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第三章 ~Sランクの緊急任務に参加するということ~

道場訓 十五    師弟とともに冒険者ギルドへ

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 俺とエミリアは【神の武道場】から元の世界へと帰ってくると、そのまま商業街の冒険者ギルドへと向かった。

 本当はどこかの宿屋でエミリアを休ませたかったのだが、エミリア自身がそれを拒否したのだ。

「エミリア、本当に休まなくていいのか?」

 雑踏ざっとうの中を歩きながら俺はエミリアにたずねる。

「はい、おかげ様で体調はもうすっかり大丈夫です。それに私のために師匠の大事な時間を無駄にさせるわけにはいきませんから」

「別にそんなことは思ってないんだがな……」

 俺はポリポリと鼻先をいた。

 こうして話しているとエミリアが王家の人間とはとても思えない。

 良い意味で俺たちと同じ匂いがする。

 自分たちこそ選ばれた人間だという、選人思想せんじんしそう的な感じがまったくないのだ。

 その理由はエミリアに武術を教えた元冒険者の影響だろう。

 何でもエミリアは10歳のときに王宮から追放されると、城内の一角にある箱庭と呼ばれる場所に隔離かくりされたらしい。

 そこは言うなれば王宮の〝ゴミ捨て場〟だったらしく、最初の1年間は下働きの人間たちとともに、何をするでもなく死んだように生きていたというのだ。

 ところがある日、そんな箱庭にふと一人の女が現れた。

 女はウインディア・クランリーと名乗る元冒険者の魔法拳士だったらしく、エミリアの兄姉けいしのために呼ばれた魔法と武術の家庭教師だったらしい。

 そしてウインディアは王宮内で過ごすうちにエミリアの噂を聞きつけ、興味本位で会いに来たエミリアに拳士としての才能を見いだしたという。

 その後、ウインディアは他の人間たちに隠れるようにして様々な素手の格闘術や訓練方法を余すことなくエミリアに教え込んだ。

 やることがなかったエミリアも武術の面白さと凄さに目覚め、自分の境遇きょうぐうを忘れるぐらい武術の修行に没頭した。

 やがてエミリアは修行を重ねるうちに〈拳術けんじゅつ〉のスキルを身につけ、契約期間を終えて王宮から去っていったウインディアのような冒険者になりたいと思うようになったという。

「それにしても、ケンシン師匠のスキルは本当に凄かったですね。継承スキル……と言うんでしたか?」

「うん? ああ……一般的にスキルっていうのはその人物のみの一代限りだが、中には俺の一族のように何代にもわたってスキルが受け継がれていくものがある。それが継承スキルだ」

「私の師匠……いえ、元師匠から聞いたことがあります。魔法を使えない者が発動できるスキルは神の恩恵おんけいと呼ばれていますが、本当に神から恩恵おんけいを与えられたスキルというのは代々受け継がれていく継承スキルの類なのだと」

「もしかして、そのときにエミリアは生物せいぶつ収納系しゅうのうけいなんかのスキル系統についても教わったのか?」

 エミリアはこくりとうなずいた。

「なるほどな……」

 どうしてエミリアが冒険者の中でも選ばれた人間しか知らないスキルの情報を知っていたのか、これでようやく理解することができた。

 だとするとエミリアに武術と知識を与えた女冒険者は、間違いなく元はSSダブルエスランク以上の冒険者だったのだろう。

 冒険者という職業は始めるのも自由だが終わるのも自由だ。

 もちろん、冒険者ギルドを脱退すればおおやけに冒険者を名乗ることはできない。

 だが、これまで冒険者として積み重ねてきた実力や実績は冒険者ギルドを辞めたところで無くなるはずがなかった。

 むしろ規約ルールに縛られていた冒険者ギルドを辞めたあとの冒険者は、完全にフリーになった分だけ今まで以上に自由に活動を始める者もいる。

 貴族や豪商の専属プライベート護衛人ガーディアンになる者。

 新しく冒険者ギルドを立ち上げる者。

 技能を伸ばすための学校を作る者。

 そして各地を放浪しながら自分の技術を広めていく――伝承者でんしょうしゃになる者など多岐たきにわたる。

 ただし、これらのことを成し遂げるには相応のランクを得ていないと無理だ。

 パーティーランクでSランク、個人ならばSSダブルエスランクは絶対に必要だった。

 などと俺が考えていると、エミリアは「ケンシン師匠」と声をかけてくる。

「先ほどケンシン師匠はご自身のスキル――【神の武道場】の中でタイムリミットとおっしゃっていましたが、あれはどういう意味だったんですか?」

 スキルの話になったことで、エミリアは疑問だったことを口に出したのだろう。

 まあ、気になるよな。

 俺は「ふむ」と両腕を緩く組んだ。

 俺の【神の武道場】は継承スキルの中でもやはり特殊であり、たとえそれなりの知識を持っている人間に説明しても一発で理解できないことのほうが多い。

 そしてこういう場合は自分の目で確認して使ってみるのが一番なのだが、【神の武道場】内の全施設を使うためには俺の正式な弟子になる必要がある。

 しかし、俺が相手に対して「弟子にする」と言っただけでは駄目だ。

 きちんと【神の武道場】自身も納得する形で弟子にしなければ、【神の武道場】は相手を道場破りと判断して、ある一定の時間になると強制的に排除にかかる。

 その強制排除が始まるまでの時間を、俺はタイムリミットと呼んでいた。

 けれども、このタイムリミットは相手によって振り幅がかなり大きく異なる。

 正直なところ、魔力マナ残量が多い人間ほど時間が極端に短い。

 それこそ5分以内に正式な弟子にならないと強制排除の対象になる。

 だが俺やエミリアのように魔力マナがなく、この【神の武道場】の根幹こんかんていしている気力アニマの持ち主に対してはかなり時間を多めに見ているふしがあった。

 事実、エミリアがそうだ。

 エミリアは気を失っていた時間を合わせると1時間は【神の武道場】にいたものの、そこでようやく強制排除のタイムリミットが発動し始めたのだから、【神の武道場】にしてもエミリアを強制排除したくはなかったのだろう。

 それでも俺と正式な手順を踏んで弟子にならなければ、【神の武道場】とて相手を強制的に排除しなくてはならない。

 それは【神の武道場】自身も守らなくてはならない厳粛げんしゅく規定ルールなのだ。

 しかもエミリアは正式な弟子にならず【神の武道場】から出てしまったので、もう一度【神の武道場】に入るには丸1日は空けないと駄目になってしまった。

 これを破って【神の武道場】に入った場合、エミリアは瞬間に強制排除されてしまうのは間違いない。

 さて、そのことをどう説明したらいいんだろうな。

 自分が受け継いだスキルながら本当に勝手と説明が難しい。

 だからこそ、世界でも希少レアなスキルとして認識されているのだが……。

 そんなことを考えているうちに俺たちは冒険者ギルドに到着した。

「なあ、エミリア。俺のスキルの説明は追々話していくから、ここはひとまず何か依頼を受けよう。その中で君の武術家としての実力を確認したいからな。それでいいか?」

「はい、もちろんです。よろしくお願いいたします」

 俺は大きくうなずくと、エミリアと一緒に冒険者ギルドに入った。

 しかし、このときの俺は知るよしもなかった。

 これがのちの俺の運命を左右する、激戦への一歩だったことに――。
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