魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第十二話 満月《みつるつき》(一)

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 するりと金色の輪があたしの指に通る。
 契約を意味する指に、それはしっかり馴染んだ。
 その手に絡む王子の見かけによらない武骨な手指。

「 ――日照ヒテルのもと、月詠ツクヨムのもと、共に根の國に下る日も―― 」

 玲瓏とした声で紡がれる、誓いの言の葉。それが魂に刻み込まれる呪だと、彼は知っているんだろうか。

「輪廻の炎をくぐるまで――」

 真っ直ぐに向けられた、澄んだアメジストの瞳。
 その瞳があたしを魔法にかける。

 「「 共に 」」

 声が、重なる。
 円い月光の下、あたしたちは、くちづけを交わした―――
 


 


「お疲れ様でした、カノンどの」
 馬車の座席に敷かれた、ふっかふかのクッションに大の字になって埋もれたあたしを見て、王子が苦笑する。
 だらしがない格好ですが許していただこう。何しろさっきまで王妃さまから双子殿下に至るまで、盛大な見送りを受けていたところなのだ。
 王妃さまに「今度はわたくしからの正式な招待状を送りますわね」と手をニギニギされ、
 サウスリード殿下には「兄上が居ないときに改めてゆっくりお話ししましょうね」とほっぺチューをかまされ(そして怖い目をした王子が弟殿下を近衛に引き渡し)、
 やっぱり皆の前では無口になられてるラウレス殿下は、それでも会釈をしてくださったし、
 双子殿下には「また遊びに来てくださいませね」「きてね」と腰タックルされ、
 や、あの、うーん、なんであんなに大歓迎だったんでしょう。
 こっそり攫われたからこっそり帰るはずだったのに、思いきり目立っていたし。
 現状、表向き(王子の呪いの件をを知ることが出来ない立場の人たち)には、あたしと王子は婚約関係にある、ということになっている。
 王子が、王位継承権を捨ててあたしの婿になることや、うちに住んでいることに関しては何故か皆様見て見ぬふり。
 親父、どんな二枚舌を発揮したんだろ。
 あたしが王子の婚約者になることについては、身分的には問題がない。これでもラシェレット伯爵家は王家に並ぶ旧家だから。
 ――逆に、血筋で言うならうちの家族ほど怪しい出自揃いの者はいないんだけど。
 母が異国出身の魔女だということだけじゃなくて。
 うちのちゃらんぽらん親父――現ラシェレット伯、ディオン・ユーリアス・ラシェレットは祖父母の養子だから。
 っていっても、血は繋がってるのよ。
 親父が小さい頃亡くなった実父が、前ラシェレット伯(お祖父様のことね)唯一の息子だったらしいから。
 なんで“らしい”っていうかとゆーと、彼――ユーリアスは、親父が生まれる前に死んだはずの人物なのだ。

 今からざっと六十年前。ブランシェリウムは南のザーアットとの戦を長い間続けていた。
 前ラシェレット伯の息子はその戦の最中行方不明になり、彼の姿が最後に確認された状況から戦死されたものとして、国では葬儀までされていた。
 ところがその十九年後、ひょっこり彼の子だと言う人物が、ラシェレット伯爵家の家宝である剣を持って現れたのだ。
 ――それがうちの親父。
 何でも、深手を負ったユーリアスさんは瀕死のところを流れの民である娘さんに拾われ、一命をとりとめたんだって。
 しかし死にかけた後遺症かスッカリサッパリ自分のことを忘れていて、成り行きのまま彼女と一緒に過ごすうちに、お約束通り、まあそういう仲になり、子ども(これが親父)が出来て……、という言ってみればよくある話。
 両親が相次いで亡くなったあと、親父は、後年記憶を取り戻していたけれど国には帰らなかったユーリアスさんの言葉に従い、その剣を彼の実家に返しに来た次第。

 親父はそのときのことを、
「じいさんばあさんの顔見れりゃあよかったんで、剣渡したらそれでオサラバするつもりだったんだけど、黙ってたのに何でかユーリアスの息子だってバレちゃって、“老い先短いわしらを置いてどこ行く気じゃー”とか泣き落としから脅迫まで色々手をうたれまくって、気が付いたら後継ぎにされてて今に至る」
 ――なんて、へらりと笑って言ってた。
 お祖父様とお祖母様は金髪に緑の瞳、その息子のユーリアスも同じ。
 親父は実母に似たらしく、真っ赤な髪に金翠の瞳。外見もそちらの血が濃くて、印象からして貴公子然としていたユーリアスとは正反対だった。
 あたしたち魔女は、不可視の眼があるからお祖父様と親父の血縁関係がわかるけれど、普通の人は当然ながら見ただけじゃわからない。
 だから、最初は騙りカタリじゃないかって疑われてたみたい。
 たまたま手に入れた剣を利用して、伯爵家の後継ぎにおさまった――なんてのはまだいいほう。
 親父はああいう性格だから飄々と陰口や誹謗中傷を流してたみたいだけど、聞き苦しいこともかなり言われていたらしい。
 当の、親父を孫だと認めたお祖父様は、「ヘラヘラしとる馬鹿っぽいところがそっくりじゃった」なんて言ってるけど、どこまで本気なんだか。
 そういう事情で血筋という面から見ると、とっても怪しい素性である親父なんだけど、現在はやり手の外交官として辣腕を奮っていて王宮ないし他国でも一目置かれた存在。
 どういうわけだか陛下の信頼も篤いみたいだし。(絶対口で騙くらかしてるんだわ)
 そうでもなきゃ、いくら伯爵令嬢という肩書きを持っていても、あたしが王子の配偶者なるのは難しかっただろうな。
 チラリ、と向かい側に座る夫の姿を見る。
 さらさらの銀の髪。触ると、つるつるで柔らかいの。
 アメジストの瞳は、お日さまの下では明るく澄んでいて、月の下では深く謎を秘めた色になる。
 その瞳で見つめられたら、なんにも考えられなくなる。
 唇のやわらかさとか。
 触れる手の意外な逞しさとか。
 腕の中にいる心地よさとか、
 もう、あたしは知っている。
 きれいな顔で、いつも穏やかに微笑んでいるかと思ったら、公の場で見せる王族としての厳しい顔もあったりして。
 王宮に来て、色んな顔の王子を見た気がする。
 クッションに埋もれたまま黙っているあたしをよほど疲れたと思っているのか彼は気遣わしげに言ってくる。
「母が何か言っていたようですが、真面目に相手をなさらなくても結構ですよ。今なにも公的な行事がなくて、暇をもて余しているだけなんですから」
 うーん、でも、相手は王妃さま。かつ旦那さまのお母君だし。ご機嫌でいて貰いたいじゃない?
 それに。
 ――今度はゆっくりとイーディの昔の話でも聞かせて差し上げますわね――
 イタズラっぽく囁かれた言葉に、とっても興味があるワタクシですのよ。
 ちっちゃいころの王子の話。
 聞きたいって思う、あたしがいることを彼は分かっているのかしら。
 長い足をキュークツそうに折り曲げて窓の外に目を向けている王子を、じいっと見つめた。
 見つめるあたしに気づいて、不思議そうにしながらも、ふんわり笑う。
 彼の笑顔を見ると、胸の奥で蝶が羽ばたくような、くすぐったい気持ちを覚える。
 その気持ちに、どういう名前がつくのかも、もう、分かっている―――。
 ……なんかまんまと親父の思惑にハメられた感じがして、ムカつくんだけどさ。
 仕方ないかな。
 ……ところで。
「王子? なんかすごく時間かかってません? 遠回りでもしてるんですか」
 王宮から家まではそんなにかからないはず。外れとはいえ、一応一の郭の範囲内ギリギリに家はあるんだから。
 もう、着いてなきゃおかしいよってくらい馬車に乗っている気がするんだけど。
 カーテンを揺らしてそっと外を覗いてみると。覚えのない景色の中にいた。
 んん? 街中を走っていたと思ったんだけど、緑しか見えないぞ。いつの間に城下から出てたんだ。
「城より少し離れたところにある別荘に向かっているんです。もうすぐ着きますから」
 は? と向き直るあたしに微笑んで。
「公的に式を挙げたら、それどころではありませんから。少し早いですけれど、新婚旅行ということで」
 いやいやいや。あたしはどこにツッコんだらいいの。
 公的に式を挙げたら?(待て、式をするのか。公的ってことはまさか国を上げてとか言わないでしょうね、)
 それどころじゃない?(なにがあるのっっ)
 新婚旅行?(えええええッッ!?)
 それに、と続けて王子はあたしの額に指先を当てる。
「まだ本調子ではないでしょう?」
 怪我をした手のことだけを言ってるんじゃないって、わかった。
 王子の呪いを魔力押しで封じたために、あたしの体魔力値は底辺のままだ。身の内を巡る気の循環が狂ってる。
 微熱のあることは自覚してたけど、王子がそれに気づいてるなんて思わなかった。
「王宮では気の休まる暇がなかったでしょうし、伯爵邸に戻れば仕事を始めるでしょう、貴女は」
 ぎっくー。バレてるー。
 一応説明しとくとね、今現在、うちの領地の管理の半分はあたしに任されてる。隠居してラシェレット領にいるお祖父様が直接あちらを管理してるんだけど、決定権ていうか采配はあたしがしなきゃいけないのよ。
 ホントなら仕事を任せられる結婚相手を適当に見繕って、あとを継いでもらえば一番良かったんだけど。
 うちは貴族には珍しい、代々恋愛結婚派なので(だから旧家だけどいまいち貴族からはみ出してる)無理にあたしに婿とりをさせるようなこともなく、今まで来てしまった訳。
 母様の故郷では結婚の制度そのものがないようなものだし。
 子どもは母の一族に属するものとして育てられるから、父親の血はあまり関係がないの。
 でも、あたしはブランシェリウムに籍があって、伯爵家の総領娘でもあるから、そういうわけにもいかなかった。
あたしが緋の魔女としてもブランシェリウムの貴族令嬢としても特異で中途半端な理由。
爵位を継ぐ旦那様が見つからないなら、必然的にあたしが魔女をしながら女伯爵にならなきゃいけない。
もしくは、どちらかの立場を捨て去るしか。
 親父は六十になったら隠居する気満々だし。そういうことだから、徐々に仕事を任されてるの。
 今、こうして立派な婿どのをいただいたワケですが、王子に仕事を任せるわけにもいかないし。
 能力的な意味じゃなくて、立場的な意味で、よ?
 最終的にはあたしの子どもに爵位を渡すことになる。
 でもここで新たな問題。
 生まれた子どもがまた魔女だったら?
 王子は王位継承権を放棄してるけど、子どもには与えられるし、その時点で今一位のサウスリード様に子がいなかったら順位の変動が起こる。その場合は?
 でもってまた伯爵位が宙ぶらりんになっちゃうのよ。
 ――ってあたし、王子があたしの子どもの父親って何決めつけてんのー!
 気が早すぎるし!
 まだヤッてもいないのに!!(あら失礼)
 一人で考え込んだり赤くなって慌てたりするあたしを、王子はやっぱり不思議そうに見ていた。


 着いた場所は森の中。
 濃い自然の気が感じられる場所だった。
 王子に手を取られて馬車から出ると、目の前には小さなお家。
 田舎のおばあちゃん家という言葉がふさわしい印象の、暖かみのある建物がそこにあった。
 王族の別荘にしたら慎ましやか過ぎるけれど、あたしは辺りの自然とも調和しているその家が一目で気に入った。
 白い壁にレンガのアクセント。茶色の屋根。小さな花を付けた蔦が這ってる、可愛い!
 ウキウキとお家を見上げてキョロキョロするあたしに王子が微笑んで手を引いてくれる。
「ここなら貴女の回復にも丁度良いかと思うんですよ。使用人も管理人夫妻だけですので、気を使わずゆっくりできますからね」
 あたしが人の多い王宮で気疲れしてたのもお見通しデスカ。
 玄関の前でにこやかにこちらを見ている老年の男女がおそらくその管理人夫妻なんだろう。ホントにおばあちゃん家に来たみたい。
 いささか貴族令嬢として変わった育ち方をしているあたしは、常日頃から人にかしずかれることを苦手にしている。
 そりゃうちにも使用人はいるし、あたしは主として彼らを使う立場にいるワケだけど。彼らはあたしの家族だし、微妙に余所とは違うんだよ。
 大体あたしが身一つで王宮にいたことも本来ならとっても変なこと。
 普通自分付きのメイドとか連れていくものだもんね。
 だってさ、無駄じゃない?
 自分のことは自分でできるし、正装するときはさすがに人の手を借りなくちゃいけないけど、普段の生活でメイドが必要な時ってないんだもの。
 そうしなければいけないときはお姫様として振る舞えるけど、到底お姫様にはなれない。
 あたしの根っこはどうしたって、魔女なんだから。
 ――そういうあたしでも、王子はいいの?
 さっきは新婚旅行とか言われて動揺しちゃったけど、いい機会かもしれない。
 呪いの理由、
 王子を知ること、
 ――それに何より、ずっと前からあたしを知っていたらしい、その訳も。
 ここでなら二人きりで邪魔が入らず、話し合える。
 もしかしたらそのために、王子はここへ来たのかもしれない。
 分かり合うために。
 これからを、一緒にいるために―――。
 
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