錬金術師マリア・ミオヴェルの再婚

ミカン♬

文字の大きさ
19 / 19

19 【完結】マリア・ミオヴェルの再婚 

しおりを挟む
 カリスが着々と証拠を積み上げ、訴えを起こしたとき、
 ソレーヌとジャックの陰謀は、全て雪崩のように崩れた。

 放火殺人。
 スウィントン男爵家の乗っ取り。
 子どもの虐待。
 殺人未遂。
 店の資金横領。

 罪状は並べられ、そこに情状酌量の余地はなかった。

 二人は言い訳さえ許されず、すぐに処刑を言い渡された。

 共謀したソレーヌの両親も処罰を受け、レイモンドは孤児院へと預けられた。

 誰かが勝ったわけではない。
 ただ、正義が貫き通されただけ。


 ライアンはスウィントン男爵位とイーサンの遺産を受け継いだ。

 親権はマリアに委ねられ、店は優秀な経営者を雇い、任せることにした。

 カリスの計らいで、ライアンの未来は、ようやく「管理」できる形になった。

 けれど心は、そんなふうに整理できない。

 *

 ライアンが退院すると、マリアとカリスと三人で、イーサンの墓を訪れた。

 空気は静かで、泣いているような湿り気があった。

 イーサンの好きだった白百合の花束を供える。

 うすうす気づいていたのだろう。
 ライアンは取り乱すことなく、命を救ってくれた父に感謝した。

 長い祈り。

 そして、隣に立つマリアに向き直る。

「本当に、ごめんなさい」

 入院中も、彼は何度もそう言った。


「もう謝らないで。済んだことよ」

 マリアは決して「許す」とは言わない。

 その微妙な距離が、ライアンの胸を締めつける。

 ママなら、許して、抱きしめてくれるはず。
 ──それが当たり前だと、彼は思っていた。

 *

 ポートマン家に引き取られたライアンは、
 ママの宝は自分だけだと、まだ信じていた。

 だけどマリアは贔屓をしない。
 家族には、誰にでも同じように接した。

 そして知る。

 今のママには、特別な人がいる。
 カリスさん──ママの新しい夫。

 もう以前のママではない。
 何を言っても、何をしても、愛で許してくれるママは、もういない。


 失って初めて気づくものがある。

 彼は目が見えなくなって、ようやくマリアの気持ちを理解した。

 ただただ心細かった。
 支えが必要だった。

 ママだって、同じだったはず。
 なのに邪魔者のように扱った。
 それがどれほど残酷だったのか、今なら分かる。

 そして、ママは再び研究に没頭している。


 ライアンは寂しかった。
 心にぽっかり穴があいて、不満で、悔しかった。

 けれどその穴を、ディアンナとサーラが少しずつ埋めていった。

「マリアお姉様なら、きっとライアンの目を見えるようにしてくれるわ」

「この補聴器はマリアお姉様の発明よ。凄いでしょう?」

 二人は誇らしげに語る。
 マリアを尊敬し、心から慕っていた。

 時には厳しく、時には甘く。
 二人はライアンを、本当の弟のように接した。

 その優しさと思いやりは、時間をかけて彼の中にも根付いていった。

 流れる時間は特別ではない。同じ日常、穏やかな時間。

 ポートマン家に、平穏な月日が過ぎていった。


 *****


 ライアンが11歳になった頃、マリアの研究に兆しが見え始めていた。

 薄暗い部屋の中、親子は向かい合う。

「目薬を差すわね。……沁みない?」

「平気だよ」

「次に眼鏡を掛けて……どう?」

「あ! 見える。遠くはちょっと見えにくいけど。凄いよ! 母さん」

 弾む声で、ライアンはマリアを賞賛した。

「まだまだね。見える時間も短い、眩しい光もまだ無理」

「母さんなら、きっと成功するよ。でも無理はしないでね」

「ええ……」

 マリアに笑みが浮かぶ。


 時の流れはライアンを変えた。

 外見はイーサンに瓜二つなのに、
 しっかりと、カリスの性質を受け継いでいた。


「……僕、サーラの顔が見たいな」

 真っ先に思い浮かべた名前。
 彼はサーラが大好きなのだ。

「ちょっと、私の顔も見なさいよ」

 ディアンナが頬を膨らませる。

 その後ろでサーラは笑った。

「姉さんみたいに美人じゃないの。ガッカリしないでね」

「やっと見れた。綺麗だよ、サーラ。とっても」

「ありがとう」


「ああ、もう見えなくなった……」

 光は短く、儚い。
 けれど確かにライアンは光を見た。

 そのやり取りを、カリスとマリアは並んで見つめる。

 まさか五年後、年の差のある二人が婚約すると言い出して、大騒ぎになるとは思いもしないで。

 近い未来、研究は成功し多くの人が視力を取り戻す。

 その後、マリアは多種類の薬品作りに精を出す。

 愛する家族に支えられ、ミオヴェルの錬金術師は、この世界に貢献し続ける。

 ──希望にあふれた未来が待っている。


 *


「うーん、まだまだ帝国に献上できないわね」

「結果は報告しておこう。短時間でも見えるのは凄い事だよ」

 カリスは妻を労い、ローズヒップ茶を差し出す。

「続きは、来年までお預けね。ちょっとお休みしたいわ」

「お疲れ様。それが最優先だね」

 彼はそっと、マリアの大きなお腹に手を添えた。

「元気で生まれてくるんだよ」

 その声に応えるよう、胎児はマリアのお腹を蹴った。

「きっと、元気な男の子よ」


 マリアは思い出す。

 初めてカリス・ポートマン卿に会ったとき、この人は良い夫になると思った。
 良い父親になるとも。

(まさか、私が妻になるなんて)

 人生は、何度だってやり直せる。
 ただし、同じ形ではない。

 マリア・ミオヴェルの再婚。

 それは――

 失っても、
 もう一度、愛してもいいと知った物語。

 彼となら、
 どんな未来も、幸福に変えていける。

 多くを乗り越えて、再出発したマリアの物語だった。

 ──おわり。

 最後まで読んでいただいて、本当に有難うございました!

しおりを挟む
感想 9

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

すずは
2026.02.27 すずは
ネタバレ含む
2026.02.27 ミカン♬

温かなご感想ありがとうございます。とっても嬉しいです😀

何度も書き直して、やっと完結しました。

マリアを聖母のように全て許す母親──そんな王道のラストも考えましたが、この親子は時間をかけて、ゆっくりと再生を築く方が良いと思い、あえてマリアは「簡単には許さない」母親にしました。

イーサンの死と、過去の後悔を背負って、二人は頑張って生きていきます。
ポートマン家の家族と共に。

最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。✨

解除
セイ
2026.02.26 セイ
ネタバレ含む
2026.02.26 ミカン♬

温かいご感想をありがとうございます! 🥰
ラストの前に最初から読み返していただけたこと、大変うれしいです。

この物語は『人生は何度だってやり直せる』という想いを込めました。
一度は壊れてしまった親子関係も、カリスや妹たちの支え、そしてマリアの情熱によって、新しい形で再生することができました。
『このまま余韻に……』、最高の褒め言葉です。
物語が終わっても、ポートマン家の面々はあの温かな屋敷で、穏やかに笑い合いながら過ごしているはずです。彼らの未来を一緒に信じてくださり、心から感謝いたします。✨

解除
Andy
2026.02.26 Andy
ネタバレ含む
2026.02.26 ミカン♬

物語を深く読み取っていただけて感無量です。😊
温かいメッセージをありがとうございます。

また、マリアを『母という役職』ではなく、一人の人間・社会の財産として肯定してくださったことも、凄く伝えたかった部分ですので本当に嬉しいです。

ライアンもまた、成長するにつれて自分の過去の幼さと残酷さを理解し、一生をかけて母への恩と敬意を返していきます。そんな二人を包み込むポートマン家の面々の優しさが、Andy様にも伝わったことが嬉しいです。

最後まで読んで下さって、本当に有難うございました。🥰

解除

あなたにおすすめの小説

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~

キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。 ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。 その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。 婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。 婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。 だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。

夏の眼差し

通木遼平
恋愛
 伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。  家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。 ※他サイトにも掲載しています

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。