【完結】シノビ✕ファミリー ~現代最強の忍者家族の長男に生まれた俺、鍛え抜いた忍びの技でこの世に蔓延る悪を誅殺する~

岡崎 剛柔

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第27話   真実の仮面

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「ようやく気づいたか。まったく未熟者よなあ」

 突如、老女の口調ががらりと変わった。

 しかし変わったのは口調だけではなかった。

 老女は自分の顔の皮膚を摑むと、べりべりと音を立てながら剥がし始めた。

 最後に着用していた着物を一気に脱ぎ捨てる。

 一変してそこには老女ではなく一人の老男が立っていた。

 薄くなっていた頭頂部から伸びている白髪が印象的なその老男は、紺色の作務衣に草履姿という格好であった。

 涼一は苦笑した。

 その老男の正体は雑賀伝蔵。涼一の祖父であった。

「さて、うちの孫たちが迷惑をかけたようだな。貰って帰りたいんだがいいか?」 

 伝蔵は落ち着いた口調で龍善にそう尋ねた。

 まるで悪戯した子供を連れて帰るような物言いに、龍善は奥歯を軋ませた。

「ふざけるなよ……このまま生きて帰れるとでも思ってるのか!」

 龍善は殺気を孕んだ言葉とともに伝蔵を睨みつけたが、当の伝蔵はまったく意に介せず困ったように両手を組んだ。

「と、言われてもこちらとしては帰る気は満々でな。お~い、そっちはどうじゃ?」

 伝蔵は龍善の言葉をさらりと流すと、祭壇のほうに声をかけた。

 龍善や伊織たちは瞬時に祭壇のほうへ振り向いた。

 涼一も一呼吸遅れて首を伝蔵から祭壇のほうへ向けた。

「ええ、こっちは大丈夫ですよ」

 祭壇には舞花と舞花を拘束していた忍者がいたのだが、その忍者は死んだようにぐったりと床に倒れていた。

 そして代わりにいたのは中年の女性であった。

 ウェーブがかかった茶色の長髪に目元を隠すサングラス。

 きりっとしたスーツドレスを着こなした女性は無表情のまま舞花の肩に手を置いていた。

 涼一はすぐに気づいた。

 それは舞花も同じだっただろう。

 何故なら、女性が発した声はよく知っている人間の声と同じだったのである。

 女性は伝蔵と同じく顔面の皮膚を引き剥がした。

 同時にスーツドレスも瞬時に脱ぎ捨てると、女性は涼一たちの実父である正義に変わった。

 正義は上下とも黒で統一されたゆったりとした服装をしていた。

 変装を解いた正義はさっと短刀を取り出すと、舞花の両手を縛っていたロープを切り捨てた。

 続いて舞花の口を塞いでいた猿ぐつわを解く。

「お父さんもお爺ちゃんもどうしてここへ?」

 開口一番、舞花は正義に問いかけた。

「ちょっと待て、舞花。まだ問題は解決していない」

 言うなり正義は右手に持っていた短刀を虚空に走らせた。

 十字に切った正義の短刀は空気ではなく高速で飛来してきた何かを切り飛ばした。

 金属音が勢いよく高鳴り、床には少し欠けた車手裏剣が転がった。

「チッ!」

 車手裏剣を打ったのは龍善であり、しかも狙いは正義ではなく舞花だった。

 もし正義が近くにいなかったら舞花の顔面に高速回転した車手裏剣が突き刺さっていただろう。

 それほどの威力と速度が龍善の打った車手裏剣には込められていた。  

 正義は舞花を庇うように自分の背中に移動させた。

 短刀の切っ先を龍善に向ける。

「悪あがきはやめろ、山波龍善。どのみちお前らはもう終わりだ」

 正義の言葉の意味に龍善は怪訝そうに目を細めた。

「何だと、何を根拠に――」

「本当じゃ」

 二人の会話に割って入ったのは伝蔵であった。

 伝蔵はスマホを取り出すと、その液晶画面に映っていた画像を龍善にこれ見よがしに見せつけた。

 龍善は驚異的な視力の持ち主だったため、伝蔵の液晶画面に写っていた画像がはっきりと見て取れた。

「お主ならこれが何か一目瞭然だろ、山波龍善。聖会とお主たち甲賀流が裏で行ってきた非合法活動の詳細が記された情報画像だ」

 龍善の顔色が一変した。

 伝蔵のスマホに表示されていた画像は、この世に存在しないはずの情報の一部であった。

「そんな馬鹿な……ありえん、絶対にありえん! 我らの活動内容は一切情報として残っていないはずだ!」

 伝蔵は慣れた手つきでスマホに保存されている画像を閲覧する。

「奴らを甘く見過ぎていたな。もしものときを考えて聖会側はお前ら甲賀流の非合法活動内容を文書と映像に分けて保存していた。大方、裏切られた場合にはこの情報を警察組織に流す手筈だったのだろう。お陰で仕事が簡単に済んだ。「通信室」に隠されていた警察に繋がる直通回線を通してお前ら甲賀流の情報はすでに送らせてもらった」

「お、おのれ!」

 血が滴り落ちるほど拳を堅く握り締めた龍善は、常人ならば吐き気を催すほどの研ぎ澄まされた殺気を迸らせた。

 伝蔵はそんな龍善の殺気を真っ向から受け止めている。

 ホール部屋は一気に一触即発の雰囲気が漂いだした。

 その中で一人だけ完全に蚊帳の外であった涼一は、自分自身にひどく落胆した。結局、自分は何もできない未熟者だと改めて悟ったからだ。

 涼一は悔しそうに歯噛みした。

 伝蔵と正義は最初から見抜いていたのだろう。

 自分と舞花の二人だけではこういう結末を辿ると。

 だからこそ伝蔵と正義は自分と舞花には一切他言せず、密かに潜入する二重潜入を遂行した。

 くそ、俺も身体が動いてくれれば……

 涼一は自分の不甲斐なさは充分に理解した。

 そして同時にこの切迫した状況において今の自分の立場は非常に危ういと察した。

 このままでは追い詰められた龍善たちに体よく人質に取られないとも限らない。

 それだけは何としても避けたい。

 だからといってすぐにダメージが回復するわけではない。

 涼一は自分なりに肉体の損失状態を確認したが、やはり回復には大分時間がかかる……はずであった。

 涼一はうつ伏せの状態から仰向けに身体を移し変えた。

 移し変えることができるほど身体が回復していたのである。

 その回復速度は驚異的であった。

 先ほどまでぼやけていた目の焦点は完全に合い、釘を打たれたように痛かった頭痛も次第に治まってきた。

 完全状態には程遠かったが、何とか立ち上がれるほどに身体が回復してきた。

 それは何故か?

 聖である。

 涼一は真下から見上げると、そこには重ねた両手を涼一にかざしていた聖がいた。

 しかし涼一の視線は聖の両手よりも両目に釘付けになった。

 閉じられていたはずの聖の両目がくっきりと開いていた。

 だが実際に見えているわけではなさそうだった。

 目の焦点が合っていない。

 どうやら瞼を開けただけのようであった。

「もう大丈夫ですよ、涼一さん」

 聖はかざしていた両手を下ろし、開いた目を再び閉じた。

 涼一は聖の言葉を聞いて指の関節を曲げたり戻したりして感触を確かめた。

 未だに信じられなかった。

 本当に身体が回復していた。

 それだけではなかった。

 気のせいか身体の調子がすこぶる良い。

 まるで身体全体の気門が一斉に開いたような感覚であった。

 涼一はうつ伏せの状態から下半身のバネを利用して瞬時に立ち上がった。

 驚いた。

 身体に羽が生えたように軽い。

 普段以上に力が出ているように感じた。

「聖……これが君の力か?」

 涼一は床に膝をついていた聖を見下ろした。

 聖の顔と涼一の顔が綺麗に交錯する。

「本当は知られたくありませんでした。こんな力を持っていると知った涼一さんに化け物扱いされるのが怖かったから」

 顔をうつむかせた聖は、自分を抱きしめる格好になった。

 微妙に身体が震えている。

 そんな聖の姿を見て涼一はようやく気づいた。

 何故、最初に出会ったときから聖のことが気になっていたのか。

 同じだった。

 このような特異な力を持って生まれた聖と、伊賀流忍術を幼少期から骨の髄まで叩き込まれた涼一。

 境遇と環境こそ違えど、常人には理解できない力を持っていることに共通点があった。

 涼一は伝蔵の言葉を思い出した。

 正義や伝蔵から叩き込まれた伊賀流忍術の中には、科学的や物理的に説明がつかない不可解な術が多く存在する。

 それは伊賀流忍術の祖として伝えられている人物が、日本独自の原始山岳信仰である修験道の頭であった役小角だからだと伝蔵に聞かされていた。

 人里離れた山々で厳しい修行を重ね、山岳修験道や密教、中国から伝来した「孫子」の兵法や武術を組み合わせて独自の兵法を編み出したとされる役小角は、他にも五色の雲に乗って海を渡り、善鬼、後鬼と呼ばれる二匹の鬼神を使役したとも伝えられている。

 雑賀家は現代に残っている伊賀流の中でもその役小角直系の子孫であったため、他の伊賀流忍者では体得不可能な忍術が使用できると言っていた。

 ただこれは何も伊賀流だけではない。

 甲賀流の中にも役小角直系の子孫はいる。

 元は伊賀も甲賀も同じ里の人間であったから当然であったが、もしかすると聖の力もその役小角に関係しているかもしれない。

 確証は何もなかった。

 だが、当たらずとも遠からずだろう。

 涼一はうつむいている聖の頭にそっと手を置いた。

 聖は顔を上げた。

 少し目元に光る水滴が浮かんでいる。

「化け物なんてとんでもない。この力は人の役に立つ素晴らしいものだ。少なくとも俺はそう思った」

 聖の頭から手を離した涼一は、聖の横を通り過ぎて歩き出した。

 涼一は鋭い眼差しで前方を睥睨した。

 視界には伊織と龍善の姿が映っている。

「親父、ジーサン、手出しはしないでくれよ。ここからは俺一人でいい」

 開いた左手に涼一は右拳を激しく叩きつけた。

 今の涼一は自分でも形容しがたい感情に支配されていた。

 戦う渇望である。

 常に氷のような冷たい感情で己を固め、沈着冷静に物事を見極めることが本分な忍者にしてはあるまじき感情であった。

 だが今はそれでいい。

 涼一の全身からは炎のように燃え滾る闘気が迸っていた。

 もう止まらない。

 止めるつもりもない。

 龍善は瀕死の状態から復活した涼一を見ると、すぐに後ろの聖に怒声を発した。

「聖、我ら甲賀を裏切ったかッ!」

 びくりと聖の身体が金縛りにあったかのように硬直した。
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