22 / 24
第三章
第三章 ~『崖と堰の準備』~
翌朝。森の中には柔らかな朝日が差し込み、小鳥のさえずりと川のせせらぎが響いている。
リサとハンスは水浴びをするために、以前発見した川を訪れていた。お互いの気配は感じつつも、それぞれで距離を取る。
服を脱いで川の中に足を踏み入れると、ひやりとした感触に思わず身震いするが、それでも少しずつ水に慣らすように膝まで入り、ゆっくりと歩を進めていく。
やがて肩まで沈むと、澄んだ水の冷たさが火照った肌を包み込み、塩気と汗のざらつきを洗い流していく。
川の冷たさは次第に優しい刺激に変わり、リサは深く息を吐いた。
(やっぱり水浴びは最高ですね)
すぐそばではハクが短い前脚でちゃぷちゃぷと水を掻き、しぶきを跳ね上げながら無邪気に遊んでいる。
時折、リサのほうへ向かってバシャリと水が跳ねるも、彼女は苦笑しながら、そっとハクの背中に手を伸ばし、濡れた白い毛に指を滑らせる。
ハクの毛は水分をたっぷりと含み、重く垂れているが、リサの手の動きに合わせて小さくぷるぷると震える。
(きっと海水でべたついていたのが気持ち悪かったのでしょうね……)
嬉しそうに鳴くハクを見て、リサは微笑む。
しばらくは水浴びを満喫し、やがて満足したリサが川から上がると、冷たい風が肌を撫でた。
このままでは風邪を引くと、さっそく魔法を発動させる。
「乾かしますから、ハク様もジッとしていてくださいね」
「にゃ~」
一晩練習したおかげで風魔法の練度は増していた。ふんわりとした温風がハクとリサの全身を包み込んでいく。
やがて最後の一滴まで乾ききると、リサの肌にほんのりとした温もりだけが残る。衣服に袖を通し、身支度を整えると、その表情には満足げな笑みが浮かぶ。
そこへ、少し離れた森の方から踏み分ける足音が近づいてくる。リサが振り向くと、ハンスの姿が見えてくる。
彼はゆったりと歩きながら、濡れた髪を手で軽くかき上げていた。
「待たせたね」
「おかえりなさい、ハンス様。もしよろしければ、髪を乾かしましょうか?」
「助かるよ。僕の火の魔法だと体は乾かせても、髪まですべて乾かすには時間がかかりすぎるからね」
リサは手を前に差し出し、そっと魔力を練り上げる。彼女の指先から水の魔力が放たれ、ハンスの髪に残る水分が雫となって消える。
「……すごい。水だけを的確に抜き取ったんだね」
ハンスは髪に手をやり、さらりと軽くなった感触を確かめると感嘆の声を漏らす。
「水は習得してから日が経ちますから。最初は失敗ばかりでしたけど、最近はようやく細かい操作にも慣れてきました」
「君が本国に行けば、きっと多くの貴族が喉から手が出るほど欲しがる人材になるよ。火と風、水まで緻密に操れる者は、僕の知る限りでも極わずかだからね」
リサは照れたように視線をそらす。その頬にはほんの少し自信の色が滲んでいたが、視界の端で捕らえた影を見て、表情を変える。
「ハンス様、あれ……」
「鹿だね」
リサの視線の先に木陰から姿を現した複数の鹿が映る。しなやかな四肢で軽やかに歩き、大きな瞳でリサたちを一瞥する。
「今日はやけに多いですね」
「乾季だからだろうね。雨が降らないから、川に水を求めにきたんだ」
「では、雨による鳳凰の弱体化は期待できませんね」
「そうなるね」
残念そうに俯くリサたち。だがすぐに何かを思いついたのか、彼女の瞳が輝く。
「では、川の水を浴びせるのはどうでしょうか?」
「魔法で操るのかい?」
「いえ、これだけの量の水はまだ自在に操れませんので……ですが、この川を上流に進めば滝があるかもしれません。それを使えば……」
「なるほど。自然を武器にできるわけだね。試す価値は十分にありそうだ」
善は急げと、リサたちはすぐに行動を開始する。
川の流れに沿って登り、木漏れ日の中をしばらく進んだ先で、ついに轟く水音が耳に届く。
視界が開けた先には巨大な滝があった。断崖絶壁から水流が流れ落ち、深い滝壺で豪快な水柱を上げている。
辺りの空気は水飛沫で冷たく、霧のような細かい水滴が舞っていた。
「予想は的中しましたね」
「ここなら、崖下に鳳凰を誘い込めれば、上から水を一気に落とせるね」
鳳凰のような巨大な魔獣が羽ばけるだけの広さがあり、滝の落下地点の傍には、人間の足場となる岩場も広がっている。罠を仕掛けるための条件は整っていた。
「上流で岩や丸太を使って堰を作る……それで流れをせき止めておき、タイミングを合わせて開放するんだ」
頭上から大量の水を落として弱体化させる。その状態なら勝算も生まれるはずだと、リサたちの口元に笑みが浮かぶ。
しかしすぐに緊張を取り戻し、身を引き締める。まだ解決しなければならない課題が残っているからだ。
「問題はどうやって鳳凰をこの崖下まで誘い込むかだね……」
「……私が囮になります」
「駄目だ! 君にそんなことをさせるわけにはいかない!」
ハンスは滝の音を割るような声を響かせる。真剣な眼差しを向けるが、リサの瞳は揺るがない。
「ハンス様。囮役は私でなければ意味がありません。なにせ恨まれているのは日本人である私ですから」
「しかし……だからと言ってそれは……」
言葉を失ったハンスはその場に立ち尽くす。眉をひそめ、何度も唇を開いては閉じる。
やがて静かに目を閉じ、拳を震わせながら口を開く。
「……わかった。だが無理はしないで欲しい。そして危険だと思ったら声をあげるんだ。必ず助けに行くと約束するよ」
「ハンス様は本当に頼りになりますね」
儚げな笑みを浮かべると、その場にいたハクが、不安そうにリサの足元に寄り添る。ふさふさの尾を体に巻きつけ、丸くなりながらもジッとリサの顔を見上げる。
「ハク様……あなたはハンス様の側にいてサポートしてあげてください。今回だけはお願いします」
「にゃ……」
ハクは不安げに鳴くが、やがて渋々了承するようにリサの足元からそっと離れる。それぞれの想いを胸に最終決戦への覚悟を決めるのだった。
あなたにおすすめの小説
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜
腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。
絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。
しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身!
「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」
シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
嫌われていると思って彼を避けていたら、おもいっきり愛されていました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアメリナは、幼馴染の侯爵令息、ルドルフが大好き。ルドルフと少しでも一緒にいたくて、日々奮闘中だ。ただ、以前から自分に冷たいルドルフの態度を気にしていた。
そんなある日、友人たちと話しているルドルフを見つけ、近づこうとしたアメリナだったが
“俺はあんなうるさい女、大嫌いだ。あの女と婚約させられるくらいなら、一生独身の方がいい!”
いつもクールなルドルフが、珍しく声を荒げていた。
うるさい女って、私の事よね。以前から私に冷たかったのは、ずっと嫌われていたからなの?
いつもルドルフに付きまとっていたアメリナは、完全に自分が嫌われていると勘違いし、彼を諦める事を決意する。
一方ルドルフは、今までいつも自分の傍にいたアメリナが急に冷たくなったことで、完全に動揺していた。実はルドルフは、誰よりもアメリナを愛していたのだ。アメリナに冷たく当たっていたのも、アメリナのある言葉を信じたため。
お互い思い合っているのにすれ違う2人。
さらなる勘違いから、焦りと不安を募らせていくルドルフは、次第に心が病んでいき…
※すれ違いからのハッピーエンドを目指していたのですが、なぜかヒーローが病んでしまいました汗
こんな感じの作品ですが、どうぞよろしくお願いしますm(__)m
妹に聖女の座を奪われ極寒の地に追放されましたが、冷酷公爵様の不器用な溺愛と巨大もふもふ精霊王に囲まれ幸せです
黒崎隼人
ファンタジー
枯れ果てた王都の大地に、夜な夜な魔力を注ぎ、命の息吹を与え続けていた伯爵令嬢のルシエル。
しかし彼女は「真の聖女」としての手柄をすべて異母妹のマリアンヌに奪われ、さらには無実の罪を着せられて、一年中雪と氷に閉ざされた極寒の北の公爵領へと永久追放されてしまう。
すべてを失い、死を覚悟してたどり着いた氷の城。
そこで彼女を待っていたのは、「冷酷公爵」と恐れられる若き領主・カリスだった。
しかし彼は、噂とは正反対の、不器用だが誰よりも領民思いで優しい男性だった。
カリスに隠された真の力を見出されたルシエルは、彼と「1年間の契約結婚」を結び、北の大地を救うために立ち上がる。
温かい食事、安全な寝床、そしてカリスの不器用な優しさに触れ、ルシエルの凍りついていた心は少しずつ溶かされていく。
さらに、怪我をしていたところを助けた巨大な銀狼――実は恐ろしい「精霊の王」ブランにもすっかり懐かれてしまい、ルシエルの周りはかつてないほどの温もりともふもふで満たされていく。
一方、真の聖女を失った王都は急激に枯れ果て、崩壊の危機を迎えていた。
焦った王都側はルシエルを連れ戻そうと理不尽な要求を突きつけ、ついには呪いの攻撃まで仕掛けてくる。
だが、今のルシエルはもう一人ではない。愛する人たちと、自らの居場所を守るため、彼女は真の力を解放する――!
これは、すべてを奪われた少女が、北の地で不器用な公爵様と愛らしい精霊王に囲まれ、世界一温かい春を咲かせるまでの、奇跡と溺愛の物語。