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第二十一話 準備
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そうだ。
絶望的とはいえ、必ずしも可能性が無いわけではない。
もしかすると、厳重に捕えられているだけで生きている可能性だってある。
それには盗賊団の占拠地である遺跡に赴き、この目で真実を見極めねばならない。
「だから間違ってもそんなことは言うな。セシリア様は何があろうと救出するんだ。お前だってそれで雇われたんだろう?」
「……ああ、そうだったな」
それからはまた微妙な沈黙が流れた。
話に夢中になっていたせいで焚き火の炎が弱まっていたことに気づいた四狼は、生木を焚き火にくべて炎を強める。
パチパチと生木がはぜる音が耳に響き、炎粉が空中へと舞い上がった。
「最後に一つだけ訊いていいか?」
四狼は焚き火の炎を見据えながら訊いた。
「今までこの国を出ることは考えなかったのか? いくらカツラで誤魔化しても今回のような不意の事故で誰かに知られることも考えられる。そうなれば宮廷で騎士団に所属しているなんて格好の標的だ。暗殺しようと思えばすぐにできる」
「考えたことは……ある。母親だと思っていた侍女も自分が死んだら他の国に逃げなさいと言っていた。だが私はあえてそうしなかった。記憶がないからどこか現実感がないということもあったが、それ以上に私はこのバルセロナ公国が好きなんだ。豊かな大地に温かな人々。戦争もなく、雄大な自然に守られているこの国が」
オリビアは気恥ずかしそうに鼻を啜ると、「それに」と言葉を続けた。
「セシリア様だけは私がオルセイアだと知っている。今のお前のように不意の事故というやつで白銀の髪を見られてな。そのときは大層驚かれていたが、すぐに私の気持ちを察してくれた」
「オリビアの気持ち?」
「ああ、たとえ私が王族だったとしても、そのときの記憶を私は持っていない。私が決して忘れない記憶というのは、小さな山村で騎士になる夢を抱きながら母親と二人で慎ましく生活していた思い出だけだ。だからこそ私はセシリア様に進言した。オルセイアという貴方の妹はとうに天に召されました。ここにいるのは、カルナゴル村出身のオリビアという名前の一女性騎士に過ぎません。どうぞこれからも変わらずお傍に置いてください、と」
そのときからだった。
セシリアは誰にもオリビアの正体は明かさず、それどころかオリビアをセシリア専属の護衛騎士に抜擢してくれた。
宮廷内のどこへ行くにも付き従い、誰よりもセシリアの言動を見聞きすることができた。
それで分かったのは、セシリアがいかに優秀でいかにこの国を愛しているかであった。
この人が女王でいる限り、このバルセロナ公国は安泰だと思った。
そう、盗賊団に連れ攫われたあの日までは――。
オリビアはセシリアが連れ攫われた日のことを思い出し、奥歯をぎりりとかみ締めた。
と同時に、焚き火の炎を真横に揺らすほどの強風が吹いた。
「風が出てきたな」
四狼はぶるぶると身体を震わせて立ち上がった。
焚き火の前に干していた衣服を摑み、さっと袖を通す。
麻の服での綿の服でもない、何かもっと違う材質の服にオリビアは思えた。
「ほら、アンタの服だ」
服を着た四狼は、乾かしていたオリビアの衣服を投げ渡す。
オリビアは片手で服を受け取った。
もうすっかり乾いており、逆に熱いくらいだった。
オリビアは羽織っていた外套の中でモゾモゾと着替え始めると、四狼はもう一つ何かを投げ渡してきた。
「お、おい」
慌てて受け取ったものの、オリビアは眉根を寄せた。
四狼が渡したものは、変な意匠を凝らして作られた黒い服だった。
正面と背中部分は柔らかく、それでいて頑丈そうな板のようなものが貼り付けられており、脇の部分は分厚い紐のようなものを互いに押し当てるだけで簡単に固定された。
「頭から被って両手を通すんだ。そうするとちょうどいい具合に身体にフィットする。着てみてくれ」
訳が分からなかったが、衣服を着終わったオリビアは黙って四狼の言う通りその奇妙な鎧を装着してみた。
硬く締め付けると少々息苦しかったが、板金鎧ほどではない。
「何なんだこれは?」
「俺が装着していたスペクトラ・シールドとセラミック・プレートで作られたボディアーマーだ。オリビアが衣服の上から装着していた軽甲は剣と同様に流されたんだろ? だから貸してやる。それを着ていればクロスボウの弓矢くらい防げる」
相変わらず四狼の言っていることは半分も理解できなかった。
だが、軽甲の代わりに貸してくれるということはわかった。
しかしクロスボウの矢が防げるとは言い過ぎだろう。
板金鎧やチェインメイルのような鎧ならばわかるが、こんな薄い軽甲ではせいぜい短剣の切っ先を防ぐくらいが関の山だろう。
「まあ、貸してくれるというのならば使わせてもらう」
オリビアはボディアーマーと呼ばれた黒色の軽甲を拳で叩いて感触を確かめると、四狼は近づいてきて「ついでだ」ともう一つ何かを手渡してきた。
それは綺麗な銀色と黒色が目立った異質な筒だった。
四狼は片手で持つんだと正しい握り方を教えてくれた。
右手で握ってみる。
それなりの重量を感じ、何故か肌が粟立つような威圧感をそれから感じた。
「これはリボルバーと言う遠距離用の武器だ。正式名称はコルトパイソン。銃身長は四インチで装弾数は六発。357マグナム弾を使用しているから〈変異体〉程度ならば心臓に二発も打ち込めば楽に倒せる」
そう説明すると四狼は、オリビアにリボルバーを持ちながら立ってくれと促した。
オリビアは言われるまま立ち上がる。
「そうだな、目標はあの大木だな」
くるりと周囲を見渡した四狼は、手頃な大木を見つけると人差し指を向けた。
次に四狼は、オリビアを目標の大木にきちんと正面になるように立たせた。
そして背後に回り込みオリビアに正確な射撃の構えを取らせる。
オリビアはリボルバーを両手で握らされ、両足は等間隔に開かされた。
「そうだ。撃つときは必ず両手でしっかりと握って構えるんだ。そうしないと反動を抑えられないからな」
色々と説明を聞いていたオリビアだったが、まったく四狼の言っていることが理解できなかった。こんなちっぽけな金属の塊で何を撃つというのだろう。
四狼はオリビアの心境など構わず肘の位置や目線の高さを調整していく。
そうした努力の甲斐もあってようやくオリビアの構えが様になった頃、四狼はオリビアの人差し指をトリガーにかけさせた。
「いいぞ、オリビア。トリガーを引け」
「あ、ああ」
オリビアは両手を突き出し、照準を大木に合わせてトリガーを引いた。
次の瞬間、けたたましい銃声が鳴り響き、銃口から弾丸が発射された。
音速の速さで飛んだ弾丸は大木の幹に深々と命中し、木の上からは一斉に木の葉が舞い散ちてくる。
反響音が木霊する中、オリビアは瞬き一つせずに呆然としていた。
(何だ……これは?)
かちかちと歯を噛み鳴らし、オリビアは両腕を小刻みに震わせていた。
鼻腔の奥に焦げ臭い匂いが漂い、傷を負っている場所に強烈な痛みが走った。
が、そんな痛みを忘れてしまうくらいの衝撃にオリビアは見舞われていた。
「おお、初めて撃ったにしては上出来だ。ちゃんと命中してる」
眉の上に手屋根を作った四狼は、小さい穴が開いている大木を見ながら頷いていた。
オリビアは正面を見据えながら、おそるおそる四狼に尋ねた。
「お前は……魔術師なのか?」
「違う」と一言だけ否定すると、四狼はオリビアの手からリボルバーを離させた。
その後、すぐにシリンダーを横に出して弾丸を込めた四狼は、「今の感じを忘れるな」と言ってリボルバーをオリビアの後ろ腰に差し込んだ。
四狼曰く、これは最終手段として携帯していろとのことだった。
オリビアは手に残る感触と携帯されたリボルバーの存在に戸惑っていると、四狼は漆黒の闇が支配している森の奥に視線を向けて「来たか」と呟いた。
四狼の言葉に反応し、オリビアも森の奥へと視線を向ける。
音が近づいてくる。
狼などの獣の足音や唸り声かとも思ったがそうではない。
「喜べ、オリビア。目的地の場所は一足先に相棒が見つけてくれたらしい」
四狼が髪を掻き上げながらニヤリと笑うと、オリビアは木の枝を踏み潰しながら現れた四狼の相棒を見上げた。
焚き火の赤い炎に彩られ、そこには金剛丸という名前の巨人が無言で佇んでいた。
絶望的とはいえ、必ずしも可能性が無いわけではない。
もしかすると、厳重に捕えられているだけで生きている可能性だってある。
それには盗賊団の占拠地である遺跡に赴き、この目で真実を見極めねばならない。
「だから間違ってもそんなことは言うな。セシリア様は何があろうと救出するんだ。お前だってそれで雇われたんだろう?」
「……ああ、そうだったな」
それからはまた微妙な沈黙が流れた。
話に夢中になっていたせいで焚き火の炎が弱まっていたことに気づいた四狼は、生木を焚き火にくべて炎を強める。
パチパチと生木がはぜる音が耳に響き、炎粉が空中へと舞い上がった。
「最後に一つだけ訊いていいか?」
四狼は焚き火の炎を見据えながら訊いた。
「今までこの国を出ることは考えなかったのか? いくらカツラで誤魔化しても今回のような不意の事故で誰かに知られることも考えられる。そうなれば宮廷で騎士団に所属しているなんて格好の標的だ。暗殺しようと思えばすぐにできる」
「考えたことは……ある。母親だと思っていた侍女も自分が死んだら他の国に逃げなさいと言っていた。だが私はあえてそうしなかった。記憶がないからどこか現実感がないということもあったが、それ以上に私はこのバルセロナ公国が好きなんだ。豊かな大地に温かな人々。戦争もなく、雄大な自然に守られているこの国が」
オリビアは気恥ずかしそうに鼻を啜ると、「それに」と言葉を続けた。
「セシリア様だけは私がオルセイアだと知っている。今のお前のように不意の事故というやつで白銀の髪を見られてな。そのときは大層驚かれていたが、すぐに私の気持ちを察してくれた」
「オリビアの気持ち?」
「ああ、たとえ私が王族だったとしても、そのときの記憶を私は持っていない。私が決して忘れない記憶というのは、小さな山村で騎士になる夢を抱きながら母親と二人で慎ましく生活していた思い出だけだ。だからこそ私はセシリア様に進言した。オルセイアという貴方の妹はとうに天に召されました。ここにいるのは、カルナゴル村出身のオリビアという名前の一女性騎士に過ぎません。どうぞこれからも変わらずお傍に置いてください、と」
そのときからだった。
セシリアは誰にもオリビアの正体は明かさず、それどころかオリビアをセシリア専属の護衛騎士に抜擢してくれた。
宮廷内のどこへ行くにも付き従い、誰よりもセシリアの言動を見聞きすることができた。
それで分かったのは、セシリアがいかに優秀でいかにこの国を愛しているかであった。
この人が女王でいる限り、このバルセロナ公国は安泰だと思った。
そう、盗賊団に連れ攫われたあの日までは――。
オリビアはセシリアが連れ攫われた日のことを思い出し、奥歯をぎりりとかみ締めた。
と同時に、焚き火の炎を真横に揺らすほどの強風が吹いた。
「風が出てきたな」
四狼はぶるぶると身体を震わせて立ち上がった。
焚き火の前に干していた衣服を摑み、さっと袖を通す。
麻の服での綿の服でもない、何かもっと違う材質の服にオリビアは思えた。
「ほら、アンタの服だ」
服を着た四狼は、乾かしていたオリビアの衣服を投げ渡す。
オリビアは片手で服を受け取った。
もうすっかり乾いており、逆に熱いくらいだった。
オリビアは羽織っていた外套の中でモゾモゾと着替え始めると、四狼はもう一つ何かを投げ渡してきた。
「お、おい」
慌てて受け取ったものの、オリビアは眉根を寄せた。
四狼が渡したものは、変な意匠を凝らして作られた黒い服だった。
正面と背中部分は柔らかく、それでいて頑丈そうな板のようなものが貼り付けられており、脇の部分は分厚い紐のようなものを互いに押し当てるだけで簡単に固定された。
「頭から被って両手を通すんだ。そうするとちょうどいい具合に身体にフィットする。着てみてくれ」
訳が分からなかったが、衣服を着終わったオリビアは黙って四狼の言う通りその奇妙な鎧を装着してみた。
硬く締め付けると少々息苦しかったが、板金鎧ほどではない。
「何なんだこれは?」
「俺が装着していたスペクトラ・シールドとセラミック・プレートで作られたボディアーマーだ。オリビアが衣服の上から装着していた軽甲は剣と同様に流されたんだろ? だから貸してやる。それを着ていればクロスボウの弓矢くらい防げる」
相変わらず四狼の言っていることは半分も理解できなかった。
だが、軽甲の代わりに貸してくれるということはわかった。
しかしクロスボウの矢が防げるとは言い過ぎだろう。
板金鎧やチェインメイルのような鎧ならばわかるが、こんな薄い軽甲ではせいぜい短剣の切っ先を防ぐくらいが関の山だろう。
「まあ、貸してくれるというのならば使わせてもらう」
オリビアはボディアーマーと呼ばれた黒色の軽甲を拳で叩いて感触を確かめると、四狼は近づいてきて「ついでだ」ともう一つ何かを手渡してきた。
それは綺麗な銀色と黒色が目立った異質な筒だった。
四狼は片手で持つんだと正しい握り方を教えてくれた。
右手で握ってみる。
それなりの重量を感じ、何故か肌が粟立つような威圧感をそれから感じた。
「これはリボルバーと言う遠距離用の武器だ。正式名称はコルトパイソン。銃身長は四インチで装弾数は六発。357マグナム弾を使用しているから〈変異体〉程度ならば心臓に二発も打ち込めば楽に倒せる」
そう説明すると四狼は、オリビアにリボルバーを持ちながら立ってくれと促した。
オリビアは言われるまま立ち上がる。
「そうだな、目標はあの大木だな」
くるりと周囲を見渡した四狼は、手頃な大木を見つけると人差し指を向けた。
次に四狼は、オリビアを目標の大木にきちんと正面になるように立たせた。
そして背後に回り込みオリビアに正確な射撃の構えを取らせる。
オリビアはリボルバーを両手で握らされ、両足は等間隔に開かされた。
「そうだ。撃つときは必ず両手でしっかりと握って構えるんだ。そうしないと反動を抑えられないからな」
色々と説明を聞いていたオリビアだったが、まったく四狼の言っていることが理解できなかった。こんなちっぽけな金属の塊で何を撃つというのだろう。
四狼はオリビアの心境など構わず肘の位置や目線の高さを調整していく。
そうした努力の甲斐もあってようやくオリビアの構えが様になった頃、四狼はオリビアの人差し指をトリガーにかけさせた。
「いいぞ、オリビア。トリガーを引け」
「あ、ああ」
オリビアは両手を突き出し、照準を大木に合わせてトリガーを引いた。
次の瞬間、けたたましい銃声が鳴り響き、銃口から弾丸が発射された。
音速の速さで飛んだ弾丸は大木の幹に深々と命中し、木の上からは一斉に木の葉が舞い散ちてくる。
反響音が木霊する中、オリビアは瞬き一つせずに呆然としていた。
(何だ……これは?)
かちかちと歯を噛み鳴らし、オリビアは両腕を小刻みに震わせていた。
鼻腔の奥に焦げ臭い匂いが漂い、傷を負っている場所に強烈な痛みが走った。
が、そんな痛みを忘れてしまうくらいの衝撃にオリビアは見舞われていた。
「おお、初めて撃ったにしては上出来だ。ちゃんと命中してる」
眉の上に手屋根を作った四狼は、小さい穴が開いている大木を見ながら頷いていた。
オリビアは正面を見据えながら、おそるおそる四狼に尋ねた。
「お前は……魔術師なのか?」
「違う」と一言だけ否定すると、四狼はオリビアの手からリボルバーを離させた。
その後、すぐにシリンダーを横に出して弾丸を込めた四狼は、「今の感じを忘れるな」と言ってリボルバーをオリビアの後ろ腰に差し込んだ。
四狼曰く、これは最終手段として携帯していろとのことだった。
オリビアは手に残る感触と携帯されたリボルバーの存在に戸惑っていると、四狼は漆黒の闇が支配している森の奥に視線を向けて「来たか」と呟いた。
四狼の言葉に反応し、オリビアも森の奥へと視線を向ける。
音が近づいてくる。
狼などの獣の足音や唸り声かとも思ったがそうではない。
「喜べ、オリビア。目的地の場所は一足先に相棒が見つけてくれたらしい」
四狼が髪を掻き上げながらニヤリと笑うと、オリビアは木の枝を踏み潰しながら現れた四狼の相棒を見上げた。
焚き火の赤い炎に彩られ、そこには金剛丸という名前の巨人が無言で佇んでいた。
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