罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

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第二章

第二章 ~『ハーゲンの断罪』~

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 ライナス襲撃から数日が経過した頃。雲ひとつない晴天の下、クラウスとエリスはグランベルク伯爵邸を訪れていた。

 門の前に立っても、誰一人姿を見せない。かつてなら、整列した使用人たちが直立不動で出迎えていたはずの立派な門構え。だが今は、蔦が絡み始めた門扉が軋む音を立てるだけだった。

「ずいぶんと静かですね……」

 エリスが小さく呟く。クラウスは頷くと、躊躇いもなく門を押し開け、屋敷の敷地に足を踏み入れる。

 玄関の扉も、かろうじて閉じているだけで鍵は掛かっていない。まるで、もはや守るものが何もないことを物語っているかのようだ。

「誰かいませんかー」

 扉を開けて声をかけるが反応はない。仕方なく、二人は廊下を進む。

 靴音が静かに響く廊下では、絨毯の端が捲れ、壁には埃が積もり、窓の隙間からは枯葉が吹き込んでいる。人の気配が完全に消えた屋敷の中は、静寂というより、もはや廃墟に近い。

「これは……予想以上か……」
「この現状に心当たりがあるのですか?」
「まぁな」

 クラウスは階段を上り、かつて重厚な権威の象徴であった執務室の扉をノックする。返答はないが、彼はそのまま扉を開く。

「……なんだ貴様らか」

 扉を開いた先では、ハーゲンが机にうつ伏せるように座っていた。

 衣服は乱れ、顔色は青白い。何日も眠っていないのか、頬はこけ、目の下には深い隈ができていた。

「随分と酷い有様だな」
「ふん、白々しい。貴様らがやったことだろうが!」

 叫ぶ声はかすれ、力はない。怒りよりも、怯えと疑念が滲んでいる。

「私はただ正義の告発をしただけだ」

 ライナスの証言を元に、クラウスはハーゲンの罪を公の場で暴いた。暗示の魔術を使って、人を殺めようとした卑劣な精神性が明るみになり、彼の評判は地の底まで落ちた。

 貴族は人心を掌握し、領地を治めるのが仕事だ。評判を失った彼は、貴族として先がないと扱われ、窮地に立たされていたのだ。

「貴様のせいで、商会から契約を切られ、資産も差し押さえられた! 給金も払えず、あの役立たずの使用人どもも一人残らず逃げだしてしまった!」

 絶望するハーゲンに、クラウスは無言で懐から一枚の書状を取り出す。

「……それは?」
「王家からの勅旨だ。君の爵位を剥奪し、廃嫡処分とする旨が記されている。今後、領地は私が管理する……だから、出ていってもらえるか?」
「ふ、ふざけるな! この屋敷も民もすべて儂の所有物だ! 誰にも渡すものか!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がり、ハーゲンは吠えた。顔を紅潮させ、両手を広げて空気を掴むように振る。

 そして次の瞬間、ハーゲンの全身から、ねっとりとした黒い魔力が噴き上がる。暴力的な波動が放たれ、部屋の空気が一瞬で重くなる。壁に飾られていた絵画が音を立てて落ちはじめた。

「私に勝てると思っているのか?」
「どうせ逃げても破滅なら、貴様らも道連れだ!」

 ハーゲンは指先から赤い光を放つ。見る者の意識に侵食する暗示の魔術だ。

 だがエリスが前に出て、掌で魔術を受け止めると、次の瞬間には霧のように散ってしまう。

「なっ!」
「私は魔術を無力化できますので、その攻撃は無駄です」
「うぐっ」

 ハーゲンが一歩退いたその瞬間、クラウスが素早く踏み込む。

 訓練された体がひと跳びで間合いを詰め、逃げる隙も与えずに、腕をひねりあげて床に押し付ける。

「ぐあああああっ……!」

 床に組み伏せられたハーゲンは必死にもがくが、クラウスの力の前では微動だにできない。

「なぜだ! なぜ貴様は儂にここまで容赦ないのだっ!」

 涙と汗で濡れた顔を歪め、ハーゲンが叫ぶ。だがクラウスの返答は、低く、静かなものだった。

「普段ならここまでやらん。だが、お前はエリスの命を狙ったからな……私は、私の大切な人を傷つけようとした敵を、絶対に許さない」

 その目には深い怒りと覚悟が宿っている。そこで初めて、ハーゲンは手を出すべきでない相手だったと後悔する。

「ク、クソッ……クソォォォォ!」

 怒声と共に、ハーゲンの力が抜ける。その心がようやく敗北を受け入れたかのように、部屋の中で反響した声が小さくなっていくのだった。
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