100の男

JEDI_tkms1984

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100の男-2

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 ――なんて思っていたのが、つい先日のことのように思える。
 俺は今、どんな顔をしているんだろうな。
 愛用の杖も今日ばかりは重く感じられる。
「お忙しいところを――」
 迎えてくれた奥さんの表情は暗い。
 当たり前か。
 永く連れ添った伴侶を喪って悲しくないワケがない。
「いえ、彼のためならいつでも……」
 本心だった。
 思い返してみれば、あいつがコレクションを見せたいと誘う度、俺はすぐにここを訪れた。
 理由を付けて断ることもできたのに、何だかんだといつも付き合ってきた。
 そんな俺が別れの時を拒むものか。
 案内されて部屋に通される。
 棺に眠る琢磨はうっすらと笑みを浮かべているようだった。
 だが表情の端々には憂いも見えた。
 翳りは死者特有のものだと思ったが、そうではないらしい。
 奥さんによれば彼はみるみる気力を失っていったという。
 ろくに食事もせず、日課の散歩もやめてしまったとか。
 そしてあの誕生日会からちょうど半年。
 ――琢磨は息を引き取った。
 特に病気でもなかったから、彼女にとっては突然の別れも同然だったらしい。
「どうしてこんなことに……! 100歳まで生きて、まだまだこれからだって言っていたのに……」
 彼女の欷歔の声を聞いて俺はようやく理解した。
 こいつが生きる気力を失った理由。
(そうだったのか……思えば、あの時も――)
 誕生日を祝おうとした時、彼はこう言った。

”考えないようにしていた”

 その時は意味が分からなかったが、今なら理解できる。
 言葉どおり、彼は生きる気力を失ったんだ。
 多分、去年や一昨年あたりならそんなことは考えもしなかっただろう。
 100を愛した男だ。
 自分の年齢が100に近づくことが何より嬉しかったにちがいない。
 だがその日が近づくにつれ、彼は恐れたハズなんだ。
 やがて自分が100歳になったら、と――。
 それが彼にとっての幸福の絶頂期なんだ。
 100歳の誕生日を迎えてしまったら、あとはそこから遠ざかっていくしかない。
 101歳、102歳……。
 日を経るごとに彼が最も愛した数字から遠退いていく。
 きっとそれが耐えられなかったのだろう。
 だから彼はきっと死を選んだのだ。
 永遠に“100歳のままでいられる”ように。
 彼女はこのことに気付いているだろうか?
 ――いや、おそらくそこまで考えてはいないだろう。
 それは棺の傍に置いてあるいくつかのものを見れば分かる。
「あの、それは?」
 念のため俺は彼女に訊ねた。
「夫が特に大切にしていた品々です。玩具のようなものばかりですが、これらもきっと100に関係があるのでしょう」
 風車に鉄道の模型、何の形か分からないキーホルダーやどこかのポイントカード等々。
 なるほどたしかに玩具箱というか、机の引き出しに適当に放り込んでいたものを並べたように見える。
 置いてあるものに統一性はまるでないが、琢磨が持っていたということは彼女の言うとおり100に因むものだ。
 値段か型番か――そういったところだろう。
 俺が引っかかったのはそれらに混ざって置いてある手裏剣だ。
 きれいな十字型の手裏剣が3枚、向きを揃えてきっちりと並べられている。
 どこかの土産だろうか。
 しっかりした作りのようだから、さすがに100円で買ったとは考えにくい。
 忍者といえば百地なんとかっていう有名人がいたな。
 なるほど、それで大事に持っていたのか。
 だが奥さんもこれが3枚ある理由までは分からないだろう。
「手を触れてもいいですか?」
「もちろんです。もしよろしければお持ち帰りくださっても――」
 形見分け、ということか。
 俺は固辞した。
 どんなものであれ琢磨が一生懸命に集めてきたものだ。
 俺には100に対する拘泥りはない。
 譲り受ける資格なんてないんだ。
 それよりも――。
「少し触るだけですから」
 友人への手向け、なんて高尚な気持ちからじゃない。
 ただ、琢磨だからこそ、こんなふうに扱われたままでは報われないだろう。
 その程度の気持ちだ。
 俺は並んだ3枚の手裏剣のうち、真ん中の1枚だけを傾けてやった。
(お前はあっちの世界でも変わらず趣味を続けるんだろうなあ……)
 なんて思いながらもう一度、琢磨の顔を覗きこむ。
 そんなハズはないのに微笑んだ気がした。
「奥さん、この手裏剣はこのまま動かさないでください。そのほうが彼もきっと喜びますから」
 そう言って彼女にも見せる。

 『 + × + 』

 少ししてその意味が分かったらしい彼女は落涙した。
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