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第二十三話   王家の証

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 金剛丸と合流した四狼とオリビアは、川の畔にあった森の中から移動を開始した。

 最初に立ち寄った樹海ほどの広さはない森を抜けると、途端に丘陵になっている場所に躍り出た。

 岩ばかりが目立ち、砂利が敷き詰められている舗装されていない道は蛇のようにくねくねと蛇行するかのように続いていた。

 どれぐらいだろうか。

 夜空に輝く星と淡い燐光を放射していた月の光を頼りに、三人は周囲を注意深く警戒しながら足を進めた。

 やがてオリビアが人差し指を突きつけて声を上げた。

 四狼は近くにあった小岩の上に颯爽と登り、目を細めてその場所を注視する。

「どうやらあそこのようだな」

 小岩の上から飛び降りた四狼は、明かりもない蛇行する道をすいすいと歩いていく。

 その後ろを当たり前のように金剛丸が続き、オリビアも右肩にじくじくと疼く痛みを堪えて後を追った。

 しばらくして三人が到着した場所は、大地が抉り取られたような傾斜の真ん中にすっぽりと挟まっているような不思議な遺跡だった。

 そしてその傾斜の下からは水が流れている音が聞こえ、万が一落ちてしまったら余程の幸運がない限り死は免れないだろう。

 そんなことをオリビアが考えていると、四狼は遺跡の入り口らしき場所へ自然な足取りで歩み寄っていく。

 すかさずオリビアは追いつき、囁くように声をかける。

「おい、無用心にもほどがあるぞ。この遺跡は確かに王家が管理している聖域だが、今では盗賊団――その、お前が言う〈変異体〉とやらの巣窟かもしれん。そんな場所に作戦の一つも立てずに入り込めばどんな罠にかかるかわからんぞ」

「作戦? そんなものは考えるだけ無駄だ。相手が普通の人間ならば効果はあるかもしれないが、〈変異体〉や〈亜生物〉には効果はない。全力で殲滅する。ただそれだけだ」

 そう言うなり四狼は、オリビアの忠告も聞かずに遺跡の中に入っていく。

 オリビアは遺跡の中に入っていく四狼の背中を見つめると、次に遺跡全体に視線を彷徨わせた。

 遺跡全体といってもオリビアの視界には遺跡の入り口付近しか入らなかった。

 だが、それでも遺跡全体が恐ろしく広いことは感覚でわかる。

 それに正面入り口の扉はほとんどが全壊して原型を留めていない。

 何か巨大な力で押し潰されたような跡がかすかに見られた。

 アッシリアの建物とは一線を画す建築技術で造られたような遺跡にオリビアはただただ魅せられていると、すぐ後ろからウィィンという独特な音が聞こえた。

「あ、すまない。すぐに行く」

 後ろに無言で佇んでいた金剛丸に気づいたオリビアは、何となくだが金剛丸の言いたいことがわかるようになっていた。

 今もそうであった。

 オリビアは後方にいた金剛丸に「早く中に入るぞ」と急かされたように感じ、一言謝罪をして遺跡の中に入っていた四狼の後を追った。



 遺跡の中は湿った空気と埃の臭気が充満しており、外の空気を吸っていた人間にとってはやや苦痛を感じる場所であった。

 当たり前だが、遺跡という場所は大昔にその土地に住んでいた人間たちの営偽の跡が残っている場所を指す。

 しかし、世界中に点在する遺跡の中には、当時の文明からは考えられないような希少品が発掘される場合がある。

 一足先に遺跡の中に入っていた四狼は、遺跡の壁を摩りながら懐かしさに耽っていた。

「この痛み具合からすると、この世界に降り立って軽く数百年は経過してるな。となるとやはり、こちらとあちらでは時間的に大幅なズレが生じているというわけか」

 四狼はかすかに目を凝らして天井や壁全体に視線を彷徨わせた。

 元々は清潔感が溢れるような白色だったはずの壁は無残にも剥がれ落ち、天井に収まっていた蛍光灯は根こそぎ割られている。

 そしてその天井には激しい亀裂が生じ、二階部分に通じる大きな穴が幾つも発見できた。

 四狼は肩をすくめて落胆した。

 研究所自体がこれほど痛んでいるとなると、たとえ武器庫に弾薬が残っていても使い物にならないだろう。

 弾丸の補充。

 それこそが遺跡を探す本来の目的だったのだが。

 そのとき、四狼の耳が二つの足音を拾った。すぐに声も聞こえてくる。

「一人だけでさっさと行かないでくれ。こっちは手負いなんだぞ」

 オリビアと金剛丸である。

 オリビアは今では白銀色の短髪を隠さず、四狼に借りた防弾チョッキを衣服の上から装着していた。

 カツラは川に流されてしまったので仕方ないが、防弾チョッキを着せたのは四狼の好意である。

 四狼は振り返ると、頭を掻いて苦笑した。

「悪いな。目的地に到着して少し気が逸ったらしい」

「そう言えば、お前がバルセロナ公国に来たのはこの遺跡が目的だったと言ったな。悪いが私が見たところだとお前が欲しがるような希少品などもうないぞ。この遺跡はバルセロナ公国が建国されたときに当時の王家がすべて掘り出してしまったらしいからな」

「それはどういうものだ?」

 四狼の問いにオリビアは「私も詳しくは知らないが」と口元に手を当てた。

「宝石……とは言いにくいが、珍しい希少品が発掘されたことは間違いない。何せそのうちの一つが王家の証になったんだからな」

「王家の証……」

「ああ、バルセロナ公国の王だけが所持を許された王家の証。王位継承権を持つ人間は所持している王からその王家の証を受け取ることで次代の王と認められる」

 そこまで話すと、途端にオリビアの口調が低くなった。

「だがその王家の証もセシリア様が連れ去られたときに一緒に奪われたと聞いている。もしかすると盗賊団の狙いもセシリア様ではなく、その王家の証だったのかも……」

 色々と思案するオリビアを眺めながら四狼はボソリと言った。

「おそらく欲しかったのは二つともだったはずだ。女王に即位した王位継承権第一位のセシリア、そして国の象徴とも呼べる王家の証。この二つが外に出るときを待ち望んでいたんだろうな」

「盗賊団の奴らがか?」

 オリビアが身を乗り出して訊いてくると同時に、四狼は「しっ」と口元にピンと立てた人差し指をつけてオリビアの言葉を制止させた。

 そのまま四狼はゆっくりと歩き始め、曲がり角の傍の壁に背中を密着させた。

 オリビアは四狼の取った行動の意味にすぐに気づき、足音を立てないように四狼に近づく。

「どうした? 敵か?」

 小声でオリビアが問うと、四狼はこくりと頷いた。

 四狼はT字路になっている左側の通路の奥に、複数の〈変異体〉の気配を感じた。

 金剛丸の索敵モードの結果を聞かなくても分かるほどに。

 壁から顔を戻した四狼は、訝しげな視線を送ってくるオリビアの顔を見ながら呟いた。

「オリビア、ここでひとまず別れよう」

 その言葉にオリビアは眉間に皴を寄せた。

「どういうことだ?」

 四狼はベルトに差していた〈忠吉〉を鞘ごと外すと、オリビアに手渡した。

「俺はこの遺跡である物を探すためにやってきた。しかし、それはあくまでも本当の目的を達成するための準備行動に過ぎない。そして、その本当の目的がこの遺跡に潜んでいる可能性が高い。そこでオリビアは金剛丸と一緒に女王の救出に向かってくれ。アンタは実の姉を助けたいんだろ?」

〈忠吉〉を受け取ったオリビアは、心配そうな表情で立ち尽くしている。

「そんな顔をするな。金剛丸が一緒ならば安全だ。それに一応、〈忠吉〉も渡しておく。空手だと不安だろうからな」

「お前はどうする? たった一人で武器もなしに行く気か?」

「武器ならある」

 羽織っていた外套の中から四狼は颯爽とショットガンを取り出した。

 薄暗い通路の中においても黒光りする銃身部分や機関部の部分は映えて見える。

「それに俺といるよりも金剛丸と一緒のほうが対象を見つけやすい。金剛丸」

 四狼の呼びかけに応じ、布の隙間から少しだけ出ていた丸い瞳が赤く輝いた。

「金剛丸、これからオリビアと同行して女王を探せ。その道中の会話の受け答えは行動で示してやれ。オリビアはお前の声が聴けないからな」

『了解。具体的ナ命令ヲドウゾ』

「そうだな。肯定ならば右手を、否定ならば左手を上げてやれ。そうすればオリビアにも分かるだろう」

『了解。ソノヨウニ命令を実行シマス』

「よし」

 四狼は頷くと、完全に蚊帳の外だったオリビアに視線を向けた。
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