【完結】追放された実は最強道士だった俺、異国の元勇者の美剣女と出会ったことで、皇帝すらも認めるほどまで成り上がる

第三十三話 仙丹房の秘密

「ある程度は予想しとったけどな……」

　俺たちが仙丹房せんたんぼうに足を踏み入れると、中の様子を見た春花しゅんかがぼそりと呟つぶやいた。

　そんな春花しゅんかを横目に、俺とアリシアもぐるりと内部を見渡す。

　もともと仙丹房せんたんぼうの奥の壁には薬棚くすりだなが1つだけ置かれ、その横にあった小さな卓子テーブルの上には薬研やげんやすり鉢ばちなどが並んでいたのだろう。

　他にも俺はさして高くない天井の梁はりに吊つるされていた、何十本もの不自然に千切れて垂れている紐ひもを見る。

　おそらくこの何十本もの紐ひもには、薬材やくざいになる乾果物かんかぶつや動物の肉の乾物かんぶつなどが吊つるされていたに違いない。

　などと俺が憶測おくそくで考えたのには理由があった。

　なぜなら、仙丹房せんたんぼうの中は無残むざんなほど荒あらされていたからだ。

　薬棚くすりだなは粉々に近いほど破壊され、薬研やげんやすり鉢ばちなどもほとんど割れた状態で粉薬こなぐすりの類とともに床に散らばっている。

　まるで竜巻でも通ったあとのようだ。

「これって仙獣せんじゅうがやったの？」

　アリシアが俺におそるおそる尋たずねてくる。

「仙獣せんじゅうに占拠せんきょされる前と同じ光景なら話は別だけどな。どうだ、春花しゅんか？」

「少なくとも仙獣せんじゅうに住み着かれる前はもっとマシやったわ」

　まあ、そうだろうな。

　壁や床のあちこちには、一本角つのでつけられた傷が何か所もあった。

　そして梁はりから吊つるされていた紐ひもが不自然な千切れ方をしているのも、どの大きさかは分からないが火眼玉兎かがんぎょくとに食い千切られたからだろう。

　しかし、と俺は春花しゅんかの顔をじっと見た。

「仙丹房せんたんぼうという名前は、言い得えて妙みょうだったかもな」

「どういうことや？」

「仙獣せんじゅうは自分の好きな匂いがある場所に留とどまる習性があるんだが、その匂いが発生しているモノを食べるような真似はしないんだ。獣と言えども仙獣せんじゅうは特殊な生き物だからな。普通の獣と違ってモノを食べる必要がない」

「せやけど、実際に食い散らかされたような跡あとがあるで？」

　春花しゅんかは天井の梁はりから吊つるされていた、何十本もの不自然な千切れ方をしている紐ひもを見上げる。

「だから、言い得えて妙みょうと言ったんだ。もしかすると、この仙丹房せんたんぼうには〝本物の仙丹せんたん〟に近い薬があったのかもしれない。だとすれば仙獣せんじゅうがここに居座いすわっていた理由にも説明がつく」

　そこまで言ったとき、アリシアと春花しゅんかはほぼ同時に首を傾かしげた。

「ごめん、龍信りゅうしん……私には何が何だか分からないわ」

「いや、それはうちも同じや……兄さん、ちゃんと説明してくれんか？」

　要するに、と俺は2人に仙獣せんじゅうについて改めて説明した。

　本来、神仙界しんせんかいに住む仙獣せんじゅうたちは気性が大人しい種類が多く、よほど強く干渉かんしょうしなければ他の生物を襲うような真似はしないこと。

　大気中に含ふくまれている微量な精気を吸収できるため、人間界にいる動物のように他の生物を捕食ほしょくしなくても寿命じゅみょうが尽きるまで生きられること。

　そんな仙獣せんじゅうたちを使役しえきする際に、神仙界しんせんかいでは仙人せんにんたちが仙丹せんたんを与えて言うことを聞かせていたこと。

　仙獣せんじゅうたちにとって仙丹せんたんは、人間界で言うところの中毒性の高い痲薬まやく(刺激興奮剤)に相当するものだったこと。

　そして人間界の山々を転々としていた先ほどの火眼玉兎かがんぎょくとは、最初はこの付近に来たときに百草ひゃくそう神農堂しんのうどうから発せられる匂いに釣つられたこと。

　ところが実際に百草ひゃくそう神農堂しんのうどうへ来たとき、敷地内にあった仙丹房せんたんぼうから仙丹せんたんのような匂いを発する薬を見つけたこと。

　仙丹せんたんの刺激を覚えていた火眼玉兎かがんぎょくとは、その薬を本物の仙丹せんたんだと勘違いして食べてしまったこと。

　以後はその仙丹せんたんに似た薬を食べたときの興奮が忘れられず、ずっとこの場に居座いすわるつもりになったこと。

　俺は予想を交えて話し終えると、再び室内を見渡した。

「これは、その薬を食べたときの興奮で荒らし回ったんだろうな……それに道士どうしたちからち・ょ・っ・か・い・を出されてもここから移動しなかったのは、よほど仙丹せんたんに似た薬が気に入ったんだろう。ここにずっといればふらりと仙人せんにんがやってきて、また同じモノを与えてくれるかもしれないと思うほどに」

　続けて俺は「凄い才能と技術だ」と春花しゅんかを見つめる。
　
「え～と……つまり、それっちゅうのは」

　照れ臭そうに言い淀よどんだ春花しゅんか。

　そんな春花しゅんかに俺は「ああ、そうだ」とはっきりと答えた。

「春花しゅんか、君は将来必ず華秦国かしんこく中に名を轟とどろかすほどの名薬士くすしになる。本物の仙丹せんたんでないとはいえ仙獣せんじゅうが実際に食べるほどの薬を作れるなんて、それこそ中央政府の医局に努める老練者ベテランの医官でも無理だ」

　嘘偽うそいつわりない本音ほんねだった。

　実際にはどのような効能のある薬だったのかは知らないが、仙獣せんじゅうが食べるほどの薬ならばある種の万能薬だったのかもしれない。

　初めこそボッと火が点いたように顔を赤らめた春花しゅんかだったが、それは一瞬のことですぐに室内の状況を見てがくりと肩を落とした。

「そないに褒ほめてくれんのは嬉しいんやが、肝心の大口のお客はんの薬が作れんようになったんなら意味ないわ。まったくあの兎うさぎもどきめ、貴重な薬材やくざいどころか親父おとんが使ってた器具までぶち壊しよってからに」

　怒りで地団駄じたんだを踏ふんだ春花しゅんかを見て、アリシアが「ちょっと待って」と疑問を含ふくんだ声を掛けた。

「薬材やくざいはともかく、薬を使うための器具は他にもあったじゃない。今後はあれを使えばいいんじゃないの？」

　それは俺も思った。

　食われてしまった薬材やくざいならともかく、薬研やげんやすり鉢ばちなどの器具は母屋おもやにもあるのだから。

　春花しゅんかは俺たちの顔を交互に見た。

「……これは内緒にしとこう思ってたんやけど、あの兎うさぎもどきを倒してくれたこともあるしな」

　やがて春花しゅんかは、俺たちに秘密にしていたことを話し始めた。

　それは――。