Open Sesame 余録

深月織

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閣下と侍女のバレンタイン

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「ふふんふんふーん♪」
「……ハスミ」
 この時期になると頭をぐるぐるする懐かしのアイドルソングを歌いながら、厨房からスキップで戻る私を、本宮から帰ってきたらしい閣下が眉をひそめて呼び止めた。
 何ですか、そのイタイ子を見るような視線は。
「おっ帰りなさい閣下!」
 ビシリと敬礼する私に、ますます眉間のシワが深くなる。
「回廊を跳ねるな。……何を持っている」
「へっへっへー。ショコラですよ! 頼んでおいたのがさっき届いたんです」
 じゃーんっ! と効果音つき(気分)で閣下の目の前に一抱えある箱を突き出した。
 ショコラと聞いてその甘さを思い出したのか唇をへの字にした閣下は、菓子でも作るのかと納得したようだ。邪魔そうに箱を押しやって。
 まあ、お菓子を作るっていうのは間違ってませんけどねー。
「ケーキ焼きますから、出来たら閣下にもあげてもいいですよー?」
「そもそも俺の金だろう」
「そういうこと言うのは台無しですっ」
 跳ねようとする私の頭を押さえて可愛くないことを言う閣下に唇を尖らすと、彼は小馬鹿にしたように鼻先で笑った。
 ぷんだ。
 意地悪を言う人には教えてあげないし。

 ――バレンタインの意味なんて。

************

 扉を開けると、部下が慌てた様子で何かを隠すのが見えた。不審に思ったが、とりあえず放っておき、辺りを見回す。
 探している人物は見当たらない。
 眉をひそめた俺は、各自の執務机に淹れられたばかりの茶があることに気付き、手近にいた一人に声を掛けた。
「アレはどこに行った?」
「は! ハスミどのなら、マシアス様のところへ行くと申されておりましたが!」
 そうか、と相槌を打ち、踵を返す。部下共が背後でホッと息を吐くのを見計らい――振り返る。
 菓子を食うのは構わんが書類を汚すなよ」
 隠しきれていると思っていたのか、部下共が硬直する。
 小娘が持ってきたらしい焼き菓子をそれぞれ隠した害虫候補者に、特に冷ややかな視線を送ってやった。

「マシアス」
「んんー? はっは、のーしあんれふ、わはわは」
 モゴモゴと焼き菓子を頬張っていた男が振り返り、意味不明な言葉を発する。お前一応侯爵家の子息だろう、そのらしくなさは何なんだ。
 俺がさっと部屋を視線で探ったのがわかったらしいマシアスが、ようやく口の中のものを咀嚼し終え一息つく。
「ハスミちゃんならもう行っちゃいましたけど? うちの野郎共にも“ばれんたいんちょこ”くれて」
「そうか。邪魔したな――何だって?」
 聞きなれないコトバに引っかかった俺は、出ていこうとした足を止めてマシアスを見た。
「ばれんたいんちょこ」
 俺の視線に答えて、手にした焼き菓子を振りながらもう一度繰り返されるコトバ。
「彼女の国の風習らしいよ? “だいたいあっちで今ごろにあるんですー”って。お世話になってる人とか、親しい人に感謝の気持ちを込めてショコラを送るんですと」
 それでアレは城内行脚に出ているのか。知らず舌打ちが出る。護衛をつけているとはいえ――
「たぶん今はリンドウのところじゃないかな。奥さんにも言伝てが有るとか、荷物抱えてたし」
 最後の欠片を口に放り込み、したり顔で続けた男に一瞥をくれて部屋をあとにした。


「ディレイ様。ハスミならもう帰りましたが」
 俺が詰所に姿を見せるなりのリンドウの言葉に、疲労を覚える。
 あの小娘はチョロチョロと全く……!
「お前も受け取ったのか。ばれんたいんとやらを」
 リンドウが持つ紙袋を目にし、なんとなく面白くない気分で問う。
 途端に可笑しそうに肩を揺らす年上の幼馴染みに憮然とした。
「我々に配られたのは義理ですから、そんなに目くじら立てないで下さい。――本当に、貴方が珍しいことだ」
 一人の者を、気をかけるなど。
 特別なものを作らないようにしていたことを知っている彼は、柔らかな表情で俺を見ている。
 自覚はしていた。
 アレがとうに自分の中で特別なものを与える位置にいることを。
 それが、どのような嵐を巻き起こすかということも――
「――まずいか」
「いえ、そうではなく。嬉しいんですよ。弟君だけだった貴方に、心掛ける相手が出来て。ハスミは変わってますが、いい子ですし」
 戦場では冷酷無比な鬼神と化すリンドウだが、常は荒事とは無縁の穏やかな男に見える。周りの者に対する暖かな気配りも、懐の広さも坊主の方が似合っているんじゃないかと密かに思う。
 付き合いが長い分だけ全てを知られている、コイツにだけは俺は嘘がつけない。
 そのリンドウが、アレに関する俺の変化を認めていてくれるだけでも、安堵を覚える。――などと、口が避けても言わんが。
「彼女一人を守れぬような貴方でもありますまい」
 心得顔でそんなことを言うのが憎らしいが。
「当然。……義理ってなんだ?」
 紙袋を見て首を傾げた俺に、リンドウが答えたのは。

「閣下、どこ行ってたんですか? サボっちゃだめですよぅ」
 執務室に戻るなり、呑気な小娘が呑気なことを言うので脱力した。
 もう何も言う気がせず、無言で机に向かう。それを気にする風でもなく、ちょこまかといつも通りに部屋を動き回る娘に茶を淹れろと命じて。
「お茶にしようと思ったら閣下が居なかったんじゃないですかー」と小賢しい文句は無視だ。 最初は湯を沸かすのにもまごついていたとは思えないほど、手慣れた様子で魔法石を扱う姿に、よくも悪くも順応性が高いと感じる。
 それがあの光景を封じてしまったことによる作用なのか、解らないが。
 単純明解な思考の奥に隠れされ、複雑怪奇に構築された記憶と感情の迷路。
 それを暴くときが訪れても、もう、手離すつもりはない。
 耳慣れないリズムの歌を口ずさみ、ハスミが運ぶ茶に添えられたていた焼き菓子を目にして、唇が笑みを形どる。
「ハスミ」
「はわっ?」
 茶を置いて部屋の隅に戻ろうとする身体を捕まえた。
 腰を引かれ俺の膝に横座りに乗る形になり、きょとんとしている小さな顎を捕らえて、柔らかい唇を食む。
 我に返った小娘が逃れようとジタバタするのを片手で抑えて――囁いた。
「それで、これは“本命”なんだろうな、もちろん?」
 その意味を悟って、腕の中の少女が色気のない奇声を上げる。

 ――ハスミから聞いてませんか。
 ――バレンタインは、大切なひとに告白をする日、なんだそうですよ。

 
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