入れ替わって知ったお互いの真実。殿下、元さやはありません! 公爵様がいますので

ミカン♬

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4 ディスレクシア

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 あの日、セリーナは私に言いました。

『殿下と私は愛し合っているの。お前は殿下に憎まれて可哀そうね』

 その言葉は、今でも胸に残っています。

 私は、聞き返しました。

『シリウス様はご存じなのですか?』

 セリーナは、少しも悪びれずに笑いました。

『ふふ、もちろん黙認されてるわ。政略婚ですもの、お互いどうしようもないのよ』

 シリウス様は、とても優しい、誠実な方。
 私にも丁寧に接して下さる、数少ない一人。

 結婚すればきっと、
 セリーナは幸福になるのでしょう。
 その心が――
 エリック殿下のものであっても。

 いつだったか、イザベラ様は仰いました。
 政略婚とは、家と家の結びつき。
 愛や心は関係ない。
 けれど。
 男女の仲は、結婚すれば変わっていくのだと。

 いつか、エリック殿下の心も、
 私を受け入れてくれるはずだと。

 ……私は、その言葉を信じたかった。
 まやかしでもいいから。

 でも。
 殿下は、死ぬほど私を嫌っていた。

 そんな方が、これから私を受け入れるなんて、
 あり得ない。

 ──私は決めました。
 この婚約を終わらせようと。

 だから。

「母上、もしセリーナと結婚できなければ、もう一度、私は死を選びます」

 殿下とセリーナを結ばせてあげましょう。

 そうすれば――
 きっと私は元の体に戻れる。

 どうしてか分かりませんが、そう確信していました。

 今、私の体にはエリック殿下がいる。
 私達は入れ替わっている。
 これは、お互いの運命を変えるべく、起こった奇跡なのだと。

 *****


 アーシャになって、一週間が過ぎた。
 長かったのか、短かったのか、よく分からない。

 私の体はどうなっているのだろうか。
 そればかり心配していた。

 ──辿り着いた結論。

 恐らく、私の体の中にはアーシャがいる。
 重傷を負って、辛い目に合っているはずだ。
 それは、申し訳ないと思う。

 ようやく熱が下がり、体が少し軽くなった朝。
 私はポーラに言った。

「紙とペンを用意してくれ」
「代筆ですね?」

「いや、自分で書く」
「え?」

 その顔は、明らかに怪しんでいた。
 まるで、私が別人になったみたいに。

 ……ある意味、間違っていないのだけれど。

「イザベラ様に手紙を出す。お見舞いの花束のお礼だ」

「はぁ……用意は致しますが」
 どこか歯切れの悪い声。

 そしてそのまま部屋を出ていった。

 ……本当に、無礼な侍女だ。
 そう思いながら、私はぼんやり天井を見上げる。

 さて。
 何と書くべきだろう。
 正直に書いて、母上は信じてくれるだろうか。

 そんなことを考えているうちに、ポーラが戻ってきた。

 小テーブルをベッドの横に運び、紙とペンを並べる。

 私はゆっくりとペンを握った。

 そして――

 固まった。

「どういうことだ……」

 手が動かない。
 いや、動くのだけれど。

 書けない。

 何かを書こうとするたび、
 紙の上には意味不明な線が並ぶだけだった。

 文字にならない。

「だから代筆致しますと……」

 ポーラの声が、どこか諦めたように響く。

 私は顔を上げた。

「本、本を持ってきてくれ。早く!」

「何を、お読みされますか?」
「絵本だろう? 早く持ってこい!」

「絵本はございませんが?」
「何でもいいから!」


 数分後、ポーラが何かの本を持って戻ってくる。

 私はそれを奪うように受け取り、
 慌ててページをめくった。

 そして。

「読めない……」

 思わず声が漏れた。

 まったく読めない。

 二歳児並みとか、そういう問題じゃない。
 文字が全部、逆さまなのだ。

 鏡に映したみたいに見える。
 頭の中で形がひっくり返り、意味を失っていく。

「これはなんだ?」

 ポーラは小声で答えた。

「お嬢様は、文字を正確に認識できないのです」

 胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。

「知らなかった……」

 ポーラは少しだけ優しい声になった。

「大丈夫ですよ。代筆致します。本だってお読みしますから。それにお嬢様は記憶力が抜群なんです。本を1冊、丸暗記できるのです。凄いことですよ?」

 私はゆっくり瞬きをした。

「そうなのか」

「はい。楽器の演奏も一度聞いただけで、何でも弾けます。手先も器用で、刺繍の腕は誰よりも優れています」

「それは、大したものだ」

 体験して分かった。

 アーシャは――障害(ディスレクシア)を抱えていた。
 文字の読み書きが、全く分からないのではない。
 ただ、それが困難であって、
 決して無能では無かったのだ。

 それなのに。
 私はずっと彼女を愚か者だと思っていた。
 王家にはふさわしくないと。

 ……いや。

 違う。

 私は、そう思わされていたのだ。
 レオンとセリーナに。

 ──疑いもしなかった。
 愚かなのは、私の方だった。

 母上には、手紙を出さなかった。
 直接会って、全てを話そうと決めた。


 そして――この日の午後。

 落ち込んでいる私の元に、
 レオンとセリーナがやって来た。

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