婚約破棄から始まる私と義弟との戦い

ミカン♬

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⑧ 対立

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 ……問題なのは、貴方とその“幼馴染”。

 そう言い切った私の声が、廊下に響く。

「わ、私の何が問題なのよ……酷いわ……」

 アニタは泣きそうな目でヒューイ様を見上げた。まるで恋人に縋るように。


「ナタリア、後は、僕に言わせて」

 横から割って入ったユーリィに、私は眉をひそめる。

「ユーリィ……あなた、ね……」

「親しいそぶりに怒らない。そう約束したよね?」

 小さな声。
 でも、義弟の低い声には、逆らえないものがあった。

「いいわ」

 ──ここは、彼に任せましょう。

「アニタ、君は子爵令嬢という立場でありながら、侯爵令嬢であるナタリアの、根も葉もない悪評を広めた。これは重い罪だよ。ちゃんと責任をとってもらう」

 アニタの顔から血の気が引いた。

「そしてヒューイ様、貴方も同じです。知っていたのに止めなかった。婚約破棄したかった、だからといって、それはあまりに卑怯です。……男としての責任、きちんと取ってください」

 その時、ヒューイ様が口を開いた。

「私は見た。侯爵家で、君が彼女に叩かれて、突き放され『義弟』だと、冷たく言われていたのを」

「ええ、義弟……他人です。血は繋がっていません。だからこそナタリアは僕と距離を置いた。貴方との婚約のために。……僕が彼女を慕いすぎたから、母が僕を別宅に移したんです」

 ──義母が? 父ではなく?
 ううん、ユーリィのこの場をしのぐ、嘘かもしれない。

「そんなこと、一言も……君は説明しなかった」
 ヒューイ様の声が、少し弱くなった。

「なぜ、ナタリアと話し合わなかったんです? ただの婚約じゃなかった。王家が関わる、大事な繋がりだった。それを、貴方自身が壊した。……ナタリアが責任を負う必要は、どこにもない」

 ──ユーリィはもう、私のことを「姉」って呼ばない。

 でも、今は――今だけは、彼の言葉に、私は救われていた。

 周囲がざわめいている。これが“姉弟の仲良しアピール”になって……いるのだろうか。

「君は、私を陥れたな」

 ヒューイ様の声が、怒りで震えていた。

「……あなたのアニタも、同じですよね。でも、ナタリアは賢かった。そんな罠にはかからなかった」

 アニタの罠──

 父が止めてくれなかったら、私はもっと早く声を上げていたと思う。私の訴えを「待て」と遮り続けた父に、今は少しだけ、感謝している。

 ……そう、少しだけ。



「ナタリアを貶める者を、僕は決して許さない。それが公爵家であっても」

 その言葉が放たれた瞬間、誰もが静かになった。
 私を守るための、凛とした声だった。

 そのとき、予鈴の鐘が鳴り出した。まるで祝福するように。
 滑稽なくらい、タイミングがよすぎた。

「ナタリア、帰りにまた迎えに来ます」

 そう言って、ユーリィは私を教室の前まで送ると、くるりと踵を返して去っていった。

 制服の背中が小さくなっていくのを、私は黙って見送る。

 すると、シャロンが急いで駆け寄ってきた。

「ユーリィ、素敵だったわ! だから、最初から仲良くすれば良かったのよ。貴女って意地っ張りだから」

「ヒューイ様との婚約が破棄されたから、義弟も強く言えたのよ」

「でもユーリィは、アニタやヒューイ様と親しかったんじゃないの?」

「さぁ、どうかしら」
 シャロンは友人だけどお喋りだ。余計な事は言えない。

 確かに、ヒューイ様はユーリィを目に掛けていた。
 それが“愛”だったなんて、絶対に言えない。


 ヒューイ様たちとクラスが別なのが、本当に救いだった。おかげで、あの顔を見ずに済む。

 それでも、耳に入ってくるのは、教室のあちこちから漏れる声。

「どう考えても、浮気したほうが悪いよね?」
「アニタって、ちょっと調子に乗りすぎてた」
「侯爵令嬢が虐めてたって話、誰も現場見てないって」
「ユーリィ様のナタリア様への愛情って、本物だわ」

 生徒たちの中にも、何かが変わったのを感じた。

 義弟は、あの場でアニタのことを「貴方のアニタ」と言った。あくまでも、ヒューイ様のものだと。そして私のことは「ナタリア」と、名指しで呼んで、「他人」だとはっきり告げた。

 ──でも、でも、ちょっと待って。

 “姉弟の仲良しアピール”はどうなったのよ?

 「他人」なんて、そんな言い方……私、ユーリィのことを家族だと認めてないみたいじゃないの。

 あの小悪魔、やっぱり最後には、私の心をかき乱して、困らせてくれる。

 

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