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2 セレン
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俺はセレン。
王宮騎士団が誇るソードマスターだ。
……いや、“だった”と言うべきか。
かつての俺の未来は、光に満ちていた。
地位も名誉も、愛するロゼッタ王女の微笑みも、全部この手に掴めるはずだった。
なのに──。
王太子殿下が、不治の病に倒れた。
殿下を溺愛する両陛下は狂ったように治療法を探し回り、ついに見つけ出した。
『ドラゴンの心臓を食せば、あらゆる病が癒える』と。
討伐命令は当然、俺に下された。
成功すれば、望むものはすべて与えると。
俺が望むものはただ一つ、ロゼッタ王女だけだった。
王宮第一騎士団を率い、ドラゴンが棲むとされる森へと踏み入った。
……だが一月経っても見つからず、焦った団長が最悪の判断をした。
森に火を放ったのだ。
燃え盛る炎の中、怒り狂ったドラゴンが姿を現す。
そして──三日三晩、地獄のような戦いが始まった。
ようやくその胸を裂き、鼓動する心臓を掴んだ瞬間。
<貴様の行いは決して許されぬ。我が呪いを受けるがよい>
声が、頭の奥に響いた。
次の瞬間、俺は悟った。
──俺の命は、あと一年しかない。
持ち帰った俺の姿を見て、人々は怯えた。
俺を歓迎したのは、殿下を救いたい両陛下だけ。
心臓はすぐに殿下へ与えられ、殿下は奇跡のように回復した。
一瞬、俺の呪いも解けるかと思った。だが──心臓はすでに殿下の体内にあった。
呪いは進行し、俺の顔や手足に黒い紋様が浮かび上がった。
どんな高位魔法使いでも解呪はできず、俺は死を待つだけの男となった。
「いやよ! セレンに嫁ぐくらいなら死んだ方がマシ! 気持ち悪い、近寄らないで!」
愛していたロゼッタは、俺を見て叫んだ。
その瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。
婚約は破棄され、代わりに王家からは伯爵位と金だけが与えられた。
まるで“死刑執行までの慰め”のようにな。
怒りが込み上げた。
王家の者を全員斬り裂いてやりたかった。
だが、わずかに残った理性で剣を下ろした。
そして今、俺は人を愛することをやめた。
「代わりに花嫁を用意した」と言われた時も、もうどうでもよかった。
美しくても、醜くても、俺には関係ない。
……どうせ、すぐに死ぬのだから。
だったら──大事に育てられた貴族令嬢を地獄に叩き落としてやる。
俺と同じ、奈落を味わわせてやる。
そうして俺は、“マリリン”という哀れな娘の到着を待っていた。
俺の醜い姿を見て泣き叫ぶ女。
逃げようとすれば鎖で繋ぎ、足を潰して走れなくしてやる……。
そんな妄想で心を支えながら、俺は硬くなったパンをかじり、酒で流し込んだ。
屋敷にはもう誰もいない。執事も、メイドも逃げ出した。
「早く来い、マリリン。俺の苦しみを、全部受け取れ……」
酒臭い息の中で、俺は笑った。
──そしてその日、彼女は来た。
小さな荷物を抱え、薄いベールで顔を覆った娘。
俺の前に、静かに立っていた。
「お前が……俺の花嫁か」
「マリリン・カナディアでございます。よろしくお願いいたします、旦那様」
丁寧に礼をするその仕草は、貴族の令嬢らしい気取りもなければ、怯えもない。
だが──そのベールが気に入らなかった。
「ふざけているのか、俺を馬鹿にするな!」
怒鳴りながら、俺はそのベールを乱暴に掴み取った。
「あっ……!」
マリリンの小さな悲鳴。
だが──次の瞬間、俺はもっと情けない声を上げた。
「わ、わぁあああああ!!!」
「俺を謀りに来たのか、ゴブリンめ!」
反射的に、俺は火球を放った。
だがそれは彼女に届かず、弾かれるように消えた。
「無駄でございます、旦那様。私は魔力を持ちませんが、魔法も悪意も、私には届かないのです」
「なに……?」
「姉妹から石を投げられたこともございます。でも、どれも当たらなかったのです」
「……お前、本当に人間か」
「はい、人間です。どうぞ、召使だと思って傍に置いてくださいませ」
「近寄るな! 気味が悪い……そのベールを被れ! 二度と外すな!」
「かしこまりました」
「勝手に過ごせ。どうせ、すぐに俺は死ぬ」
……とんだ花嫁だ。
だが、せいぜい召使いとして働かせればいい。硬いパンにも飽きてきたところだ。
マリリンは部屋を見回し、「お掃除をしなくては」と呟いた。
誰に命じられたわけでもなく、酒瓶を片付け、掃除を始める。
調理場へ行き、腐った食材を処分し、残ったもので手際よく料理を作り出した。
「はっ……平民でも寄こしたか。ふざけやがって」
俺は酒瓶を掴み、マリリンの背中に投げつけた。
だが、それも彼女には届かない。
「化け物め!!!」
……化け物なのは俺の方だというのに。
俺はその夜も、彼女を罵り続けた。
まるで、自分の惨めさをごまかすように。
王宮騎士団が誇るソードマスターだ。
……いや、“だった”と言うべきか。
かつての俺の未来は、光に満ちていた。
地位も名誉も、愛するロゼッタ王女の微笑みも、全部この手に掴めるはずだった。
なのに──。
王太子殿下が、不治の病に倒れた。
殿下を溺愛する両陛下は狂ったように治療法を探し回り、ついに見つけ出した。
『ドラゴンの心臓を食せば、あらゆる病が癒える』と。
討伐命令は当然、俺に下された。
成功すれば、望むものはすべて与えると。
俺が望むものはただ一つ、ロゼッタ王女だけだった。
王宮第一騎士団を率い、ドラゴンが棲むとされる森へと踏み入った。
……だが一月経っても見つからず、焦った団長が最悪の判断をした。
森に火を放ったのだ。
燃え盛る炎の中、怒り狂ったドラゴンが姿を現す。
そして──三日三晩、地獄のような戦いが始まった。
ようやくその胸を裂き、鼓動する心臓を掴んだ瞬間。
<貴様の行いは決して許されぬ。我が呪いを受けるがよい>
声が、頭の奥に響いた。
次の瞬間、俺は悟った。
──俺の命は、あと一年しかない。
持ち帰った俺の姿を見て、人々は怯えた。
俺を歓迎したのは、殿下を救いたい両陛下だけ。
心臓はすぐに殿下へ与えられ、殿下は奇跡のように回復した。
一瞬、俺の呪いも解けるかと思った。だが──心臓はすでに殿下の体内にあった。
呪いは進行し、俺の顔や手足に黒い紋様が浮かび上がった。
どんな高位魔法使いでも解呪はできず、俺は死を待つだけの男となった。
「いやよ! セレンに嫁ぐくらいなら死んだ方がマシ! 気持ち悪い、近寄らないで!」
愛していたロゼッタは、俺を見て叫んだ。
その瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。
婚約は破棄され、代わりに王家からは伯爵位と金だけが与えられた。
まるで“死刑執行までの慰め”のようにな。
怒りが込み上げた。
王家の者を全員斬り裂いてやりたかった。
だが、わずかに残った理性で剣を下ろした。
そして今、俺は人を愛することをやめた。
「代わりに花嫁を用意した」と言われた時も、もうどうでもよかった。
美しくても、醜くても、俺には関係ない。
……どうせ、すぐに死ぬのだから。
だったら──大事に育てられた貴族令嬢を地獄に叩き落としてやる。
俺と同じ、奈落を味わわせてやる。
そうして俺は、“マリリン”という哀れな娘の到着を待っていた。
俺の醜い姿を見て泣き叫ぶ女。
逃げようとすれば鎖で繋ぎ、足を潰して走れなくしてやる……。
そんな妄想で心を支えながら、俺は硬くなったパンをかじり、酒で流し込んだ。
屋敷にはもう誰もいない。執事も、メイドも逃げ出した。
「早く来い、マリリン。俺の苦しみを、全部受け取れ……」
酒臭い息の中で、俺は笑った。
──そしてその日、彼女は来た。
小さな荷物を抱え、薄いベールで顔を覆った娘。
俺の前に、静かに立っていた。
「お前が……俺の花嫁か」
「マリリン・カナディアでございます。よろしくお願いいたします、旦那様」
丁寧に礼をするその仕草は、貴族の令嬢らしい気取りもなければ、怯えもない。
だが──そのベールが気に入らなかった。
「ふざけているのか、俺を馬鹿にするな!」
怒鳴りながら、俺はそのベールを乱暴に掴み取った。
「あっ……!」
マリリンの小さな悲鳴。
だが──次の瞬間、俺はもっと情けない声を上げた。
「わ、わぁあああああ!!!」
「俺を謀りに来たのか、ゴブリンめ!」
反射的に、俺は火球を放った。
だがそれは彼女に届かず、弾かれるように消えた。
「無駄でございます、旦那様。私は魔力を持ちませんが、魔法も悪意も、私には届かないのです」
「なに……?」
「姉妹から石を投げられたこともございます。でも、どれも当たらなかったのです」
「……お前、本当に人間か」
「はい、人間です。どうぞ、召使だと思って傍に置いてくださいませ」
「近寄るな! 気味が悪い……そのベールを被れ! 二度と外すな!」
「かしこまりました」
「勝手に過ごせ。どうせ、すぐに俺は死ぬ」
……とんだ花嫁だ。
だが、せいぜい召使いとして働かせればいい。硬いパンにも飽きてきたところだ。
マリリンは部屋を見回し、「お掃除をしなくては」と呟いた。
誰に命じられたわけでもなく、酒瓶を片付け、掃除を始める。
調理場へ行き、腐った食材を処分し、残ったもので手際よく料理を作り出した。
「はっ……平民でも寄こしたか。ふざけやがって」
俺は酒瓶を掴み、マリリンの背中に投げつけた。
だが、それも彼女には届かない。
「化け物め!!!」
……化け物なのは俺の方だというのに。
俺はその夜も、彼女を罵り続けた。
まるで、自分の惨めさをごまかすように。
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