、まあ実行犯は当てたけれども黒幕がどこまで意図的に関わっていたかまで読みきれず、お姉さんのようにすっぱり断言できなかった。そして黒井は、なぜだか突然、ストーリーに関係ない監察医を、顔と態度が怪しいと言って最後まで疑い続けた。いや、まあ、確かによく犯人役もやってる役者さんだし、妙に雰囲気があっていわくありげだったけどさ。
 計算、ではないんだろう。
 大真面目に推理するんじゃなく、突拍子もないことを言ってみんなを笑わせるのは。
 それでも、何となく。
 たまに、お母さんもお姉さんも妙に素っ気ないことがあって、黒井の意見(というかおかしな独り言だけど)をまったく無視したり、受け流したりすることがあった。でもそれは、僕がいつも黒井の一挙手一動足を見逃すまいと気にしているから、ちょっとのことでもそう感じたのかもしれない。
 そのことで、僕はいかに自分が日頃<友達>をガン見しすぎているかを反省すべきなのか。
 それとも、・・・僕にも無意識にそうしている時があって、黒井が今のように、少しさみしげな顔をする瞬間があるんじゃないかって、気を引き締めるべきなのか。
 ・・・まあ、後者なんだけどね。
 だって何となく、黒井は、実家でくつろいで、家族と屈託なく笑って過ごしているけれども、やっぱり何か物足りないような、抑えているような、そんな瞬間がある気がした。そしてそれをどうにか出来るのは、少なくともこの場でいえば僕しかいないと思った。黒井の言葉を借りれば、「女にはわかんないよ」。そう、きっと彼女らはあんまり現実的で、生活感があって、黒井のことを「カッコイイ」とかじゃなしに、本当に大切に思っているだろうことは伝わってくるけれども、やっぱり何か違うのだ。

 その後僕たちは、今日は交代で早めのシャワーを浴び、夕飯になった。
 お母さんのお手製の、ミートローフに、ほうれん草とクリームチーズのキッシュに、サワークリームのトマトスープ、かぼちゃとマカロニのサラダ。ダイニングテーブルに全員並んで、ああ、特別、一斉に「いただきます」ってこともなしに、銘々食べ始めるのか。大体が大皿で、取り皿に盛ったり、箸でそのままつまんだり。
「さ、大人の人はワインですよ。子どもの方は、ぶどうジュース」
 ・・・い、いくらご馳走とはいえ、お洒落な食卓だ。
 こんな、たかだかサラダのために、デパ地下みたいな彩りの盛り付け、手間がかかってしょうがない。
「あら、かぼちゃお嫌い?」
「あ、いえ、そんなことないです。ただ、大変じゃないかって・・・」
 カットのかぼちゃは割高だし、かといって一個や半分でも、切るのが大変だから買うのが億劫なんだよね。
「あー、すごいチンしないと切れないし、でもチンすると熱くて切れないし!」
 お姉さんが同意してくれる。ああ、チンすればよかったのか。僕なんか一度、包丁を入れたまま動かなくなってしまい、にっちもさっちもいかなくなった・・・。
「何か、生首突き刺した槍みたいになっちゃって・・・」
 手でジェスチャーして見せたが、あ、たとえが悪かった?ドン引き?
「あははは、生首!怖い!生首!」
 一拍遅れて、お姉さんが大ウケした。お母さんも額に手をやって、呆れながらも笑いをこらえきれない。黒井だけ何だかしょうがないなって顔でスープをすすっていた。
「あのねえ、切り方が悪いのよ。こう、お大根みたいに、水平に切ったら途中で動かなくなるんです。そうじゃなくて、こう、上から刃を入れるの。垂直に、こう」
 お母さんがエア・かぼちゃ切りをしてみせるけど、グサッと大胆に真上から刺してるところがまた妙に怖い感じになって、一同ウケた。今度は黒井も腹を抱えている。
「いや、だからね、ワタを取って、真ん中の柔らかいところに刃を突き立てるんですよ!」
「怖いよ、何か、ワタとか、柔らかいところ、とか!」
「それから、こう、垂直に入れた刃を、先端は動かさないで、下におろしてくるんです。それで少しずつ、缶切りみたいに、ぐいぐい、手前に引いて、繰り返して・・・」
 お母さんのジェスチャーを見て、お姉さんが「怖いっていうか、痛くなってきた!」と笑った。お母さんは「痛いことありません。かぼちゃですよ」と、言いながら、自分でも笑っている。
 ひととおりみんなでひいひい言って、ワインを飲み、息を整え、それから「・・・それでね」とお母さんが続けた。「まだあるの!」とお姉さんと黒井がつっこみ、「違いますよ、切り終わったら、お鍋です」と。
「かぼちゃは、圧力鍋なら本当に早いのよ。一分でもう、やわやわ。圧力鍋、やまねこさんも持ってる?」
「あ、いえ、一度買おうとしたんですけど、まだ」
 そうだ、クレジットカードの名義変更で、結局買えていない。
「持ってないの?それはいけませんことよ。料理をするなら、圧力鍋です」
 お姉さんもうんうんとうなずき、「あのねえ、これは絶対買った方がいいなっていう、テッパンナンバーワン」と太鼓判を押した。そんなに違うのか。

 しばらく女性陣に料理の話を力説され、なるほどと聞くけど、クロが話題に入れないんじゃないかと、たぶん黒井と会って初めてくらいに心配した。こんな風に人の心配をするなんてめったにないから、話を振ろうにもどうしていいか分からない。別に、本人は飄々と料理を食べ進めているし、母と姉が料理の話で盛り上がるなんて今に始まったことじゃないだろうから、僕ごときが心配する必要はないのかもしれない。でも、僕は自分がこうして料理や家事の話で点数稼ぎをしようと考えていたのもあって、後ろめたい気持ちになってきた。
 こんな風に家族に取り入る僕を、疎ましく思ってる?
 連れてくるんじゃなかったとか、思ってないよね・・・。

 しかし、そうして黒井の方をチラチラ見ていたら、「ちょっと、ねこが食べらんないじゃん、お二人とも!」と逆に、助けられてしまった。いや、別に、そういうSOSを送ったんじゃないんですが・・・。
 ああ、ごめんなさい、惚れ直しました。


・・・・・・・・・・・・・・・


 顔が赤いのは酔ったせいです。
 えへへ、クロが、何か、優しくて。
 どうしよ、顔なんか見られないよ。
 だってこうして、部屋で、二人きり・・・。
「・・・ねえ」
「な、なに?」
 ちょっと、こそっと短パンに履き替えようとしてるのに、目ざとく見ないでよ。やだな、クロ、もう、誘ってる?
「あの、さあ」
「な、何だよ」
「こっちこっち」
 黒井は手招きして僕を布団に呼ぶ。思わず唾をごくりと飲み込んだ。えっと、何でしょうか。あの、なんでしたら、先に歯を磨いてから・・・。
「・・・ね、しようよ」
「へっ」
「だって昨日、花火、なかったし」
「・・・え、うん?」
 声をひそめて、心なし、身体を寄せて、旅館みたいな和室の、布団の上で、え、何をするって・・・?
 そして黒井は僕の目を見て、「火遊び、しよ」と言い、立ち上がって電気を消した。

 僕はそのままの体勢で一ミリも動けないまま、黒井を待った。
 黒井は何やら鞄をごそごそやって、カサカサ、ビリビリと音がする。
 ちょ、ちょっと、何する気!?
 い、いや、何でもいいです。何でもしてください。
「・・・あれ、ちょっと待って、忘れたかな」
 え、コンドーム?俺も持ってないよ、でもいいんじゃない・・・?
「うーん、下にあるかな、もらってくる」
「えっ?な、何を?」
「えっとね、ろうそく」
「・・・ろ、ろ、ろうそく?」
「言ったでしょ、イケナイ火遊びって」
「・・・」
 あ、え、えと、・・・垂らすんです、か、僕の、身体に?
「え、あの、その・・・こ、ここで?」
「うん、・・・やっぱりまずいかな」
「いや、ま、まずいとは思う、よ。・・・そ、そう、火の始末とか、危ないし!」
「そっか、じゃあ水も」
「で、でも・・・」
「大丈夫、あ、そうだ、怪談話するって言って、もらってくるよ。それなら不自然じゃなくない?」
「・・・それは、まあ、確かに妙案だと・・・」
「真夏の夜の、何とやら、だね」
「そ、そう、ですね」
 黒井はそのまま出て行って、布団に残された僕は、思わず自分の身体を抱いた。ど、どうしよう、どれくらい痕に残るんだろう。いや、まあプールの時間があるわけでなし、腕と顔じゃなければ、大丈夫か。でも、でも、まだそんな、覚悟というか、ああ、悲鳴を上げてもいけないし、でもよりによってどうしてこんなところでなんだよ!クロのバカ!
 トントン、と階段を上がってくる音がして、うわ、いよいよなの?え、でも、音は二人分?
「まあ、こんな真っ暗にして。やまねこさんも、こういうのがお好きなの?」
「えっ、あ、えっと・・・!」
 あ、ああ、か、怪談か。そんな、まさか親公認でイケナイ火遊びするわけないだろ!
「ほどほどにするんですよ。くれぐれも火にお気をつけ遊ばせ?」
「はあい。・・・あ、ムードが台無しになりますから、しばらく二階に来ないで下さいね」
「まったく、いくちゃんがお風呂から上がったら、ねんねですからね・・・」
 お母さんが呆れながら階段を下りていく。え、これで、しばらくは二階に二人きり・・・。ほ、本気!?

 畳の上に蚊取り線香のカンが置かれ、中の反射もあってか、結構明るかった。
 カンの中に線香はなく、真ん中にろうそくが一本立っている。
 もちろん、女王様が持つようなやつじゃなく、ごくふつうの、十センチくらいの。
 ・・・け、結構、熱くない?
 意外と持つところがないし、手を近づけただけでも熱いし、垂らされる僕より黒井の手が心配だ・・・。
「じゃ、早速、やろっか」
「え、でも、やっぱりあの、危なくない・・・?」
「大丈夫だよ、水も持ってきたし」
 そう言って黒井は水のペットボトル(ゲロル某?)を見せ、そしてズボンの腹から、どこからか失敬してきたらしいプラスチックの透明な容器が出てくる。長方形の薄い箱みたいなそれに水を張って、「さあ出来た」と。
「・・・な、に、するの?」
「花火だよ」
「え?」
「じゃーん」
 手渡されたのは、こよりみたいな、そう、線香花火だった。
 ホームセンターで、これを、買ってた?
「これ、って」
「雨だし、外で出来ないじゃん」
「・・・べ、別に、ほんの庭先だって」
「いいでしょ、ちょっとイケナイ感じがした方が」
「へ、部屋の中で?」
「・・・そ」
 へへ、と笑い、さっさと、火をつけてしまう。あれ、つかないのかな、と思っていると、シュワシュワ、とオレンジがかった火花が散った。僕も慌てて火をつける。
「ちょ、ちょっと、におうね」
「火薬のいい匂い」
 いい匂いって、まあ、嫌なにおいじゃないけど、後で換気しないと・・・って、ああ、綺麗だ。
 見えないほどのスピードで火花がそこここに現れ、消えていく。すべては網膜に一瞬残った残像で、全部が一瞬遅れで認識されるみたい。それでもついていこうと見つめ続け、だんだん目がチカチカしてくる。
「・・・こんな、何ていうか、雪の結晶みたいな火花だったのか」
「ちょっと、あれ、何だっけ、キンモクセイみたいだね」
 それから火花はおさまって、なんだかうじうじ、ぐーぐーとくすぶる音がする。こんなうるさいやつだっけ、お前は?
「はは、なんか、かわいいな」
「もうちょっとの命だ」
「そんなこと言うなよ、あ、また咲いた」
 先端にオレンジの丸い玉が出来てきて、最後に薄い結晶を散らした。まるでスローモーションみたいに見え、こういう種類の生き物が生きているみたいな錯覚。
 やがて火薬は尽きて、何も言わなくなる。ろうそくの火だけが明るい。玉だけは提灯みたいにしばらくぶらさがっている。
「うりゃ」
 黒井が自分のそれを僕のにくっつけ、とろんと二つがくっついた。そして、ああ、大半が持っていかれてしまう。
「侵略か?」
「友好の証でしょ?」
「交渉決裂だな」
 そして、ぽとりと、人工の池にそれが落ちた。
「よし、じゃあもっかい!」

 何度見ても火花は、天然の3Dみたいな、ホログラムみたいな、そしてずっと見ていると、豆粒サイズの花火大会みたいにも見えてきた。
「あ、それいい。俺たち超巨人?すげー、ちっちゃくてかわいい」
「なんか、こぼれてくるみたいで、拾いたくなるな」
「目が、だんだんおかしくなってくる」
「うん」
「最後のやつはさ、火つけたら、ろうそくも消してやろうよ」
「そうしよう」
 
 そうして、いよいよ最後の二本。
 火がついたらろうそくを消して、暗闇の中でミニチュア花火大会。
 ・・・。
 ・・・何か、言えって。
 こうして、やがて終わるものを刻一刻、ただ見ていたって、切ないじゃないか。
 ・・・っていうか、ふと目が合ったりして、どうしようもなく恥ずかしくなってくる。
 僕は何も言えないまま、もう少し、もう少し続け、と思っていたがそれはやはり時の流れのままに終わり、炉から出したガラス細工のような微かな赤。
 「えい」「やったな」みたいなやりとりもなく、無言のまま、二人でそれを近づける。え、っと、どう、しよう、戦争ごっこみたいな雰囲気じゃなくて、これじゃ、何か、誓いのキスみたいな、新婚初夜みたいな、とんでもなく卑猥な儀式みたいな、・・・じんわり光って熱いお互いの赤い塊を、く、くっつける、なんて、どうしよう!
 僕の、手が、震えたのかもしれない。
 それは一瞬くっついて一つになり、ぽとりと落ちて暗闇。目だけはチカチカ緑の星が光るけど、これで、終わり・・・。
 黒井はようやくふう、と息をつき、「いっぱいちゅうしたね」と言った。
「・・・うん」
 ・・・。
 ・・・えっ?
「電気つけるから、ねこ、水こぼさないように持ってて」
「・・・え、あ、分かった」
 黒井が立ち上がって電気をつけ、二人とも、うつむいて片手で目を覆い、眩しさの痛みに耐える。立ちくらんだのか黒井がよろけるので、僕は目を開けて水の容器を両手で持った。そこには燃え尽きた線香花火の残骸がぷかぷか浮かんでいる。
 壁に寄りかかって、黒井は「最後さあ、お前が下手くそだから、落ちちゃったじゃん」と。
「え、うん、その・・・さっき、いっぱい何したねって?」
 消え入りそうな声で訊いてみる。もう、いろいろ熱いし暑い。
「え、その、・・・ちゅう、って・・・、え、そう言わない?」
「・・・な、何が?」
「だから、あれ・・・くっつけるの」
 僕は、「・・・知らない」とこわばった棒読みで返し、もう一度「全く知らない」と繰り返した。何も考えられないけど、と、とにかく、そう呼び表すリア充的な慣習?であって、俺とキスするとかは、関係、ないんだよね、うん。
「えっ・・・あ、あれ」
 しかし黒井は急に慌てて照れまくり、「な、何でもない、忘れて?」とそっぽを向いて額をこすった。それから、「ち、小さい頃の話だよ!」と弁解するように小さく怒鳴り、「・・・さっちゃんと、そう呼んでたの!」と、振り返って僕の腕や肩をボカボカと叩いた。
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