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⑪ ヒューイの訪問
義弟のユーリィは、毎日ひとりで学園に通っている。
学年が違えば、校舎も違う。だから、ヒューイ様と鉢合わせることは、まずない。……その点だけは、少し安心だった。
アニタたちは無期限停学になった。つまり、留年。
その処分についても、ポートマン卿にすべて任せてある。
「退学にして、恨まれるのは面倒です」と私は言った。
だから、あくまで“停学”というかたちで。
謝罪と、それなりの迷惑料は、しっかり請求させてもらった。
けれど――
私が本当に怒っているのは、彼女たちじゃない。
ヒューイ様。あなたです。
それなのに、毎日のように、屋敷に花束と手紙が届く。
父が私に学園を休ませた理由はこれだろう。ヒューイ様のしつこい謝罪。
私は封を切らない。
返事も、こう書くだけ。
<謝罪は必要ありません。お花と、お手紙も読んでいないので不要です>
可愛げのない女だ──私は。だから好きになって貰えなかった
いまさら何を贈られても、意味なんてない。
花束。
せめて私の誕生日に贈ってくれていたら……少しは情も残ったかもしれない。
そう思った矢先だった。
学園がお休みのその日、とうとうヒューイ様が屋敷に現れた。
帰るように伝えたけれど、「ナタリアに会うまでは帰らない」と言い張っているらしい。
……どの顔で!
いえ、きっと、恥を忍んで来たのだ。
だったら、こちらも覚悟を見せなければ。
私は、応接室に向かった。
部屋の前では、若い執事が不安そうに立ち尽くしていた。
「お嬢様、少々お待ちを……」
「なにかあったの?」
執事が目を泳がせた。
「その……ユーリィ様が、中でお話し中です」
「……は?」
声が裏返った。
私より先に? この状況で? よりにもよって、義弟が先に?
入ろうとしても、執事が私の前に立ちふさがる。
「下がりなさい、ふ、二人きりなんて、危険だわ」
思わず叫びそうになった。
――義弟が襲われたら、どうするの! と。
その言葉は、なんとか飲み込んだ。けれど代わりに、もっとひどい想像が頭に浮かぶ。
まさか……もう、ソファーの上で押さえつけられて、身動き取れなくなってるんじゃ……。
「どきなさい!」
私は執事を払いのけて、ノックも忘れて扉を開いた。
その瞬間、応接室の時間が止まったようだった――
ヒューイ様とユーリィが、真正面から睨み合っていた。
でも、私が入ってきた気配に、二人同時に、顔だけ私の方を向ける。
「ナタリア!」
二人は、名を呼ぶタイミングまで同じだった。
私は、真っ先にユーリィの方へ駆け寄った。
「ユーリィ、大丈夫だった?」
彼の右頬が赤く染まっていて、瞬時に察する。――殴られた?
……あの執事、義弟を守らずに、何してたの。即刻解雇ね。
「大丈夫です。ヒューイ様が、少々興奮なさって──」
「まぁ!」
私は、そのままヒューイ様にくるりと振り向いた。
「なんて乱暴な。か弱い者に、手を上げるなんて!」
「ナタリア、落ち着いてくれ。私じゃない!」
「じゃあ、他に誰がいるんですの!? もうお帰りくださいませ。二度と来ないで!」
「違うんだ! ユーリィ、お前、何か言ってやれ!」
ユーリィは、少しだけ困ったような顔で答えた。
「興奮なさって、『ナタリアがやったのか!』と仰いました」
「へ?」
……私が、殴った? ユーリィを?
「他に誰がいるんだ?」
ヒューイ様が、私を疑わしげな目で見る。
「まだそんなことを……。私は神に誓って、手など上げていません!」
この人は――やはり、心の奥には一片の信頼もないのだ。
「では、その顔はどうした?」
「転んでぶつけたんです。恥ずかしいから、言いたくなかったのに」
ユーリィが言った瞬間、ヒューイ様の顔が、赤みを帯びる。
怒りか、羞恥か。きつく拳を握った。
「……殴ってもいいですよ。その代わり、ナタリアには二度と近づかないで下さい」
「この……小賢しい奴め!」
ユーリィは澄ました表情だ。
私は、もうこれ以上は無駄だと悟って、扉へ向かう。
「話し合うことなど、何もありませんわ。どうぞ、お帰りくださいませ」
取っ手に手をかけて、背後に響く足音を聞きながら、扉を開けた。
「お客様がお帰りよ!」
そう叫んだ瞬間、ヒューイ様の足が止まる。
ユーリィを鋭く睨みつけてこう言った。
「覚えてろよ」
そして――私の手を、強く掴んだ。
「婚約は、絶対に破棄しない」
「破棄したのは、あなたです。これまで私がどれほど傷ついたか、考えてくださったこと、あります?」
「それを謝罪したいんだ」
「謝罪の気持ちがあるなら、婚約は破棄して下さい」
言い終わると同時に、彼の手を振り払った。
だがヒューイ様は引かない。
「私は君の初恋だろう? 内心では受け入れたいはずだ!」
「はぁ?」
そのとき、ユーリィがすっと私の隣に来て肩を抱いた──
「見苦しいですよ。さっさとお帰り下さい」
「なっ!」
ヒューイ様は悔しそうに、まだ何か言いたげに、私と義弟を交互に見ていたけれど、結局は一言だけ。
「このままでは、終わらせないからな」
そうして、ようやく帰っていった。
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