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第二十話    真実

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「私の本名はオルセイア・リズムナリ・バルセロナ。バルセロナ公国王位継承権第二位の資格を持っていたらしい」

「らしい?」

 まるで他人事のように答えたオリビアに四狼は小首を傾げた。

 オリビアはそんな四狼の態度を見てくすりと笑うと、四狼に問いかける。

「四狼、私は何歳に見える?」

 唐突に話の主旨が変わったことに四狼は目を細めたが、やがて思った年齢を答えた。

「……十七か十八?」

「二十五だ」

 明らかに四狼の目が点になった。

 さすがにこれは予想外なことだったのだろう。

 オリビアはふふふ、と笑った後に顔を上げて空を仰いだ。

 豪雨を降らせていた暗色の雲は流れ去り、今では夜空に宝石が散らばったように幾つもの星が浮かんでいた。

「お前には助けてもらった恩があるからな」

 オリビアは夜空から四狼に視線を移すと、ゆっくりと自分の過去を話し始めた。

「私はカルナゴルというバルセロナ公国領内と隣国であるアスナルド公国の国境にあった小さな山村で目覚めた。

 田畑を耕して小麦を栽培し、納屋で羊などの家畜を飼って生計を立てていた小さな村だった」

 オリビアの話を四狼は静かに聞いている。

「初めて目が覚めたとき、目の前に一人の女性がいた。美しい顔立ちの黒い髪が印象的な女性。十年以上の間、ずっと母親と思っていた人だった」

「実の母親じゃなかったのか?」

 四狼が聞き返すと、オリビアはこくりと頷いた。

「その人は目が覚めた私にこう言った。貴方は今までのことを覚えているか? と。咄嗟に聞かれた質問に私はしばらく考えた。すると不思議なことに、まったく何も思い出せなかった。自分の名前はもちろん何もかもだ」

 そう、今でもあのときのことは鮮明に覚えている。

 何も思い出せないと動揺した私を優しく抱きしめてくれた母親のことを。

「その人はこうも言った。貴方は五歳のときから五年間、ずっと眠り続けて成長が止まっていた。だから外見は五歳に見えるけど本当は十歳なのよ、と」

 ふふふ、とオリビアは笑った。

「それから私は十年間、そのカルナゴルで生活した。記憶を失っていた私は黒髪の女性を母親だと思い込むしかなかった。その人も私を本当の娘として育ててくれた。だが、いつも頭の片隅で思っていた。何故、私は記憶を失ってしまったのだろう? とな」

「訊く機会はなかったのか?」

「多分、あったんだろうな。でも恐ろしく怖かった。本当のことを聞くことで今の生活が壊れてしまうのではないかと子供心に何度も思った。それはそうだろう? 自分がどこで生まれてどんな生活をしていたのかすべて忘ていたんだ。オリビアという名前も育ててくれた母親がつけてくれた。何でも、祖母の名前から貰ったらしい」

 オリビアの話は続く。

「すべてを知ったのは十五歳のときだ。まあ、実年齢は二十歳だったが……すまん、話が逸れたな。その十五歳のときに、私は騎士になるために村を出ることを決意した。目が覚めてから村で過ごすうちにそう思ったこともあるし、その年から女性でも騎士団に入団できるとわかったことが大きかった。だが、一番の原因は母親が流行病にやられ、この世を去ってしまったことだ」

「じゃあ、オリビアはいつ記憶が戻ったんだ? その……自分が王族だったと」

「遺言だ」

 オリビアは簡素に答えた。

「記憶は今でも戻っていない。母親だと思っていた女性が死ぬ前に教えてくれた。私がバルセロナ公国王位継承権第二位の資格を持っているオルセイアという王女だということ、そして実の母親と護衛騎士に守られた馬車で移動中に何者かの襲撃を受けてしまったということ」

 そこまで話すと、オリビアは大きく息を吸い込み静かに吐き出した。

「私がずっと母親だと思い込んでいた女性は実の母親の侍女だった。馬車が襲撃にあった際に幼かった私を連れて命からがら逃げ出せたらしい」

「だからだった」とオリビアは言葉を繋げた。

「母親だと思っていた侍女は、私に白銀色の髪は決して他人に見られてはいけないと言い続けた。その理由は――」

「オリビアが生きていることが知れたら、実の母親や護衛たちを殺した襲撃者がまた命を狙いにくる。だから身を隠す必要があった。何故なら、襲撃者を雇ったのは他の王位継承権を持つ人間だった……とか?」

 今度はオリビアの目が点になった。まさしくその通りである。

 母親だと思っていた侍女は、馬車を襲った人間たちに心当たりがあった。

 いや、厳密に言うと雇った人間に心当たりがあったと言った。

 クレイネル・リズムナリ・バルセロナ。

 王位継承権第三位の資格を持つ、オリエンタ・リズムナリ・バルセロナの実母である。

 四狼はオリビアの驚いた表情を見てふっと鼻で笑った。

「別にそんなに驚くことじゃないだろう。これだけ話を聞けば誰だって予想はできる」

 そう言うと四狼は、隣に置いてあった生木を手に取って焚き火にくべた。

「それで、オリビアはどうしたいんだ?」

 一拍の間を空けて、オリビアは聞き返した。

「どうしたいとは?」

「決まってるだろう。オリビアが王位継承権第二位の資格を持っているのなら、次の女王はアンタで決まりだ」

 一瞬、オリビアは四狼の言っていることがわからなかった。

 しかし時間が経つにつれてその意味が理解でき、オリビアは憤然と声を上げた。

「き、貴様! セシリア様がもう生きていないとでも言うつもりか!」

 歯を食い縛って全身から殺意を滲み出したオリビアだったが、四狼はちらりと顔を向けただけで平然としていた。無表情と言ってもいい。

「じゃあ逆に訊くが、半年以上も盗賊団に拉致された一国の女王が無事でいるとでも本気で思っているのか?」

 その言葉を聞いた瞬間、ぐらり、とオリビアの視界が歪んだ。

 思いたくなかった。思わないようにしていた。否定していた。否定し続けていた。

 だが、本当は気づいていた。セシリアの生存が最早絶望的だということぐらい。

「それでも」

 喉の奥から必死に言葉を搾り出し、オリビアは四狼に言った。

「それでも私はセシリア様を助けにいく」
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