【完結】声の海 ~声優になりたいと強く願う俺が、オタクの巣窟の八天春学園ラジオ放送同好会に入会した件について~

ともボン

文字の大きさ
3 / 37

第3話    八天春学園ラジオ放送部?

しおりを挟む
 秋彦に案内された場所は、体育用具室としか思えないプレハブ小屋だった。

 しかも点在していた場所はサークル棟の裏にあった林の中である。

「円能寺先輩、こんなところに案内されても困るんですけど」

「まあまあ、何はともあれ中を御覧じろ」

 秋彦は扉を引いて夜一に小屋の中へ入るよう促す。

 その所作があまりにも丁寧だったので夜一は断ることもできずにプレハブ小屋の中へ足を踏み入れた。

 次の瞬間、疑いを含んでいた夜一の瞳が爛々と輝く。

 プレハブ小屋は体育用具室ではなかった。

 それどころか教室程度の広さのプレハブ小屋の中には、感嘆の声が漏れるほどの放送設備で埋め尽くされていたのだ。

 音楽や効果音などを操るミキサー卓を初め、二十インチの液晶テレビ、デスクトップ型のパソコンが壁際の長机の上に綺麗に置かれている。

 他にも目を奪われる代物が色々とあった。

 プレハブ小屋の中は半分に区切られ、遮音効果の高いガラス窓の向こうには中学の放送部でも見られなかったラジオスタジオの光景が広がっていた。

 また部屋の中央に置かれた机の上に見える大型のリモコンのような物は、マイクの機能を切り替えるカフという装置だろう。

「凄い……機材が熱を持たないようエアコンまで完備されている。あっ、あのスタジオの出入り口の近くに置かれているハンマーは何ですか?」

「あれは災害時に使う奴さ。万が一、放送中に地震があってスタジオの扉がひしゃげた場合、あのハンマーを使って強引にこじ開けるんだ。スタジオへ続く扉は頑丈だからな」

「中学の放送部にはありませんでした」

「そりゃあ、そうだろう。中学の放送部にラジオのブースなんて基本ねえからな」

「じゃあじゃあ、あれは……」

 と、夜一が遊園地ではしゃぐ子供のように気分を高揚させたときだ。

「ヤガマサン(うるさい)! ワラビ(子供)のようにビービー騒ぐな!」

 長机の下から一人の男がのそりと出てきた。

 短く刈った髪に意思の強そうな瞳。

 地肌は真夏の太陽で焼いたような小麦色である。

 まるで南海の猟師を彷彿とさせる男だった。

 それだけではない。

 男の右眉には刃物で切られたような大きな傷跡があった。

 次に夜一は男のネクタイに視線を移す。

 八天春学園の学年はネクタイの色で判別できる。

 男が締めていたネクタイの色は青色。秋彦と同じ二年生だ。

「副調整室の壁はブースの中とは違って遮音壁じゃないんだ。それぐらい見て分かれ」

「そりゃあ無理だ。素人に普通の壁と遮音壁の違いなんて見分けられねえよ。つうか……また机の下で読書してたのかよ、武琉。いい加減に止めろ。目が悪くなるぞ」

「どこで本を読もうとワン(俺)の勝手だ」

 武琉と呼ばれた男は空いていた席に座ると、本の続きを読み始めた。

「円能寺先輩、あの人は誰ですか?」

 夜一は秋彦の耳元に口を近づけてそっと尋ねる。

「心配するな。あいつは俺たちの仲間さ。ほれ、さっそく自己紹介して来い」

 背中を押された夜一は恐る恐る武琉に歩を進めた。

(さすがにヤンキーじゃないよな)

 夜一が不穏になるのも当然だった。

 読書に耽っていた武琉の風貌は、一言で表すのなら異様。

 右眉の傷跡や服の上からでも見て取れる肉体の逞しさは、およそ放送部に在籍しているのが不思議なほどである。

 それでも放送部の一員ならば自己紹介は必須。

 夜一は勇気を出して武琉に声をかけた。

「あのう、初めまして。お、俺は朝霧夜一と言います。これからよろしくお願……い!」

「何だ? 変な声を出して」

 武琉は本から顔を外すと、鷹のような鋭い目つきを向けてきた。

 しかし夜一は射抜くような視線よりも、武琉が読んでいていた本の挿絵に目が釘づけになった。

 なぜなら挿絵には十歳前後と思しき二次元の美少女キャラが、不自然にアイスキャンディを舐めている姿が描かれていたからだ。

「ライトノベル……お好きなんですか?」

 間違いなかった。

 武琉が読んでいた本は純文学でも一般小説でもない。

 萌えキャラが多く登場していた有名なライトノベルである。

「ワン(俺)がラノベを読んだら悪いのか!」

 次の瞬間、武琉の身体から突風のような殺気が放射された。

 夜一は研磨された針を突き刺されたような錯覚に見舞われる。

「どうどうどう、待望の新入部員を脅すんじゃねえよ」

「ワン(俺)は馬じゃない!」

「馬並みに喧嘩が強いんだから一緒だろうが……それよりもお嬢はまだ来てないのか?」

「君夜ならお前の後ろにいるぞ」

 夜一は身体ごと振り向いた。

「こんにちは。あらあら、今日はみんな早いのね」

 出入り口の前には奈津美とは性質の違う美貌の持ち主が佇んでいた。

 奈津美は関西弁も手伝ってか純朴な感じを受けたが、秋彦に「お嬢」と呼ばれた君夜は垢抜けた大人の雰囲気がひしひしと感じられた。

 ただ、それは脱色したような茶髪のせいだったのかもしれない。

 しかし、いくら校則が緩いと評判の八天春学園とはいえ茶髪は無視できない校則違反のはずだ。

 しかも一年生の証である白色のリボンではなく、君夜は二年生の証である青色のリボンをつけていた。

 髪は冬休みの間に染めたのだろうか。

 などと夜一が思考を働かせていると、全員を見回しながら秋彦が大きく拍手を打った。

「よーし、これで役者が揃ったな。さて朝霧君……いや、これからは親しみを込めて夜一と呼ばせてもらおう」

「さっき会ったばかりでもう下の名前で呼び捨てですか」

「細けえことはいいんだよ。それにせっかく夜一なんて漫画かラノベに登場するような珍しい名前なんだ。俺たちも朝霧と呼ぶより夜一と呼びたい。なあ、そうだろ? 奈津美」

 話を振られた奈津美は「当然やないですか!」と大声で肯定した。

「ヘタレ受けそうな夜一君に対して俺様キャラの部長が強引に夜一と呼ぶ。でもでも、ここで主従関係が成り立ってハッピーエンドには突入しません。ハッピーエンドになりそうなタイミングになったとき、密かに部長に想いを寄せていた武琉君がついに我慢できず部長に詰め寄るからです。「秋彦、お前はワン(俺)と夜一のどっちがいいんだ?」「おい、いきなり何を言い出すんだよ」「いいから答えろ。秋彦、お前はワン(俺)と夜一のどっちが好きなんだ?」「どっちも好きに決まっているじゃねえか。お前は親友で夜一は待ちに待った期待の新入部員だぞ。どっちが好きかなんて比べられねえよ」「誤魔化すな! お前は……いつもそうやってワン(俺)の心を掻き乱す」「武琉……お前」と、この部屋で甘酸っぱい会話が繰り広げられていたときでした。そんな二人のやり取りを偶然にも夜一君が扉の外で知ってしまう。もちろん最初は見て見ぬ振りをして帰ろうと夜一君は思いました。せやけど、やっぱり心の奥底に芽生えた感情はそう簡単には消せません。結局、夜一君は後ろめたさを感じながらも二人の会話を盗み聞きしようと決心した。さっそくとばかりに夜一君は聞き耳を立てると、部屋の中から「秋彦、ワン(俺)は前からお前のことが」「武琉……本当に俺でいいんだな?」という聞き捨てならない台詞が聞こえてくる。部長と武琉君は場の雰囲気に飲み込まれて愛欲という名の炎を点してしまったんです。さて、大変なのは盗み聞きしていた夜一君です。部屋から聞こえてくる制服を脱ぐ音に過敏に反応し、我慢の限界を迎えた夜一君は部屋の中に入ります。そして事態は禁断の三角関係に発展して――」

「長えええええ――――っ!」

 奈津美の妄想に終止符を打ったのは秋彦だった。

「お前のBL妄想劇に勝手にリアルな俺たちを登場させるんじゃねえ。せいぜい漫画や小説のキャラで我慢しておけ。それと高らかに口にもするな。恥ずいだろうが」

「ひゃう……す、すんまへん。いつもの癖で」

 秋彦の一喝で我に返った奈津美はあからさまに挙動不審に陥った。

 顔を真っ赤に紅潮させて全身を小刻みに震わせる。

 一方、挙動不審とまでは行かなくとも奈津美の変貌振りに夜一は困惑した。

 BL。

 カップリング。

 ヘタレ受け。

 俺様。

 腹黒。

 鬼畜。

 これらの単語は婦女子ではなく、腐る女子と書いて腐女子と書く人たちが好んで使う言葉ではなかっただろうか。

「待て待て、そんなに引くな夜一。奈津美がお前をヘタレ受けと決めつけたのは、あくまでも外面から判断しただけのことで……」

「秋彦、朝霧が引いたのはそこじゃないと思うぞ」

 そう突っ込んだのは緩く両腕を組んだ武琉だ。

「奈津美の妄想にお前まで中てられてどうする。第一、例の件はもう言い終えたのか?」

 武琉の言葉に秋彦は「そうだった」と開いた左手の掌に右の拳を打ちつけた。

「夜一、お前をここに連れてきたのは他でもない」

 呆然としていた夜一に秋彦が真面目な口調で言う。

「是非、俺たちのクラブに入ってほしい。今の俺たちにはお前の力が必要なんだ!」

 人差し指を突きつけられた夜一は目を丸くさせた。

 先ほどまで感じていた秋彦の軽薄さがここに来て微塵もなくなったからだ。

 返答に困ること数十秒。

 夜一は一言一言区切るように言葉を紡ぐ。

「え~と、君の力うんぬんという件は知りませんが……俺は最初から放送部に入部するつもりでしたから断るつもりはありません」

 ただ、と夜一は秋彦から放送設備が整った部屋の中を見渡した。

「八天春学園の案内パンフレットに、放送部の部室は文化系サークル棟の三階にあると書かれていました。だったらサークル棟の裏にひっそりと存在しているこの放送設備が整ったプレハブ小屋は何です? ラジオ局が所有しているラジオ・カーみたいなものですか?」

 そもそもラジオとはスポーツの実況やトークが中心の番組が多く、放送設備が整ったスタジオの中で収録することが当たり前だ。

 しかし、屋外でのイベントや交通情報を正確に伝えるためにラジオ・カーまたは中継車と呼ばれる放送設備を積んだ自動車を多くのラジオ局は所有している。一般的には駅伝を実況するラジオ・カーが有名だろう。

「うふふ、今年の一年生は面白いことを言うのね」

 直後、脳が痺れるような甘美な声が聞こえた。

「こんな高額な放送設備が整った簡易スタジオがあるわけないじゃない。そもそも、このクラブは学園に活動が認められている放送部とは関係ない場所」

「ちょっと待て、君夜! それ以上バラすな!」

 秋彦の抵抗も虚しく、君夜は髪の毛の先端を弄りながら言葉を続ける。

「ここは八天春学園ラジオ放送同好会。正式な活動を認められていない否正規クラブの一つよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

処理中です...