婚約破棄から始まる私と義弟との戦い

ミカン♬

文字の大きさ
30 / 33

㉚ 収集癖

しおりを挟む
 家に戻り、療養することになった。
 毎日、主治医が傷を診て包帯を替える。

「お顔に傷がつかなくてよかったですわ」
 侍女たちは悲しそうに、それでも丁寧に世話をしてくれる。

 後遺症もなく、傷は順調に癒えていった。
 ユーリィは日に何度も様子を見に来る。

「愛されていますね」
 侍女たちに言われると、悪い気はしなかった。
 三大公爵家の老人たちは、今回の件でみんな手を引くだろう。

 数日後、クラバット作りを再開していると、ユーリィが来た。
「休憩して、お茶でもどうですか?」

「そうね」
 道具を片付けると、彼は首を傾げた。

「前のと違うんですね、作り直しですか?」

「そうなの、完成したのだけど。針で指を突いて、血の染みがあったから」

「捨てたんですか?」

「いいえ、残してあるわ」

 彼はそれが欲しいと言い出した。
「ダメよ。綺麗なのを作るから、待っていて」

 けれどユーリィは、侍女にそれを取り寄せさせ、
「姉上の努力の結晶です。僕の宝物です」
 と、さっさと持ち帰ってしまった。

「あら、お茶はいいのかしら? 汚れてるのに宝物だなんて」

 年配の侍女が笑う。
「坊ちゃまは、お嬢様の物なら何でも集めてますから。包帯だって――」

「包帯?」

「あっ、失言です」

 私はお茶を置き、急いで彼の部屋へ向かった。
 返事も待たず扉を開けると、彼がクローゼットを閉めたところだった。

「ユーリィ!」
「姉上? な、何です?」

「包帯はどこ?」

「……え?」

 クローゼットに近づくと、彼が立ちはだかる。
「どきなさい!」

 押しのけて開けると、箱が積まれていた。
 一番上を取ると、彼が慌てて言う。
「それは、さっきのクラバットを入れてあります!」

 箱を次々開けると、絵本や花の栞、玩具に人形、プレゼントや包み紙……私があげたものばかり……
 いや、幼い頃のカチューシャ、私の靴や靴下まであった。

「……まさか、下着は?」

「僕はそんな恥知らずではありません!」

 そして、見つけた。捨てたはずの包帯。きれいに折り畳まれている。

「これは捨てなさい!」
「嫌です。僕への戒めなんです」

「髪も洗ってなかったのよ。不潔な匂いがするわ、それが嫌なの」

「姉上が不潔なはずありません。いい香りがします」

 ──完璧だと思っていた義弟に、思わぬ落とし穴だった。


「ねぇ、屑籠のゴミは拾わないで」

「これは、捨てる前のものです。ゴミではありません」

「捨てないなら婚約は解消よ!」

 彼は口をつぐみ、考え込む。
 ゴミと婚約を天秤にかけている――呆れて、しばし声も出なかった。


「解消ね。分かったわ、ゴミを一生大事にしてなさい」

 扉に向かうと、
「待って! 分かりました、捨てます」

「それ、渡しなさい」

 彼が包帯を手渡す。まだ消毒液の匂いが残っていた。

「あの日を思い返すたび……自分を殴りたくなります」

 心が削れたのは、ユーリィも同じ。
 私を抱えて宮殿を走った彼の気持ちを、想像するだけで胸が痛む。

「戒めなんて、馬鹿ね。私とこれ、どっちが大事?」

「もちろん、ナタリアです。貴方は僕の最愛です」

「嘘、ついてない?」
 そう言って、私はそっと彼を抱きしめた。

 ユーリィは私を強く抱き返し、肩に顔を埋める。
「本当に……心から、愛しています」

「私もよ」
 私は、義弟の背をポンポンと軽く叩いた。

「ユーリィ、包帯の代わりに、あの日つけていた髪飾りをあげるわ。二度と使わないって決めたの。貴方のクローゼットにしまっておいて」

「本当に? じゃぁ、僕達の嫌な思い出を、箱に閉じ込めておきます」

 嬉しそうな義弟。こんな収集癖があったなんて。

 私の知らない義弟の一面を、また一つ見つけた。
 

 *


 部屋に戻り、髪飾りを手渡すと、ユーリィはそれを宝物のように、丁寧にハンカチに包んだ。

 彼の笑顔を見て、――最初から髪飾りが欲しかったのかしら、なんて思う。

 まさかね。


「貴方には、いい思い出を、たくさん残してほしいわ」

「この髪飾りを見るたび、あの日を思い出します。それと今日、姉上が僕を抱きしめ、愛をくれた瞬間を」

「愛なんて、あげたかしら?」

「うーん、まだ『愛してる』の一言は、もらってませんけど」

「それを言ったら、きっと私の負けだもの。でも愛してるわよ──“弟”として」

 ユーリィは少し不満そうな顔をしたが、直ぐに反撃してくる。

「では、僕が“弟”でなくなった時、貴方の負けを認めて下さいね」

「そんな日が、くるかしら?」

「もちろん……きますよ?」

 義弟の悪戯っぽい目に、未来の自分を重ねる。
 バージンロードをウェディングドレス姿で歩む。

 そのとき、素直に誓えるだろうか――愛を。

 答えは、彼の成長と一緒に、まだ遠い先に預けておく。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染を寵愛する婚約者に見放されたけれど、監視役の手から離れられません

きまま
恋愛
婚約破棄を告げられた令嬢エレリーナ。 婚約破棄の裁定までの間、彼女の「監視役」に任じられたのは、冷静で忠実な側近であり、良き友人のテオエルだった。 同じ日々を重ねるほど、二人の距離は静かに近づいていき—— ※拙い文章です。読みにくい文章があるかもしれません。 ※自分都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

私のための戦いから戻ってきた騎士様なら、愛人を持ってもいいとでも?

睡蓮
恋愛
全7話完結になります!

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

ぱんだ
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

ぱんだ
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。 ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。 オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。 「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」 別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。 身勝手な要求にアイラは呆れる。 ※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

処理中です...