悪女の私は亡霊騎士に恋焦がれる

ミカン♬

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 私は、毒殺未遂の濡れ衣を着せられて牢に入れられた。
 戸籍からも外されて、あっけなく“平民”になった。
 あの日を境に、アルは私の前からすっかり姿を消した。

 呼んでも、泣いても、返事はない。
 アル、どこに行っちゃったの?
 誰よりも私のことをわかってくれた、あなただけが、いない。

 鞭の音が背中に焼きついて、食事も与えられずに過ごす夜は、まるでこの世の底の底みたいだった。
 でも、死ねなかった。死にたいと思ったけれど、どうしても、最後の一線を越えることができなかった。

 エリサの顔を思い出すたびに、心の奥底で何かが燃え上がって、私を引き止めた。
 怒りだった。
 あの子だけは、許せなかった。

 牢の中で私は、たくさんの亡霊たちと出会った。
 そのどれもが何かを伝えたがっていて、でも私には、ただ一言しか言えなかった。

「救って欲しいのは、私のほうよ」って。

 亡霊たちの声が頭に響く。
「アリス、認めてはいけない。冤罪は私達のように魂が未練を残す」

「あの世に送ってあげる。アルに会えたら伝えて、心から愛していると」


 そして、ある日、エリサが現れた。
 牢の向こう側から、飽きたような顔で言った。
「なんで黙ってるの? 正直に話せば処刑は避けられたのに」
 その声には、同情も後悔も何もなかった。ただの冷たい風みたいだった。

「神様は、見てるわ」
 そう言うと、エリサは笑って帰っていった。
 私はその背中に向かって叫んだ。
「死んでも、嘘は言わない!」

 それからどれくらい時間が経ったのか分からない。
 身体は痛くて、心は空っぽで、でもそれでも私は、まだ生きていた。
 これは罰だと、思った。
 かつて私が悪女だったことへの。

 牢屋番がぽつりと教えてくれた。
「聖女様の意識が戻ったらしいぞ。帝国の王太子殿下が、特別な薬を持ってきて助けたんだとさ」

 ああ、良かった……。もういい、今はただアルの会いたい。

 もう私に出来ることは無い、体が冷たくなって意識が薄らいでいく。

(やっとアルに会える)

 そう思ったとき、ふわりと、毛布でくるまれる感覚がした。
 誰かに運ばれていた。

 処刑の時が来たのだ。


 目を覚ますと、そこはまるで天国だった。
 あたたかなベッドに、光の差し込む部屋。
 そして目の前には、女神のように美しい人がいた。

「気がついたか? もう大丈夫だ。アリスの冤罪は晴れた」

 夢じゃない。私は、生きていた。

「あなたは……?」

「私は帝国の王太子だ。エリサは捕まえた。迎えに来るのが遅くなって、すまなかった」

 その人の声には、あたたかさと静かな力があった。
 気づけば私の身体は手当てされ、痛みもやわらいでいた。

「アリスは、少し休んだら帝国に来て欲しい。そこには、君の力を必要としている人たちがいるんだ」

 私はまだその意味がよく分からなかったけれど、目を閉じると涙が溢れた。


 そのとき、廊下から怒鳴り声が響いた。

「あの悪女が無罪だと? 馬鹿なことを言うな! エリサを陥れたに決まっている!」

 サリエル王子だった。
 部屋に踏み込んできた彼は、私を睨みつけていた。

「騙されているんだ、レオナード殿下! そいつは処刑すべきだ!」

 でも、その場にいた宰相が静かに言った。

「エリサには自白剤を使いました。すべて自白しています。アリスは無実です」

「信じない! その女は生かしてはおけない!」

 そんな王子の声を、レオナード殿下は遮った。

「悪女はエリサだよ。アリスを脅して、操っていた。私の部下が見ていた。君が見誤っただけだ」

 サリエル王子は、護衛に連れ出されていった。
 去り際もずっと、私を睨んでいた。

「アリスには、帝国の城に巣くっている悪霊を祓ってもらいたい」

 レオナード殿下が、私の耳元で囁いた。

(私の力を、どうして知っているの?)

「準備はすぐに進めよう。安心して身体を治すといい」

 そう言って、彼は優しく微笑んだ。

 私は、また眠りに落ちた。
 どこかで、アルの声が聞こえたような気がした。

「……会いたい」

 私はそっと答えた。
「私もよ、アル」って。

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