深森の魔女セルリアの物語

端月小みち

文字の大きさ
12 / 45
第一章 唇を奪われたお姫様と片想いの魔女 

第十一話 奪われた唇 ②

しおりを挟む

「もう就寝のお時間かしら、エミリー? 」

 薄手の絹のナイトドレスに身を包み、椅子に腰掛け読書をしていた姫がセルリアの方へチラリと目を向けた時、そのレイラ姫の姿を見て、セルリアの口から思わずため息が洩れた。

──あぁ……これはディーン様も夢中になるはずだ……

 レイラ姫の姿は、夜な夜な水盤に映したディーン王子の夢の中でその端麗な容姿は既に見知っていたものの、実物はそれ以上に優雅で見目麗しく、まさに絶世の美女と呼ぶに相応しかった。

──こんなに美しいブロンドヘアーなら、女のわたしだって触りたくなっちゃうし、それにディーン様と同じ大粒のサファイヤのように深く輝く瞳……そして、いつもディーン様が夢の中で眺めていたあのサクランボのように艶やかで可愛らしい唇……あぁ、もう全てが完璧だわ……

「はい。お嬢さま。早速お支度しますわ」

 セルリアは何とか平静を取り戻して、レイラ姫に返事をした。

「じゃあ、お願いね──」
「──あ、あとそれから、明日の晩餐会で着るイーブニングドレスだけど、一昨日お父様に頂いたワインレッドのにするから、それに合いそうなティアラとネックレスも明日の朝食の後に一緒に見せて下さるかしら? 」

「はい。かしこまりました、お嬢様」

──あぁ、流石にお姫様の暮らしって、わたしなんかとは大違いだわ……

 セルリアは化粧台横の脇机に行って、運んできたお湯差しから洗面器にお湯を注ぎ入れ、繊細な装飾が施された手鏡や櫛、タオル、化粧水、椿油、そして、お気に入りの薔薇の香料のコールドクリームなどを一式揃え終わると、最後にこの屋敷に来る前、王宮の厨房からこっそりと失敬・・してきたある「もの」の所在を前掛けエプロンのポケットの中に確かめてからレイラ姫に声を掛けた。

「お嬢さま、お支度が整いました……」

「えぇ。分かったわ」

 レイラは瀟洒な猫脚の化粧台の前に座り、傍らに控えるセルリアに話し掛ける。

「──エミリー、今日は少し汗をかいたから、最初にお顔をタオルで拭って下さる? 」

「はい。お嬢様……」

「あら、エミリー? いつもより少し熱いわね。タオルはもう少し冷ましてからにして下さらない? 」

「これは失礼しました。お嬢様……」

 それからセルリアはレイラの流れ落ちるような美しい金髪に椿油を薄く馴染ませ就寝前のトリートメントを施した。

──見れば見るほどお美しいお姫様……こんなお美しい顔にそんなことをして許されるのかしら……

 セルリアはこの期に及んで少し罪悪感を感じながらレイラの髪を丁寧に櫛で梳いていく。

「いつみてもお美しい御髪おぐしですわ……」

「あらそう? ありがとう、エミリー」

 そうしてセルリアは、金髪を片側に緩く三つ編みにしてから、最後にナイトキャップを被せてあげる。

──ふぅっ……さぁて……ここからね……上手くいくかしら? 上手くいった時は……その時はごめんなさいね、お姫様……

 セルリアは少し深呼吸をしてから、鏡に映るレイラ姫に声を掛けた。

「……あの、お嬢様? 」

「何かしら、エミリー? 」

「いつものようにお顔にコールドクリームをお塗りして差し上げますわ……」

「──ええ、お願いね」

 そう言ってセルリアは、レイラのお気に入りのローズの香り入りのコールドクリームの瓶を手に取り蓋を開けると、クリームを指先で掬って、レイラの頬やこめかみ、鼻の頭、額へ点々と塗り付けてから、各々の部位を肌に馴染ませながらゆっくりとマッサージをしていった。

「──ふぅぅ……あぁ、気持ちいい……お肌がじんわりと生き返るようよ……」

「良かった……あの……お嬢様? 」

「なぁに? エミリー」

「あの……ディーン様はどの様なお方でございますか? 」

 するとレイラ姫は、意外なことにも少し顔を曇らせ暫く黙り込んだ。
 そして、ややしてから口を開いた。

「──そうね、それは美しい殿方だったわ。少し前に王宮の舞踏会に招かれて一緒にワルツを踊った時と、この間、婚約のお申し出にここに来られた時のまだ二度しかお会いしていないし、あまりお話しはしていないのだけれど……そう、つい昨日もディーン様からラブレターを頂いたの。わたくしへの愛情が篭められていて、誠実そうなお人柄が手に取るように分かったし、きっとお優しい方に違いないわ。三日後にはまたここへ遊びに来られるの……」
「──でも……」

 そう言ってレイラはまた口をつぐんで暫く考えてから、再び口を開いた。

「──あと、それにね、エミリー? うふふふ……」

「はい。それに? 」

「ここだけの話にして頂戴ね? 」

「はい、もちろんです、お嬢様……」

 レイラは顔を赤らめひそひそ声でエミリーに話した。

「──ディーン様ったら、きっとわたくしの唇が大層お気に召しているご様子でしたの。だって、お会いする度にじっとわたしの唇を見詰めて固まってしまうんですもの……うふふふ、きっと可愛いくて、ちょっとエッチな殿方でもありそうよ──」

「それはそうですよ。ディーン様は毎晩夢でレイラ様の唇をそれはそれは……あ! ……」

「えっ? ……」

 レイラは思わずセルリアを振り返った。

「あっ……い、いえ……きっとその様なお綺麗な唇ですから毎晩夢に見られているに違いないと思いまして……」

「いやねぇ……殿方って、胸元とかもそうだけど……そういうところしか見ていないのかしら? うふふふ……」

「ふぅぅ……そ、そうでごさいますよ。殿方というものは大概そういうものでごさいますよ? 」
「──では、お嬢様、もっと念入りにお鼻の頭や口の周りなども揉んで差し上げしょう……」

「えぇ、お願いね……」

 レイラ姫はそう言って、まるでその美しい顔を自慢するかのようにすっと顎を上げてみせた。

「……本当にお美しいお顔立ち……」

 セルリアはクリームを塗る指先をレイラ姫の口の周りから、そして、そのさくらんぼのように真っ赤で艷やかな唇へとゆっくりと優しく撫で回していった。

「あぁん……エミリーったらそんな風に触られたらわたくし……気持ちよくて……」

 レイラ姫はうっとりとしながら吐息を洩らしてしまう。

「お嬢様……もうこんなにツルツル、ピカピカになって、まるで宝石のよう……」

──今よ!

 するとセルリアはおもむろにレイラのぷっくらとした上下の唇をきゅっと指で摘んで引っ張った。




※※※※※※※※※※

いつもご愛読ありがとうございます。

下欄のいいねへのご評価や、お気に入りへの追加、感想欄への投稿等頂けましたら、作者大変励みになります(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...