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3 出張サービス料理長

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毎年お正月
町内会の集まりで餅つき、餅投げがあった
その際、手作りの甘酒と豚汁が無料で振る舞われていた

皆がコップやお椀、お鍋ややかんを持ち寄って
長蛇の列を作って並んでいた

うちのお父ちゃんが調理師だという情報はたちまち広がっており
料理長リーダー役として呼び出された

お父ちゃんが、率先してやると言ったわけでは無い
お母ちゃん経由から、頼まれたわけでも無い

私の両親は常に受け身だった


調理の人員は地区の班ごとに数人、交代の当番制
金銭は発生せず、ボランティアで人を募っていた

毎年変わる町内会長
……毎年、変わろうとも
その年の町内会長が直々に
本来部外者であるお父ちゃんにだけ
頭を下げて依頼に来るのだ

何で? と首を傾げる者も居たが
前期の町内会長は決まって言うのだ

「良いから黙って頼みに行け! でないと……痛い目見るぞ!」

そんな風に言われ、どんな怖い男なのかと身構えれば

その正体が、低姿勢で細身、ちょっと抜けてそうな陽気なおじさんなのだから

頭に疑問符が浮くのは致し方ない

そんな父本人を知ってる人も、真の意味を知らないが為に

「あの人を何で……わざわざ?」

と依頼を渋ったりするらしい。


ーー何故なら

数百人分用の大鍋を使って
用意された会場は狭ーいキッチンのコンロとキャンプ用のバーナー
時間・予算に制限有りで、甘酒と豚汁の2品

万人受けする『美味しい物』を作らねばならない


家事で毎日料理をやっている奥様でも厳しい難題だろう

そもそも、参加するボランティアの殆どが
正月、暇にすごしている
料理素人旦那様たちばかりなのだ

猫の手……プロの手も借りたいってわけだ

ーーそんな父でも、一度。断った事があった
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