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㉛ 義弟には勝てない
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新年の祝いは、毎年領地の城で。
親族が集まり、年の始まりに繁栄を願う――今年は、私とユーリィの婚約発表が重なった。
彼は宰相の家、バスコット伯爵家の養子になったけれど、暮らしは変わらない。ガートナー家に、いつものようにいる。
それでも義弟でなくなるのは、寂しかった。
年が明けたその日、ユーリィは正装に、私が贈ったエンジ色のクラバット。彼が着けると何でも高級品に見える。
私は白いドレスにサファイアのアクセサリーで、彼の隣に立つ婚約者だと主張してみせた。
煌びやかな会場で父が新年の挨拶を終えると、ユーリィが私をエスコートして壇上に上がった。
私達が婚約したことを父から発表されると、拍手とともにざわめきが広がった。
驚くのも無理はない。父の隠し子だと思われていた義弟との婚約だ。
ここまで私は冷静だった。
なのに……。
ユーリィと婚約指輪を交換すると、その輝きに胸が甘く疼いた。
欲望にも似た、不思議な感覚に襲われる。
──もう、この小悪魔は私のものだ。
そんな優越感のような、気恥ずかしい気持ち。苦しいほど心臓が高鳴った。
「我々の繁栄と、二人の幸福を祝って、乾杯」
父が締めくくってお披露目が終わると、落ち着かない私の元に母方の祖父母がやって来た。
ユーリィが異母弟だと、一番疑っていたのは、母方の祖母。
遠方に住んでいて、会えるのは新年くらい。誕生日プレゼントも欠かさず贈ってくれる。
祖母は、私の母――祖母の娘――が流行病で亡くなった日から、父や義母、そしてユーリィへのわだかまりを隠さなかった。
「ユーリィと婚約だなんて、まさか、父親に強制されたの?」
祖母が私の手をぎゅっと握る。父を責めるような声に、母の記憶がよぎった。
ほとんど覚えていないけれど、隠し子の噂で、母は苦しんでいたに違いない。
だからといって、義弟に罪はない。
「いいえ、強制なんてないわ。心配しないで、お婆様」
「彼は異母弟じゃなかったのね……」
祖母の視線が、ユーリィを射抜く。
「でも、どうして相手がこの子なの? あなたならもっと良縁があるでしょう?」
「……いろいろあったの。詳しくは言えないのよ。分かって、お婆様」
祖母は瞳を潤ませて、私を抱きしめた。
「やっぱり訳ありなのね。可哀そうに」
「いえ、違うの」
どう説明すればいいのか……
父を探すと、もうどこかに消えていた。横を見ると、ユーリィが私を見ている。私の言葉を待つように。
「ユーリィ、お婆様が安心できるように、何か言って差し上げて」
彼は祖母に向き直り、はっきりと言った。
「夫人、誤解です。僕たちは愛し合っています。ね、ナタリア?」
──もう! 何で確認を求めるのよ。
「え、ええ、そうなの。だから大丈夫よ、お婆様」
「本当に? ナタリアはこの子を愛しているの? だから婚約を?」
祖父も黙ってこちらを見守っている。
ああ、認めるしかない……これは……もう。
「そう……私はユーリィを愛しているの。だから婚約を決めたの」
「本当なのね?」
食い下がる祖母に、私はそっとささやく。
「ええ、ユーリィなら父よりも……ずっと良い夫になってくれると思うわ」
「ええ、僕は絶対にナタリアの良い夫になります!」
彼の浮かれた声に、祖母のサポートでオウンゴールを決めたような……そんな気分になった。
「ナタリアは私たちの大切な孫娘です。その言葉、お忘れなきよう」
「もちろんです。――誓います」
その誓いに、祖父母はようやく微笑んだ。
すべての挨拶を終えたあと、ユーリィがほっと息をつく。
「やっと、義弟から婚約者になれた気がします」
「私の中では、今も義弟だけど」
「お婆様に、あなたの良い夫になると誓いましたよ?」
「背伸びしなくてもいいのよ。まだ十六歳なんだから」
「もう結婚できる年齢です。僕は大人です」
「ふふ、むきになって……かわいらしい大人ね」
「一つしか違わないのに」
拗ねるその顔に、思わず笑ってしまう。
「……ナタリア」
気を抜いた瞬間、彼が一歩踏み込む。
距離が、一瞬でゼロになった。
「意地悪のお返しです」
囁きと同時に、額に柔らかなリップ音。
「み、見られてるわ」
「かまいません。婚約者ですから」
熱を帯びた視線に、うつむけば負けだと分かっていた。だけど、頬が熱いのを悟られたくなかった。
「……ユーリィ、もう少しだけ義弟でいて」
うつむいたまま、そう言った。
恋人として意識したら、心臓がもたないもの。
想像以上に、私はこの小悪魔に心を奪われている。
「いいですよ。あなたは臆病ですから。慣れるまで待ちます」
そう言って、彼はそっと私を抱き寄せる。
その一瞬で分かってしまった。
――恋人として彼を受け入れる時が、すぐに来る。
「ユーリィ、人前ではやめて」
そう突き放しても、胸の奥に甘い予感が灯ったまま消えない。
次に抱擁を許すとき、私はもうユーリィを「義弟」と呼べなくなる。
それは、今夜かもしれないし、明日かもしれない――
そう思うだけで、胸がまた早鐘を打つ。
隣では勝利を確信したユーリィが微笑んでいる。
彼には、きっと勝てない。
親族が集まり、年の始まりに繁栄を願う――今年は、私とユーリィの婚約発表が重なった。
彼は宰相の家、バスコット伯爵家の養子になったけれど、暮らしは変わらない。ガートナー家に、いつものようにいる。
それでも義弟でなくなるのは、寂しかった。
年が明けたその日、ユーリィは正装に、私が贈ったエンジ色のクラバット。彼が着けると何でも高級品に見える。
私は白いドレスにサファイアのアクセサリーで、彼の隣に立つ婚約者だと主張してみせた。
煌びやかな会場で父が新年の挨拶を終えると、ユーリィが私をエスコートして壇上に上がった。
私達が婚約したことを父から発表されると、拍手とともにざわめきが広がった。
驚くのも無理はない。父の隠し子だと思われていた義弟との婚約だ。
ここまで私は冷静だった。
なのに……。
ユーリィと婚約指輪を交換すると、その輝きに胸が甘く疼いた。
欲望にも似た、不思議な感覚に襲われる。
──もう、この小悪魔は私のものだ。
そんな優越感のような、気恥ずかしい気持ち。苦しいほど心臓が高鳴った。
「我々の繁栄と、二人の幸福を祝って、乾杯」
父が締めくくってお披露目が終わると、落ち着かない私の元に母方の祖父母がやって来た。
ユーリィが異母弟だと、一番疑っていたのは、母方の祖母。
遠方に住んでいて、会えるのは新年くらい。誕生日プレゼントも欠かさず贈ってくれる。
祖母は、私の母――祖母の娘――が流行病で亡くなった日から、父や義母、そしてユーリィへのわだかまりを隠さなかった。
「ユーリィと婚約だなんて、まさか、父親に強制されたの?」
祖母が私の手をぎゅっと握る。父を責めるような声に、母の記憶がよぎった。
ほとんど覚えていないけれど、隠し子の噂で、母は苦しんでいたに違いない。
だからといって、義弟に罪はない。
「いいえ、強制なんてないわ。心配しないで、お婆様」
「彼は異母弟じゃなかったのね……」
祖母の視線が、ユーリィを射抜く。
「でも、どうして相手がこの子なの? あなたならもっと良縁があるでしょう?」
「……いろいろあったの。詳しくは言えないのよ。分かって、お婆様」
祖母は瞳を潤ませて、私を抱きしめた。
「やっぱり訳ありなのね。可哀そうに」
「いえ、違うの」
どう説明すればいいのか……
父を探すと、もうどこかに消えていた。横を見ると、ユーリィが私を見ている。私の言葉を待つように。
「ユーリィ、お婆様が安心できるように、何か言って差し上げて」
彼は祖母に向き直り、はっきりと言った。
「夫人、誤解です。僕たちは愛し合っています。ね、ナタリア?」
──もう! 何で確認を求めるのよ。
「え、ええ、そうなの。だから大丈夫よ、お婆様」
「本当に? ナタリアはこの子を愛しているの? だから婚約を?」
祖父も黙ってこちらを見守っている。
ああ、認めるしかない……これは……もう。
「そう……私はユーリィを愛しているの。だから婚約を決めたの」
「本当なのね?」
食い下がる祖母に、私はそっとささやく。
「ええ、ユーリィなら父よりも……ずっと良い夫になってくれると思うわ」
「ええ、僕は絶対にナタリアの良い夫になります!」
彼の浮かれた声に、祖母のサポートでオウンゴールを決めたような……そんな気分になった。
「ナタリアは私たちの大切な孫娘です。その言葉、お忘れなきよう」
「もちろんです。――誓います」
その誓いに、祖父母はようやく微笑んだ。
すべての挨拶を終えたあと、ユーリィがほっと息をつく。
「やっと、義弟から婚約者になれた気がします」
「私の中では、今も義弟だけど」
「お婆様に、あなたの良い夫になると誓いましたよ?」
「背伸びしなくてもいいのよ。まだ十六歳なんだから」
「もう結婚できる年齢です。僕は大人です」
「ふふ、むきになって……かわいらしい大人ね」
「一つしか違わないのに」
拗ねるその顔に、思わず笑ってしまう。
「……ナタリア」
気を抜いた瞬間、彼が一歩踏み込む。
距離が、一瞬でゼロになった。
「意地悪のお返しです」
囁きと同時に、額に柔らかなリップ音。
「み、見られてるわ」
「かまいません。婚約者ですから」
熱を帯びた視線に、うつむけば負けだと分かっていた。だけど、頬が熱いのを悟られたくなかった。
「……ユーリィ、もう少しだけ義弟でいて」
うつむいたまま、そう言った。
恋人として意識したら、心臓がもたないもの。
想像以上に、私はこの小悪魔に心を奪われている。
「いいですよ。あなたは臆病ですから。慣れるまで待ちます」
そう言って、彼はそっと私を抱き寄せる。
その一瞬で分かってしまった。
――恋人として彼を受け入れる時が、すぐに来る。
「ユーリィ、人前ではやめて」
そう突き放しても、胸の奥に甘い予感が灯ったまま消えない。
次に抱擁を許すとき、私はもうユーリィを「義弟」と呼べなくなる。
それは、今夜かもしれないし、明日かもしれない――
そう思うだけで、胸がまた早鐘を打つ。
隣では勝利を確信したユーリィが微笑んでいる。
彼には、きっと勝てない。
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