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第五十六話   属性を見分ける判別草

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黒狼ヘイラン、〈判別草はんべつそう〉をここに持ってきなさい」

 黄姫ホアンチーは自分が退けた椅子を正しい場所に戻し、まるで何事もなかったかのように腰を下ろした。

明白了ミンパイラ(分かりました)」

  黒狼ヘイランうなずくと、小さな机に向かって歩を進める。

 武蔵はそんな二人を見つめながら静かに納刀のうとうした。

 続いて武蔵はルリに顔を向ける。

「ルリよ、いつまでそんなところに突っ立ておる? もう終わったゆえ、はようこちらに来て座れ」

 武蔵は唖然あぜんとしていたルリにそう告げると、居住いずまいと大小刀の位置を正しながら椅子に座った。

「ほ、ホンマか? 化け物同士の殺し合いに巻き込まれるなんて勘弁かんべんやで」

 一方のルリは未だに緊張で顔を引きつらせている。

 無理もない。

 突発的な闘いに巻き込まれそうになったのだ。

 ルリからしてみれば路地裏ろじうらの角を抜けた直後、荒れ狂う暴れ馬に襲われそうになったにも等しい。

 しかし、ルリが本当の意味で恐れを感じたのは武蔵の態度にあった。

 武蔵は黄姫ホアンチーを殺すつもりで剣を抜いたにもかかわらず、すぐさま黄姫ホアンチーに技の伝授でんじゅう態度を見せたのだ。

 たった今本気で殺そうと思った相手に対して、すぐに頭を下げて教えをうなど普通の人間はおろか冒険者にも絶対できない。

 明らかにいかれている。

 ルリは背中に冷たい冷や汗を大量ににじませながら思った。

 危険と名誉を燃料にしている冒険者も大なり小なりいかれている人間たちだが、目の前の宮本武蔵なる人間のいかれ具合はしている。

 普段はそうでもないが、闘いとなるとまったく違う。

 まるで正常と異常の境目さかいめが存在していないかのようであった。

「化け物? 黄姫ホアンチー殿はともかく、俺はただの兵法者でしかないわ」

 武蔵がフンと鼻を鳴らすと、黄姫ホアンチーはくすりと笑う。

「こちらの世界に来て数日で天理の〈練気化れんきか〉まで顕現けんげんさせ、街災級のギガントエイプを斬った武蔵さんも十分に化け物ですよ」

「思ってもいない世辞せじなどいらん。俺は〈聴剄ちょうけい〉とかいう技は使えんが、それぐらいは分かるぞ」

 そう言って武蔵が両腕を組んだときだ。

師父シーフー(お師匠)、こちらに」

 黒狼ヘイラン鉢植はちうええの不思議な形の植物を持ってくると、黄姫ホアンチーと武蔵の間の長机の上に置いた。

 武蔵はじっと不思議な形の植物を見つめる。

 日ノ本ひのもとではまったく見たことのない植物だ。

 緑色の細いくきの頭頂部を中心に、左右へとさらに別々にくきが分かれていた。

 武蔵から見て右側のくきの先端には「△」に似た形の葉が一枚だけ付いており、反対側に付いていた一枚の葉は「〇」の形をしている。

 全体的な見た目は、それこそ天秤てんびんに似た形をしていた。

「これは一部の人間たちから重宝ちょうほうされている植物です。迷宮ダンジョンの中でもとある湿地帯しっちたいにのみ群生ぐんせいする植物なのですが、薬にもならず食用でもないので普通の冒険者は依頼でもない限り採りません」

「ならば観賞用か?」

 薬草でもなければ食用でもないが、一部の人間たちから重宝ちょうほうされているということは観賞用としか思えない。

 日ノ本ひのもとの武士の間で流行っていた盆栽ぼんさいのようなモノだろうか。

「その手の好事家こうずかはいるかもしれませんが、この植物は一般的に名もつけられていない雑草扱いなので観賞用とは程遠ほどとおいですね。けれども、この植物は一部の人間たちから〈判別草はんべつそう〉と呼ばれている。その名の通り、ある特定のことを判別できる植物だからです」

 そう言うと黄姫《ホアンチー》は右手の親指の皮膚をんで血をにじませ、その右手の親指を天秤てんびんに似た形の植物――〈判別草はんべつそう〉に近づけた。

 その直後である。

 武蔵は両眉りょうまゆを寄せ、黄姫《ホアンチー》に対して目をらした。

 明らかに黄姫《ホアンチー》の全身から、力強い〝気〟が湯水ゆみずの如くあふれ出てきたのだ。

 ただ普通に物や人を見る――けんの目で見ると分からない。

 だが、下丹田げたんでんで練り上げた〝気〟を両目に集中させて見る――かんの目で見るとよく分かる。

 普段はれ流されているだけの〝気〟が、透明な甲冑かっちゅうを着込んでいるかのようによどみなく黄姫《ホアンチー》の全身をおおい始めたのだ。

 やがて右手の親指ににじんでいた血が〈判別草はんべつそう〉にぽたりとしたたり落ちる。

 するとどうだろう。

 武蔵から見て左側の「〇」の形をしている葉だけが揺れ動いたのだ。

 それも強風にあおられるように激しくである。

 武蔵は目を丸くさせながら、激しく揺れる葉を食い入るように見つめた。

 そんな武蔵に黄姫《ホアンチー》は冷静な態度で説明する。

「驚かれるのも無理はありません。この〈判別草はんべつそう〉は人間の血を与えると、その血を与えた者の天理もしくは魔法の属性を判別できる植物なのです。そして丸い形をした葉のほうは天理使いを意味しており、葉が激しく動くということは私の属性が【風属性かぜぞくせい】で〈箭疾歩せんしつほ〉の技能にけていることを示している」

 けれども、と黄姫《ホアンチー》は言葉を続けた。

「この話を聞いた一般人が私と同じことをしても何の意味もありません。今の私のように全身に気力ないし魔力をよどみなくおおうう〈外丹法がいたんほう〉の一つ――〈周天しゅうてん〉の状態で行わなければ〈判別草はんべつそう〉は反応しないのです」

 などと言い終わったとき、黄姫《ホアンチー》は激しく動いていた葉の先端の部分をおもむろに指で引きちぎる。

 すると引きちぎられた先端の部分から新しい「〇」の形の葉が生えてきた。

 それも五は数えないうちにである。

 まさに異世界と思われる驚愕きょうがくの光景だった。

 どうやらこの世界は魔法や天理、そして魔物に加えて植物も元の世界の常識とは一線いっせんかくすようだ。

 しかし、今は奇妙な植物の生態よりも興味をそそられることがある。

 武蔵は〈判別草はんべつそう〉から黄姫《ホアンチー》へと視線を移した。

「以前に伊織が異世界では地水火風ちすいかふうの属性がどうのこうのと言っていたが、もしや天理や魔法の属性とは〝地水火風空ちすいかふうくう〟などの仏教ぶっきょうで言うところの五大思想ごだいしそうと関係しているのか?」

仏教ぶっきょう? 五大思想ごだいしそう……ですか?」

 黄姫《ホアンチー》は首をかしげて頭上に疑問符ぎもんふを浮かべた。

「この世界に仏教ぶっきょうはないのか?」

 武蔵は異人街で隻腕せきわんの兵法者と闘った廃寺はいでらを脳裏に思い浮かべた。

 あの建造物は明らかに仏教ぶっきょうの影響を受けた建物のはずである。

「もしかすると大倭国やまとこくにはあるのかもしれませんが、少なくとも中西国ちゅうさいこくやアルビオン王国にそのような宗教は存在しません」

 どうやら本当に知らない様子だったので、武蔵はいつまんで仏教ぶっきょう五大思想ごだいしそうについて黄姫《ホアンチー》に説明する。

 やがて黄姫《ホアンチー》は興味深そうにうなずいた。

「なるほど……仏教ぶっきょうと呼ばれる宗教はともかく、五大思想ごだいしそうという考え方は天理や魔法に通じるものがあります」

「そうなのか?」

 武蔵も仏法僧ぶっぽうそうではないのですべてを知っているわけではなかったが、ぜんを習った寺の和尚おしょうから五大思想ごだいしそうについて学んだときのことを思い出す。

 五大思想ごだいしそうとは、元の世界において天地てんち宇宙うちゅう)を構成しているとされていた五つの要素のことである。

 すなわち、地水火風空ちすいかふうくうの五つだ。

 は保持を表す【堅固けんご】の性質。

 すいは変化を表す【流動りゅうどう】の性質。

 は欲求を表す【情熱じょうねつ】の性質。

 ふうは成長を表す【自由じゆう】の性質。

 そして最後のくうは何事にもさまたげられない無碍むげのことであり、同時に地水火風ちすいかふうを超えた【万物自在ばんぶつじざい】を表しているという。

 黄姫《ホアンチー》は武蔵から〈判別草はんべつそう〉へと顔を向けた。

仏教ぶっきょう五大思想ごだいしそうについては分かりました。それでは今度はこちらが天理と魔法の属性について簡単に説明しましょう」

 その後、黄姫《ホアンチー》は〈判別草はんべつそう〉を用いた属性の判別方法とその属性に通じる〈外丹法がいたんほう〉についても教えてくれた。

判別草はんべつそう〉の〝葉が燃える〟――【火属性ひぞくせい】で〈発剄はっけい〉の才能がある。

判別草はんべつそう〉の〝葉から水滴が出る〟――【水属性みずぞくせい】で〈聴剄ちょうけい〉の才能がある。

判別草はんべつそう〉の〝葉が硬くなる〟――【地属性ちぞくせい】で〈硬気功こうきこう〉の才能がある。

判別草はんべつそう〉の〝葉が激しく動く〟――【風属性かぜぞくせい】で〈箭疾歩せんしつほ〉の才能がある。

 この四つ以外の反応が【空属性くうぞくせい】とされ、その反応は個人によってまったく違うものになるというのだ。

 また〈外丹法がいたんほう〉は天理使いと魔法使いの共通の技能らしく、天理使いか魔法使いなのかを判別するには、右手と左手の血のどちらで反応するのかによって確かめるらしい。

 ちなみに左手の血を使う魔法使いの場合は、逆側の「△」の形をした葉が天理使いと同様の反応を示すという。

「さあ、武蔵さん。今度はあなたの番です」

 再び黄姫《ホアンチー》は武蔵に視線を移した。

「あなたの属性がどれになるのか判別しましょうか?」

「そう言われても俺は〈周天しゅうてん〉などという技は使えんぞ。それでなくては、この奇妙な草は反応せんのだろう?」

 大丈夫です、と黄姫《ホアンチー》は微笑ほほえんだ。

「今の武蔵さんは先ほどの闘いによって、わずかながらも全身に気力をまとっている〈周天しゅうてん〉の状態です。それならば〈判別草はんべつそう〉は反応するでしょう。どちらにせよ――」

「ふむ……ともあれ、まずはやってみろということだな」

 武蔵は大刀を少しばかり抜くと、右手の親指の腹を大刀の刃でわずかに切る。

 そのまま武蔵は血がにじむ右手の親指の腹を〈判別草はんべつそう〉に近づけた。

 ぽたり、と武蔵の血が〈判別草はんべつそう〉へと落ちる。

 そして――。
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