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第五章 ~邂逅、いずれ世界に知れ渡る将来の三拳姫~
道場訓 三十八 武人の女も3人寄れば姦しい
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女3人寄れば姦しい、とはヤマト国に伝わる言葉だ。
一つの場所に3人の女が集まるとやかましくて仕方がないということだが、俺の目の前で繰り広げられていることがまさにそうだった。
「私がケンシン師匠の一番弟子なんです! これだけは譲れません!」
「はあ? 何を寝ぼけたこと言うとるんや! ホンマの一番弟子はうちに決まっとるやろ!」
「おいおい、2人ともいい加減にせぬか。さっきから黙って聞いておれば誰が一番弟子だの何だのと……我らが師匠であられるケンシン殿は太陽のように神々しくお強いお方だ。それこそ独り占めするかのように考えること自体、小人物の如き浅ましい考えと思わぬのか?」
などという会話が先ほどから延々と繰り返されている。
さて、どうしたものか。
俺は緩く両腕を組みながら嘆息した。
現在、俺たちは商業街の外れにある宿屋の一室にいた。
あれから1時間は経っただろうか。
路地裏の一件で汚れてしまったキキョウとリゼッタの服を洗濯するためと、なおかつ今後について話し合うために俺たちはこうして宿屋を訪れたのだ。
なので今のキキョウとリゼッタは宿屋に来る途中で購入した動きやすいシャツとズボン姿であり、エミリアも加えて傍から眺めていると女冒険者パーティーに見えなくもない。
「ああー、もうややこしい! こんなことはうちらで言い争っていてもラチがあかんわ! やっぱりここはケンシンさまにズバッと言ってもらわんと!」
リゼッタは俺を見ると、刺すような鋭い視線を向けてくる。
「さあ、ケンシンさま。ズバッとはっきり言ってくれまへんか? 誰がこの中で一番あなたと最初に出会い、誰が一番この中であなたと付き合いが長く、誰が一番この中であなたと家族同士で交流が深かったのか……そして一番この中であなたを愛している女は誰なのか、を。その女こそ、いずれ【拳聖】になられるケンシンさまの一番弟子に相応しいと思います」
お前、その質問の仕方は他の2人を逆撫でするだけだぞ。
それと愛している云々のくだりはいらないと思うんだが……。
などと俺が思っていると、他の2人はすぐにリゼッタに食ってかかった。
「ちょっと待ってください! その質問の仕方はおかしくないですか!」
「お主、それは誘導尋問だぞ!」
しかしリゼッタは悪びれた様子もなく「何がやねん?」と2人を交互に見る。
「うちは事実をありのまま尋ねとるだけや。それにケンシンさまほどのお人に弟子入りするっちゅうことは、そのまま弟子の〝格〟も問われるんやで?」
「か、格?」
エミリアとキキョウの2人は口を揃えて呟いた。
「そうや。お前らは知らんかもしれんけどな、ケンシンさまはただの空手家やない。かつて【拳聖】と謳われた偉大な空手家――ゴウケン・オオガミさまから空手の技とスキルを継承されたお人なんやぞ」
リゼッタはなぜか得意げな顔で言葉を続ける。
「そんでうちはゴウケンさまと旧知の中であり、クレスト教の大教皇であるお祖父さま――エディス・ハミルトンの孫娘なんやで。どうや? これだけで誰がこの中でケンシンさまの一番弟子に相応しいのか分かるようなもんやろうが?」
大きく胸を張ったリゼッタに対して、エミリアとキキョウは思うところが出てきたのだろう。
「ケンシン師匠……」
「ケンシン殿……」
と、すがるような目で俺を見つめてくる。
はあっ、と俺は深いため息を吐いた。
「どうやら、もっとはっきりさせたほうがいいな。確かに俺はリゼッタとは昔からの知り合いだ。その点においては他の2人よりも、リゼッタとの付き合いのほうが圧倒的に長い」
ほらな、とばかりにリゼッタは他の2人に勝ち誇ったような顔をする。
「だが、俺にはリゼッタを弟子に取った覚えがない。もしも過去の俺がリゼッタにそんな風に誤解させてしまったのなら後で謝ろう……で、そうなると俺がこの国に来て最初に弟子を取ると決めたのはエミリアだ。この事実だけは変わらない」
「そ、そうですよね! つまり、私が一番弟子なんですよね!」
途端にエミリアは花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。
「それでは順当に行って拙者は二番弟子ですな。エミリア殿はともかく、拙者はリゼッタ殿よりも早く弟子入りを志願致しましたゆえ」
「おい、ちょい待てや。ちゅうことはうちは三番弟子になるんか? アホ抜かせ、うちは絶対にホンマもんの一番弟子や。それにお前――キキョウ・フウゲツ言うたな。お前を治したのはうちなんやで。だったらお前はうちに対して誠意ってもんを見せるべきちゃうんかい?」
「もちろん、その点に置きましてはリゼッタ殿に感謝のしようがありません。拙者にできることなら何でも致しましょう。ですが、その恩を盾に弟子の順番を決めることはケンシン殿の弟子としての格が問われませぬか?」
「うぐ……」
痛いところを突かれたのか、リゼッタは何も言えずに黙ってしまった。
やれやれ、と俺は3人の顔を順番に見回す。
「こんな不毛な言い争いは見ていて気持ちのいいもんじゃないな……よし、分かった。もう誰が一番弟子かどうかなど関係ない。お前たち3人は等しく俺の弟子だ」
ただし、と俺は大事なことを付け加えた。
「正直なところ、現時点でお前たちは誰も俺の正式な弟子にはなっていない。俺の闘神流空手・拳心館に入門するには、俺の継承スキルである【神の武道場】の中で入門式を行わないといけないからな」
「入門式……ですか?」
エミリアが頭上に疑問符を浮かべながら訊いてくる。
「ああ、そうだ。【神の武道場】の神棚の前で、きちんと作法に則った入門式を済ませ、最後に俺と正式な弟子の契りを結んで初めて闘神流空手・拳心館の門下――要するに俺の正式な弟子となるんだ」
「ケンシン殿、その【神の武道場】とは何なのですか?」
そう言えばキキョウには俺の継承スキルのことを話していなかったな。
俺はキキョウに自分の継承スキルである【神の武道場】について説明した。
するとキキョウは面を食らったのだろう。
あまりの驚きに目を丸くさせながら口を半開きにする。
無理もない。
生物収納系のスキルは希少中の希少なのだ。
存在はおろか見たことすらもなかったに違いない。
いや、実際にはこれから見ることになるのか。
ここに来る道中、俺はキキョウの体質について聞いていた。
どうやらキキョウは生まれつき魔力が極端に少ない体質らしく、魔抜けとまでは言われなかったものの魔法の類はほとんど使えないという。
そして幼少の頃から武術を修練した結果、〈武芸〉というスキルを獲得した。
本来においてスキルというのは魔力が0の人間しか会得できないと言われているが、どんな世界のどんな分野でも例外というのは存在する。
キキョウはそんな例外の一人だったのだろう。
だとしたら、俺の【神の武道場】の中にも余裕を持って入れるはずだ。
これが先ほどのように異常な魔力が放出されていた場合ならば難しかったが、ほとんど魔力が感じられない今ならば大丈夫なはずである。
俺は3人から窓のほうへと顔を向けた。
時刻はまだ昼と夕方の間ぐらいだろうか。
これならばヤマトタウンへ行くまで時間はまだある。
それこそ【神の武道場】で3人の入門式を済ませ、なおかつ稽古も十分につけてやれるだろう。
「よし、そうとなれば善は急げだ」
俺は意を決すると、両足が「ハ」の字になるような立ち方を取った。
そして背筋はまっすぐに保ち、拳を握った状態の両手の肘を曲げて中段内受けの構えになる。
闘神流空手の基本――三戦の構えだ。
コオオオオオオオオオオオオ――――…………
俺は〝息吹〟と呼ばれる独特の呼吸法とともに、強力な気力を下丹田で練り上げていく。
やがて心身が最高の状態に達したとき、俺は目の前の空間に向かって叫んだ。
「スキル発動――【神の武道場】!」
次の瞬間、部屋の中に武家屋敷の正門を彷彿とさせる扉が現れる。
「さあ、俺のあとについて来い」
呆然とする3人を前に俺は言い放った。
「お前たちには俺の闘神流空手をくれてやる」
一つの場所に3人の女が集まるとやかましくて仕方がないということだが、俺の目の前で繰り広げられていることがまさにそうだった。
「私がケンシン師匠の一番弟子なんです! これだけは譲れません!」
「はあ? 何を寝ぼけたこと言うとるんや! ホンマの一番弟子はうちに決まっとるやろ!」
「おいおい、2人ともいい加減にせぬか。さっきから黙って聞いておれば誰が一番弟子だの何だのと……我らが師匠であられるケンシン殿は太陽のように神々しくお強いお方だ。それこそ独り占めするかのように考えること自体、小人物の如き浅ましい考えと思わぬのか?」
などという会話が先ほどから延々と繰り返されている。
さて、どうしたものか。
俺は緩く両腕を組みながら嘆息した。
現在、俺たちは商業街の外れにある宿屋の一室にいた。
あれから1時間は経っただろうか。
路地裏の一件で汚れてしまったキキョウとリゼッタの服を洗濯するためと、なおかつ今後について話し合うために俺たちはこうして宿屋を訪れたのだ。
なので今のキキョウとリゼッタは宿屋に来る途中で購入した動きやすいシャツとズボン姿であり、エミリアも加えて傍から眺めていると女冒険者パーティーに見えなくもない。
「ああー、もうややこしい! こんなことはうちらで言い争っていてもラチがあかんわ! やっぱりここはケンシンさまにズバッと言ってもらわんと!」
リゼッタは俺を見ると、刺すような鋭い視線を向けてくる。
「さあ、ケンシンさま。ズバッとはっきり言ってくれまへんか? 誰がこの中で一番あなたと最初に出会い、誰が一番この中であなたと付き合いが長く、誰が一番この中であなたと家族同士で交流が深かったのか……そして一番この中であなたを愛している女は誰なのか、を。その女こそ、いずれ【拳聖】になられるケンシンさまの一番弟子に相応しいと思います」
お前、その質問の仕方は他の2人を逆撫でするだけだぞ。
それと愛している云々のくだりはいらないと思うんだが……。
などと俺が思っていると、他の2人はすぐにリゼッタに食ってかかった。
「ちょっと待ってください! その質問の仕方はおかしくないですか!」
「お主、それは誘導尋問だぞ!」
しかしリゼッタは悪びれた様子もなく「何がやねん?」と2人を交互に見る。
「うちは事実をありのまま尋ねとるだけや。それにケンシンさまほどのお人に弟子入りするっちゅうことは、そのまま弟子の〝格〟も問われるんやで?」
「か、格?」
エミリアとキキョウの2人は口を揃えて呟いた。
「そうや。お前らは知らんかもしれんけどな、ケンシンさまはただの空手家やない。かつて【拳聖】と謳われた偉大な空手家――ゴウケン・オオガミさまから空手の技とスキルを継承されたお人なんやぞ」
リゼッタはなぜか得意げな顔で言葉を続ける。
「そんでうちはゴウケンさまと旧知の中であり、クレスト教の大教皇であるお祖父さま――エディス・ハミルトンの孫娘なんやで。どうや? これだけで誰がこの中でケンシンさまの一番弟子に相応しいのか分かるようなもんやろうが?」
大きく胸を張ったリゼッタに対して、エミリアとキキョウは思うところが出てきたのだろう。
「ケンシン師匠……」
「ケンシン殿……」
と、すがるような目で俺を見つめてくる。
はあっ、と俺は深いため息を吐いた。
「どうやら、もっとはっきりさせたほうがいいな。確かに俺はリゼッタとは昔からの知り合いだ。その点においては他の2人よりも、リゼッタとの付き合いのほうが圧倒的に長い」
ほらな、とばかりにリゼッタは他の2人に勝ち誇ったような顔をする。
「だが、俺にはリゼッタを弟子に取った覚えがない。もしも過去の俺がリゼッタにそんな風に誤解させてしまったのなら後で謝ろう……で、そうなると俺がこの国に来て最初に弟子を取ると決めたのはエミリアだ。この事実だけは変わらない」
「そ、そうですよね! つまり、私が一番弟子なんですよね!」
途端にエミリアは花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。
「それでは順当に行って拙者は二番弟子ですな。エミリア殿はともかく、拙者はリゼッタ殿よりも早く弟子入りを志願致しましたゆえ」
「おい、ちょい待てや。ちゅうことはうちは三番弟子になるんか? アホ抜かせ、うちは絶対にホンマもんの一番弟子や。それにお前――キキョウ・フウゲツ言うたな。お前を治したのはうちなんやで。だったらお前はうちに対して誠意ってもんを見せるべきちゃうんかい?」
「もちろん、その点に置きましてはリゼッタ殿に感謝のしようがありません。拙者にできることなら何でも致しましょう。ですが、その恩を盾に弟子の順番を決めることはケンシン殿の弟子としての格が問われませぬか?」
「うぐ……」
痛いところを突かれたのか、リゼッタは何も言えずに黙ってしまった。
やれやれ、と俺は3人の顔を順番に見回す。
「こんな不毛な言い争いは見ていて気持ちのいいもんじゃないな……よし、分かった。もう誰が一番弟子かどうかなど関係ない。お前たち3人は等しく俺の弟子だ」
ただし、と俺は大事なことを付け加えた。
「正直なところ、現時点でお前たちは誰も俺の正式な弟子にはなっていない。俺の闘神流空手・拳心館に入門するには、俺の継承スキルである【神の武道場】の中で入門式を行わないといけないからな」
「入門式……ですか?」
エミリアが頭上に疑問符を浮かべながら訊いてくる。
「ああ、そうだ。【神の武道場】の神棚の前で、きちんと作法に則った入門式を済ませ、最後に俺と正式な弟子の契りを結んで初めて闘神流空手・拳心館の門下――要するに俺の正式な弟子となるんだ」
「ケンシン殿、その【神の武道場】とは何なのですか?」
そう言えばキキョウには俺の継承スキルのことを話していなかったな。
俺はキキョウに自分の継承スキルである【神の武道場】について説明した。
するとキキョウは面を食らったのだろう。
あまりの驚きに目を丸くさせながら口を半開きにする。
無理もない。
生物収納系のスキルは希少中の希少なのだ。
存在はおろか見たことすらもなかったに違いない。
いや、実際にはこれから見ることになるのか。
ここに来る道中、俺はキキョウの体質について聞いていた。
どうやらキキョウは生まれつき魔力が極端に少ない体質らしく、魔抜けとまでは言われなかったものの魔法の類はほとんど使えないという。
そして幼少の頃から武術を修練した結果、〈武芸〉というスキルを獲得した。
本来においてスキルというのは魔力が0の人間しか会得できないと言われているが、どんな世界のどんな分野でも例外というのは存在する。
キキョウはそんな例外の一人だったのだろう。
だとしたら、俺の【神の武道場】の中にも余裕を持って入れるはずだ。
これが先ほどのように異常な魔力が放出されていた場合ならば難しかったが、ほとんど魔力が感じられない今ならば大丈夫なはずである。
俺は3人から窓のほうへと顔を向けた。
時刻はまだ昼と夕方の間ぐらいだろうか。
これならばヤマトタウンへ行くまで時間はまだある。
それこそ【神の武道場】で3人の入門式を済ませ、なおかつ稽古も十分につけてやれるだろう。
「よし、そうとなれば善は急げだ」
俺は意を決すると、両足が「ハ」の字になるような立ち方を取った。
そして背筋はまっすぐに保ち、拳を握った状態の両手の肘を曲げて中段内受けの構えになる。
闘神流空手の基本――三戦の構えだ。
コオオオオオオオオオオオオ――――…………
俺は〝息吹〟と呼ばれる独特の呼吸法とともに、強力な気力を下丹田で練り上げていく。
やがて心身が最高の状態に達したとき、俺は目の前の空間に向かって叫んだ。
「スキル発動――【神の武道場】!」
次の瞬間、部屋の中に武家屋敷の正門を彷彿とさせる扉が現れる。
「さあ、俺のあとについて来い」
呆然とする3人を前に俺は言い放った。
「お前たちには俺の闘神流空手をくれてやる」
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