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第五章 ~邂逅、いずれ世界に知れ渡る将来の三拳姫~

道場訓 四十一   師匠VS3人の弟子たち

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「さあ、遠慮えんりょしなくてもいいぞ」

 3人の視線を真っ向から受け止めながら、俺はぴたりと重ねた4本の右手の指をクイクイッと折り曲げる。

 どこからでも掛かってこい、という俺的な意思表示だった。

 しかし、いくら待てども3人が立ち向かってくる様子がない。

「どうした? 誰が最初に行くかで迷っているのか? だったら、そんなこと気にする必要はないぞ。1人ずつじゃなくて3人まとめてで構わない。いや、むしろそのほうが時間がはぶけていいぐらいだ」

 挑発ちょうはつではない。

 嘘偽うそいつわりのない、今の俺の本音ほんねだった。

 これが3人とも闘神流とうしんりゅう空手からてを5段以上おさめていたのなら話は別だったが、まだ【神の武道場】から恩恵技おんけいわざの一つも与えられていない今の状態なら3人まとめてでちょうど良いくらいだ。

 などと俺が思っていると、「さすがにそれは……」とエミリアがおそるおそる口を開いた。

「ケンシン師匠相手にいどんでも私が勝つことは絶対に無理ですよ」

 確かにエミリアの言うことも一理ある。

 正直なところ、今の3人では逆立ちしても俺には絶対に勝てない。

 だが、これはあくまでも純粋じゅんすいな試し合いで殺し合いではないのだ。

「大丈夫、手加減はするから安心しろ……だがその代わり、お前たちは手加減などするなよ。それこそ命懸いのちがけで掛かってこい。そうでないと俺も【神の武道場】もお前たちの実力をはかれないからな」

 エミリアが頭上に疑問符を浮かべたのもつか、3人の中で全身から闘気を放出しながら一歩前に出た人物がいた。

 キキョウだ。

「ならば拙者せっしゃから参ります」

 3人の中で一番の武術家気質きしつだったからだろう。

 キキョウはすぐに俺の意図いとを見抜いたのだろうが、それでも1人でいどんで来ようとするのは問題外だった。

「おい、キキョウ。さっきも言ったが、来るのなら1人じゃなくて3人同時に――」

 来いよ、と俺が言葉を続けようとした直後だ。

「いざ、ごめん!」

 キキョウは流水りゅうすいのようななめらかな歩法で間合いをめてきた。

 そして――。

「シッ!」

 間合いに入るやいなや、短い呼気とともに鋭い貫手ぬきてを繰り出してくる。

 狙いはのどか――良い判断だ。

 俺は自分ののどに吸い込まれるように放たれた貫手ぬきてを、当たる直線に身をひるがすことで難なくかわした。

 しかし、キキョウはそこまで読んでいたのだろう。

 キキョウはすぐさまそろえた指先で突く貫手ぬきてから、小指の外面で相手を攻撃する手刀しゅとうに切り替えて追撃してくる。

 それでも俺には通じない。

 俺はキキョウの攻撃をすべてけ、その中で一瞬のすきをついて反撃した。

 腹部を狙った正拳下突せいけんしたづきだ。

 手の甲を上にして突く正拳突せいけんづきとは違い、正拳下突せいけんしたづきの場合は手の甲が下になった状態で突く。

 上手く決まれば正拳突せいけんづきよりも体重が乗って人体に突き刺さる。

 現に俺の正拳下突せいけんしたづきを食らったキキョウは、苦悶くもんの表情を浮かべながら腹部を押さえて両膝を床につけた。

 当然ながら極限まで手加減はしている。

 俺が本気で正拳下突せいけんしたづきを放てば、人体など一発で貫通かんつうするからだ。

「何や、一番に名乗りを上げたのに情けないの」

 次に一歩前に出たのはリゼッタだ。

「ケンシンさま、次はうちが行かせてもらいますわ。もちろんのこと手加減なんてしまへんで。全力で行かせてもらいます」

 いや、だから1人ずつじゃなくてだな……。

 俺の思いとは関係なく、リゼッタは1人だけで間合いをめてくる。

 しかし、その間合いのめ方はキキョウとは対極だった。

 疾風しっぷうのように向かってきたキキョウとは違い、リゼッタはまるで近所を散歩するようなゆるやかな足取りで距離をちぢめてくる。

 顔もにっこりと笑みを浮かべ、全身のどこにも力が入っていない。

 まさに理想的な脱力だつりょく状態のまま歩を進めてきたのだ。

 なので俺は自分の制空圏せいくうけんに、リゼッタの侵入を簡単に許してしまった。

「ケンシンさま。どうかお手を……」

 俺の間合いに入った瞬間、リゼッタは右手を差し出してくる。

 はたから見たら親愛の握手を求めたように見えただろう。

 俺は条件反射的にリゼッタの握手に応じた。

 そしてリゼッタの右手を同じ右手で握った瞬間――。

 ズンッ!

 突如とつじょ、俺の肉体に凄まじい〝重み〟がし掛かってきた。

 まるで巨大な岩を背中に乗せられたような感覚的な〝重み〟だ。

 その突然の〝重み〟によって、俺の身体はまばたきを一つするかしないかの刹那せつなだけ硬直こうちょくしてしまった。

 クレスト流の合気あいきか!

 などと俺が思ったのもつか、あれほど身体に感じていた〝重み〟が一瞬にして消え去り、今度は重力がなくなったような消失感が襲いかかってくる。

 次の瞬間、俺の視界は反転して肉体が独りでに宙を舞った。

 握手をした右手を支点してんに投げられたのだ。

 そして投げられた際に身体の向きが上下逆になっていたため、もしも受け身を取らなかったら頭から床へと熱烈ねつれつなキスをしたことだろう。

 強引な〝力〟による投げではなく、理合りあいふくまれた〝技〟による投げによって。

 なるほどな。

 俺は頭が床に激突する瞬間、瞬時に床に左手を突いて頭部への激突を回避かいひする。

 それだけではない。

 そのまま身体を反転させて元の体勢に戻ると、今度は俺がリゼッタに対して見様見真似みようみまねの〝合気あいき〟を掛け返した。

 先ほどの俺と同じく身体に感覚的な〝重み〟を感じたのだろう。

 リゼッタは驚きの表情とともに、一瞬だけ身体を硬直こうちょくさせる。

 それだけで十分だった。

 俺はその一瞬のすきをついて、リゼッタの首筋に手刀しゅとうを走らせた。

 トンッ。

 そして俺の極限まで手加減した手刀しゅとうを食らったリゼッタは、全身の力が一気に抜けたように膝から崩れ落ちた。

 さて、最後はあいつだな。

 俺は呆然ぼうぜんと立ち尽くすエミリアに顔を向けた。

 全身を震わせてはいないものの、どうしたらいいのか迷っている感はありありと伝わってくる。

「エミリア、そんなに迷う必要なんてない。余計なことは考えず、今のお前が持てるすべての力を駆使くしして俺に向かってくるんだ。それこそ殺すつもりでな」

 俺は俺なりに発破はっぱを掛けたつもりだったが、どうやらエミリアには逆効果だったらしい。

 ビクッと身体を震わせるなり、明らかに目が泳ぎ始めた。

 はあっ、と俺はこれ見よがしにため息を吐いた。

失望しつぼうしたぞ、エミリア」

 続いて俺はエミリアにはっきりと告げた。

「お前はあれか? 目の前で大切な人間が悪漢あっかんに殺されようとしているときでも、お前は自分よりも悪漢あっかんのほうが強かった場合、その大切な人間に対して「私よりも悪漢あっかんのほうが強いので、私はあなたを助けることができません」と言うのか?」

 俺はハッとしたエミリアに言葉を続ける。

「違うだろ? それこそ俺と最初に会ったときのお前は、〈暗黒結社あんこくけっしゃ〉の悪漢あっかんどもに襲われながらも1人の少女を必死に守ろうとしていたじゃないか」

「あれは私も必死で……」

「そうだ。あのときのお前は必死だった。そして、その必死さがで出せるかが武人としての運命を決めるんだ」

 エミリア、と俺は闘神流とうしんりゅう空手からての構えを取りながら言った。

「迷うな……それは今だぞ!」

 俺の言葉にエミリアは、落雷をびたように全身を震わせた。

 直後、エミリアの態度が一変いっぺんする。

 全身から余計な力が抜けていき、下丹田げたんでんにまで重心じゅうしんが落ちていく。

 それだけではなく、俺を見つめる目にも変化があった。

 動揺どうよう、迷い、恐怖などの負のにごりがなくなり、純粋な闘志だけの輝きに満ちていったのだ。

 そして――エミリアは構えた。

 ゆるく握った両拳りょうこぶしを顔の高さまで持ち上げ、肩幅かたはばほどに開いた両足のうち左足を一歩分だけ前に出す。

 それだけではない。

 リズムよく小刻こきざみに身体を揺らしてステップをみ始める。

 拳を主体として闘う――〈拳術けんじゅつ〉のスキルの持ち主らしい構えだ。

 やがてエミリアは大きく目を見開き、

「エミリア・クランリー……参ります!」

 堂々と名乗りを上げて突進とっしんしてくる。

 俺はにやりと笑い、「本気で来い!」と言い放つ。

 キキョウとリゼッタが見守る中、俺とエミリアの試し合いが始まった――。
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