Open Sesame 余録

深月織

文字の大きさ
9 / 10

幕間9.5

しおりを挟む
 

 薄紅色の小柄な少女を、誰の目にも触れさせたくないとその背に回した腕が言っている。
 少し呆れながらそれを見送っていると、すぐ傍でくぐもった笑い声がした。
「……ローダリア」
「ちょ、やだもうおっかしい! 閣下ったら牽制し過ぎ、しかもハスミには通じてないしっ。愉快すぎるわあの二人!!」
 笑いの発作に襲われた妻が、ぶるぶると震えながら身を折る。
「ハスミったら、閣下の名前を呼ぶ権利を与えられているのがどんなに特別なことか知らないのね?」
「それはそうでしょう。誰も教えていませんし」
 なまじ私やマシアスという“ディレイの特別”も傍にいるから、余計かもしれない。

 アースヴァルド・ディレイ・シス・リーグレン・クロイツヘルム。

 ハスミの常識的には“長ったらしい呪文”のような、彼の名。
 王家と魔術と立場に縛られた彼の名前の中で、ただひとつ彼自身を表す名。
 “ディレイ”
 そう呼ぶことを許している相手は、ほんのわずかだということを。
 我々と異なる律に生きてきた少女は無邪気なまでに、知らない。
「うちの養女にして、こうしてお披露目して、別に後ろ楯も用意して――皆に自分が閣下の“何”だと認識されたのかなんて、全く気づいてもないのねぇ」
 確信犯ですから、あの男は。
 周りを固めて本人が気づかないうちに引き返せないところまで誘い込んで。
 ――もし、彼女がもといた場所に帰ることが出来る日が来ても。
 彼が彼女を手放すことなどないだろう。
 彼がどういった者なのか、その血脈も力も立場も理解していながら縛られない、異郷の娘。
 無邪気に言葉を紡ぎ、理知の光を煌めかせ、他者を真っ直ぐに見つめる強さと、庇護を必要とする弱さを持つ――彼が放っておけない乙女。
 縛られない彼女を、縛られた彼が求めるのは必然だったのかもしれない。
 よくぞあの男のもとへ迷い込んでくれたものだ。

「……リンドウ、腹黒いわよその笑顔」
「ふふ。ねえローダリア、あの二人に子どもが生まれたら、一人くらい私たちの養子に頂ければと思いませんか」
 私の裏も表もよくわかっている妻の言葉には応えず、別の話を持ちかける。
 とたん、今までもこれからも子を持つ望みを絶たれていた妻が、瞳を輝かせた。
「いいわね! 出来ればハスミに似た女の子が欲しいわー」
「ああ、それは難しいかも……似ていれば更に渋るでしょうし」
「それを言うならハスミとの間の子だもん、かなり拒否しそうよ。よおっし、はりきっちゃお」
 勝手な人さらい計画を嬉々として語る我々夫婦に気づいたものか、一瞬不審そうな視線をこちらに向けた、主君で世話のやける友人に受け流すような笑みを向ける。
 ますます深くなった彼の眉間のシワに、愉快な思いが込み上げるのを抑えきれなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...