珊瑚の恋

hina

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「ひぃああああ……」
首筋に歯が食い込む。
普段優しい眼差しの水色の瞳は血走っていて、呼吸は荒い。
刀が青様の部屋に無くて良かった。じゃなかったら、今頃切られていたかもしれない。


結果から言って、薬は間に合わなかった。今現在届いていない。

今日は青様の誕生日。成人を迎えた日。
こんなに早く呪いが発動してしまうなんて、予想なんかしていなかった。
勝手に、まだ時間があると思っていた。

間違ってた。お祝いの集まりが終わり、青様の部屋に戻って、さっきまで青様は「もうしばらく私の部屋に来てはいけないよ」なんて笑っていたんだ。

「青さ、まっ……」
青様はきつく噛み付いてきていて、多分私の声は届いていない。

「いったぁ……」

血が滲んできたのだろう。啜る音が聞こえる。血肉を欲しがるって、どれくらいで満たされるのだろうか。
私は生き残れる……?
痛みに脂汗と涙が浮かび、意識が飛びそうになる。
私はどれほど耐えられるだろうか。



だけど、痛みと取りとめない思考は唐突に終わりを告げた。

「兄様、失礼します! 薬師の方をお連れしました!」
「おや、これはいけない」
「うわああ! うわあ!」
「兄様! 駄目です!」

ばたばたと入ってきた陸様とあの薬屋の店主の女性が私から青様を引き離す。
青様は私に手を伸ばして取り乱している。

店主の女性は懐から瓶を取り出して、陸様が押されながらも青様を抑えている中、青様に瓶の中身を流し込む。

「桜さん、兄様から離れて下さい!」
「でも、でも」
「落ち着いて下さい。兄様は大丈夫です。桜さんを守らないと後で兄様に叱られてしまいます!」
「薬に強力な睡眠効果のある素材を使ったので、すぐに眠りに落ちるでしょう。しばらく寝込むでしょうけれど、副作用は抜けますよ」
「あ……有難う御座います」


そうしているうちに青様が動きを止め、がくっと崩れる。
女性と陸様が布団まで運び、青様を寝かせる。


「今飲んだ薬の影響で高熱が出るでしょうから、診てあげて下さいね」
「わかりました。他に気をつけることはありますか?」
「あとは……」



噛みつかれた首筋は痛みを訴えるけど、大惨事にはならずに、青様の憂いは晴れることになった。







「本当に良かったんですか? 長寿を手放してしまって」
「桜を食べてしまうよりははるかに良いだろう」
「私は青様になら食べられても良かったのに」
「笑えない冗談だな。私は怖かったよ」

秋の気配がしはじめる頃、私と青様は帝都の町屋通りを歩いていた。

珊瑚の瞳が不老不死の薬の材料になることや、その薬の失敗作の副作用で珊瑚族の血肉が必要となることは、限られた人だけが知ることらしく、私は無事まじないを解かれて、海星家の外に出られるようになっていた。
でも、事情を知る人から狙われることもあるかもしれないと、一人では出歩かせてもらえない。

確かに珊瑚族の外見は白、赤、薄紅色が特徴だったりするけど、その特徴を持つ種族は他にもいるし、強い青様はさておき、海星家は名家だからか護衛を雇っていたりするので、心配はいらないような気もするんだけどな。

「こうして青様と一緒にいられることが何より嬉しいです」
「桜……桜が成人したら、家を出て結婚しよう」
「ふふ、はい」

私はとびきりの笑顔を浮かべて青様を見上げた。
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