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第8話 生徒会役員ども
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空は炎のように赤く映えていた。
鮮烈なオレンジ色の中に瑠璃色が溶け出し、何とも言えない情緒を醸し出し始める。
放課後であった。
部活動に情熱を燃やしている生徒たちは各々の部室へ向かい、帰宅部の生徒たちは速やかに下校していく。
そんな生徒たちの中、左棟の三階奥にある生徒会室には5人の男女がそれぞれの場所に腰を落ち着かせて座っていた。
手前にある長机の上には十数枚の書類が乱雑している。
「だからですね。私はもっと生徒たちを厳しく律する必要があると言っているのです。お分かりですか? 先月だけでも六件の苦情が寄せられているんですよ。一件は喧嘩沙汰、二件は喫煙の発覚、三件は部活中の奇行行為と徐々に問題は浮き彫りになっています。ここらで何かしらの手を打たなければ生徒会としても面目は保てません」
羽美は発言を終えると同時に、自分から見て左隣に座っている人物を威嚇するように掌を長机に叩きつけた。
「あのね、鷺乃宮君。いちいち発言した後に机を叩くのは止めてくれない?」
おどおどとした態度で意見したのは上座に座っていた男子生徒だ。
7・3に分けた髪型に小太りの体型。
窓を半分だけ開けて通気性をよくしているはずなのに、会議が始まってからずっと額に浮かんだ汗をハンカチで拭き続けている。
真壁六郎。
鷺乃宮学園の生徒会長である三年生だ。
「でもでも、羽美先輩の言いたいことも理解できますよ。最近、生徒会に舞い込んでくる苦情の数が明らかに多くなっていませんか? しかも要領を得ない苦情が圧倒的多数を占めています。今言った羽美先輩の苦情なんかまだマシなほうですよ。原因なんか一目瞭然なんですから」
真壁の左隣――会計の席に座っていた愛羽千鶴がソプラノな声で意見する。
地毛である茶色の髪にカチューシャを嵌め、今年入学した一年生にしては化粧が濃い。
当初こそ羽美は何度も化粧を薄くするよう注意したのだが、まったく聞き耳を持たないので結局はそのままであることを許してしまった。
それに彼女は一年生で唯一生徒会に入会してくれた貴重な人材だ。
また会計を務める技量も持ち合わせていたため、下手に刺激して辞めると言いだされては困るという事実もあった。
「そうだね。そうなるとあれだな……もう生徒会解散しない?」
一欠けらもやる気が感じられない意見を述べたのは、羽美の右隣に座っている秋兵だ。
「古今東西の高等学校で生徒会を自主解散するなんて聞いたことないわよ。却下」
「ただ言ってみただけだよ。でも、そう思うほどうちの学園の生徒会って機能してないんだよね。肝心の先生たちも生徒たちに対してほぼ無関心だし。やっぱり今のご時世、ゆとり教育だの何だのと提唱したところで生徒1人1人がやる気を出さないと結果なんて得られないということなのかな」
「生徒会の中で一番やる気のないあんたが口にするな」
などというやり取りを繰り返していると、話を本筋に戻そうと六郎が口を動かした。
「ともかく生徒会に寄せられた苦情は一件一件ゆっくりと取り組んで解決しよう。そうだね……まずは部活中に起こる奇行事件を調査しようか。ざっと書類を見渡してもこれが一番無難そうだから」
羽美は弱腰の姿勢を見せる六郎に憤怒した。
「何を言っているんですか! 今一番取り組まなくてはならない問題は〈ギャング〉どもの一掃です。会長もよくご存知でしょう? 連中は旧校舎を根城に様々な問題を引き起こしている学園の厄介者たちですよ」
そう主張した直後である。
あご先に人差し指を置いた千鶴が、おもむろに口を開いた。
「〈ギャング〉ってアメリカの映画などでよく聞く犯罪者たちのことですよね? それがこの学園にもいるんですか?」
「もちろん一部の不良生徒たちが自分たちのことをそう自称しているだけさ。でも考えようによっては相通じる点も多くある。活動している人間のほとんどが18歳未満の少年たちという部分とかね」
千鶴の質問に答えたのは秋兵である。
「しかし本場であるアメリカではストリート・ギャング、あるいは大仰にギャング・スターなどと呼ばれている。そしてそのギャングたちも地域ごとに明確な差があるんだ。例えばニューヨークだと数人単位で活動しているグループが多い反面、ロサンジェルスだと数十人から数百人で徒党を組むギャングたちが多い。またラテン・キングやザ・ワイルドボーイズといった有名なギャング団ともなれば数千人規模の大きさにまで膨れ上がっている場合もあるから驚きだ。でもこれらはある意味特異な例でね。本場のギャングたちはやはり数人から数十人の小規模なグループで活動しているのが実情だな」
秋兵の意外な知識の多さに千鶴は興味を惹かれたのだろう。
瞳を爛々と輝かせて話の続きを促した。
「なぜ、一般的にギャングたちは数人から数十人規模で活動するのかって? それはやはりマフィアの存在があるからだろうね。ニューヨークだとイタリアン・マフィアやチャイニーズ・マフィアが大きいかな。組織力が強すぎるからギャングたちも下手にマフィア組織の縄張りで勝手ができない。特にアメリカは政府公認の銃社会だ。目障りな人間がいれば銃でバンだからね」
千鶴に向けて秋兵が指拳銃で弾丸を発射するポーズを取ると、千鶴ははにかんだ笑顔を浮かばせながら「すご~い」と狂喜した。
相変わらず無駄な知識だけは豊富な男だ。
羽美は横目で無邪気な顔を浮かばせている秋兵を見やった。
あの事件からもう3年。
当時は秋兵のあまりの衰弱振りに心配していたが、さすがに3年も月日が経つと吹っ切れたようだ。
やはり彼を生徒会に招いて正解だった。
こうして後輩と平気で喋られることが何よりの証である。
だが――。
「秋兵、千鶴ちゃん。悪いけど今は海外のギャングじゃなくて本学園にいる〈ギャング〉と自称する連中の話をしているの。変な横槍を入れないでくれる」
羽美は秋兵から千鶴の順番に睨みつける。
2人はすぐに自分たちの失態に気づき、再び口を噤んで萎縮した。
直後、六郎はとめどなく流れ出す汗を拭きつつ言葉を吐く。
「鷺乃宮君が言いたいことは十分理解できる。けどね、僕としては下手に連中を逆撫でする行為は控えたほうがいいと思うんだ。幸いにも〈ギャング〉が目の敵にしているのは二年生の二階堂晴矢と堀田花蓮の二人だけらしいじゃないか。一般生徒に被害が出ていない以上、生徒会としても積極的なアプローチは止めたほうが……」
「会長であるあなたがそんな軟弱な態度だから連中に舐められるんです。それに被害が出てないと仰いましたが、立ち入り禁止区域である旧校舎に入り浸っていることに先生たちから不満の声が出ているんです。ならば生徒会長権限を行使してでも確固たる処罰を与えるべきでは?」
「駄目だ! それだけは断じて実行できない!」
普段は物静かな口調で喋る六郎だったが、このときの六郎は喉仏が見えるほど大きく口を開けて否定した。
「生徒会長権限なんて行使したら僕は連中に殺される。第一、僕の生徒会長の任期は今月で終わりなんだ。僕は絶対に行使しないぞ」
六郎はぶるぶると顎の贅肉を震わせると、羽美から視線を外すように明後日の方向に顔を向けた。
生徒会長権限とは、生徒の自主性を重んじる学園側が生徒会長ただ一人に与えた生徒賞罰制度のことである。
学園に多大な恩恵をもたらした生徒――例えば部活動で個別優勝したなどの目覚しい活躍をした生徒に対して生徒会長権限を行使すると、その生徒に対して教職員を始め理事会やPTA、さらにOB会の人間たちの評価が向上する。
以前に生徒会長権限を行使されて評価された生徒の1人は難関な大学への推薦合格を手に入れ、一時は生徒会長に対する生徒たちの羨望の眼差しが向けられることもあったという。
しかし、生徒会長権限にはもう1つ生徒に対して行使できるものがある。
素行が著しく悪い生徒や世間を騒がすような事件を起こした生徒に対する「強制停学」、もしくは「強制退学」を言い渡す権限であった。
鮮烈なオレンジ色の中に瑠璃色が溶け出し、何とも言えない情緒を醸し出し始める。
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部活動に情熱を燃やしている生徒たちは各々の部室へ向かい、帰宅部の生徒たちは速やかに下校していく。
そんな生徒たちの中、左棟の三階奥にある生徒会室には5人の男女がそれぞれの場所に腰を落ち着かせて座っていた。
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「あのね、鷺乃宮君。いちいち発言した後に机を叩くのは止めてくれない?」
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7・3に分けた髪型に小太りの体型。
窓を半分だけ開けて通気性をよくしているはずなのに、会議が始まってからずっと額に浮かんだ汗をハンカチで拭き続けている。
真壁六郎。
鷺乃宮学園の生徒会長である三年生だ。
「でもでも、羽美先輩の言いたいことも理解できますよ。最近、生徒会に舞い込んでくる苦情の数が明らかに多くなっていませんか? しかも要領を得ない苦情が圧倒的多数を占めています。今言った羽美先輩の苦情なんかまだマシなほうですよ。原因なんか一目瞭然なんですから」
真壁の左隣――会計の席に座っていた愛羽千鶴がソプラノな声で意見する。
地毛である茶色の髪にカチューシャを嵌め、今年入学した一年生にしては化粧が濃い。
当初こそ羽美は何度も化粧を薄くするよう注意したのだが、まったく聞き耳を持たないので結局はそのままであることを許してしまった。
それに彼女は一年生で唯一生徒会に入会してくれた貴重な人材だ。
また会計を務める技量も持ち合わせていたため、下手に刺激して辞めると言いだされては困るという事実もあった。
「そうだね。そうなるとあれだな……もう生徒会解散しない?」
一欠けらもやる気が感じられない意見を述べたのは、羽美の右隣に座っている秋兵だ。
「古今東西の高等学校で生徒会を自主解散するなんて聞いたことないわよ。却下」
「ただ言ってみただけだよ。でも、そう思うほどうちの学園の生徒会って機能してないんだよね。肝心の先生たちも生徒たちに対してほぼ無関心だし。やっぱり今のご時世、ゆとり教育だの何だのと提唱したところで生徒1人1人がやる気を出さないと結果なんて得られないということなのかな」
「生徒会の中で一番やる気のないあんたが口にするな」
などというやり取りを繰り返していると、話を本筋に戻そうと六郎が口を動かした。
「ともかく生徒会に寄せられた苦情は一件一件ゆっくりと取り組んで解決しよう。そうだね……まずは部活中に起こる奇行事件を調査しようか。ざっと書類を見渡してもこれが一番無難そうだから」
羽美は弱腰の姿勢を見せる六郎に憤怒した。
「何を言っているんですか! 今一番取り組まなくてはならない問題は〈ギャング〉どもの一掃です。会長もよくご存知でしょう? 連中は旧校舎を根城に様々な問題を引き起こしている学園の厄介者たちですよ」
そう主張した直後である。
あご先に人差し指を置いた千鶴が、おもむろに口を開いた。
「〈ギャング〉ってアメリカの映画などでよく聞く犯罪者たちのことですよね? それがこの学園にもいるんですか?」
「もちろん一部の不良生徒たちが自分たちのことをそう自称しているだけさ。でも考えようによっては相通じる点も多くある。活動している人間のほとんどが18歳未満の少年たちという部分とかね」
千鶴の質問に答えたのは秋兵である。
「しかし本場であるアメリカではストリート・ギャング、あるいは大仰にギャング・スターなどと呼ばれている。そしてそのギャングたちも地域ごとに明確な差があるんだ。例えばニューヨークだと数人単位で活動しているグループが多い反面、ロサンジェルスだと数十人から数百人で徒党を組むギャングたちが多い。またラテン・キングやザ・ワイルドボーイズといった有名なギャング団ともなれば数千人規模の大きさにまで膨れ上がっている場合もあるから驚きだ。でもこれらはある意味特異な例でね。本場のギャングたちはやはり数人から数十人の小規模なグループで活動しているのが実情だな」
秋兵の意外な知識の多さに千鶴は興味を惹かれたのだろう。
瞳を爛々と輝かせて話の続きを促した。
「なぜ、一般的にギャングたちは数人から数十人規模で活動するのかって? それはやはりマフィアの存在があるからだろうね。ニューヨークだとイタリアン・マフィアやチャイニーズ・マフィアが大きいかな。組織力が強すぎるからギャングたちも下手にマフィア組織の縄張りで勝手ができない。特にアメリカは政府公認の銃社会だ。目障りな人間がいれば銃でバンだからね」
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だが――。
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羽美は秋兵から千鶴の順番に睨みつける。
2人はすぐに自分たちの失態に気づき、再び口を噤んで萎縮した。
直後、六郎はとめどなく流れ出す汗を拭きつつ言葉を吐く。
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普段は物静かな口調で喋る六郎だったが、このときの六郎は喉仏が見えるほど大きく口を開けて否定した。
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六郎はぶるぶると顎の贅肉を震わせると、羽美から視線を外すように明後日の方向に顔を向けた。
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学園に多大な恩恵をもたらした生徒――例えば部活動で個別優勝したなどの目覚しい活躍をした生徒に対して生徒会長権限を行使すると、その生徒に対して教職員を始め理事会やPTA、さらにOB会の人間たちの評価が向上する。
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