【完結】ナチュラルキラー46 ~異世界転移から始まる、最強の強化少年と最硬の機人による復讐冒険譚~

ともボン

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第二十二話   No46

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 その日、自室に戻った黒髪の少年は、着ていたシャツを脱ぎ捨てて洗面所に向かった。

 鏡台に映る自分の姿を見ると、学科を受ける前には綺麗に整えていた黒髪が今ではくしゃくしゃに乱れ、身体の至るところには惨たらしいほどの青痣ができていた。

 今日の訓練は普段よりも一層厳しいものだった。

 いつもならば格闘技の教官は多くて二人だったのに、今日に限っては四人に増え、時間一杯まで徹底的にしごかれた。

 黒髪の少年はそっと唇に触れた。

 針で突かれたような瞬間的な痛みが黒髪の少年の顔を歪める。

 唇だけでなく、口内にも切り傷ができていた。殴られたときに自分の歯で切ってしまったのだろう。

 黒髪の少年は洗面台に常備してあるコップに水を溜め、痛みを堪えながら口内をゆすいだ。

 ぺっ、と吐き出すと、ドス黒い血が混じっていた。

 黒髪の少年はそれでも気にせずに顔を洗い、洗面所を出た。

 私用品が置かれている部屋に戻り、パイプベッドの上に身を預ける。

 煌々と明かりを点す蛍光灯の光を見つめ、黒髪の少年は今日一日を振り返る。

 午前中は一時間ごとに人類言語学、ニュートン力学、量子力学、生命科学などの様々な専門的な分野を学ぶ学科の授業を受けた。

 その後、昼食を挟み午後の授業へと移った。

 午後の授業は素手から武器を使った格闘技の訓練に始まり、リボルバーやオートマチック拳銃、ショットガンやアサルトライフルなどの銃器を使った射撃術の訓練と決まっていた。

 B3体育館にマットを敷き、その上で屈強な肉体と精密な技を習得している教官と戦う格闘技の訓練は、毎日のことながら過酷を極める。

 教官たちは黒髪の少年に対して一切躊躇や手加減をしない。

 打撃技にしても関節技にしても参ったと言っても一向に止めてくれない。

 それどころか教官たちは「敵に許しを請うぐらいなら反撃しろ」と一喝してくる。

 射撃の訓練にしても、格闘技の訓練に負けず劣らずの苛烈振りであった。

 B2射撃場に作られた擬似建物の中で教官相手に訓練を行うのだが、このときに相手を務める教官は十人。

 しかも全員が異なる銃火器を所持し、ターゲットである黒髪の少年一人に攻撃を仕掛けてくる。

 もちろん、黒髪の少年には仲間などいない。

 毎回異なる銃器を手渡され、一定時間内に教官全員の心臓にペイント弾を撃ち込まなければならない。

 だがこのとき、教官たちはペイント弾を使用せずに殺傷能力がないプラスチック弾を使用してくるのだが、これがまた恐ろしく痛い。

 訓練を開始した当初はその痛みのせいで一晩中眠れなかったほどだ。

 そして射撃の訓練が終ると、ようやくその日の授業はすべて消化したことになる。

 そうするとあとは自由時間になり、リラクゼーションルームなどで映画鑑賞や読書をすることが許されていた。

 かつて一大帝国を築いていたアメリカや中国などの映画は見応えがあり、国自体が残っていたらぜひとも続きが観たいと思う映画がたくさんあった。

 それが黒髪の少年にとって唯一、心身が休まる時間だったのだが、ここ二週間近くの自由時間はすべてなくなっていた。

 蛍光灯の光を見続けているうちに、黒髪の少年の瞼がゆっくりと閉じられていく。

 無理もなかった。

 ただでさえ午前と午後の授業で心身が疲れているというのに、その後の自由時間も実験に使われては休まる暇がない。

 やがて黒髪の少年は眠りにつこうと完全に瞼を閉じた。

 そのときだった。

 自室に取り付けてあるインターホンが鳴り、黒髪の少年は閉じかけた瞼を開いた。

 ベッドの傍に置いてある受話器を取る。

「……はい」

 短い一言を発し自分が自室にいると相手に知らせると、返事を受け取った相手は笑いながら鍵を開けて欲しいと催促してきた。

 黒髪の少年はすぐに相手に気づき、受話器に取り付けてあるボタンを押す。

 すると自動的に自室の鍵が開き、プシューという抜けた音とともに件の人物が部屋に入ってきた。

 漆黒の長髪をうなじの辺りで一つに束ね、理知的な顔つきをしていた女性だった。

 黒髪の少年は特に意識したことはなかったが、二十代後半の彼女は研究仲間からは美人だと噂され、研究に対するひたむきな姿勢が良いと評判であった。

 清潔感が漂う白衣を常に羽織っており、研究のせいで徹夜も珍しくないにもかかわらず肌は潤って見える。

「何か御用ですか? 烏丸からすま教授」

「あら、用がないのに来ちゃいけない?」

 烏丸京子はそう言いながらにっこりと微笑んだ。

「いえ、そうではありません。ただ、教授ともあろう御方が実験体の元へ来るのはいかがなものかと思っただけです」

 そう黒髪の少年が答えると、途端に烏丸の表情が曇った。

 哀しげな目で黒髪の少年を見つめ返してくる。

 変な人だ。

 黒髪の少年は単純にそう思った。

 この研究施設において、絶大な権力を有しているのは教授という肩書を得ている人間だ。

 数百人単位で生活している研究施設の中でも二十人ほどしかいない特別な存在。

 はっきり言って、黒髪の少年が容易く話しかけるのも咎められる地位の人間たちだった。

 そのうちの一人が今、ここにいる。それも今日一日だけではなかった。

「貴方も変な方です。ここ一週間毎日来られるなんて。そんなことをしなくても僕の体調にも脳波にも変化はありません」

「……そうね。今日の〈機人きじん〉との同調率も素晴らしい数字だったわ。脳に埋め込まれた生体チップも誤作動が見られない」

 烏丸は黒髪の少年の隣に近づいてくると、ベッドの上に腰を下ろした。

 そのとき、黒髪の少年の鼻腔の奥に甘い匂いが漂ってきた。

 香水の匂いだろうか。

「今日はデーター収集が目的ではなく話をしにきたの。どちらかと言うとカウンセリングかしらね。日頃から貴方が考えていることを直に聞いてみたくて」

 黒髪の少年は首を捻った。

 カウンセリングなど自分には必要ない。

 日々、与えられた日課を忠実にこなし、最終的には〈機人〉との完全融合を果たすだけである。

 それが実験体として生まれた自分の役目だと教え込まれてきた。

「烏丸教授、僕にはカウンセリングなど必要ありません。どうぞお帰りください」

 丁寧に頭を下げた黒髪の少年に対して、烏丸は首を左右に振った。

「いえ、貴方にはカウンセリングが必要よ。あんな過酷な訓練を毎日続けたら普通の人間は強いストレスに苛まれてとても耐えられな――」

「僕は普通の人間ではありません」

 黒髪の少年は簡素に答えた。

 烏丸の視線と綺麗に交錯する。

「僕は遺伝子操作されて四十六番目に生まれた実験体〈No46〉です。来るべき人類が次のステップに登るために意図的に作られた非人間。それは貴方もよく知っているはずです」

 そうである。

 自分の名前は〈No46〉。

 遺伝子操作され、人工授精によりこの世に誕生した人間であって人間でない生命体。

 だがそれを特に気にしたことはない。

 同じ実験体でも人間を形成する設計図とも呼べるヒトゲノム細胞に異常をきたし、廃棄処分が決定されている〈亜生物〉と名づけられた実験体よりは格段にマシであった。

〈No46〉は言葉を続けた。

「だから烏丸教授。もう僕とプライベートで関わらないでください。実験体の元に夜な夜な教授ともあろう地位の御方が足を運んでいると周囲に知られれば、奇異な目で見られるのは教授のほうですよ」

 そう答えた直後、〈No46〉の鼻腔に漂っていた甘い匂いが一層強烈に感じられた。

〈No46〉は何度も目をしばたたせた。

 烏丸がいきなり〈No46〉の身体を引き寄せて強く抱きしめてきたのだ。

「烏丸教授、何を?」

 訳が分からなかった。

 烏丸は世界中に点在していた研究施設間に設置された時空転移装置を使用してこの研究所に配属されてきた。

〈No46〉の記憶が正しければ、配属されてまだ一ヶ月ほどしか経っていない。

 初めて顔を見合わせたときは不思議な懐かしさを感じたものだが、それだけであった。

 こんなことをされる覚えなんてない。

〈No46〉を抱きしめながら、烏丸は掠れるような声で言った。

「お願い。私の前では自分を無機質な番号なんかで呼ばないで」

 不思議と〈No46〉は烏丸を振り解けなかった。

「そう言われても困ります。僕は生まれてこのかた番号でしか呼ばれませんでした。それは僕の名前が〈No46〉だからです」

 烏丸はしばし沈黙していると、〈No46〉の両肩に手を置いてゆっくりと離した。

「じゃあ、こうしましょう。私と二人きりのときだけは、番号ではなく人間としての名前を使うこと。実験体としての名前である〈No46〉じゃない。人間としての名前を」

 烏丸は呆然としている〈No46〉に笑みを浮かべた。

「だから今日は貴方に名前をプレゼントする。気に入ってくれたら嬉しいわ」

〈No46〉は黙って烏丸の言葉を聞くと、ぼそりと自分に与えられた名前を呟いた。

「僕は〈No46〉じゃない。僕の人間としての名前は――」
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