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#4
昇降口が俺にとっての鬼門になりつつある。
「オハヨーたかちー! これあげるよ!」
会話の間というものを保持していない矢田が、挨拶と同時にグーで背中を殴ってきた。
小嶺といい矢田といい、やかまし屋はなぜ全力でスキンシップを計ってくるのか。声をかけたあと一拍置いてはくれないものか。なんの覚悟もしていない無防備な状態で攻撃されると、結構なダメージがあるんですよ。
俺はド突かれた背中をさすりながら、『なんだかよくわからないけど毎日楽しー!』を体言している系女子を見下ろす。
「はよ。今日は遅刻ギリじゃなかったようだな」
「昨日九時に寝たもんね! それよりー、はいっ」
突きつけられた握りこぶしにぶら下げられる、ファンシーな紙袋。
受け取りつつ「これはなんだ」と怪訝に思っていると、もうひとつ同じ袋を取りだした矢田が、中からラッピングされた菓子を取り出した。
スティック状に切り分けられたチョコレートのケーキだ。ブラウニーとか言うんだっけ?
「昨日ノート見せてくれたお礼ー。弟に作らせたから味はバッチリ美味しいよ!」
矢田は包みを剥がし、おもむろにかぶりつく。
……朝から……。
「お前、自分が食いたかっただけじゃないのか」
「ソンアコトナイオ」
矢田のふくらんだ頬を見ながら、姉にいいように使われている矢田弟(中学二年生男子)の手作りケーキに、なんとも言えない気分なる。同じダメな姉を持つ身として、同情しよう。
「でー、コミネンはなにしてるの?」
立ち並ぶ下駄箱の角から半身を覗かせ、こちらに恨みがましい視線を向けている小嶺を見つけ、矢田は首を傾げた。知らんぷりしてたのに……。
小嶺は構われるのを待っていたのか、地団駄を踏みながら飛び出してくる。
「俺は認めないって言っただろ! 高瀬、お前も貢ぎ物なんかもらってるんじゃありません!」
「ノートの対価という正当な権利なんだが?」
取り上げようとする小嶺の手から紙袋を遠ざけ貢ぎ物を守ると、それも気に入らないのか寄越せと暴れた。
「コミネンも欲しかったー? あげたら古文のノート見せてくれる?」
ちゃっかりしてるな、矢田。どういうわけか小嶺、古文の成績だけいいんだよな。しかし空気を読んでくれ。
「このふらちものー!」
俺がまったく話を聞いていないと悟ったのか、小嶺が人聞きの悪い言葉で詰ってってきた。ぶんぶん腕を振り回して、お前は小学生か。
「昨日あれだけアドバイスしたのに! ばか高瀬! うわきもの!」
「コミネンおこ?」
はたしてそれは痴なのか烏滸なのか尾籠なのか。いや、わかってるけども。
どうでもいいツッコミが頭の中を巡る。
矢田は手にしたかじりかけのブラウニーを、そっと小嶺に差し出した。
「しょうがないからこれあげようか……」
「食いかけなんかいらんわあああ」
「えー、コミネンなら『おにゃのこの食いさしごほうびです!』とか言うと思ったのにー」
「俺のタカマホルートを邪魔をするお前は別じゃああああ」
小嶺設定によると、矢田ルートは芝浦攻略中に分岐フラグが立つらしい。それも芝浦に行こうとする俺の邪魔をする形で。
わあわあキャッキャと騒ぐ二人に挟まれ、遠い目をしている俺の脇を迷惑そうに級友たちが通りすぎていく。
ちょっと待って、一瞥でこいつらと俺をひとくくりに分類していかないで。あと助けて。カオスな言い合いに関わりたくないと避ける気持ちはとてもよくわかるがな!
世間の厳しさにひとり打ち震えていると、救い手が現れた。
というか、俺、毎朝下駄場で結構な時間が消費されているよな。思いながら彼女に微笑む。ひきつっていませんように。
「一人増えてる……」
何が増えているというのか。
「おはよう、芝浦」
「おはよう、高瀬」
芝浦の登場に昨日と同じく期待いっぱいの小嶺は無視し、アイコンタクトを交わす。そこで芝浦を発見した矢田が、新しい包みを手に奇声をあげて彼女に抱きついた。
「まほー、お裾分けあげるぅ」
「おはよう頼ちゃん。……ほっぺたチョコついてるよ」
こいつら親同士が知り合いとかで、もともと仲がいい。それがまた小嶺が気に入らない設定だという。
(誰よりも気心の知れた親友面して彼氏を横取りするってどうなの!?)と憎々しげな筆跡で書かれても、知らんがな、だ。
妄想の恋敵設定によって睨まれても、矢田はよくわかんないと思うよ。
俺たちが迷惑に固まっているそこへ、ツーテールの少女が走り込んできた。よたよたとそのあとにおかっぱが続く。
「芝浦先輩おはようございますー! ちょうどよかった、例のリクエスト新刊いつ入ってきますか?」
「うーん。月末か月初かな? あとで里ちゃんに聞いておくね」
なに、この一同集合なかんじ。もう他の女の子は来ないでください。
女子同士でいちゃいちゃしはじめたヒロイン候補たちから少し離れて、見ているだけなら目の保養な光景を眺めていると、そそと小嶺が寄ってくる。
「おい、昨日放課後芝浦ちゃんと一緒だったんだろ? どうだったよ」
「どうって、うーん。そういえば、これから帰りが遅くなるときは送っていく約束した」
改めて約束しなくても、男の礼儀として今までも送っていたが。
「よし! よーしよし、その調子だぞー」
鼻息荒く興奮している小嶺に、俺は気になっていたことを訊いてみた。
「お前に、しょうげきのじじつカッコ感嘆符カッコトジルを聞かされてから、俺もいろいろ調べてみたんだが。世の中にはゲーム転生物とやらが溢れているんだな」
おそろしいことに。胸中で俺がそう呟いたことには気づかず、小嶺は神妙に頷く。
「うん。俺もこうなって、けっこうある話なんだなって。もしかしたら自分と同じ境遇の人がけっこういるんじゃないかって、安心した」
誰だ余計な安心をこいつにもたらしたのは……。病からの快復が遅れるじゃねーか。重篤になってるじゃねーか。
数多のゲーム転生創作者に見当違いだと自覚しつつも、苦情を申し立てずにはいられない。
「ええと、それでだな。ヒロインの攻略方法がわかってるなら、どうして自分でしようと思わないんだ?」
ジャンルでは乗っ取り系傍観者というのだろうか。主人公に先回りして、攻略相手に接触しその立場に成り代わる。
手書き攻略ノートを読んだ俺が、ゾッとしたくらい詳細に彼女たちの行動パターンなどを調べ尽くしているのだ。あのデータを利用すればそこそこいけるのではないだろうか。
俺の疑問に小嶺は「わかってないなぁ」と首を振った。
「アレは相手がお前であるからこその攻略データであって、俺がやっても同じ反応になるわけないでしょ。基本だよ」
なんのどこ基準の基本なのか。
眉をしかめ考え込む俺をよそに、小嶺は拳を握りしめ宣言した。
「俺はカプ専なの。お気に入りキャラがイチャついてるの見てニヤニヤしたい人なの。俺にとってペリヘリはタカマホが至高なんだよ! わかる!?」
わかりません。
とりあえず心配そうにこちらを見守っている芝浦に、予定変更はナシと合図を送る。
不自然のない程度に付かず離れずの距離で、友達以上恋人未満を演じる――もともと俺たちは仲がいいと言えばいいので、そんなに苦労もしないだろ。
*****
期末試験が終了すると、夏休みまで一週間を残すのみとなった。
我が校は試験休みというものがないので、この授業の空白期にも通常通りに登校しなければならない。大多数の生徒が不満に思う点だ。
まあ、この間に学園祭の話し合いなども進めるので、不要な時間ということもないだけど。
試験が終わり、生徒たちの登校する姿もどことなく気が抜けている。
「高瀬ー」
俺を発見した小嶺がこのくそ暑い中、いつものように無駄に元気に走ってくる。
開口一番、訊ねてくるのにも慣れた。
「それで、進行具合はどうなのどうなの?」
「夏休み、一緒に出かける約束はしたよ」
「おおお! 前進じゃん、そのまま行っちゃっても、いいのよ……?」
どこへだ。
一緒に出かけるといっても図書館調査という委員の仕事の一貫だけどな。事実は言わないが。
俺の「いいなと思ってても、しつこく推されると逆のことをしたくなる」という言葉の通りになることを恐れ、小嶺は一時期よりは攻略発言を控えるようになった。
――勉強しようと思ってたときに、親に勉強しなさいってうるさく言われると反発したくなるだろ?――
この補足が奴の琴線に触れたらしい。そうだなと頷いて、一歩引いて観察することで妥協してくれた。ちなみに『勉強』は『掃除』などに置き換えても可だ。
俺が芝浦と談笑しているところを見て大人しくしてくれるなら、いくらでもご鑑賞ください。
「イイヨイイヨー。このまま仲を深めて……キャッ!」
小嶺は自分で言いながら『高瀬くんと芝浦ちゃんのラブラブシーン』を思い出し、激しい照れに襲われたらしい。頬を染めて顔を隠す。
あー、殴りてえ。
ぶっちゃけキモいんで俺と芝浦を使ってエロ妄想するのやめてくれませんかねえ……と言いたいが、ここが微妙なところで、現実の俺たちとゲームの俺たちがまったくの同一ではないということを、小嶺も了解しては、いるようなのだ。
そりゃいきなり俺たちが現れたわけでなく、狭い片田舎でご幼少のみぎりから一緒に転げ回って成長してきたんだし。高校に上がるまで、全校生徒みな幼馴染み状態だったし。
そもそも二次元の絵が三次元の実在にどう変換されるんだ? とか、前世のフィクションの世界に生まれ変わったとかそれって既視感と同じような脳の錯覚じゃね? とか、俺たちをモデルに創作やったがゆえに境目が曖昧になって認識に錯誤が生じたんじゃないの、等々突っ込みだしたらキリがない。
小嶺のこじらせ中二病が治まるまで、こいつが世間様に多大なるご迷惑をおかけしないよう調整しつつ見守るしかないだろう、というのが俺と芝浦の見解だった。
早く治ってくれないかなー。
今のままでは、実際がどうであれ小嶺に言われたから芝浦と恋人になったなどという、不名誉なことにしかならないじゃないか。
早くどうにかして欲しいんだけどな、と目で訴えてくる芝浦を、据え膳状態で置いておくのも限度があるので。
「もう好感度は充分だと思うんだけどな……やっぱ朱鳥サマの登場がないと確定フラグが立たないのかなー。高瀬、街中ですれ違ったりしてないの?」
「俺は誰かと芝浦を見間違えたりしないし。それでなくともオカルト展開は勘弁していただきたいのだが」
「この人なんかサラッと恥ずかしいこと言った! でもどのルートに行くとしても伝奇モノになるから諦めて」
「主人公の親しい友人、お前一番最初に消えそうだな」
「やめて!? だから俺ゲームにいなかったの!?」
あくまでもネタとして、小嶺の話に付き合う。馬鹿話の範疇のため、周りも聞き流している。
このまま平和を保っていけばそのうち――などと思ったのが、小嶺曰くのフラグだったのだろうか。
その日、HRの時間になってやって来た担任は、見慣れないセーラー服の女子生徒を伴っていた。
ざわつく生徒たちを尻目に、黒板に名前を書き出す。
「あー、まず、中途半端な時期だが、転入生を紹介する」
担任に促され、女子生徒が教壇に立つ。
彼女は長い黒髪を揺らして一礼すると、意思の強そうな切れ長の目で俺たち級友を見据えた。一通り見渡したところで、にこりと微笑む。そうすると、整いすぎて取っつきにくそうな雰囲気がやわらぐ。
「――狩野明日香です。家庭の事情で、先日こちらに引っ越して来ました。はじめての場所でいろいろと不慣れなので、学校や街のことを教えていただけるとうれしいです」
凛とした和風美少女に浮き足立つ教室の中、俺は振り払えない嫌な予感に眉をひそめていた。
――カノウ・アスカ――
なんだか、どこかで聞いたような音の響きだなー……。
狂喜満面でこちらに目配せしている友人を、無視し続けるべきか否か。
頭を悩ませた。
→→→Save.
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