【完結】声の海 ~声優になりたいと強く願う俺が、オタクの巣窟の八天春学園ラジオ放送同好会に入会した件について~

ともボン

文字の大きさ
9 / 37

第9話    オタクの見本市

しおりを挟む
 四月五日。

 時刻は午後四時過ぎ――。
 
 夜一は日直の掃除を終えるなり、文化系サークル棟の裏手にある林へ赴いた。
 
 五分も経たずに目的の場所へと到着する。
 
 外見とは裏腹に放送部顔負けの放送設備を有していたプレハブ小屋。

 学園側に正式なクラブと認められていないラジオ放送同好会の部室だ。

(どうした、夜一。ここまで来て緊張するな)
 
 速まる動悸を意志の力で抑えつけ、夜一は慎重な足取りで部室の扉へ近づいていく。
 
 今日、夜一がラジオ放送同好会の部室に来たのには理由があった。
 先輩である秋彦の腹を殴った謝罪のためではない。

 もちろん謝罪の念もあるにはあったが、それよりも大事な用件を伝えるために足を運んだのだ。

 そして扉の前に立ったとき、夜一の耳に数人の男女の声が飛び込んで来た。

 どうやら秋彦たちは大声で何かについて議論している。

 打ち合わせの最中だろうか。

 ラジオ放送では本番前に放送禁止用語の注意や滞りなく番組を進行できるように、ディレクターや構成作家たちを含めたパーソナリティたちが打ち合わせをすると声優関連の本に書いてあった。

 だとしたら、秋彦たちは自分たちの放送について意見を交わしているに違いない。

(明日にでも出直そうか)

 などと思った夜一だったが、せめて用件だけでも伝えようと静かに扉を開けた。

 すると――。

「いや~、今回の『魔法少女ラジカルあすか』は神回だよ。作画のクオリティーは劇場版並。さすが高尾さんが作監を務めただけのことはある。それに音響もシーンごとに細かく考えられていて言うことないな。お前もそう思うだろう? 武琉」

「ワン(俺)は少々気にいらん」

「おいおい、どこがだよ? 主人公のあすかと宿敵であるテンペストとのバトルシーンなんてアニメファン以外も唸らせる出来栄えだろうが」

「それはワン(俺)も認める。ただ、ワン(俺)が気に入らんのはそこじゃない。あすかをサポートしている兄のわたるのことだ」

「わたる? ああ、魔法を使うあすかと違って生身で闘う熱血キャラか。そう言えばわたるの公式設定は沖縄の空手使いだったな。確かお前と同じ空手流派の」

「ダールヨー(そうだ)。だが、わたるの使っている空手は剛柔流じゃない。上地完文先生を始祖とする上地流だ」

「ふ~ん、門外漢の俺には違いがまったく分からないけどな」

「簡単だ。剛柔流の三戦の型は拳を握ったまま行うが上地流の場合は貫手で行う。ただし剛柔流も元は貫手で三戦の型を行っていた。それを剛柔流の始祖である東恩納寛量先生が貫手では危ないということで拳に変えたらしい。まあ上地流の二代目であった上地完英先生曰く、上地流は剛柔流と同じく白鶴拳と虎拳をベースにしているというから強ち間違いでも――」

「お前も空手のことになると途端に饒舌になるな。いいじゃねえか少しぐらい設定に誤りがあったって。なあ、奈津美。お前も何か言ってやれよ」

「え? わたる君は一見攻めに見えて実は受けって話ですか?」

「すまん、お前に話を振ったのが間違いだった。そうだ、お嬢はどう思う? 今回の『魔法少女ラジカルあすか』は些細な設定の誤りを見過ごせるほど素晴らしい回だろう?」

「そうね。私は全体的に面白ければ細部のミスは気にならないほうだけど……それよりも何でこのアニメに登場する女の子たちは無闇やたらにパンツを見せているの? 子供の教育上よくないんじゃない?」

「あ、え、そ、それは何だ……つ、つまりだな……」

「君夜ちゃんもまだまだやな。このアニメを観ているのは子供じゃなくて大きな子供や」

「大きな子供?」

「そうやで。数万円もするDVDボックスやブルーレイ・ディスクボックスをぽんと買えるような財力を持った大きな子供。身近な人でたとえるなら部長がそうや」

「俺を大きな子供って言うな! 気に入った作品はボックスで買う。これはアニメファンの義務なんだよ」

「ラジオ放送同好会の長とは思えない発言だな。言っていることがアニ研や漫研の連中と大して変わらんぞ」

「馬鹿野郎、マリアナ海溝の底からアンドロメダ銀河ほども違うわ! 俺はアニメ自体も好きだが、それ以上に番組タイアップのアニラジを愛する男だ!」

「ほんなら部長はアニメの宣伝とは関係ないアニラジは嫌いなんですか?」

「大好きに決まってんだろ!」

 そこまで聞いたとき、夜一は四人に気づかれないよう静かに扉を閉めた。

(一体、何だったんだ?)

 先ほどの緊張はどこへやら。

 夜一は数秒前の出来事を脳裏に蘇えらせる。

 ラジオ放送同好会の連中は打ち合わせなどしていなかった。

  深夜アニメを視聴しながら互いの意見を主張していたのだ。

 数秒後、夜一はゆっくりと回れ右をした。

 目蓋の裏に焼きついている光景は永遠に記憶の片隅に仕舞い、自分は一刻も早くこの場から立ち去ろうとしたのである。

 だが運命の女神は夜一に過酷な裁きを下した。

 三歩も進まぬうちに部室の扉が盛大に開かれ、誰かに肩をむんずと掴まれたのだ。

「ピー、ピー、ピー、俺の全身から放出されている高性能レーダが不審者を発見! 勝手に部室の中を覗き見していた不届き者は天に代わってサーチ・アンド・デスト……ん?」

「お、お久しぶりです」

 顔だけを振り向かせると、すでにパンチを打つ体勢を整えていた秋彦と目が合った。

「誰かと思ったら夜一じゃないか。俺はてっきり仲間の誰かを秘密裏に抹殺しに来たCIAのスパイかと」

「どこの世界に普通の高校生を殺しに来るCIAがいるんです」

「いるよ。二次元の世界にはたくさん」

「……ですよね」

 肩を掴まれた時点で夜一に抵抗の意志は無くなっていた。

 なので秋彦に「まあ、立ち話も何だから中へ入れよ」と促されても否定せずに大人しく従った。

「お~い、覗き見していた奴はCIAのスパイじゃなかった。夜一だったよ」

 秋彦に背中を押された夜一は、一斉に視線を向けてきた三人に軽く頭を下げる。

「気に食わないが秋彦の言う通りだったな。本当に戻ってくるとは」と武琉。

「あ、夜一君や。久しぶり」と奈津美。

「あらあら、本当にまた来たのね」と君夜。

「だから言っただろうが。こいつは俺たちの仲間になるために必ず戻って来るって」

「分からんぞ。詐欺行為を働いたお前にお礼参りしに来たのかも」

「何だと!」

 仏顔から一転して秋彦の顔は般若の形相に変化した。

「夜一、お前がそんな陰険な奴だとは思わなかったぞ! 金返せ! もしくは貸せ!」

 掌を上にして右手を突き出してきた秋彦に夜一はもう慣れたとばかりに吐息する。

「別にお礼参りとかで来たわけじゃありませんから安心してください。それに俺がここへ来た理由はあなたにこれを渡すためです」

 夜一はブレザーのポケットに仕舞っていた四つ折の紙を秋彦に手渡す。

「お、おい、これってもしかして……」

「ちゃんと部長のあなたが確認してください」

 秋彦は手渡された紙を広げ、内容を黙読するなり歓喜の声を上げた。

「間違いない! これぞ待ちに待った正真正銘の入会届け!」

「今度は名前欄から名前が飛び抜けてないでしょう?」

「ああ、完璧だ。日付から何まで一文字たりとも記入漏れがない」

 夜一、と秋彦は目元を潤しながら抱きついてきた。

「よくぞ数多の困難や誘惑を押しのけて俺の元へ帰って来てくれた。俺は嬉しいぞ」

「それはどうも」

 男と抱き合う趣味を持たない夜一は、両手を突き出して秋彦の抱擁を強引に解く。

 そのとき後方から「部長攻めの夜一君受け……萌えるシチュや」と聞こえてきたが軽くスルーした。

「それにしても数日前からは考えられない展開だな。何か変な物でも食ったか? 朝霧」

「せやね。サークル棟にある放送部には見学に行かんかったの?」

「行きましたよ。ただ向こうのクラブは肌が合わなかったというか……」

 口ごもる夜一の両肩に秋彦は手を置いて首を横に振る。

「いいんだ、夜一。もう、いいんだ。どんな理由だろうと、お前が俺たちを選んでくれたことには変わりない。それだけで俺は十分だ」

 秋彦は夜一を除く三人の顔を見渡して告げた。

「お前たちも夜一の決心を揺るがすようなことを言うな。今は朝霧夜一という素晴らしい逸材がラジオ放送同好会の仲間に加わったことを八百万の神々に感謝しろ」

「ベーヒャー(嫌だ)」

「めんどいから嫌です」

「丁重にお断り致します」

 間を置かずに即答した三人を見て、秋彦は固く握り締めた右拳を震わせる。

「新入部員の前で部長の意見を一刀両断にするとはいい度胸だ! そんなてめえらには俺の好きなアニラジをカウントダウンTV風に紹介してやるから耳を貸せ、おらぁ!」

「お取り込み中にすいません」

 秋彦が怒声を張り上げた直後、夜一は会話の中に割って入った。

 これからの先行きに一抹の不安を抱えながら――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

処理中です...