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06 【夏目懐石 12HR にて 】
しおりを挟むーー夏目懐石は、困惑していた。
時は戻って、入学式前の教室。
友人の中根清に連れられて、この12HRの教室に入り、席に着く懐石。
ーーなんの迷いもなく、清の席の後ろに座った。
高校に入ってまで同じクラスなのには少し驚いたが、席が後ろなのはいつものことだった。
滅多なことでもない限り、出席番号順で間に入る人間はいないだろう。
事実、今までの9年間。一度も無かったのだから。
その例外の可能性に一瞬身をすくめたが……前に座る清からの指摘は、無かった。
懐石と清にとって、10年目の恒例が、また始まった。
******
「改めて。これから三年、よろしくな。」
キヨが椅子をそのままに、跨るようにして後ろを向いた。
「この高校って、クラス替えないんだっけ?」
「あっても、今年一緒なら来年も大丈夫だろ」
「何それ。どゆこと?」
「結局、クラス替えってさ。生徒の能力バランス調整するためだし」
「……まじ?」
「学力を平均的にするか、頭良い奴をまとめたりもするし。
ヤンチャで面倒なやつは分散。世話焼きとボッチを一緒のクラスにしたり、仲良しグループはバランスよく半分こ」
「そんなもんかね」
「ちなみに懐石くんはー、友達少ないので、面倒見の良い俺とず~っと一緒なわけ。お分かり?」
「……そんなトリックがあったのか」
「イヤイヤ、軽くで良いからツッコむとかしてよ」
「え、嘘なの?」
「相変わらずピュアだなぁ、なっちゃんは」
ーーあ、なっちゃんに戻った。
教室の席は埋まるでもなく、人がひたすら増えていく。
大体の生徒が、自分の席を確認し終わると、顔見知りの人間に接触しに行く。
片側が緊張した受け答えをし、片側が手慣れた様子で話仕掛けるといった初対面グループもチラホラ。
他のクラスから来てる人間もいる様だ。見渡す限り、顔見知りの人間は居なかった。
「自己紹介、憂鬱だ」
素直に口にした言葉だった。
僕の発言は大体、独り言を装ったキヨへのヘルプを求めるサインが多い。
それにキヨは勿論気付く。
「考え過ぎだってー。ボソボソーって言っちゃえば、仲良くなりたい奴だけ、後から聞き返してくるって」
「からかいたいタイプの愉快犯、とか」
「俺たちもう高校生よ? そんな面倒臭いのいない、いない」
「そんなもんかなー?」
「世の中、なっちゃんが思ってる以上に、他人には無関心だよ」
「そんなもんかー……」
ネガティブで嫌になる。そう思われたく無いのに……この癖みたいなのは、治らない。
実際の思考はもっとタチが悪くて……ーーそれこそ、悟られたく無い。
きっと、何かが起こる事を望んでいるんだ。
自分に何かあるとすれば……被害者になる位しか、想像がつかない。
キヨの存在だって、奇跡に近くて。贅沢にもこの関係性に飽き始めている僕は、何かイベントを欲しているのだ。
自分にとって都合が良く、面倒じゃ無い展開が起こる偶然を……待つだけ。
自分から何かをする気は無い癖に、だ。
ーー自己中だよなあ、僕。
***
担任の教師らしき男が、無駄に大きな音を立てて扉を開けきる。
視線は十分な程に集中しているというのに……これまた無駄に大きな声で、教室全体に行き届く声で叫んだ。
「今から入学式だ! 出席番号順に廊下に並んでくれー!」
ゾロゾロと前と後ろにある扉から生徒が廊下へ流れて行く。
数字と疑問符付きの短い会話で、廊下が満ちていた。
懐石は視線を伏せて清の後ろに着く。清は回りを見渡し、受け答えをする。
ーー流石に、前後二、三人位、覚えとくべきだったな。
「あのー、何番ですか?」
懐石の視線より更に下から問いかけられる。メガネをかけた女子生徒だった。
「に、21、だけど」
「はい。ありがとうございます!」
礼儀正しく、愛想もある言い方だった。
女子生徒は返事をすると懐石の後ろに居座った。
近くにいる生徒を見渡しながら、声をかけるタイミングを伺っている。
「ね、ねえ! 君は、な、何番なの?」
「わたしは、27番です!」
思わず声をかけてしまったが、かなり吃った。
それでも、返事は何の躊躇いも無く返され、その声に直ぐ清が気付いた。
「20と27ここにいるんだけど、間の番号の奴いる~っ?」
ひとつ頭が飛び出した清が声を上げ、手を挙げ存在を主張する。
ワラワラと人が集まり、間の5人も埋まる。その先も、前も、既に整い終わっていた。
まだ見慣れぬ校舎の中を、団体が歩いて行く。
その団体全てが、吸い込まれるように体育館に収まって行く。
均等に並べられたパイプ椅子。
空気同様に冷えた椅子は、春始めには冷たかった様で、女子生徒数人が、小さく悲鳴を上げていた。
そんな女子生徒の私語叱りに来た教師は、ついでにスカートの丈の短さを叱っていた。
ーーやっぱり、この高校……不良多いんだろうなぁ。
偏差値が低いこの高校は、自宅から自転車と電車。
就職を目指す商業科が2クラス。選択授業の多い総合科が1クラス。進学を目指す進学科が3クラス。計6クラス分の生徒が集合すると、入学式は始まった。
両隣が確定すると、気が緩み話し始める生徒は沢山いた。
張り詰めていた空気も温まり始めた。座った椅子も、居心地の悪さが緩んでいく。
懐石が隣を見れば、大きく欠伸をする清。そのまま瞼を閉じ、眠る気満々の様子だった。
反対側の生徒は、隠し持ったスマホを前屈みに覗き込む。
それより先を見るには、懐石も身を乗り出す必要があった。
ーー目立った行動は避けとくか。
背もたれに身を任せ、首ごと視線を下に落とす。
硬く組んだ両親指を見つめながら、時折聞こえる起立の号令に意識を残しつつ……ただ、終わるのを待った。
******
「さぁ、新学期恒例の自己紹介の時間だ! 先生、張り切って点呼していくぞ~」
返事をして立つようにと促しながら、クラス名簿へ目を落とすと……ギョッとした様子で提案し直した。
「無し無し、今のナーシ! ……最近は珍しい名前の子も多いからな~」
ーー読めない名前でも、あったのだろうか。
学校に着いて、校舎前に張り出されたクラス割りを走って見に行ったキヨ。
戻って来たキヨに手を引かれ、只々ついて行き、教室に来た僕。
ーーそういえば、今の今まで、クラス名簿に一度も目を通す事無く来てしまった。
「先生はみんなの名前を正しく覚えたい。大きな声で名乗ってから、軽い自己紹介を頼む!」
嫌な時間が始まる。
この時間に前向きな感情を持っている生徒は、比較的少数派のようだ。
緊張、面倒臭さ、不安……それらが入り混じった感情が、無言の空間に広がる。
「まあ、初日だし。特にひねりなく1番から行こうか」
担任が窓際の1番前の席に座る生徒に、視線で立つよう促す。
名前と、出身中学。入りたい部活、やっていた部活。多少違いはあれど、突起した発言もなく、皆が声のボリュームを落として静かに進めていく。
それに対しての担任は空気を読み、苦笑いを浮かべつつ……徐々にテンションが落ちていった。
1人終わる度にお礼を言っていたが、それすらも無くなっていき、終いにはうなづくだけになっていった。
まばらな拍手を挟みながら、自己紹介はリズム良く進んでいく。
「ツイ……ハナ……です」
担任を見ると露骨な態度で、既に身構えていた。素早く名簿へメモを取ったのもわかった。
ーーえ……何て言った? てか、それだけ!?
これで終わるつもりなのだろうか……座ろうとはせず、ただ沈黙が流れる。
それに耐えきれなかったのは担任の方で、苦笑いで声を漏らした。
「ははは、ツイヒジ、もうーー」
「隣のクラスに双子の弟がいます。…………よろしくお願いします」
ーーあんだけ溜めて、言うのがそれだけ!?
「あ、ああ! ありがとうなー。次ー」
静かな空間でさえ聞こえづらいほどの、小さな声。
テンプレート化していた自己紹介の内容を完全無視した発言。
異様さは漂いながらも、その先の生徒の自己紹介のハードルを下げ、息苦しさが緩和する。
当の本人は着席すると同時に、窓の外に視線を移す。頬杖をついて、空を眺め始めた。
ーー見た目的に絵にはなってるけど……気取ってんなぁ。
彼女の行動の真の意味を、誰が知る由もなく。教室に入ってからの殆どをその状態で過ごしていた。
そして、順当に番は回ってくる。
キヨは直前で僕の方へ振り向き、囁く様に言った。
ーー「準備しといて」……?
「ナカツ、キヨでーす。
後ろのカイセキ君とは同中の友達なんで、セットで仲良くしてくださーい。
よろしく~」
ーーうわっ、そういう事か!
「な、ナツメ、カイセキです。よろしくお願いします」
キヨの自己紹介終わりの拍手が止まぬうちに僕は立ち上がり、拍手の音に紛れて自己紹介を済ませる。
そんなのアリかよ! と疑惑の空気が感じ取られながらも、その次の生徒は拍手が止むのと同時に立ち上がり、平然と自己紹介を続けた。
頭を掻く仕草で困惑をアピールする担任の姿も虚しく、生徒たちは自己紹介を消化していく。
「ヒイラギナツメです、よろしくお願いします!」
シンプルに、名前とよろしくの挨拶みの自己紹介がテンプレート化していく。
出席番号27番の女子生徒の番だった。先程懐石に出席番号を尋ねた女子だ。
ーー……え? 今、『ナツメ』って?
そう聞こえた気がした。確認する術は……今は、キヨしかない。
そう思った時、それを察したのか、有能な友人は僕の方へと振り返る。
「聞いてた? さっき話した女子名前」
「名前だけはね。苗字は、何か珍しい感じだったから、聞き取れ無かった」
「ヒイラギナツメ、な。漢字も分かるよ」
「え、何で」
「クラス割り見た時、名前3文字で悪目立ちしてて目に付いたし、一瞬で覚えられる漢字だったよ」
ーー3文字? 珍しい名前なのに、一瞬覚えた……?
「キヨ、漢字そんな得意じゃ無かったよね?」
「そのと~り。まさか“コレ”で、ナツメって読むとは思わなかったけど」
そう言ってキヨは、僕の机へシャーペンで文字を書き始めた。
ーー”柊懐目“……マジかよ。
「これで、その……マジでヒイラギナツメって読むのか? 間違ってない?」
「うん。出席番号も覚えといたし……懐石の懐の字だから、懐目君かと思って、仲良くなれるかなって目付けてたんだけどね~」
「ふーん……」
ーーそっか。キヨの奴、そんなとこまで気を遣ってくれてたのか。
初対面で、お互い何も知らない以上、名前きっかけで仲良くなれると言うのは、中々強い要素じゃないか。
パッと読める名前のキヨには無縁だった、名前の読み間違いイベント。
嫌なイベントとしてしか捉えて来なかったが、いざ『名前で苦労して来たあるある』が共感して貰える人間と出会った時、強い武器になるではないか!
ーー世の中、色んな名前の人がいるもんだなぁ。
「なあなあ。後で話しかけてみようよ」
「ええー……」
ーー高校って、僕なんかが……女子相手でも、仲良くなれるもんなのかな。
「もし、懐石と柊さんが結婚したら……大変な事になるよね~」
「な、ななな……なんでそんな話がぶっ飛ぶんだよっ!?」
ーーえ!? 声に出して無いよな、俺!?
脳内を読まれたかの様に、キヨは僕をおちょくって見せた。
まだヘルプを出していない疑問にさえ、このキヨと言う男は答えを口にするのか。
ーー敵に回したら……恐ろしい奴だ、これ。
苗字が夏目の自分と、名前がナツメの女性とは、いつかは出会うであろうと心の準備はしていた。脳の片隅にはあった可能性。
ーー好きになって、苗字を理由にフラれるのが嫌だから。出会いたく無かった……はずなんだけどな。
そう思う反面、出会いたいと思っている自分が居たのは確か。
ーー実際出会ってしまった今、悪く無い気分だしね。
彼女が気になり始めていた。
仮にフラれたとしても、恋愛に疎い僕のはダメージを受ける何て事あるにだろうか?
初恋なんて叶わないのが鉄板だし、経験しとく分には悪く無いイベントだろう。
ーーって、何様。ホント、自己中だなぁ。
「このルートで話を進めてよろしいんでしょうか、懐石さん?」
「……はあ?」
「だからー。ぶっ飛んだって言ったけど、俺の話は何処にぶっ飛んだわけ?」
「何言ってんの、お前」
「なっちゃんが言ったんだろ~? ……で、柊さんとは付き合う方向で話進めて良いわけ?」
「何でそうなるんだよ!!」
「じゃあ、明後日って事?」
「あ、明後日!? なんの期限だよ!」
「いやいや、期限じゃ無くて……明後日の方向って言い回しするじゃん。
……何? もしかして俺、ゴールまでぶっ飛んだ話しちゃった感じ?」
「ばぁーーーっっ!!!」
ーー馬鹿なのか!? コイツ!!!
否定するのに大きな声が出そうになった僕は、何とか口を抑えて止める。
話した内容が聞こえたか、聞こえなかったか。真相は定かではないが、少し離れた席の懐目と目が合い、それに気付くと少し照れ臭そうに笑った。
視線の合った僕にだけわかる位の、小さな会釈をした。
僕の状況を理解した上で、この光景とをセットに見ていたキヨは、全ての意図を認識しており、ニタニタと笑う。
「明後日って言ったのは、なっちゃんが興味が無かったら、って話。
興味があるなら、バリバリの大チャンスだから。協力する」
今まの僕の人生。
勉強も運動も得意ではあるが、好きでもなければ、目標も特に無い。
友達は少なくて人見知りだから、義務教育へ励む以外がわからなかった。
それでも、イジメと呼ばれるものとは無縁。孤独や不安の経験はあれど、苦しんだ覚えはない。
全ては、中根清という友人のおかげだった。
しかしどうだろう? その彼が向けた今回の笑顔は。
ーー今まで感じて来たものとは違う、違和感の漂う笑顔は……初めて見た。
揶揄っているのか。楽しんでいるのか……明確に表現出来ない、”何か“を感じる笑顔。
それとも、彼の笑顔を違和感として感じ取る僕の身に、何か問題があるのかもしれない。
新生活始まって直ぐ。
初体験。
今まで変わり映えのなかった日常。
早速、変化の認識をした僕。
ーー夏目懐石は、困惑していた。
応援ありがとうございます!
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