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第二十二話 この程度のものなのか、異世界
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武蔵は女子修道院の出入り口の門を抜け、そこから六十間(約100メートル)ほどの場所で立ち止まった。
キメリエス女子修道院自体は頑丈な塀で囲われているが、一歩でも敷地の外へ出てしまえば遮蔽物のない大草原が広がっている。
武蔵はまさにそんな大草原に一人いるのだ。
そして武蔵が佇む大草原は、大勢の敵と闘うには最悪な場所だった。
こちらも敵と同じぐらいの兵がいるのならばまだしも、たった一人で五十を超える敵と闘うのならば、遮蔽物のない開けた場所は避けるのが当然である。
弓矢などで狙われたらひとたまりもない以前に、どこかに身を隠して敵の不意をつくこともできないからだ。
では、どうして武蔵は自分にとって不利な大草原にやってきたのか?
決まっている。
迫りくる本物の魔物共に対して、真っ向から存分に戦いたかったからだ。
そう、今から迎え撃つ相手は〝本物の魔物共〟なのである。
武蔵の大刀――〈無銘・金重〉を握る右手に自然と力が入っていく。
(この感じ……京で吉岡一門と戦り合ったときに似ているな)
十年前のことながら、今でも昨日のことのように思い出せる。
まだ空気が冷たい、夜明け前における下がり松の開けた地。
死をもいとわない覚悟で襲いかかる、吉岡流の剣の使い手たち。
飛び交う怒号、飛び散る血しぶき。
流派の名声を取り戻そうとする剣士たちの執念に、二十歳そこそこだった武蔵はそれなりの恐怖を感じたものだ。
「まあ、関ヶ原には遠く及ばなんだがな」
当時の武蔵が吉岡一門に抱いた恐怖の度合いが、それなりだと思った理由はまさにそれだった。
十九歳の頃に参加した、天下分け目の関ヶ原の戦いに参加していたからだ。
あのとき以上の恐怖を感じたことは未だになく、おそらくこれからも感じることはないだろう。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図さながらの光景だった。
天地が裂けんばかりの怒号や絶叫が轟き、嗅覚が麻痺するほどの夥しい量の糞尿や血が大地をどす黒く染め上げていった光景を。
あれに比べたら吉岡一門との闘いなど大したものではなかった。
だが、それでも寄せ集めの雑兵とは違い、鍛え上げられた兵法者の集団と闘うには並々ならぬ胆力がいる。
だからこそ、当時の武蔵には自分を奮い立たせる必要があったのだ。
「実の心を道として、兵法を正しく広く明らかに行い――」
思えば吉岡一門との死闘を覚悟したときからである。
武蔵が嫌っていた父――新免無二から教えられた〈言〉を唱え始めたのは。
「大きなるところを思い一つにて空を道とし、道を空とす。これ即ち、気の境地なり。これ即ち――天理の境地なり」
と、いつものように〈言〉を唱えて自分を奮い立たせようとした直後だ。
「な、何だこれは!」
武蔵は自分の身に起こった異変に驚愕した。
なぜなら武蔵が〈言〉を唱え終わったとき、下丹田の位置に目を眩ませるほどの黄金色の光球が出現したからだ。
それだけではない。
目に見えた光球からは火の粉を思わせる黄金色の燐光が噴出し、あっという間に黄金色の燐光は光の渦となって武蔵の全身を覆い尽くしていく。
まさにその燐光の動きは、武蔵が日頃から自然に感じていた〈気〉の流れとほぼ同じだった。
(伊織が言っていたのはこれだったのか)
武蔵は実際に見えるようになった〈気〉をさっと観察してみた。
どうやら自分の〈気〉は下丹田を中心に右周りに回っているようだ。
しかも全身をくまなく覆い尽くすように、一定の拍子(リズム)で螺旋の動きをしている。
不思議なものだった。
黄金色の〈気〉は冷たさも熱さも感じなかったものの、実際に見えるようになっただけで本当に通常の何倍もの力が溢れてくるような気持ちになる。
(いや、この力の真髄はそれだけではないな)
それは武蔵が持つ兵法者の勘に他ならなかった。
おそらく、この異世界の〈気〉は自分が元いた世界の〈気〉とは何かが違う。
そして、この〈気〉が実際に見えるようになったのも、間違いなく天掌板を顕現させたことが原因であろう。
などと思ったとき、武蔵の頭の中に黄姫との会話が浮かんできた。
――黄姫殿……お主がそこまで言うのだ。もしや、この二つの板切れは他にも何か重大な秘密があるのか?
――それは……
あのときは赤猫が部屋に入ってきたせいで会話が途切れてしまったが、もしかすると黄姫はこの異世界特有の〈気〉について話そうとしたのではないか。
心身の向上だけではない。
もっと別な働きをする、異世界の〈気〉についてである。
突如、武蔵は自分自身に対して鼻で笑った。
(偉そうに師匠面した俺も俺よな。まだまだ修業が必要だ)
やはり二度目の天下無双を目指す兵法者として、どこまでいっても工夫・研究・鍛錬を怠ってはいけないと武蔵は改めて実感した。
異世界の〈気〉。
魔法と天理。
天掌板とステータス。
まだまだ異世界の地で分からないことがある中で、いかに自分自身がそれらを正しく理解して使いこなしていく再修業をするかが今後の命題となっていくだろう。
もちろん、同時に弟子である伊織の面倒も看なくてはならない。
「まだまだ死ぬわけにはいかんな」
武蔵はそう呟きながら、射貫くような眼光で正面を見つめた。
そのときである。
大草原と繋がっていた森の茂みから、人型の魔物共が一斉に飛び出してきた。
(あれがごぶりんか……)
あらかじめ伊織たちから聞いていた外見と同じである。
肌色ではなく緑色をした全身に、耳と鼻が長く鋭利に尖っていた。
また股間を隠す腰みの一枚という姿の者が多く、それぞれの手には手製の棍棒や斧で武装している。
(同じだ――)
武蔵は強く自分に言い聞かせた。
(これまで戦ってきた人間と同じだ!)
細かな外見の特徴を除けば、ゴブリンという魔物は人間とさして変わらない。
ならば数で押されようと武蔵が負ける道理などなかった。
しかし、どれだけ人間と同じ気持ちで挑もうと魔物は魔物である。
初めて闘うには違いなく、万が一だが不覚を取るということも多少はあり得た。
(どうする、〈関ヶ原〉で行くか……)
武蔵はどんどん距離を詰めてくるゴブリンの群れを眺めながら、冷静な顔で〈関ヶ原〉を使うかどうか迷った。
だが、迷ったのは一瞬ですぐに武蔵は〈関ヶ原〉ではなく〈吉岡〉を使うことに決めた。
〈関ヶ原〉よりも意識を失う危険性がなく、事が済んだ後の反動が少ない乱戦用に特化した状態――〈吉岡〉で十分だと判断したのである。
そして武蔵が〈吉岡〉を使うと強く決めた瞬間、十年前に体験した光景が一気に走馬灯のように頭の中に流れ込んできた。
――ドクンッ!
走馬灯と連動するように心臓の鼓動が早まり、あのときの興奮がまざまざと蘇ってくる。
その間に肉薄する、五十を超えるゴブリンの群れ。
これを迎え撃つは、心身ともに瞬時に最高潮へと達した宮本武蔵。
「グアアアアアアアア――――ッ!」
腹の底から発せられた獣の咆哮とともに、まずは足の速い数匹のゴブリンが武蔵に容赦なく襲いかかる。
武蔵は虎が獲物に飛びかかるほどの勢いで突進した。
互いの間合いが一気に縮まった中、先手を取ったのはゴブリンたちだ。
武蔵の頭部や胴体目掛けて、殺意を込めた棍棒や斧を振り下ろしてくる。
だが、武蔵はあえて後の先を狙っていた。
ゴブリンたちの攻撃を紙一重で躱し、間合いの近い手首を確実に落としていく。
武器を持っていたゴブリンの手が何本も地面に落ち、激痛による悲鳴が周囲に響き渡る。
「魔物も痛みを感じるか!」
さらに武蔵は勢いを殺さず、稲光のように閃く剣を標的に走らせた。
その際、分厚い筋肉がある胸部などは狙わない。
狙うのは手首や頸動脈のある首である。
肩や胴体を斬った場合、肉に剣がめり込んで抜けなくなる可能性が高い。
一対一の果し合いならばともかく、一人で多人数を相手にする場合には一瞬でもその場に居着いてしまうことは死を意味する。
だからこそ武蔵は相手の間合いに合わせて突きと薙ぎを使い分け、絶対に相手の棍棒や斧を大刀で受けないよう躱しながら斬ることを行っていた。
一匹、また一匹と的確に喉や頸動脈、そして手首を落とされたゴブリンは簡単に死ぬことも許されず、ただ戦意を喪失して苦痛の声を上げている。
そんなゴブリンたちの悲鳴など聞き入れず、武蔵はただ間合いに入っているゴブリンを斬っていく剣鬼と化していた。
その中でも恐るべきことだったのは、無我の境地で剣を振るっていた武蔵の足運びである。
反撃されない距離を必ず保ち、ゴブリンたちの間を縦横無尽に駆け抜けていく疾風のような足運びなのだ。
しかも武蔵はすぐに致命傷にならない箇所の避即斬を徹底していたため、生きるか死ぬかの絶妙な状態のゴブリンが次々と生まれていった。
(さて、どうなるか……)
何十匹かのゴブリンを片輪にしたとき、武蔵は足を止めて残りの無傷だったゴブリンたちをじろりと睨みつけた。
案の定、無傷のゴブリンたちは焦りの表情を浮かべていた。
生物とは不思議なもので仲間が殺されている状態よりも、大怪我を負って悲鳴を上げている姿を見るほうが何倍も動揺してしまうのだ。
「この程度のものなのか……」
返り血を浴びて真っ赤に染まっている武蔵は、残りのゴブリンたちに向かって高らかに吼えた。
「この程度のものなのか、異世界!」
武蔵は右手に持っていた大刀を左手で持ち、空いた右手で小刀を抜き放った。
もはや、後の先を取るなど生ぬるい戦法を取る必要はなくなった。
あとは最後の一匹になるまで狩り尽くすのみである。
武蔵は残りのゴブリンたちの数を確認した。
まともに闘えるゴブリンたちは残り三十匹ほど。
だが恐怖と不安に駆られているのならば、その半分と見なしても十分だった。
「お主ら、俺を失望させた罪は重いぞ」
そう言うと武蔵は、無傷のゴブリンたちに向かって疾駆していく。
茜色に染まる夕暮れの下、ゴブリンたちの悲鳴が大草原に響き渡った――。
キメリエス女子修道院自体は頑丈な塀で囲われているが、一歩でも敷地の外へ出てしまえば遮蔽物のない大草原が広がっている。
武蔵はまさにそんな大草原に一人いるのだ。
そして武蔵が佇む大草原は、大勢の敵と闘うには最悪な場所だった。
こちらも敵と同じぐらいの兵がいるのならばまだしも、たった一人で五十を超える敵と闘うのならば、遮蔽物のない開けた場所は避けるのが当然である。
弓矢などで狙われたらひとたまりもない以前に、どこかに身を隠して敵の不意をつくこともできないからだ。
では、どうして武蔵は自分にとって不利な大草原にやってきたのか?
決まっている。
迫りくる本物の魔物共に対して、真っ向から存分に戦いたかったからだ。
そう、今から迎え撃つ相手は〝本物の魔物共〟なのである。
武蔵の大刀――〈無銘・金重〉を握る右手に自然と力が入っていく。
(この感じ……京で吉岡一門と戦り合ったときに似ているな)
十年前のことながら、今でも昨日のことのように思い出せる。
まだ空気が冷たい、夜明け前における下がり松の開けた地。
死をもいとわない覚悟で襲いかかる、吉岡流の剣の使い手たち。
飛び交う怒号、飛び散る血しぶき。
流派の名声を取り戻そうとする剣士たちの執念に、二十歳そこそこだった武蔵はそれなりの恐怖を感じたものだ。
「まあ、関ヶ原には遠く及ばなんだがな」
当時の武蔵が吉岡一門に抱いた恐怖の度合いが、それなりだと思った理由はまさにそれだった。
十九歳の頃に参加した、天下分け目の関ヶ原の戦いに参加していたからだ。
あのとき以上の恐怖を感じたことは未だになく、おそらくこれからも感じることはないだろう。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図さながらの光景だった。
天地が裂けんばかりの怒号や絶叫が轟き、嗅覚が麻痺するほどの夥しい量の糞尿や血が大地をどす黒く染め上げていった光景を。
あれに比べたら吉岡一門との闘いなど大したものではなかった。
だが、それでも寄せ集めの雑兵とは違い、鍛え上げられた兵法者の集団と闘うには並々ならぬ胆力がいる。
だからこそ、当時の武蔵には自分を奮い立たせる必要があったのだ。
「実の心を道として、兵法を正しく広く明らかに行い――」
思えば吉岡一門との死闘を覚悟したときからである。
武蔵が嫌っていた父――新免無二から教えられた〈言〉を唱え始めたのは。
「大きなるところを思い一つにて空を道とし、道を空とす。これ即ち、気の境地なり。これ即ち――天理の境地なり」
と、いつものように〈言〉を唱えて自分を奮い立たせようとした直後だ。
「な、何だこれは!」
武蔵は自分の身に起こった異変に驚愕した。
なぜなら武蔵が〈言〉を唱え終わったとき、下丹田の位置に目を眩ませるほどの黄金色の光球が出現したからだ。
それだけではない。
目に見えた光球からは火の粉を思わせる黄金色の燐光が噴出し、あっという間に黄金色の燐光は光の渦となって武蔵の全身を覆い尽くしていく。
まさにその燐光の動きは、武蔵が日頃から自然に感じていた〈気〉の流れとほぼ同じだった。
(伊織が言っていたのはこれだったのか)
武蔵は実際に見えるようになった〈気〉をさっと観察してみた。
どうやら自分の〈気〉は下丹田を中心に右周りに回っているようだ。
しかも全身をくまなく覆い尽くすように、一定の拍子(リズム)で螺旋の動きをしている。
不思議なものだった。
黄金色の〈気〉は冷たさも熱さも感じなかったものの、実際に見えるようになっただけで本当に通常の何倍もの力が溢れてくるような気持ちになる。
(いや、この力の真髄はそれだけではないな)
それは武蔵が持つ兵法者の勘に他ならなかった。
おそらく、この異世界の〈気〉は自分が元いた世界の〈気〉とは何かが違う。
そして、この〈気〉が実際に見えるようになったのも、間違いなく天掌板を顕現させたことが原因であろう。
などと思ったとき、武蔵の頭の中に黄姫との会話が浮かんできた。
――黄姫殿……お主がそこまで言うのだ。もしや、この二つの板切れは他にも何か重大な秘密があるのか?
――それは……
あのときは赤猫が部屋に入ってきたせいで会話が途切れてしまったが、もしかすると黄姫はこの異世界特有の〈気〉について話そうとしたのではないか。
心身の向上だけではない。
もっと別な働きをする、異世界の〈気〉についてである。
突如、武蔵は自分自身に対して鼻で笑った。
(偉そうに師匠面した俺も俺よな。まだまだ修業が必要だ)
やはり二度目の天下無双を目指す兵法者として、どこまでいっても工夫・研究・鍛錬を怠ってはいけないと武蔵は改めて実感した。
異世界の〈気〉。
魔法と天理。
天掌板とステータス。
まだまだ異世界の地で分からないことがある中で、いかに自分自身がそれらを正しく理解して使いこなしていく再修業をするかが今後の命題となっていくだろう。
もちろん、同時に弟子である伊織の面倒も看なくてはならない。
「まだまだ死ぬわけにはいかんな」
武蔵はそう呟きながら、射貫くような眼光で正面を見つめた。
そのときである。
大草原と繋がっていた森の茂みから、人型の魔物共が一斉に飛び出してきた。
(あれがごぶりんか……)
あらかじめ伊織たちから聞いていた外見と同じである。
肌色ではなく緑色をした全身に、耳と鼻が長く鋭利に尖っていた。
また股間を隠す腰みの一枚という姿の者が多く、それぞれの手には手製の棍棒や斧で武装している。
(同じだ――)
武蔵は強く自分に言い聞かせた。
(これまで戦ってきた人間と同じだ!)
細かな外見の特徴を除けば、ゴブリンという魔物は人間とさして変わらない。
ならば数で押されようと武蔵が負ける道理などなかった。
しかし、どれだけ人間と同じ気持ちで挑もうと魔物は魔物である。
初めて闘うには違いなく、万が一だが不覚を取るということも多少はあり得た。
(どうする、〈関ヶ原〉で行くか……)
武蔵はどんどん距離を詰めてくるゴブリンの群れを眺めながら、冷静な顔で〈関ヶ原〉を使うかどうか迷った。
だが、迷ったのは一瞬ですぐに武蔵は〈関ヶ原〉ではなく〈吉岡〉を使うことに決めた。
〈関ヶ原〉よりも意識を失う危険性がなく、事が済んだ後の反動が少ない乱戦用に特化した状態――〈吉岡〉で十分だと判断したのである。
そして武蔵が〈吉岡〉を使うと強く決めた瞬間、十年前に体験した光景が一気に走馬灯のように頭の中に流れ込んできた。
――ドクンッ!
走馬灯と連動するように心臓の鼓動が早まり、あのときの興奮がまざまざと蘇ってくる。
その間に肉薄する、五十を超えるゴブリンの群れ。
これを迎え撃つは、心身ともに瞬時に最高潮へと達した宮本武蔵。
「グアアアアアアアア――――ッ!」
腹の底から発せられた獣の咆哮とともに、まずは足の速い数匹のゴブリンが武蔵に容赦なく襲いかかる。
武蔵は虎が獲物に飛びかかるほどの勢いで突進した。
互いの間合いが一気に縮まった中、先手を取ったのはゴブリンたちだ。
武蔵の頭部や胴体目掛けて、殺意を込めた棍棒や斧を振り下ろしてくる。
だが、武蔵はあえて後の先を狙っていた。
ゴブリンたちの攻撃を紙一重で躱し、間合いの近い手首を確実に落としていく。
武器を持っていたゴブリンの手が何本も地面に落ち、激痛による悲鳴が周囲に響き渡る。
「魔物も痛みを感じるか!」
さらに武蔵は勢いを殺さず、稲光のように閃く剣を標的に走らせた。
その際、分厚い筋肉がある胸部などは狙わない。
狙うのは手首や頸動脈のある首である。
肩や胴体を斬った場合、肉に剣がめり込んで抜けなくなる可能性が高い。
一対一の果し合いならばともかく、一人で多人数を相手にする場合には一瞬でもその場に居着いてしまうことは死を意味する。
だからこそ武蔵は相手の間合いに合わせて突きと薙ぎを使い分け、絶対に相手の棍棒や斧を大刀で受けないよう躱しながら斬ることを行っていた。
一匹、また一匹と的確に喉や頸動脈、そして手首を落とされたゴブリンは簡単に死ぬことも許されず、ただ戦意を喪失して苦痛の声を上げている。
そんなゴブリンたちの悲鳴など聞き入れず、武蔵はただ間合いに入っているゴブリンを斬っていく剣鬼と化していた。
その中でも恐るべきことだったのは、無我の境地で剣を振るっていた武蔵の足運びである。
反撃されない距離を必ず保ち、ゴブリンたちの間を縦横無尽に駆け抜けていく疾風のような足運びなのだ。
しかも武蔵はすぐに致命傷にならない箇所の避即斬を徹底していたため、生きるか死ぬかの絶妙な状態のゴブリンが次々と生まれていった。
(さて、どうなるか……)
何十匹かのゴブリンを片輪にしたとき、武蔵は足を止めて残りの無傷だったゴブリンたちをじろりと睨みつけた。
案の定、無傷のゴブリンたちは焦りの表情を浮かべていた。
生物とは不思議なもので仲間が殺されている状態よりも、大怪我を負って悲鳴を上げている姿を見るほうが何倍も動揺してしまうのだ。
「この程度のものなのか……」
返り血を浴びて真っ赤に染まっている武蔵は、残りのゴブリンたちに向かって高らかに吼えた。
「この程度のものなのか、異世界!」
武蔵は右手に持っていた大刀を左手で持ち、空いた右手で小刀を抜き放った。
もはや、後の先を取るなど生ぬるい戦法を取る必要はなくなった。
あとは最後の一匹になるまで狩り尽くすのみである。
武蔵は残りのゴブリンたちの数を確認した。
まともに闘えるゴブリンたちは残り三十匹ほど。
だが恐怖と不安に駆られているのならば、その半分と見なしても十分だった。
「お主ら、俺を失望させた罪は重いぞ」
そう言うと武蔵は、無傷のゴブリンたちに向かって疾駆していく。
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