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決戦(その4)

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 俺たちの前に、死んだはずの魔王が姿を現した。

「えっ!? な、なぜ……!?」

 倒れているスカーレンが驚いている。

「魔王様……!!」
「う、うそー!?」

 サリーヌとミアリも声を上げる。

「蘇ったわ……よかった……成功した」

 魔王はいつものように黒いドレスを着て、普通に動いて喋っている……!
声も……確かに魔王のものだ。

「な、何で……!? 確かに殺したはず……!」

 攻撃に移っていたカリバデスが立ち止まっている。
彼女も動揺しているぞ。

「……呪いの魔法をかけておいたのよね。あなたの名前はカリバデス……だったかしら? あなたの実力を水晶玉で見てからというもの、この復活の呪いを習得しようと励んでいたわ。徹夜の日が続いたんだから。私はいろいろな呪いを習得してきた経験があるから、なんとか間に合ったわ。習得するのが早くなったの」

 いずれカリバデスと戦うことを見越して、反則級の魔法を自分にかけていたのか!
いつもの頑張ったアピールをしているぞ!
そうだ! この城に来る前に俺は魔王の夢を見た!
あれは本当に魔王だったんだ!
あの魔王は『私はまだ諦めていない』って言っていたからな!
こ、このことだったのか……!!
スカーレン、サリーヌ、ミアリが驚きの表情から納得した顔になり、安堵しているぞ。
これで一安心だね。
 ……ん?
カリバデスが歩き始めたぞ!
俺から離れて、魔王に近づいている!

「くっ! 魔王! この世に復活の魔法があるなんて……!! 私はお前を倒さないと……! お前を倒したことで、せっかくスワン王国に評価されたのに!!」

 カリバデスが取り乱している……!
そうだよな、魔王討伐の功績が認められて居場所が見つかったんだもんな!
けど……もちろん俺は彼女を阻止するぞ。

「やめるんだ、カリバデス! もう戦うな! ……まだ俺も戦える! サリーヌとミアリも回復した! スカーレンの意識もあるし、戦況はどんどん不利になっているぞ!」

 俺の言葉を聞いて、カリバデスが躊躇とまどっている。
魔王がチラリと俺のほうを見た。
そして口を開く。

「あら、そういう状況なのね? 勇者さん、説明ありがとう。カリバデスさん……私は容赦しないわよ? あなたは私を一度、殺しているんだから……」

 魔王の視線から殺意を感じる。
いつもの余裕を見せながらも、カリバデスを殺す気満々である。
さて……どうする?
もちろん止めるんだけど、どうやって止めようか……?
俺の技は、あと残り1発なんだよね……。 
最後の1発は慎重に使いたい……!
 少しだけ膠着こうちゃく状態が続いたあと、物音がした。
こ、今度はなんだ……?
部屋の外で音がするぞ!?
騒がしくなった!
あ……部屋の中に誰か入って来たぞ!?
あれは……人間の兵士達だ!

「カリバデス……! ボロボロだ! 劣勢なのか!? 意気揚々と飛び出して行ったのに!」
「魔王ジュエリも生きているじゃないか! 討伐したという報告は嘘だったのか!?」
「大臣に伝えよう! カリバデスの落ち度は報告しろとの命令だ! 再び牢屋行きだな!」

 な、なんだなんだ……!?
部屋の状況を見て、兵士達が次々に発言しているぞ。

「またそうやって……私を攻撃のまとにして!」

 カリバデスが怒りに震えている。
彼らは……スワン王国の兵士達っぽいぞ!!
おそらく……放った言葉からしてカリバデスをいじめていた兵士達だろうか?
彼らの言う『大臣』とは、かつてカリバデスに殴られた大臣のことじゃないか?
彼もカリバデスをイジメていたはずだ。
一度、お城で会話したぞ。

「な、何よ……!! 結局、私のことをイジメたいだけなの……!? 牢屋に2年間も入ったのに!! 魔王を倒して、せっかく信頼を得られたと思ったのに!! 大臣も気持ちは変わらないの!? 魔王は蘇ったのよ! 私は1人で……こんなに戦ったのに!!」

 カリバデスが両方の拳を握りしめながら叫ぶ。
全身が震えているぞ。

「カリバデスのせいで作戦失敗だ……!」
「……結局、お前はそんなものか!」
「お前の才能なんて、そんなもんなんだな!」

 う、うわぁ……。
兵士達からは明らかな悪意を感じるぞ。
俺がグリトラル王国から受けてきたような、明らかな悪意だ。

「ちくしょう……! 状況は変わらないのか……! ここまで戦っても……成果を上げても……認めてもらえない……!!」

 カリバデスがブツブツと呟き始めたぞ!?
そして魔王に向かって構える。
た、戦うつもりか?
もうボロボロの状態だぞ!?

「また……いじめられる……。私は……魔王を倒すしかない!」

 ……カリバデスを止めよう。
俺の体……あともう少しだけ動いてくれ。
カリバデスは体も心もボロボロだ。
容易にカリバデスを気絶させることができるはずだ。
魔王も牽制しておかないとな。
でも……魔王は全快でベストコンディションって感じなんだよな。
本当に俺1人で止められるか?
最後のホーリーバスターをどっちに使おう?
スカーレンは今、どういう状態だ?
ん……スカーレン!?
立ち上がろうとしている……!

「カリバデス! もうやめてください! あの兵士達は、きっと単に何となくあなたのことが嫌いなんですよ。そんな関係性の中でがんばっても仕方がないですって……!」

 スカーレン?
よろよろと立ち上がったぞ?
そして大声で喋り始めた。

「は? なによ、お前……」

 体も精神もボロボロのカリバデスが、スカーレンの言葉に耳を傾ける。

「この兵士達とか、大臣とやらの気持ちは深く考えない方が良いですよ! ……例えばですけどね、喋り方とか笑顔とか表情が嫌い、あと、顔とか服が嫌いとか、口臭や体臭が嫌い……とか、相手が嫌だなって思ったら、簡単に嫌われちゃったりするんですよ! どんな小さなことでも嫌う切っ掛けになるはずです。一生懸命がんばって気に入られようとしたって、ちょっとしたミスで元どおりになっちゃうんだったら、必ずしも頑張んなくたって良いじゃないですか! もともと嫌われちゃってるんですから、がんばったって効果は薄いと思いますよ!」

「は、はぁっ!? な、何を……!? こ、口臭……!?」

 それ……ケーミーが言ったやつ!!
ケーミーが言ったやつだよ、スカーレンッ!!
……兵士達がカリバデスをイジメるのは妬みだと思うよ!
その妬みをボルハルトが利用したのだろう。
魅了されて変な噂を流したんだ。
スカーレン……カリバデスへの説得を試みているぞ。
計算なのか……本心なのか……。
彼女は確かに『カリバデスが憎い』と言っていたからな……。
この場を収めるための計算かもしれない。
 あ、あれ……?
意外にもカリバデスがスカーレンの話を聞いているぞ!?
ちゃんと耳を傾けている!
そしてスカーレンの説得が続く。

「それよりも自分を好きになってくれる可能性の高い人を探した方が幸せになりますよ! その……さっきアキストが言っていた人……ボルハルトのことですよね?」

「な、何を……! あ、あんな……あんな師匠……」

「あなたの師匠なんですね? 何があったか知りませんが、まだ【師匠】と呼んでいるのであれば、感謝の気持ちが少なからずあるはずです!」

 ス、スカーレン……!!
それは……自分と魔王の関係に当てはまるところがあるんだな?
これはスカーレンの本心っぽいぞ。
良かった……本心で語ってくれるなんて。
魔王が蘇ったから、少しはカリバデスへの憎しみが薄らいだか……?

「うっ……」

 あっ!
カリバデスが考えている!
さ、刺さったんだ! スカーレンの言葉が!
よし……お、俺もカリバデスを説得しよう!
 あ……! そうだ!
さっきは挑発気味の発言をしてしまったけど、ちゃんと言いたいことがあったんだ!

「そうだよ! ……環境次第だよ、カリバデス。スワン王国から離れた方が良い……と思う。環境とか人間関係を変えれば良い方向に進めるはずだ! ……って、俺はずっと言いたかったんだよね」

「はぁっ!? 何よ、それ!? あなたに何が分かるの……? スワン王国は私の故郷なのよ……!?」

 故郷か……そう言われるとな……。

「あなたは簡単にスワン王国に認められたから、分からないだろうけどさ……」
 
 前にもそんなことを言っていたな……。

「……い、いやいや! 俺だって、グリトラル王国のほうでは、ぜんぜん評価されていないんだよ。けど、スワン王国ではけっこう簡単に認めてもらえた。たまたまサキュバスを倒せたからね。それが俺の第一印象になっただけだ」

「そ、そう……なの? そういうことだったの……ね。そんな……そんなことを言われたって……」

「だから……国次第というか、環境次第って思ったんだ。スカーレンの言う通り、自分を認めてくれる人とか場所にこだわる必要はないと思う。すでに嫌われている人に認めてもらうのは難しいよ。いったん別の国に行ったって良いと思うし」

「べ、別の……国……?」

「才能だって俺よりもキミのほうがずっとある。その鍛え上げた身体を見れば努力してきたってのも分かるしさ。さっきの戦いだって……そもそも2対1だったしね。そんな強い君なら、どこに行ったって大丈夫だよ」

「ア、アキスト……。別の国……か」

 ……お?
何だか顔つきが変わったぞ。
さっきまで軽く取り乱していたが、今は前向きな感じに変わりつつある。

「な、何だカリバデス! お前は……裏切るのか?」
「……スワン王国を裏切るのか!?」
「大臣や俺たちを殴った罪を帳消しにしてもらい、釈放されたのに……!!」

 兵士達……!
ちょっとうるさいな……!!
若者が変わろうとしている良いところなのに!

「……ちょっと、大事なところなので黙っていてください」

 あ……スカーレンが瞬間移動して兵士達に接近した。
刀のつかで次々と殴っているぞ。
動けるようになったようだな。
あ……ぜ、全員、気絶させた!?
スカーレン……意外と大胆なんだよな……。
無駄に命を奪わないでくれて、ありがたいぞ。
 ん……? また部屋の外で物音がするぞ!?
誰か部屋に入って来たぞ……?
次から次へと……今度は誰だ?

「カリバデス……」

 あ! あの人は…… 

「……ボルハルトさん!? と……ケーミーも?」

 ケーミーもいる!
2人で部屋の入り口に立っているぞ!
魔法陣で魔王城に来たのか!?
ケーミーも喋り始める。

「……勇者様! 勇者様が呪いで消えて魔王城に向かった後、スワン王国に戻ってみたら大変なことになっていました! 全軍、魔界に突入って感じです! 私はドサクサに紛れてボルハルトさんに協力してもらいました! 魔法陣でここまで来れたってわけです!」

 ケーミー……置いてけぼりにしてしまって申し訳なかった……。
俺の後を追って来てくれるなんて!
確かに、魔界に行くためにはボルハルトに頼るしかないな。
 ……ん? ボルハルトがカリバデスにゆっくり近づいていくぞ?
とても真剣な表情だ。
師弟関係……なんだよな。

「カリバデス……久しぶりだな。もう知っているのだろうか? スワン王国に侵攻したサキュバス達に、私は裏で協力していたのだ。完全に魅了されてしまっていた……」

「師匠……そこら辺のことは知っています。私は……怒っていますよ」

「ああ、私は最低だ……。お前にヒドいことをしてしまった……。当時、私が良からぬ噂を流してしまった……。それがイジメの原因だ。酷いことをしてしまった……」

「それも城の人達から聞きました。なんで……私をイジメたんですか……? その噂のせいで、私は今でもあの大臣や兵士達から悪意を向けられているんですよ!?」

「お前は魔王軍を壊滅させる力を持っていた。……魔王軍に寝返っていた私は、お前に精神攻撃を仕掛けたんだ」

「し、師匠……なんてことを……! 私は……あなたを許すことはできない……」

 カリバデスがニラんでいるぞ。
一方のボルハルトは真剣な表情を崩さない。

「カリバデス……本当に申し訳ない」

 あ、ああ!
ボルハルトが……土下座した!

「師匠!? 師匠が……ど、土下座するなんて……!」

「もちろん……スワン王国の裁判は受ける。罪を完全に償う。カリバデス……この通りだ。……許してくれ」

 ボルハルトの……渾身の土下座だ!
師匠としての威厳、そして傲慢さを捨てた、純粋な土下座だ!!

「師匠……それでも私は許せない。私がどれだけ大変な思いをしたか……」

 あ……カリバデス……。
怒りが消えないか。
そうだよね……。

「そうか……許してくれないか……。これから……私はいくらでも自分の罪を償う……。お前が許してくれるまで……」

 ボルハルトは土下座を続けている。
そして……そのまま時間が経過していく。
10秒ぐらいなんだろうど、10分ぐらいに感じるぞ。

「……お前を悪く言う兵士は私が許さない! 私が罪を完全に償った後は、大臣の所業についても抗議しよう! 私は誓う!」

 ボルハルトが誓った!
こ、これは……かなり誠意あるものなんじゃないか!?
カリバデスをいじめた大臣にまで抗議するとは……!
確かに彼女を守ろうとしている!

「師匠……」

 ほら!
カリバデスも少し表情が緩くなったぞ!
彼女が欲しいのは、おそらく……絶対的な味方だ!
俺も王国では散々だったけど、スカーレンとケーミーが味方になってくれて精神が安定した感じはある……!

「……じゃあ、師匠。私の味方をしてよ。これからずっと。絶対に裏切らないで!」

 あ、あれ……!?
カリバデス!?
なんか……その発言は……師匠に甘えている感じ!?
怒っている様子なんだけど、発言は甘えているぞ!?
その提案は良いんじゃないか!?
仲直りするってことでしょ?
あ、ほら! 『味方をして』……って言っている!
あのカリバデスが……ボルハルトに歩み寄っているぞ!

「あ、ああ! カリバデス! もちろんだ!」

「そう。……じゃあ、とりあえず許してあげる」

 おお!?
カリバデス……表情はツンツンしたままだけど、ちょっと涙ぐんでいるんじゃないか?
カリバデスが心を許したぞ!
……ん? 彼女が俺のほうを向いたぞ?

「アキスト……。私にも居場所ができたかもしれない」

 うお!?
カリバデス!?
なんかすごい良い方向に行った!
ボルハルトの誠意ある謝罪が通じたんだ!
大臣の所業に抗議するっていう発言は、良かったんじゃないか?
あと、自分の弟子に土下座するなんて、なかなかできないよ……!!

「お、おお……良かったじゃん。カリバデス……」

 俺は……ぜんぜん気の利いたことを言えない!
自分の不器用さに嫌気が差すぜ……。

「あなた達が師匠のことを……い、いや……なんでもない」

 え!? なになに……!?
もしかして……俺とスカーレンが戦闘中にボルハルトの名前を出していたのが良かったのかな?
俺たちの言葉も少しは響いていたのか!?

「あとで3発ぐらい殴っていいと思いますけどねー」

 ケ、ケーミー!?
確かにボルハルトのしたことは許されることではない。
地下牢でボルハルトから話を聞いたときに、ケーミーはけっこう怒っていた!
いや、けど……カリバデスに殴られたら致命傷だよ!
ビンタぐらいで許してあげて……。
あ! もしかしてケーミー……来る途中、ボルハルトに説教していたんじゃないか?
『ボルハルトのおじさん! 土下座ぐらいしなさいよ!』……って感じで。

「うぅっ……」

 あ……カリバデス……。
座り込んでしまったぞ。
……安心したのかな?
ずっと1人で頑張っていたんだもんな。
 ……ん!? なんか騒がしいな。
三度みたび、部屋の外がザワザワしているぞ。
あっ! 人間の兵士達だ!
たくさん加勢に来たみたいだ。

「ええっ!? カリバデス様が戦意喪失しているぞ!」
「もう人間側が劣勢ですよ! 魔法陣から、どんどん魔族が地上に! 地上の守りも固めないと!」
「いや、ええっ……!? 魔王が復活している!? ……撤退! 撤退だ!!」

 おおっ!
今度はグリトラル王国の兵士達のようだ。
人間の兵士達が撤退して行くぞ!
その様子を見て、俺は魔王に話しかける。

「魔王……人間側は撤退するみたいだね。地上からも魔族を戻して欲しい……」

「え、ちょっと……勇者さん? いまいち私は状況を飲み込めていないんだけど。私を殺した人間の子が戦意喪失しているし。つまり……人間側が魔王城に侵入していて、同時に魔族側も地上に攻め込んでいるってこと? ボルハルトの魔法陣を介しているってことかしら? ……なんか一件落着みたいな感じになっているけど、私は地上が欲しいのよ? そこは絶対に譲れないわ。人間側が撤退しているってことは、今は魔王軍にとってチャンスってことでしょ? 地上から魔族を戻す理由はないわ」

 うっ……!
そ、それもそうだ……。
カリバデスを止めたからと言って、戦いが終わるわけではないよね。
地上を手に入れることは、魔王がずっと目標にしていたことだ。
俺が渾身の土下座をしたところで方針を変えるとは思わないし……。

「魔王の気持ちは分かっているけどさ。……ここは撤退して欲しい。人間側にも、魔族側にも被害は出したくないんだよ。俺とカリバデス、ボルハルトが地上に戻って魔族退治をしなくちゃいけなくなるんだ。さらに魔族側に犠牲が出てしまうよ」

「あら、勇者さん……ちょっと脅迫気味じゃない? 本当に聖属性の力をもつ人間は厄介だわ。そういう人達が協力し合うことなんて今までなかったのに、もう人類はそういう段階まで来ちゃったのね。まったく……復活の呪いまで使ったのに格好つかないわね……」

「え……いや、脅迫したつもりはなかったんだけどさ。……俺は人間側ってわけじゃないからね? 向こうでは犯罪者だし」

「犯罪者? ……人間に裏切られたのね。また随分と状況が変わっているじゃない。勇者さん……そんな酷い状況なのに平和を望んでいるの? 人間側も助けるの?」

「そう、俺が望んでいるのは平和なんだ。魔族と人間の和解協定だよ」

「ふぅ……ブレないわね。わかったわ……撤退させないと、勇者さん達に私の仲間達が殺されちゃうからね。私が死んでいる間に、交渉が上手になったじゃない。サリーヌ……お願い」

 やった……魔王が折れてくれた……。

「はい。魔王様……蘇って良かったです」
「まさか復活の呪いがあるなんて思ってもいませんでしたー。嬉しいですー!」

 サリーヌとミアリが喜びの言葉を伝える。
そして、部屋から出て行った。
魔族を地上から撤退させてくれるのだろう。
けど、2人ともカリバデスをニラんでいたぞ。
……魔王を1度殺されたからな。
報復を考えている可能性はあるぞ。

「ふぅ……これで魔族は地上から撤退するわ。さて、勇者さん。……今後はどうするつもり?」

 魔王が残念そうだ。
そして俺に話しかけてきたぞ。
これから……か。
前回、魔王城に攻めこんだときとは、だいぶ状況が変わったぞ。
そのため、俺の考えも少し変わってきた。

「俺……魔王と組むよ」

「え? それは……どういうことなの? 私が殺される直前にも、そんな結論を出していた気がするけど?」

「えっと……あのときとは少し違うんだ。あのときは魔王の仲間になって魔王を説得しようって思っていた。そのあとで人間側も説得して、和解協定を結ぼうとしていた。……今は少し違うんだ。いつだか魔王が言ったとおり、人間は止まらないと思う。それは今日、確信した。まさかこんな全面戦争を仕掛ける作戦を立てていたなんて……」

 俺の話を魔王が真剣に聞いてくれている。
静かに頷いているぞ。
彼女の反応を確認しながら、俺は説明を続ける。

「……今回、グリトラル王国とスワン王国が協力して魔王軍を全滅させようとしたわけだけど、もちろん地上の王国はその2つだけじゃない。今回の件をきっかけに、王国間で協力することが普通になり、各国の勇者たちも協力して魔族を根絶やしにしようとするかもしれない。そもそも、前回と今回の戦いでカリバデスの圧倒的な強さが証明された。明らかに人間側が有利であることが分かった。だから……俺が魔王軍に入って、戦力的なバランスを取ろうと思う。話し合いじゃなくって、武力で人間側を牽制けんせいするんだ」

「勇者さん? ずいぶんと考え方が変わったわね……!?」

「ああ。人間は……止められない」

「……まあね。で、私と手を組むって言っているけど、それはやっぱり勇者さんが魔族の仲間になるってことでしょ?」

「まぁ、そうなるかな。けど、全ては最終的に和解協定を結ぶためだからね? 俺は自分の力を、戦争を終わらせるために使うだけだよ。魔王が地上に侵攻するようだったら、俺は魔王を止める」

「あら……そう。人間と魔王のバランスを取る……って感じね、そんなに上手くいくかしら? 私を簡単にコントロールできると思っているなんて。……まぁ、勇者さんが魔王軍に入ってくれれば、とりあえず私としては好都合かな」

 魔王が笑みを浮かべている。
魔王が危険な存在であることは間違いない。
いつ寝首を掻かれることか……。
……とは言え、当面は人間側のほうが危険だ。
現時点では最強のカリバデスも当然、人間側だしね。

「まずは人間側の勢いを抑える。カリバデスにだって、1人でも負けない力を身につけなきゃな……」

 俺はカリバデスのほうを見る。

「アキスト……私は師匠と一緒にスワン王国に帰る。で……もう戦わないかな」

 カリバデスが意外な発言をする。

「え? カリバデス? 戦わない……だって!?」

 ど、どうしたんだ?
これまでの迫力が全くなくなっているぞ!

「私にはもう、魔王軍と戦う理由がないのよ」

 そ、そうか……。
誰かに認めてもらうために戦っていたんだもんな。
ボルハルトとの信頼関係が戻ったから、もう戦う理由はないってことかな?
 今度はボルハルトが意見を述べるぞ。

「私は裁判を受けて、罪を償います」

 ボルハルト……。
めちゃめちゃ反省しているぞ。
彼の発言にカリバデスが答える。

「そうよね。まぁ、師匠のことが終わったら、私はどっか別の国に行こうかな。アキスト達の言うことも一理あるし。もう戦わないと思うけど」

 カリバデスが俺とスカーレンの意見を大切にしてくれているぞ。
環境を変えるのは大事だ。
なんかカリバデスはもう大丈夫そうだな。
いや……とは言っても、若いからな。
これからいくらでも意見を変えてくるだろう。
月日が流れたら、また魔王城に乗り込んで来る可能性もある。
 ボルハルトは頷き、再び口を開く。

「……それでは、私達は戻ります。人間と魔族の行き来が終わったら、魔法陣を封じておきますね」

 ボルハルトとカリバデスが部屋の入り口に向かう。 

「ケーミーさんは……どうしますか?」

 スカーレンが話し始めた。
ケーミーのことを気にかけているぞ。

「私も地上に戻りますよ! 私はあくまでも人間側です。けど、各国の情報は勇者様に横流ししますね」

 ケーミーが小声で大胆な発言をした。
え!? ケーミー?
それは……スパイってこと!?

「ケーミー……すごいな」

「私、王国とか嫌いですし。スカーレンさんとはお喋りして仲良くなりましたし。けど、やっぱり新しい恋人が欲しいので、あくまでも人間側です。平和的な解決というか、均衡を望みます。まぁ、勇者様と同じ考えですね」

 ケーミーの言葉にスカーレンが反応する。

「私も、またケーミーさんとお話ししたいです」

 この2人は仲良くなったな……。
スカーレンはさっきの戦いで、完全にケーミーの言葉を引用していた。
あれで流れが変わったからな。
じつはケーミーが1番の功労者なのかもしれない。
ボルハルトの徹底的な謝罪も、裏でケーミーが糸を引いていた可能性があるしね。
……って、ケーミーの『情報の横流し』は危ないんじゃないか?

「ケーミー……危険じゃないのか? 情報の横流しは……」

「任せてください。私、頭の回転速くて要領が良いので。その代わり、勇者様はスカーレンさんと正式にくっついてくださいよ~」

「ええっ!?」

 急に俺とスカーレンの恋愛事情を!
もう……くっついているけどね!
セックスもした!

「……では、私も戻りますね」

 ケーミーは駆け足でボルハルトとカリバデスのところに向かった。
3人とも部屋から出て行ったぞ。
部屋に残ったのは、俺とスカーレン、そして魔王だ。
 最初に口を開いたのは魔王である。

「私を殺した子、ずいぶんと大人しくなっちゃったわね。拍子抜けしちゃったわ」

「魔王……」

 冷静だな。
戦いにならなくって良かった。
まぁ、カリバデスが傷ついているとは言え、それでも戦ったらカリバデスの方が強いかも。
迂闊うかつに戦い仕掛けられる相手じゃないってことだな。

「……とは言え、また攻めてくる可能性もあるわね。魔族が束になってもあの子には勝てないわ。……聖属性の攻撃を無効化する呪いでも覚えようかしら」

 やはり警戒しているな!
って、魔王の向上心がすごい!
これは……カリバデスに仕返しをする可能性だってあるぞ。
サリーヌとミアリも敵意を向けていたしね。
……って、聖属性の攻撃を無効化する呪いを習得されたら、俺も魔王を制圧できなくなる!
そ、その対策を俺もしておかないと……。

「スカーレン……あなたはどうするの?」

 魔王がスカーレンに話しかける。

「……私も魔王軍に協力します。けど……もう魔王様の言うことは素直に聞けないかもしれません」

「あなた……元から聞いていないじゃないの……」

「……」

 スカーレンが無言だ。
この2人の関係は……どうなんだ?

「その……あなたとの付き合い方も考えなきゃね。ボルハルトの土下座を見て、少し考え直したわ」

 お? 魔王?
なんか歩み寄っていきそうな感じがするぞ?

「……私は、精神的に魔王様から独立します」

「……」

 この2人は……何を考えているんだ?
スカーレンは前向きだけど、魔王に歩み寄る感じではないか?
けっこうさ、お互い意地っ張りというか、意志が強いというか……。
魔王はちょっと歩み寄ったけどね。
まぁ、師弟関係は色々と大変なんだろうな。
ボルハルトみたいに全面的に謝罪して、カリバデスと関係を修復するなんて、かなり良い師匠に思えるぞ。
まぁ、明らかにボルハルトが悪かったけどね。
彼はデヴィルンヌの味方をしてカリバデスを追い込んだからさ。
魔王とスカーレンの場合、どっちかが絶対悪いってのはないのかもしれない。
相性の問題なんだろうなぁ。
魔王が陰口を言っていたのは良くないけどさ……。
スカーレンもなかなか頑固なところがあるよ。
この2人……ど、どうなるんだ?

「とにかく魔王様……蘇って良かったです。う、嬉しいです……」

 お? おお!?
スカーレン……よく言った!

「……ありがとう」

 魔王……。
スカーレンは恥ずかしそうで、魔王は笑みを浮かべているぞ。
まぁ、今はこんな感じでいいのかな……。
俺が口出しすることでもないしね。

「……さて、アキストも入って、新しい魔王軍の誕生ね。また最初から……出直そうかしら」

 魔王が俺のほうを見た。

「あ……魔王。魔王軍じゃなくって、俺の名前をとって【アキスト軍】にしよう。その方が人間側も警戒すると思うよ」

「え? 何よ、勇者さん。……自己主張するようになったわね?」

「合理的な判断だよ。名前が魔王軍のままだと、聖属性の攻撃を使えば何とかなる……って思われちゃわないかな? アキスト軍なら、そういうイメージにはならないでしょ? もし聖属性を無効化する呪いを習得できるんだったら、アキスト軍じゃなくっても良いけど」 

「確かに……人間側は【アキスト軍】のほうが警戒するかもね。あのカリバデスって子が本当に戦わないなら、あなたに敵う人間はいないと思うし。合理的な判断……なのね。ずいぶんと考えるようになったじゃない?」

「組織のトップに立つ計算高い魔王を見て学んだつもりだけどね?」

「ふふっ。なるほどね。敵だった私から学んでいたの? 純粋なのね」

「そ、そうか……?」

「純粋なところ、スカーレンと勇者さんはやっぱり似ているわね。今回、そんな2人が動いて世界を変えた気がするわ」

 魔王がニッコリと笑って、そう言った。
……そうかもしれないな。
ハミ出しものの俺たち2人が、鍵になったのかもしれない。
それは嬉しいぞ。
俺たちにも、重大な役割があったんだ……。
お互いの組織の中で色々と大変だったけど、自分達の存在を証明できた気もする。

「あなた達2人……やっぱりお似合いね」

「なっ!」

 は、恥ずかしいぞ……!
そう言えば、河原のエッチを水晶玉で見られていたのかもしれないんだった!

「魔王様……そうですか?」

 スカーレンが笑っている!
おっと!? これは魔王公認で今後も仲良くやっていけそうだぞ!
ああ……俺にもついに春が来た……どころではなく、桜満開だ!!
魔界で暮らしたら、季節感もなさそうで大変そうだけど……これからの人生に希望が見えてきたぜ! 
……って、恋愛にを抜かしていてはいけない!
【アキスト軍】は、魔族と人間が和解条約を結ぶために突き進みます……!!


---
『パーティを離脱した勇者は、美女魔王に「絶頂するとゲームオーバーになる呪い」をかけられた』~完結~


(作者より↓)

 この話で連載終了です!
無事に完結させることができました!
当時、アキストが戦闘中に自ら射精してスカーレンの猛攻から逃げる……というシーンをどうしても書きたかったので、連載を決意したのを覚えています。
気づけば約半年も経っていましたね。
読んでくださった皆様、お気に入りに登録してくださった皆様、しおりを挟んでくださった皆様、感想を書いてくれた皆様、本当にありがとうございました!!

 さて、今後の予定についてお話しさせてください。
今月からpixivFANBOXのほうで、新作『宿屋に泊まったらパーティの女賢者に魔法責めされて、超絶イキ地獄を味わいHPが0になった』を連載しています。
来年の4月ぐらいまで連載する予定です。
こちらもご覧になっていただけたら嬉しいです!
pixivのほうにも、こちらに載せていない短編がいくつかございますので、興味がありましたら是非よろしくお願いします!
アルファポリスの作者名(Subtle)をクリックしていただいた後、「Webサイト」または「pixiv」と書かれているアイコンをクリックすると、それぞれpixivFANBOX、pixivにアクセス可能です。

 それでは改めまして、アキスト達の物語を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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みんなの感想(2件)

りー
2021.08.31 りー

前作もよみました。こちらも当初やましい気持ちで見始めたのですが、作者がたまたま前作の異世界〜…の作者と同じ方だったので本当にびっくりしました。更新楽しみにしてます

Subtle
2021.09.01 Subtle

偶然でしたか! それは嬉しいです。
こちらの小説も読んでくださり、ありがとうございました!
更新まで少々お待ちください♪

解除
will
2021.06.05 will

pixivの方が話が先行しているみたいですが、文字数制限があって使いづらいのでこちらに感想を残します。

今作の魔王(ジュエリ)は前作の魔王(エリィ)よりも性格が穏やかなので安心して読めますね。
もっとも四天王の一人に殺されかけてましたが……

瞬間移動が使えるスカーレンが真面目な性格でよかったです。
もし前作の魔法使いの村の住人達みたいに陰湿な性格だったら、勇者が寝ている間に強襲されてあっさりゲームオーバーになってたでしょう。
エッチなことに耐性が低いのもポイント高いです。
スカーレン対策として今後の旅では変装した方がいいかもしれませんね。

[誤字報告]
・第1話
[[rb:解>ほど]]ける →解(ほど)ける

Subtle
2021.06.05 Subtle

こちらの小説にも感想ありがとうございました!
参考になります。
今回は全体的に穏やかですね〜。
ソフトMぐらいのつもりです!

変装ですか!
アキストはそんなに要領良く回避できるタイプじゃないんですよね……。
ケンジだったら変装していたかもしれません笑

誤字報告ありがとうございます!

解除
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