【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

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序章 さいた さいた

おばあちゃん

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【残念。間に合わへんかったわ】

 母からのメールには、その、たった一行だけ。

 菜穂子は溢れる涙を止めることが出来ず、京都に向かう新幹線のデッキで膝から崩れ落ちた――





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 深町ふかまち菜穂子なおこは東京で一人暮らしを満喫する女子大生だ。

 高校で進路希望を聞かれる学年になった頃から、実家から通える大学に進学して欲しいと両親、特に母が願っていたのは分かっていたけれど、ある時テレビで見た考古学の教授の授業を、どうしても受けてみたいと進路を決めた。

『あんたの人生や。あんたが後悔せんように決めたらええ。せやけどな、誰にも相談せえへんのは、あかん。話し合いひとつせんと出て行くのは、あかん。お父さんもお母さんも、何の苦労もなしにここまであんたを育ててきた――なんてことはないさかいな。きちんとあんたの想いを伝えるところまでが、育ててもろうたあんたの義務や』

 上京を反対する母親に苛立ち、いっそ家出をしてやろうかとまで思っていたところに、そう言って待ったをかけたのが、祖母だった。

『納得いくまでケンカしよし。それでもどうしてもあかんかったら、おばあちゃんがお金出してあげるさかい、行きたいところに行ったらええ。遊びに行くんやのうて、教えて欲しい先生がいる言うのは、おばあちゃん気に入った』

 両親と、祖父母夫婦はいわゆる「敷地内同居」だった。
 だから菜穂子は小さな頃からしょっちゅう遊びに行っていたし、祖父母ともに可愛がってくれていた自覚もあった。

 菜穂子が進路問題に直面する頃には、既に祖父は他界していたため、この時はもっぱら祖母が菜穂子の「お悩み相談」相手だった。




 気に入った、と祖母が笑ったのには理由があった。

 もともと、祖母は結婚前は小学校の教師だったのだ。

 寿退社が当たり前の時代だったため、祖父と結婚するにあたっては辞めざるを得なかったらしいが、それまでたくさんの生徒を教えて、中学校へと巣立たせていたと言う。
 
 だから「教えて欲しい先生がいる」と言った菜穂子の言葉に、我がごとの様に表情かおをほころばせていたのだろう。

『勉強しに行くって言うてるんやから、ええやないの。私なんかせいぜい「先生、オルガン弾いて」とか「歌うたって」とか言われるくらいやったしなぁ……そんなん言われてみたかったわ』

 今でこそ教科担任制の導入検討がされている小学校教育だが、祖母の時代は当然、色々な教科を担任の先生がひとりで教える仕組みだった。

 音楽は専科であって、祖母の担当ではなかったらしいが、下手な音楽の先生よりも生徒には喜ばれていた――とは、祖母がその頃の話をする度に自慢していることだ。

『菜穂子かて、いつまでも親が面倒みなあかん子供やないんやさかい、そろそろ、あんたらも子離れしよし』

 納得するまでケンカをすればいい、と祖母はいっていたけれど、結局は最初から菜穂子の味方をしてくれて、父を、最終的には母を押し切ってくれたのだ。

『がんばりや。新幹線代かて、そんな安いもんと違うんやさかい。帰れる時にだけ帰ってきたらええよ』

 そう言って、笑って送り出してくれた。

 だから、夏にしか帰っていなかった。

 GWや年末年始と、年に三度も京都と東京を往復するような余裕はなかったし、バイトに明け暮れていて、夏のお盆、ご先祖供養の行事の時にだけ帰る習慣が、二年続いていた。



 それでいいと。
 いつでも笑って出迎えてくれると。

 ――信じて疑っていなかったのだ。
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