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第五章 ~邂逅、いずれ世界に知れ渡る将来の三拳姫~

道場訓 四十    闘神流空手の門下に入るということ

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空手着からてぎおびだ。それ以外に何に見える?」

 そう言うと俺はすぐに続きの言葉を口にした。

「だが、ただの空手着からてぎおびじゃないぞ。【神の武道場】の恩恵が込められた空手着からてぎおびなんだ」

「申し訳ありませぬ、ケンシン殿どの……その……おっしゃられている意味が……」

「分かっている。まあ、聞いてくれ。お前たちは道場長である俺と一緒に道場訓どうじょうくんをすべて唱和しょうわしたことで【神の武道場】に一応は認められた。ただ、これだけではまだ正式に俺の――闘神流空手とうしんりゅうからて拳心館けんしんかん門下もんかに入れたわけじゃない。最後にもっと重要な契約をわさなければならないんだ」

「契約?」

 3人は同時に声を発した。

 俺は大きく首肯しゅこうする。

「そうだ……いや、契約じゃなくて制約かな? だからこそ慎重しんちょうに考えて決断してくれ。お前たちは今の俺のように、ずっと空手着からてぎを着たままでいられるか?」

 このあと俺は3人に淡々と説明した。

 俺が着ている空手着からてぎおびは普通の衣服ではないこと。

 一見すると防御力のない軽装にしか見えないが、この空手着からてぎを着ていれば【神の武道場】の恩恵と呼ばれる力によって様々な特殊効果が発揮はっきされること。

 すなわち――暑さや寒さも一定以上耐えることができるばかりか、気力アニマを練れば頑丈がんじょうな金属鎧を着ている以上の防御力が得られること。

 他にも石や砂利じゃりが多い場所でも、厚底のくついているような感覚で素足のまま歩けたりもする。

 しかし、本当の特殊な効果はこれだけではない。

 この空手着からてぎおびこそ、俺がいなくても単独ひとりで【神の武道場】に入ることができるアイテムだった。

 けれども、あくまでも単独ひとりで入れるのは道場ともう一つの場所だけだ。

 その二つの場所以外に行くためには、道場長である俺の許可と同行が必要不可欠になってくる。

 もちろん、この道場にも普通に入れるわけではなかった。

 一定以上の気力アニマを練られることと、最初は三戦サンチンと呼ばれる空手の型をすべて行わなければならない。

 まあ、それはさておき。

「どうだ? 無理なら無理と言ってくれ。男の俺はともかく、女のお前たちにはこくな条件だろう。だが誤解ごかいせずに伝えておくと、その空手着からてぎを着たら二度と脱げなくなるとかそういうものじゃない。あくまでも純粋に闘神流とうしんりゅう空手からてをこの【神の武道場】で俺から学べなくなり、上達するごとに【神の武道場】自体から与えられる恩恵技おんけいわざもらえなくなるということなんだ」

 とは言ったものの、やはり空手着からてぎをずっと着ている条件はきびしいだろう。

 そうである。

 正直、この条件を飲める人間は極端きょくたんに少ない。

 過去において祖父に弟子入りを志願してきた者たちも、この条件が飲めずに祖父の元から去って行った者が多かったという。

 それもそのはず。

拳聖けんせい】とうたわれた祖父に弟子入りをしたかった人間は、ただ単純に〝力〟だけを求めた人間が多かった。

 そんな人間にとって窮屈きゅうくつ制約せいやくがあるのは耐えられなかったらしい。

 他にも祖父に弟子入りを求めていた人間のほとんどが常人よりもはるかに高い魔力マナ残量を持っていたため、この【神の武道場】に入るのも苦労する上で制限時間内に道場訓どうじょうくん唱和しょうわまで行くのが困難だったという。

 だが、やはり一番の理由はこの空手着からてぎを常に着ていられるかどうかだ。

 この空手着からてぎは特別なモノであり、闘神流とうしんりゅう空手からて門下もんかに入った者は必ず1日に1度は着なくてはならない。

 しかも1度着て脱いでしまえばその日はもう【神の武道場】に入れず、それまでに【神の武道場】から与えられた恩恵技おんけいわざがすべて消失してしまう。

 恩恵技おんけいわざとはすなわちち、初段になった者に与えられる〈闘神とうしん威圧いあつ〉や2段になったものに与えられる〈闘神とうしん真眼しんがん〉などだ。

 ただし、そんな制約の中でも【神の武道場】の中でなら自由に着替えができる。

 だからこそ、【神の武道場】の中にはが存在しているのだ。

 けれども、弟子になれない人間にはそんなことは関係ない。

 そして大多数の人間は魔力マナを一定以上持っている時点で最初の条件ではじかれ、加えて衣服の制限がとなって弟子入りは困難こんなんになっていた。

 キースたちもそうだった。

 ずっと空手着からてぎを着ているのはダサくて嫌だと言い、ましてや社交場しゃこうば的な場所に出席するときも空手着からてぎでいると自分たちの印象が最悪になるとも愚痴ぐちっていた。

 それは分かる……分かった上ですべてを受け入れた者こそ、闘神とうしんから受け継いだ空手からての技を会得えとくできるのだ。

 とはいえ、俺は3人に対して無理強むりじいするつもりはなかった。

 そしてたとえ断られたとしても、うらんだりなど絶対にしない。
 
 ただ、少しだけへこむかもな……。

 そう俺が3人の返事を待ったときだ。

「ケンシン師匠……申し訳ありませんが、後ろを向いていてくれませんか?」

 エミリアは空手着からてぎおびを手に取ると、ずかしそうに顔を赤らめた。

「エミリア殿どの、まさか師匠の前で着替えるのが恥ずかしいのか?」

「ふん、どうやら化けの皮ががれたな。ケンシンさまの前で着替えの一つも出来んとは、一番弟子が聞いてあきれるで」
 
「いや……その……違います! 別に着替えの一つ二つずかしくなどありません! ただ、ケンシン師匠に聞いてみただけです!」

 直後、3人は衣服を脱いで着替え始めた。

 俺は立ち上がって条件反射的に振り向く。

「この馬鹿どもが! お前たちには羞恥心しゅうちしんというものがないのか!」

 ガサガサと着替えを行っている音を聞きながら俺は声を上げる。
 
 そして俺は口調では怒っていた感を出したものの、本心ではうれしさのほうが圧倒的にまさっていた。

 この3人はほとんど迷うことなく俺の弟子入りを受け入れてくれたのだ。

「へえ……空手着からてぎとはこういうものなんですね」

拙者せっしゃが着ていた道衣どうい空手着からてぎの着方は似ているが、さすがに空手着からてぎおびの結び方は分からん」

「しゃーないな。うちは分かるから特別に教えたるわ」

 そんな声が聞こえていた中、そろそろ着替えが終わった頃に俺は振り向いた。

 するとそこには俺と同じ空手着からてぎ姿になった3人の姿があった。

 うん、3人とも世辞せじなしでよく似合っている。

「あれ? でも、ケンシン師匠。私たちのおびはケンシン師匠と同じ黒いおびじゃなくて白帯しろおびなんですね」

 などと聞いてきたのはエミリアだ。

空手からてには冒険者ランクのような等級クラスがあるんだ」

 俺は空手全般からてぜんぱんというか闘神流とうしりゅう空手からて等級クラスおびの色について説明していく。

 10級~9級は白帯しろおび

 8級~7級は青帯あおおび

 6級~5級は黄帯きおび

 4級~3級は緑帯みどりおび

 2級~1級は茶帯ちゃおび

 ここまでの等級クラス色帯いろおびと呼ばれ、まだ基本をしっかりと稽古けいこする段階だ。

 そしてここから上になるとおびの色が〝黒〟になり、有段者ゆうだんしゃ等級クラスと呼ばれる段階に入る。

 ただし、ここからも初段しょだんから始まり10段まで細かく分類されていた。

 同時に初段しょだんからは一段ごとに【神の武道場】から特殊な技が与えられ、3段に相応ふさわしいほど強くなれば冒険者のSSダブルエスランクに匹敵ひってきするだろう。

 だからこそ、この3人について確かめる必要があった。

 現時点でこの3人の強さはどのおびの色にあたいするのだろうか、と。

「それで、ケンシンさま。こうしてうちらは着替えたわけですけど、このあとはどうすればええですか? 基本稽古きほんけいこからですか?」

 腰を手を当てながらリゼッタがいてくる。

「せやけど、他の2人はともかくうちとしては基本は出来とると思いますよ。何せうちはゴウケンさまやケンシンさまに昔に稽古けいこをつけていただいた身ですから」

 リゼッタの言いたいことも分かる。

 だが、それを言うなら他の2人も空手からてはともかくとして武術の素人ではない。

 いずれ1人ずつじっくりと基本を教えてやるつもりだが、少なくとも今はそれよりも純粋に3人の実力を確かめたかった。

「いや、基本稽古きほんけいこはまた次の機会にしよう。今からするのは組手くみてだ」

 なので俺は3人を見回しながら告げた。

「とりあえず、3人まとめて掛かってこい」
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