彼と彼女が、公式です。

深月織

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#3

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 放課後、示し会わせて図書資料室で落ち合った俺と芝浦は、静かに見つめ合った。
「重症、だね……」
「…………」
 沈痛に呟かれた芝浦の言葉に、俺は項垂れ両手で頭を抱える。
 俺と彼女の前には、小嶺の小汚ない字で埋め尽くされた一冊のノートが鎮座している。奴が帰るときに、俺に渡していったものだ。
「じっくり読んで明日からの攻略に役立てて!」などと言っていたが。
 原因を知るため嫌々目を遠した俺は、見終わったあと、ただただ遠い目をするしかなかった。
「……先週、あいつ原因不明の知恵熱で寝込んだんだと。そうして、一晩たったら思い出したらしい……」
「この世界が、恋愛ゲーム『perihelion~いちばん近く~』の世界だということを……?」
 ――俺は前世、このゲームにめちゃくちゃハマってた大学生だったんだ。バイト代をつぎこんで課金制のイベント追加パッケージをコンプリートするぐらい……!
 小嶺と知り合ってから、あんなに真剣に話す奴の顔を見るのははじめてだった。
 それだけに――
「そう、小嶺の前世でプレイしたゲームの……」
 ノートをじっと見つめた芝浦が目をふせる。静かになにかを考えていた顔が、長い黒髪に隠され、その華奢な肩が震えた。
「…………オイ」
 俺の苦々しげな声に我慢できなくなったらしい。
「ふはっ、は、あはははは! ぜっ、ぜんせ、前世……! ゲームの、世界……! すごく深刻な顔して小嶺くんなに言うのかと思ったら、ぜんっ……! ……っ!」
 爆発のあとごつんと頭を打ち付け、芝浦は声もなく机の上に崩れた。時折びくりと震えては「ぜっ……!」と声を漏らして引き笑いしている。
「おい笑い上戸。他人事だと思ってるようだが、お前も間違いなくあの馬鹿の妄想に巻き込まれてるぞ」
 それも、主人公である俺と最終的にくっつく相手としてだ。
「公式だから!」というのが小嶺の主張だ。意味わからん。
 笑いの波が収まらずぷるぷるしている芝浦を眺め、ノートを手に取った。

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■概要■
『perihelion~いちばん近く~』とはデリアワークから発売された恋愛シミュレーションRPG。全年齢版とR18版がある。通称ペリヘリ。
物語の前半は一般的な恋愛アドベンチャーゲームだが、主人公がヒロインたちと知り合い、情報を集め仲を深めるに従って、何故かシミュレーションRPG要素が強くなってゆく。
パッケージに描かれたかわいい女の子たちとイチャイチャしたくて購入したのに、めちゃくちゃやりこまないと公式サイトで試し見られる年齢制限シーンが出てこないという、短気な人には向かない仕様。
恋愛なのか日常なのかミステリーなのかオカルトなのかバトルアクションなのかエロなのか、テーマジャンルを統一しろよとよくぼやかれていた。

■Character■
高瀬侑一《たかせ ゆういち》 主人公:プレイヤー
七月二十七日生まれ、獅子座、AB型。峪崚高校二年四組、図書委員、帰宅部。
一見皮肉屋だが、何だかんだと情に厚く、頼られると見捨てられない性格から、もめ事によくまきこまれることも。そのせいか各学年に友人が多い。学問も運動もそつなくこなすが、特に目立って秀でているわけでもない。

芝浦真秀《しばうら まほ》 清楚系ヒロイン
七月七日生まれ、蟹座、A型。峪崚高校二年三組、図書委員、文芸部。
明るくてしっかり者。落ち着いた雰囲気と清楚可憐な佇まい、その聡明さから教師生徒問わず人気者。主人公とは読書の趣味を通して仲が良い。

矢田頼子《やだ よりこ》 元気系ヒロイン
三月三日生まれ、O型。峪崚高校二年四組、ラクロス部。
天真爛漫で人懐っこいドジっ子。ボーイッシュとは聞こえがいいが、単に色気不足。主人公によく勉強を教えてもらっている。

十七夜月朱鳥《かのう あすか》 秘密系ヒロイン
背格好が真秀と似ていたため、主人公が見間違えたことをきっかけに知り合った少女。夏休み明け、主人公たちの学校に転入してくる。それ以後、学校や主人公の周辺でおかしなことが起こり始めるのだが――

衛藤乃々子《えとうののこ》 小悪魔系ヒロイン
八月八日生まれ。峪崚高校一年四組、園芸部。
ツーテールがポイントの無邪気な後輩。甘え上手。学園祭で外来客に絡まれていたところを主人公に助けられ、知り合う。

廻谷つぐ美《めぐりやつぐみ》 小動物系ヒロイン
六月六日生まれ。峪崚高校一年四組、園芸部。
ボブでなくおかっぱがポイントのおっとり控えめな後輩。ほうっておけない雰囲気。乃々子と同様、学園祭で外来客に絡まれていたところを主人公に助けられた。

百鬼美鈴《なきり みすず》 ツンデレ系ヒロイン
九月九日生まれ。峪崚高校三年一組、生徒会長。
ロングウェーブがゴージャスな女王様。以前主人公に助けられたことがあり、何かと頼りにしている。

里内霧子《さとうち きりこ》 爆乳系ヒロイン
図書司書の姉御。主人公の年上の幼馴染み。

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 と、まだまだ延々と続いている手書きの設定表は、あいつが今日の全授業をまったく聴いていなかったことをうかがわせる。
(ていうかそれなりにイケメンで勉強できて運動神経もいいとかじゅうぶんだろシネ! リアル女の子の友人が多いとか、まあ俺も親友ということで近くにいるから良い目見させてもらってるけどあくまでも高瀬のオマケ扱いなのでだからようするにばくはつしろばか!)
 俺のプロフィール欄に殴り書きされた、小嶺の心の叫びがうざい。
 勝手に俺を主人公にして妄想して腹立ててるってなんなの? このノート一冊びっしりと書き綴る労力をどうして他に回せないの?
「……小嶺くんは真面目に、こう思ってるってことなんだよね……」
 ひとしきり笑って気がすんだのか、顔を上げた芝浦が確認するように俺を見上げてくる。
「ヤバイね」
「ヤバイんだよ」
 改めて言うまでもなく。
「自分だけで妄想して楽しんでるだけならまあ、キモいけど個人の趣味として許容範囲におさまるが、それが表に出てきて他人に迷惑をかけるとなると……」
「本気でそう思い込んでるのは、もう、先生とかカウンセラーの管轄じゃない?」
「だよなぁ。まあ、内容が内容だから、痛い黒歴史として片付けられそうな気もする」
 しかし今日みたいにいちいち叫ばれると、一緒にいるこっちの神経が持たない。
「それにしてもこれ全部、その、小嶺脳内にある恋愛ゲームの内容なの? スッゴイなぁ。漫画か小説でも書けばいいのに。部長に紹介してあげようか」
 俺のが眺めていたノートが奪われる。あっ、と拒む暇もない。
「……なにこれ」
 芝浦の声が低くなる。俺はいたたまれず両手で顔を隠した。
「なんで小嶺が私の身長体重スリーサイズまで知ってるの! 気持ちわるっ! 気持ちわるっ!!」
 俺がなかったことにしていたというのに……。
 そう、小嶺の記録は女の子たちの事細かな身体データまで記載していたのだ。
 ブラのカップ数とか! なんでお前が知ってる!
 俺、いや俺ということになっている高瀬くんがどう女の子たちと仲を深めて年齢制限的な展開になるのかとか書くな!
 実在の人物名が並んでいるだけに、ちょっとこれはやべえよと冷や汗が流れたほどだ。こんなものが書かれたブツを俺が持っているだけでも変態の仲間にされそうだから、あとでこっそり消しておこうと……おこうと思って……手遅れ……。
 そうすれば記入内容が消えるかとでもいうように芝浦はノートを叩き、散々小嶺を罵ると、どっかりと足を組んで椅子にお座りになられた。
 芝浦さん、清楚で可憐な人気者の評価が台無しですよ。
「どこで情報を手に入れたのかは、あとで本人に追及する。でもさ、これ、ちょっと違う部分もあるよね」
「ああ、それは俺も思った。ところどころ字が違ったり、知らない人物も混じってたりするし、事実と食い違う」
「頼ちゃん陸上部だし。生徒会長さんの苗字は『なきり』でも『名切』だし、衛藤さんって少女系の小説読破してる子だよね。ツーテール」
 頭の横で髪を結ぶ仕草をする芝浦に頷く。
「たぶん。名前は知らないが、芝浦がそう言うってことは合ってるのか」
 昼間の様子では俺と彼女が顔見知りだと知らなかったくせに、彼女たちと俺が知り合うことが前提にあった、のか? 考えると、なんとなく薄気味悪い……それとも、学校内のかわいい子を片っ端から書いているんだろうか。それはそれでどうかと思う。
「高瀬ハーレムに里ちゃんも入ってるんだー」
「やめて。無機物をも掛け合わせるお方とそんなこと考えられない」
 餌食にされる。すでにされているとしても、知りたくないから言わないで。あと爆乳系ヒロインって爆乳ってほどでもないだろ、せいぜいFカップだろ、アンダーは八十の。
 ……里内司書が幼馴染みとか、小嶺に話した覚えはない。幼馴染みというか、そんな親密でもなく、姉の同級生だから昔から知ってる程度だし……
 芝浦は不機嫌ながらもノートに目を通し、記入内容を吟味しているようだ。
 あまりじっくり見ない方がいいよ。特に後半部分。好感度MAXになった俺とのあれこれの部分とか。あの、お願いします見るな。
「私がファザコンとか、赤マークされてるし」
 芝浦は設定とは別に付け足された小嶺の脚注に鼻を鳴らす。あ、と俺は手を上げた。
「それ犯人俺」
「んん?」
「情報リークしてしまいました、ごめん」
 小嶺が芝浦に惚れてるとミスリードしたことは言わずに、謝る。あのときは平和だったな……って今朝の話だ!
 濃かった一日を思い返していると、狼狽えた芝浦がノートを揉みしだいた。それ一応証拠品だから。
「いや、どうして高瀬が、私がファザコンとか、えっ?」
「前に委員の女子で理想の人がどうとか話してただろ?」
「違! いや、違わないけど、そうじゃなくてね! お父さんが理想は理想なんだけど、そういう意味じゃなくて、っていうか、お母さんと学生時代から恋人同士で、ずっとラブラブで大事にしてるの見てるから、いいなって、私も付き合うならそういう人がいいなっていう……! あの、だから、……もう!」
 必死に言い訳している自分が恥ずかしくなったのか、テンパった末に芝浦は机に額をぶつけた。
 流れた髪の隙間から覗く、耳までが赤い。
 能天気な小嶺の声が聞こえた気がした。
 ――『なあなあなあ、芝浦ちゃんってかわいいよなっ』

 うん、かわいいよな。
 
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