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魔王城にて(その2)

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 俺たちは薄暗い魔王城の廊下を歩いている。
前を歩くサリーヌの案内で、俺の以前の仲間のところに向かっているのだ。
四天王の1人であるミアリは、サリーヌの指示でどこか別のところに行ってしまった。
果たしてどこに行ったのだろうか?
何かを企んでいるのか……?
 しばらく城内を歩くと、サリーヌが足を止めた。

「……この部屋だ」

 サリーヌが後ろを振り向き、俺たちに冷たく告げた。
かつての仲間……つまりターナーたちがいる部屋に到着したようだ。
俺はケーミー、そしてスカーレンと目を合わせた。

「行きますよ、勇者様……!」

 ケーミーの目力が強い。
彼女の目的が果たされる時がきたんだ。

「……ああ、もちろんだ」

「……」

 スカーレンは何も言わないぞ。
心配そうに見守っているようだ。

「さあ……入れ」

 サリーヌが扉を開けた。
そして、みんなで部屋の中に入った。
お……? とても大きな部屋だな……!
スワン王国の訓練場ぐらいあるぞ。
そして、やはり薄暗いぞ……。
俺とケーミーは部屋の中心に向かって進んで行く。

「よし、ここにターナーが……」

 そう言いかけた後、俺は言葉を失った。
ケーミーの体が驚きで硬直する。

「へっ!? こ、この状況は……一体!?」

 彼女が戸惑いの声を上げた。
部屋にいたのは2人の男。
武道家と……彼女の恋人であるターナーだ。
予想外だったのは、2人とも全裸であることだ。
間違いない……以前、俺と旅をしていた2人である。
彼らは……下位のサキュバスに搾精されているぞ!?
薄暗い部屋の中央に置かれた大きなベッドの上で、ターナーと武道家が搾精されているっ!!
下位サキュバスは2体!!
か、可愛い系だけど身体はエロい、そんな下位サキュバスが2体いるぞ!
ターナー達はサキュバスに搾精されながら情けなく腰を振っている……!
もう……目がハートになっているんじゃないかってぐらいメロメロだぁっ!!
 そんな状況に驚き固まっていると、後ろにいるサリーヌが口を開いた。

「……この前の戦いで、男達はデヴィルンヌが魅了した。ただ、もうデヴィルンヌはいない。今は残された下位サキュバスのエサになってしまっている」

 以前、彼らは俺が魔王の部屋に行くために四天王を足止めしてくれていた。
そうか……そこにはデヴィルンヌもいたんだ!
……男が勝てるはずないか。
アデラインと僧侶は女性だ。
彼女達では力不足だったのだろうか?
まぁ、あのときはデヴィルンヌだけではなく、サリーヌとミアリ、そしてスカーレンもいたからな。
アデライン達も倒されてしまったのか……?
……アデラインと僧侶はどこに行ったんだろう?
この部屋にはいないぞ!?
 俺が考えていると、サリーヌが続けて喋り始めた。

「……かつての仲間達は、このような状態だ。勇者アキスト……どうするつもりだ?」

 ……ど、どうしよう?
もちろん助けるけどさ……ターナー達はなんかまた俺を非難してきそうだから足取りが重い。
彼らの顔を見ていたら、昔のことを色々と思い出してきたぞ。
夢にも出てきたしね。
あ、お腹が痛くなってきた……。

「……生きて……た」

 今度はケーミーがつぶやいた。
そうだね、ターナーは生きていた!
危惧していた『ターナー達はすでに死んでいる』……という最悪な事態ではなくて良かった。

「そうだね、ケーミー……。命は無事だった……」

 ケーミーが頷く。
ん? 今度はスカーレンがサリーヌに話しかけている。

「サリーヌ! こんな事態になっていたんですか……! 待ってください、私たちが捕らえた女の子たちは……? この部屋にはいないんですか!?」

 そうか、スカーレンはあまり事情を知らなかったのか……。
その表情は不満そうだぞ。
相変わらず、スカーレンへの情報伝達は遮断されているんだな。

「サリーヌ……俺も聞きたい。残りの2人はどこだ?」

 俺もサリーヌに話しかけた。

「……ああ。別の場所にいる。今、ミアリが連れて来ているから安心しろ」

 ……そういうことか。
ふぅ……いきなり全裸で搾精という衝撃的な光景に言葉を失ってしまったが、かつての仲間達はみんな生きている。
スワン王国の人達も下位サキュバスに魅了されていたけど無事だったから、ターナー達もきっと大丈夫だろう。
正気に戻るはずだ。

「……は、早く助けないと!」

 ケーミーが走りだし、中央にあるベッドに向かう。
そうだよね、助けないと!
俺もケーミーに続いてベッドに向かう。

「ターナー!! なにやってるの! なんでこんなサキュバスに腰を振ってるのよっ!?」

 ケーミーがベッドに上がり、ターナーの肩を掴んで問い詰める。

「なっ!? なんだ!? ジャマをするな! どけっ! 俺は……俺はサキュバス様と……!!」

 ターナーの言葉を聞いてケーミーが声を荒げる。

「はぁっ!? バカなの!? ターナー!! いい加減にしなさいっ!! 太陽の魔力……球体に変換! ファイアショット……!!」

 うおっ!?
ケーミーが魔法を放ったぞ!?
この前教えた、散弾型の攻撃魔法だ……!
詠唱が短いやつ!
瞬時に数十発の火の玉がケーミーから放たれ、下位サキュバス達にヒットした……!!
サキュバス達がベッドから落ちる!

「はっ! サキュバス様がっ!? そ、そんな……!!」
「サキュバス様!? 大丈夫ですか!?」

 ターナーと武道家が吹っ飛ばされたサキュバスのもとに向かった。
介抱しようとしているぞ!?
うわ……魅了が解けていないんだ……!!

「ちょっ! ターナー! マジで言ってんの!? 勇者様! 魅了ってどうやって解けるんですか……!?」

 ケーミーが俺の方に近づいてきた。
あ、慌てているな!
魅了の解き方か……。
ど、どうすりゃいいんだろう?
どっぷり魅了されている感じだからな……。
俺はスカーレンのおかげで魅了されなかったけど……。
ん? 部屋の中に誰かが入って来たぞ?
女性が3人いる!

「お待たせ~。連れて来たよ~」

 あれは……ミアリか!
四天王のミアリが誰かを連れて来た!
だ、誰だ……?
……お、おお!! アデラインと僧侶だ!
両手を縛られているけど、服はちゃんと着ている。
無事だったんだな!
よし、これで仲間が全員そろったぞ……!

「女の子達は別の部屋で捕らえてたの~」

 ミアリが説明する。
アデラインが部屋の中央にいるターナーに気づく。

「タ、ターナー……! 無事だった!」

 彼女は走り出し、俺とケーミーの横を通り過ぎる。
そして、サキュバスを介抱しているターナーに抱きついたぞ!

「やっと会えた……もう離さないわ……! サキュバスなんかに魅了されないで……!!」

 アデラインの言葉を聞いて、ターナーの目がしっかりしてきた。
しっかりと彼女のことを見つめているぞ。

「ア、アデライン!! 俺は、何を……何をしていたんだ! お前という女がいながら……!!」

 ターナーがアデラインを抱きしめ、キスをした。
うわ、めっちゃディープなキスだ!
サ、サキュバスの魅了が解けたってこと!?
愛の力で!?
……って、マズい!!
これって……ケーミーにとっては……。

「ちょっ! 何を言って!? 誰よ、この女!? 私は!? 私の話を聞いてよ!!」

 ケーミーが再びターナーに近づき、懸命に話しかける。

「お、お前は……ケ、ケーミー……!?」

 ターナーがようやくケーミーに気づいた。
意識はしっかりしているようだが……!?

「ターナー! 正気に戻ったのね? けど……どういうことよ!? この女は……人間よね!? はぁっ!? 浮気ってこと!? ちょっ!? フザけないでよ……!!」

 ケーミーが大声を出している。

「……え!? 誰よ、この女!?」

 キスに浸っていたアデラインの目つきがキツくなる。
その様子を見て、ケーミーの怒りがいっそう露骨ろこつになる。

「ターナー!? 答えてよ! ……浮気ってことなのね!? この短期間で……どういうことよ!?」

 ケーミーの声は大きくなるばかりだ。
ターナーが重い口を開くぞ。

「……ケーミー……ごめん……そういうことだ。俺はアデラインを愛している」

「あ、愛している!? え……な、なんでよ!? どういうこと!? この女は誰!?」

 ケーミーが困惑しているぞ。
アデラインが立ち上がり、大声を上げ始めた。

「……あなたこそ誰よ!? 私はアデライン! 魔王討伐に選抜された魔法使いよ! あ、『ケーミー』って……もしかして、あなたがターナーの元恋人ね? ターナーはあんたのことなんて、もう好きじゃないんだから!」

「はぁっ!? グリトラル王国から消えた、勇者様の仲間になる予定だった人……ってこと? あなた達が王国から消えて、1週間かそこらですよね? この短期間で……浮気?」

「……何を言ってるのよ!? あなたとターナーが付き合っていたのは、もう1年も前のことでしょ!?」

「え? ……勇者様、ど、どういうことですか?」

 ケーミーが俺のことを見る。

「……」

 ど、どうしよう!?
なんて言えば……?
俺はずっと、この浮気のことを隠してきた!

「ゆ、勇者様……?」

「いや、その……ケケケケケーミー」

「え……その反応……知ってたんですね……? そうですか……」

 なぜバレる!
いや、俺のバカ! 隠していても仕方がない!
あ、謝ろう……。
ちゃんと説明していなかった俺は悪いと思う。

「ケーミー……ごめん」

「勇者様……どういうことなんですか?」

 あ、ケーミー……俯いてしまった。
泣いている。
あの強気なケーミーが泣いているぞ。

「……ターナー達はずっと魔界にいて、時をさかのぼってないんだ。だから、ケーミーの知ってるターナーというよりは、『1年後のターナー』なんだ。その間に浮気して……」

 俺の説明に、ケーミーが目を大きく見開く。
状況を理解してくれたのか……?
彼女は泣きながらも、真剣な表情で考えている。

「……お前! アキストじゃないか! 俺たちを見捨てた勇者!」

 うっ!? 武道家!?
いつの間にか僧侶が駆け寄って、愛の力で正気に戻っているぞ!?
武道家と僧侶も付き合っていたからな……!
それにしても武道家……相変わらず嫌な感じだな!!

「見捨ててはいないよ……。俺は俺で魔王に呪いをかけられて大変だったんだから……!!」

「そうだ! アキスト! お前……俺らを見捨てたなっ!?」

 今度はターナーが非難してきた……!
くっ! 聞く耳をもってないな!!

「お前が、俺達を見捨てたんだ!」
「そうよそうよ……!」
「本当にサイテーね」

 ……またこれか。
嫌な言葉、嫌な視線……4対1はつらいぜ。
またお腹が痛くなってきたぞ……。
 ん?
ケーミーの目つきが変わったぞ?
ターナーをニラみつけている。

「ターナー……勇者様に向かって何を言っているんですか? って、勇者様……『1年後のターナー』って言いましたよね? そうか……そういうことですか……勇者様は『射精ループ』しているんですもんね。ターナー達は魔界にいたから、スカーレンさんのように時を遡っていないわけですね。……このことはもっと早く気づくべきでした。ターナーは勇者様と、そしてこの女と一緒に1年間も魔王討伐の旅をしていたんですね。そうか、1年後の彼なんだ……。1年後の彼は浮気しているのか……。私の知っている彼はもういないんですね。え……私のこの旅は何だったんだろう……」

 再びケーミーの目に涙が……。
目に涙を浮かべたまま落ち込んでいる。
ケーミー……黙っていてごめん。
うぅっ……俺はお腹が痛い。
頭も痛くなってきたな。
さっき、久々に4対1の嫌な圧力をくらって気分が悪いぜ。
……とは言っても、ケーミーの方がつらいよね。
浮気が発覚するとともに目の前で恋人がディープキスをしていて……。
 ……ん?
俺たちの様子を見ていたミアリが一歩前に出たぞ。

「はい、こんなところですかね~。じゃあ……以前の勇者パーティの人達は地上にお返しします。魔王様の命令なんでね。こっちの指示に従ってください~」

 え……地上に返す?
魔王の命令? なんだなんだ?
サリーヌも喋りだすぞ。

「……抵抗しても無駄だぞ。魔族の部下達がボルハルトの魔法陣まで連れて行く」

 あ、部屋に魔族がたくさん入って来た。
数が多いな……。
四天王より弱いだろうからホーリーバスターで一掃できると思うけど、俺は魔王と和解協定を結ぶための交渉をしたいんだ。
これ以上、魔族から恨みを買いたくはない。
平和的にいきたいんだ……。

「魔王様の命令だからな。ちゃんと地上に届けるから安心しろ」

 サリーヌが俺に告げた。

「……本当か? 魔王は何を企んでいる?」

「さぁ? 殺したり、人質にしたりしても、お前の怒りを買うだけだからな。……魔王様は、とにかく勇者アキストを仲間にしたがっている」

 な、なるほど……。
それならいいんだけど、本当に大丈夫かなぁ?
……まぁ、彼らがいると俺は体調不良になってしまうから、これで良いだろう。
俺にとって、彼らは不都合な存在と言わざるを得ないんだよね。
 魔族達に連れられて、俺のかつての仲間は部屋から出て行った。
ついでにケーミーが攻撃してボロボロになったサキュバス2体も連れていかれた。
全裸のターナーと武道家はヨロヨロと歩いている。
搾精され過ぎて体力不足なんだな……。
アデラインと僧侶も腕を縛られたままである。
 あ……ほら、お腹と頭が治ってきた。
彼らがいなくなったからかも。
無事に魔法陣で帰してもらえるなら、それでいいか……。
 この大きな部屋にはサリーヌ、ミアリ、スカーレン、そして俺とケーミーが残っている。
ケーミーは泣いているぞ。
ひどく落ち込んでいる。
いや、今にも発狂しそうな感じだ。
拳を握りしめている。
全身が震えているぞ……。

「ケーミーさん……」

 重い空気の中、スカーレンがケーミーに話しかける。

「スカーレンさん……なんですか?」

「あの……もっと良い男性、いますよ!」

 え、スカーレンがケーミーを励ましている!
そして……抱きしめたぞ!?
ギュッとしている。

「えっ!? スカーレンさん……」

 なんかさっきも廊下で仲が深まっていた感じだった。
良い感じになっている……。
女性同士の友情がはぐくまれているぞ。
お、俺には何もできない……。
ここで話しかけたら、野暮だよな!?
落ち込んでいるケーミーを慰めるように、スカーレンがギュッとしているぞ。

「……ありがとうございます、スカーレンさん。落ち着きました」

「いえ、お互い様です。先ほど、私はあなたの言葉に救われましたし」

 2人が優しい笑顔で会話している。
お、俺も……ケーミーを元気づけたい。

「ケ、ケーミー……なんかごめん」

 も、もっと気の利いたことを言えないもんかな、俺……。
浮気を黙っていた罪悪感もあるんだよ。

「いや、いいんですよ、勇者様。むしろターナーの時間が1年も経過していることを説明してくれてありがとうございました」

「え……? そう? いや、その……浮気の件を黙っていたのは、ごめんね」

 俺の謝罪を聞いて、ケーミーが軽く頷いた。
スカーレンを強く抱きしめ返した後で、抱き合うのをやめた。
そして、ケーミーが俺の方を向いて堂々と喋りだす。

所詮しょせん……ただの浮気ですからね。深くは気にしません。……次の目標に向かって、がんばりまーす!」

「えっ!? そ、そんな簡単に……大丈夫?」

 その表情は、けっこうスッキリしているぞ。

「失恋の2回や3回……いや4回や5回? 慣れたもんですよ。こんなことは、人と交流があればよくあることです。人間不信にならず、前向きにいきますよ。……私はまた恋に落ち、愛に満ちた明るい未来を夢見てるんですよ、勇者様!」

 ……とか言っているけど、強がってんのかなぁ?
けど、確かに前を向いている気がする。
ケーミーの瞳は、ちゃんと未来を見ている気がするぞ。
絶望を絶望と思わず、明るい未来を目指して前を向いているんだな……。
ケーミーはウェイウェイしていて苦手だ……とか最初は思っていたけど、やっぱ人間関係の修羅場を潜ってきているというか、恋愛経験が豊富で憧れるぜ。
……俺とは違う。
俺は……みんな酷いよ……とか、なんか環境が良くならないかな……とか、そんなことばかり思っていた気がする。
カリバデスみたいに『見返してやる』という気持ちはあったけどね。
過去を払拭ふっしょくするために見返すのもいいけれど、ケーミーみたいに深くは気にせず前に進む方が健全な感じがする。
……そうだよね。
あれこれ考え過ぎずに、ちゃんと自分の目標に向かって行動しないとな。
なんか前向きになれたぞ。
とにかく今の目標である魔王との和解をがんばるぞ。
俺を責めるターナー達のことはあまり考えないでおこう。
落ち込んでしまっては、魔王との交渉に支障をきたすだろうからな。

「ケーミーのそういうとこ……格好良いと思うよ。俺も見習う」

「え、そうですか? そんなに褒めて、どうしたんですか……?」

「周りになんか言われてもさ、ケーミーみたいに『まぁ、こんなことはよくあるよね』って感じでいくさ」

「は、はぁ……よく分かりませんけど」

「私も格好良いと思いました。あなたは私にないものを持っていますね」

 スカーレンがケーミーに笑顔を向けた。

「え? スカーレンさんまで! ……いえいえ、ありがとうございます。スカーレンさんのおかげで、取り乱さずに済みました」

 おお……友情が深まっている!
なんか嬉しいぞ。
俺の言葉よりスカーレンの言葉のほうが響いているのは、ちょっと悲しいけども。

「コホン」

 ん?
サリーヌが咳払いをしたぞ。

「勇者……人間不信どころか、なんか吹っ切れたようだな」
「これは誤算かも~」

 サリーヌとミアリが残念そうだ。
お、俺に絶望して欲しかったんだな……?
魔王が俺を引き入れたいから、人間側に絶望して欲しかったんだな?

「よし……魔王のところに案内してくれ」

 こうして、いよいよ魔王の部屋に向かうことになった。
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