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第四十五話 新たな災難
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「失礼する」
武蔵は扉越しに一声かけると、引き戸式の扉を開けて部屋の中へと入った。
部屋の中に入った直後、伊織を看病してくれていたルリと目が合う。
「伊織の具合はどうだ?」
武蔵の重苦しい問いに、ルリは沈痛な面持ちで「けっこうマズイな」と答える。
「そうか……」
と、武蔵は眉根を寄せながら溜息をつく。
「ただ、こうして屋内で寝られている分だけマシや。野宿やと少しの雨風も身体に障るからな」
ルリの言葉に対して、武蔵は同意するように大きく頷いた。
「それに関しては、このような部屋を用意してくれたマサムネ殿には感謝しかない。お主の言う通り、野宿ではもっと容体は悪化していただろうからな」
そう言うと武蔵は、部屋の中に視線を走らせる。
武蔵たちがいるのはロウソクに火が灯った燭台が一つ置かれている、六畳ほどの簡素な部屋であった。
板張りの床と壁には漆喰のようなものが塗られているだけで、その他には粗末な敷物が一枚だけ敷かれている。
そして、その敷物の上には伊織が寝かされていた。
しかし、伊織は健やかな寝息など一切立ててはいない。
それどころか額に大量の汗をにじませており、両目を閉じながら荒い呼吸を繰り返している。
明らかに高熱が続いている証であった。
(もう三時(約六時間)は経ったか……)
武蔵は壁に取り付けられていた、小さな雨戸の隙間から外を見た。
すでに日は完全に落ちて、外は薄暗くなっている。
やはり、あれから三時(約六時間)は経っていると見て間違いない。
あれからとは、武蔵が白龍寺と呼ばれた廃寺で隻腕の兵法者を一太刀で斬り伏せたときからだ。
そして武蔵は意識を失った伊織を担ぎ、マサムネの店まで帰ってきた。
むろん、人質に取られていたマサミツも一緒であった。
幸いなことにマサミツは無傷だったので、目を覚ましてからも大人しく武蔵の言うことを聞いてくれた。
なので武蔵は気を失っていた伊織だけを担ぎ、マサミツを連れて店へと帰ってくることが出来たのだ。
だが、大変だったのは店に帰ってきたあとである。
伊織は意識を取り戻すどころか、厄介な風邪を引いたときのような高熱にうなされるようになったのだ。
武蔵は顔を戻すと慎重な足取りで部屋の中を進んでいき、伊織の頭の横で腰を下ろしていたルリの元まで近づいていく。
「ルリよ……もう一度だけ尋ねるが、これは病から来る熱ではないのだな?」
武蔵を見上げながら、ルリは軽く頭を左右に振った。
「ちゃうな。数時間前にも言うたけど、この高熱は天掌板の〈練気化〉と、その力の源泉になっとる気力を一気に使いすぎた反動やと思うで」
ふむ、と武蔵は暗い表情で無精ひげをさすった。
天掌板の〈練精化〉や〈練気化〉などについては、赤猫から以前に説明してもらったので知識としては持っている。
体感にしてもそうだ。
今の武蔵は天掌板の〈練精化〉のみならず、その気になれば〈練気化〉も簡単に出来るほどであった。
だが、なぜそんなことが出来るのか根本的なことが未だに分からない。
もちろん、この世界が天理や魔法と言った異能の力が存在する異世界だとしてもである。
自分が生きていた元の世界には、魔法などという代物は存在していなかった。
中には超常的な力があると喧伝する流行神な者たちもいたが、そのような者たちの大半は自分を魔法使いだと偽っていただけだ。
その証拠に武蔵は廻国修行の途中で魔法使いと名乗る何人かと会ってみたが、全員とも円明流の技の前に呆気なく斬られた者たちばかりであった。
異形異類の魔物たちもそうである。
廻国修行で立ち寄った土地には様々な魔物の噂があったものの、あくまでも噂なだけで実際に一匹たりとも見たことはなかった。
この世には自分を脅かすほどの魔法使いも魔物も存在しない。
そう思っていた武蔵の価値観は、この異世界に来てからあっさりと逆転した。
天理や魔法という異能の力が確かに存在しており、それどころか人間に似たごぶりんやおおく、そして人語を話す巨大な猿の魔物まで存在したのだ。
では、これらの存在を武蔵は受け止められなかったのか。
答えは否である。
そればかりか、異能の力を持つ未知の強者や魔物と闘えるかもしれないという興奮に心の底から歓喜したほどだ。
けれども、受け入れることと理解することはまったく別である。
だからこそ、武蔵は伊織が高熱にうなされていることが理解できなかった。
天掌板の〈練気化〉と、その力の源になっているという気力(異世界の気のことらしい)を、一気に使いすぎたことで熱が出るとはどういうことなのか。
キメリエス女子修道院で、伊織、赤猫、ルリが天掌板を出し続けていると苦痛を感じると言っていたが、ルリによればそれとはまた別の話なのだという。
(……となると、原因はあの異様な炎と異形の剣か)
ふと武蔵は三時(約六時間)前のことを思い出す。
何もない空中に生身としか思えなかった右手を出現させ、自由自在に操る異形の技を見せた隻腕の兵法者。
これにはさすがの武蔵も驚きを隠せなかったが、それ以上に驚いたのは気がつけば火だるまになって異形の剣を持っていた伊織の存在であった。
あのときの光景は今でも鮮明に思い出せる。
全身が火だるまになっていた伊織の手には、いつの間にか一振りの異形の剣が握られていた。
そう、あれはまさしく異形とも呼ぶべき剣であった。
柄の部分は木刀、鍔の部分は金属、そして刀身の部分は新陰流が主に用いていた皮巻き竹刀に似た形をしていたのだ。
それだけではない。
三種類の剣の各部分が合わさったような異形の剣全体も、伊織と同じく大量の火の粉が散るほどの紅蓮の炎に包まれていたのである。
その後の伊織の奮闘ぶりは凄まじかった。
八相に取った構えから隻腕の兵法者に猛進していき、技に身体が乗った勢いで縦横無尽に異形の剣を振るったのだ。
結果的に伊織は途中で力尽きてしまったものの、そのお陰で隻腕の兵法者の隙をついて斬り伏せることが出来た。
さすがの自分でも空中を自在に動く右手に、もしかしたら深手を負わされていたかもしれない。
それほど隻腕の兵法者が顕現させた、天掌板を変化させた右手は恐るべきものだった。
あとでルリから聞いたことだったが、天理使いの中には極まれに天掌板を武器や道具ではなく、人体の一部に変化させる使い手が存在するらしい。
そのような人体の一部は本来の機能とは別に特殊な力が加えられることが多く、ルリの見識によれば隻腕の兵法者の場合は、飛行能力を持った右手を自在に操作する力があったのではないかという。
一方、伊織の場合は偶然か必然か天掌板を異形の剣へと変化させた。
それとは別に天掌板の〈練気化〉から多く必要になってくるらしい気力を炎に変化させ、文字通り火焔剣として使用したのではないか。
というのが、武蔵から詳細を聞いたルリが導き出した答えである。
ただし、ルリも天理使いの力のことはすべて知っているわけではなく、どのように気力を炎という別の存在に変化させたのかまでは分からないという。
それでも分かっていることが一つだけあった。
(伊織はその異能の力を上手く制御できないうちに使いすぎてしまった……その代償として高熱が出たということか)
いまいち腑に落ちなかったが、ここまで来ると武蔵はそうだからそうと自分を説得するしかない。
などと武蔵が考えたとき、「それにしても」とルリが話しかけてきた。
「あの黒ずくめのオッサンとリーチが手を組んでたのには驚いたわ。それに黒ずくめのオッサンの目的はともかくとして、まさかリーチは武蔵のオッサンから天掌板の顕現方法を聞くために伊織に近づいたとはな」
「本当かどうかは知らんぞ。りいちの仲間とやらから強引に聞き出したゆえな」
「全員殺したんやろ?」
「当たり前だ。女や童(子供)をかどわかすような不逞の輩など生かしておく価値などないわ。そうであろう?」
「いや、黒づくめのオッサンや他の連中はいいとして、問題はあのリーチが殺されたことやな。のちのち面倒なことにならんとええが……」
なぜ、あの不逞の輩たちの親玉が死んだことが問題なのだろうか。
と、武蔵が頭上に大きな疑問符を浮かべたときだ。
「ううう……ああああああ……」
伊織が全身を悶えさせながらうめき声を上げた。
「あかん、薬の効果が切れてきたみたいや」
そう言うとルリは、懐から小さな小袋を取り出した。
続いてルリは左手の掌を上に向けて「ステータス・オープン」と唱える。
次の瞬間、ルリの左手の掌上に綺麗に澄んだ水の塊が顕現した。
童(子供)の握り拳ぐらいの大きさだろうか。
その水の塊にルリは小袋の中身を入れていく。
小袋の中身は解熱作用のある粉末状の薬であり、数時前もこうしてルリが伊織に薬を飲ませた光景を武蔵も見ている。
「ほれ、大人しく飲むんやで」
ルリが右手で伊織の口を開かせると、薬を含んでいた水の塊は伊織の口へと少しずつ流し込まれていく。
何度見ても不思議な光景であった。
まるで水の塊は意志があるような動きをしており、しかも伊織が咽ないよう少しづつ口の中に運ばれていったのだ。
武蔵は固唾を飲んで見守ると、伊織の喉がかすかに鳴るのが分かった。
無事に薬を含んだ魔法の水を飲めたのだろう。
「これでしばらくは持つやろうが、それでも根本的な解決にはならんな。さすがにこの程度の薬やと、少しの間だけ熱を下げるぐらいしかできへん」
「どういうことだ? ただ熱が出ているだけではないのか?」
「さっきも言うたけど、これは病から来る熱やない。せやから普通の薬があまり効かへんのや。このままやと、伊織は衰弱して最悪なことになるかもしれん」
武蔵の背筋に悪寒が走る。
「つまり、伊織は死ぬのか?」
ルリはこくりと首を縦に振った。
「持って七日……いや、五日やろうな。その間に有効な手立てを打たんと伊織は確実に死ぬ」
その言葉を聞いた武蔵の背中に、大量の冷や汗がにじみ出てきた。
直後、武蔵は両膝をつくと小さなルリの両肩を掴む。
「ルリよ、教えてくれ。薬がダメならどうすれば伊織は助かる!」
「落ち着け、オッサン。うちは普通の薬はあまり効かんと言ったんや。断言はできへんけど、もしかすると〈ソーマ〉なら効くかもしれん」
「そ、そうま?」
聞き慣れない言葉に、武蔵は眉間に深くしわを寄せた。
ルリは武蔵に力強い眼差しを向けたまま軽くあごを引く。
「あらゆる万病に効くとされる霊草のことや」
「よく分からんが、伊織を救うにはそうまとやらが要るのだな」
「少なくとも、うちが思いつくのはそれぐらいしかあらへん」
それでも武蔵はワラを掴む思いでルリに尋ねる。
「そのそうまとやらはどこにある?」
一拍の間を置いたあと、ルリははっきりと答えた。
「〈ソーマ〉は迷宮にある」
武蔵は扉越しに一声かけると、引き戸式の扉を開けて部屋の中へと入った。
部屋の中に入った直後、伊織を看病してくれていたルリと目が合う。
「伊織の具合はどうだ?」
武蔵の重苦しい問いに、ルリは沈痛な面持ちで「けっこうマズイな」と答える。
「そうか……」
と、武蔵は眉根を寄せながら溜息をつく。
「ただ、こうして屋内で寝られている分だけマシや。野宿やと少しの雨風も身体に障るからな」
ルリの言葉に対して、武蔵は同意するように大きく頷いた。
「それに関しては、このような部屋を用意してくれたマサムネ殿には感謝しかない。お主の言う通り、野宿ではもっと容体は悪化していただろうからな」
そう言うと武蔵は、部屋の中に視線を走らせる。
武蔵たちがいるのはロウソクに火が灯った燭台が一つ置かれている、六畳ほどの簡素な部屋であった。
板張りの床と壁には漆喰のようなものが塗られているだけで、その他には粗末な敷物が一枚だけ敷かれている。
そして、その敷物の上には伊織が寝かされていた。
しかし、伊織は健やかな寝息など一切立ててはいない。
それどころか額に大量の汗をにじませており、両目を閉じながら荒い呼吸を繰り返している。
明らかに高熱が続いている証であった。
(もう三時(約六時間)は経ったか……)
武蔵は壁に取り付けられていた、小さな雨戸の隙間から外を見た。
すでに日は完全に落ちて、外は薄暗くなっている。
やはり、あれから三時(約六時間)は経っていると見て間違いない。
あれからとは、武蔵が白龍寺と呼ばれた廃寺で隻腕の兵法者を一太刀で斬り伏せたときからだ。
そして武蔵は意識を失った伊織を担ぎ、マサムネの店まで帰ってきた。
むろん、人質に取られていたマサミツも一緒であった。
幸いなことにマサミツは無傷だったので、目を覚ましてからも大人しく武蔵の言うことを聞いてくれた。
なので武蔵は気を失っていた伊織だけを担ぎ、マサミツを連れて店へと帰ってくることが出来たのだ。
だが、大変だったのは店に帰ってきたあとである。
伊織は意識を取り戻すどころか、厄介な風邪を引いたときのような高熱にうなされるようになったのだ。
武蔵は顔を戻すと慎重な足取りで部屋の中を進んでいき、伊織の頭の横で腰を下ろしていたルリの元まで近づいていく。
「ルリよ……もう一度だけ尋ねるが、これは病から来る熱ではないのだな?」
武蔵を見上げながら、ルリは軽く頭を左右に振った。
「ちゃうな。数時間前にも言うたけど、この高熱は天掌板の〈練気化〉と、その力の源泉になっとる気力を一気に使いすぎた反動やと思うで」
ふむ、と武蔵は暗い表情で無精ひげをさすった。
天掌板の〈練精化〉や〈練気化〉などについては、赤猫から以前に説明してもらったので知識としては持っている。
体感にしてもそうだ。
今の武蔵は天掌板の〈練精化〉のみならず、その気になれば〈練気化〉も簡単に出来るほどであった。
だが、なぜそんなことが出来るのか根本的なことが未だに分からない。
もちろん、この世界が天理や魔法と言った異能の力が存在する異世界だとしてもである。
自分が生きていた元の世界には、魔法などという代物は存在していなかった。
中には超常的な力があると喧伝する流行神な者たちもいたが、そのような者たちの大半は自分を魔法使いだと偽っていただけだ。
その証拠に武蔵は廻国修行の途中で魔法使いと名乗る何人かと会ってみたが、全員とも円明流の技の前に呆気なく斬られた者たちばかりであった。
異形異類の魔物たちもそうである。
廻国修行で立ち寄った土地には様々な魔物の噂があったものの、あくまでも噂なだけで実際に一匹たりとも見たことはなかった。
この世には自分を脅かすほどの魔法使いも魔物も存在しない。
そう思っていた武蔵の価値観は、この異世界に来てからあっさりと逆転した。
天理や魔法という異能の力が確かに存在しており、それどころか人間に似たごぶりんやおおく、そして人語を話す巨大な猿の魔物まで存在したのだ。
では、これらの存在を武蔵は受け止められなかったのか。
答えは否である。
そればかりか、異能の力を持つ未知の強者や魔物と闘えるかもしれないという興奮に心の底から歓喜したほどだ。
けれども、受け入れることと理解することはまったく別である。
だからこそ、武蔵は伊織が高熱にうなされていることが理解できなかった。
天掌板の〈練気化〉と、その力の源になっているという気力(異世界の気のことらしい)を、一気に使いすぎたことで熱が出るとはどういうことなのか。
キメリエス女子修道院で、伊織、赤猫、ルリが天掌板を出し続けていると苦痛を感じると言っていたが、ルリによればそれとはまた別の話なのだという。
(……となると、原因はあの異様な炎と異形の剣か)
ふと武蔵は三時(約六時間)前のことを思い出す。
何もない空中に生身としか思えなかった右手を出現させ、自由自在に操る異形の技を見せた隻腕の兵法者。
これにはさすがの武蔵も驚きを隠せなかったが、それ以上に驚いたのは気がつけば火だるまになって異形の剣を持っていた伊織の存在であった。
あのときの光景は今でも鮮明に思い出せる。
全身が火だるまになっていた伊織の手には、いつの間にか一振りの異形の剣が握られていた。
そう、あれはまさしく異形とも呼ぶべき剣であった。
柄の部分は木刀、鍔の部分は金属、そして刀身の部分は新陰流が主に用いていた皮巻き竹刀に似た形をしていたのだ。
それだけではない。
三種類の剣の各部分が合わさったような異形の剣全体も、伊織と同じく大量の火の粉が散るほどの紅蓮の炎に包まれていたのである。
その後の伊織の奮闘ぶりは凄まじかった。
八相に取った構えから隻腕の兵法者に猛進していき、技に身体が乗った勢いで縦横無尽に異形の剣を振るったのだ。
結果的に伊織は途中で力尽きてしまったものの、そのお陰で隻腕の兵法者の隙をついて斬り伏せることが出来た。
さすがの自分でも空中を自在に動く右手に、もしかしたら深手を負わされていたかもしれない。
それほど隻腕の兵法者が顕現させた、天掌板を変化させた右手は恐るべきものだった。
あとでルリから聞いたことだったが、天理使いの中には極まれに天掌板を武器や道具ではなく、人体の一部に変化させる使い手が存在するらしい。
そのような人体の一部は本来の機能とは別に特殊な力が加えられることが多く、ルリの見識によれば隻腕の兵法者の場合は、飛行能力を持った右手を自在に操作する力があったのではないかという。
一方、伊織の場合は偶然か必然か天掌板を異形の剣へと変化させた。
それとは別に天掌板の〈練気化〉から多く必要になってくるらしい気力を炎に変化させ、文字通り火焔剣として使用したのではないか。
というのが、武蔵から詳細を聞いたルリが導き出した答えである。
ただし、ルリも天理使いの力のことはすべて知っているわけではなく、どのように気力を炎という別の存在に変化させたのかまでは分からないという。
それでも分かっていることが一つだけあった。
(伊織はその異能の力を上手く制御できないうちに使いすぎてしまった……その代償として高熱が出たということか)
いまいち腑に落ちなかったが、ここまで来ると武蔵はそうだからそうと自分を説得するしかない。
などと武蔵が考えたとき、「それにしても」とルリが話しかけてきた。
「あの黒ずくめのオッサンとリーチが手を組んでたのには驚いたわ。それに黒ずくめのオッサンの目的はともかくとして、まさかリーチは武蔵のオッサンから天掌板の顕現方法を聞くために伊織に近づいたとはな」
「本当かどうかは知らんぞ。りいちの仲間とやらから強引に聞き出したゆえな」
「全員殺したんやろ?」
「当たり前だ。女や童(子供)をかどわかすような不逞の輩など生かしておく価値などないわ。そうであろう?」
「いや、黒づくめのオッサンや他の連中はいいとして、問題はあのリーチが殺されたことやな。のちのち面倒なことにならんとええが……」
なぜ、あの不逞の輩たちの親玉が死んだことが問題なのだろうか。
と、武蔵が頭上に大きな疑問符を浮かべたときだ。
「ううう……ああああああ……」
伊織が全身を悶えさせながらうめき声を上げた。
「あかん、薬の効果が切れてきたみたいや」
そう言うとルリは、懐から小さな小袋を取り出した。
続いてルリは左手の掌を上に向けて「ステータス・オープン」と唱える。
次の瞬間、ルリの左手の掌上に綺麗に澄んだ水の塊が顕現した。
童(子供)の握り拳ぐらいの大きさだろうか。
その水の塊にルリは小袋の中身を入れていく。
小袋の中身は解熱作用のある粉末状の薬であり、数時前もこうしてルリが伊織に薬を飲ませた光景を武蔵も見ている。
「ほれ、大人しく飲むんやで」
ルリが右手で伊織の口を開かせると、薬を含んでいた水の塊は伊織の口へと少しずつ流し込まれていく。
何度見ても不思議な光景であった。
まるで水の塊は意志があるような動きをしており、しかも伊織が咽ないよう少しづつ口の中に運ばれていったのだ。
武蔵は固唾を飲んで見守ると、伊織の喉がかすかに鳴るのが分かった。
無事に薬を含んだ魔法の水を飲めたのだろう。
「これでしばらくは持つやろうが、それでも根本的な解決にはならんな。さすがにこの程度の薬やと、少しの間だけ熱を下げるぐらいしかできへん」
「どういうことだ? ただ熱が出ているだけではないのか?」
「さっきも言うたけど、これは病から来る熱やない。せやから普通の薬があまり効かへんのや。このままやと、伊織は衰弱して最悪なことになるかもしれん」
武蔵の背筋に悪寒が走る。
「つまり、伊織は死ぬのか?」
ルリはこくりと首を縦に振った。
「持って七日……いや、五日やろうな。その間に有効な手立てを打たんと伊織は確実に死ぬ」
その言葉を聞いた武蔵の背中に、大量の冷や汗がにじみ出てきた。
直後、武蔵は両膝をつくと小さなルリの両肩を掴む。
「ルリよ、教えてくれ。薬がダメならどうすれば伊織は助かる!」
「落ち着け、オッサン。うちは普通の薬はあまり効かんと言ったんや。断言はできへんけど、もしかすると〈ソーマ〉なら効くかもしれん」
「そ、そうま?」
聞き慣れない言葉に、武蔵は眉間に深くしわを寄せた。
ルリは武蔵に力強い眼差しを向けたまま軽くあごを引く。
「あらゆる万病に効くとされる霊草のことや」
「よく分からんが、伊織を救うにはそうまとやらが要るのだな」
「少なくとも、うちが思いつくのはそれぐらいしかあらへん」
それでも武蔵はワラを掴む思いでルリに尋ねる。
「そのそうまとやらはどこにある?」
一拍の間を置いたあと、ルリははっきりと答えた。
「〈ソーマ〉は迷宮にある」
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