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序章篇
1 暗黒の時代-1-
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見渡すかぎりの青空を灰色の人工物が覆う。
獣のうなり声のような不気味な音を響かせながら、巨大なそれは大地に届くハズの陽光をすっかり遮ってしまった。
地上の人々は昼夜が逆転したような錯覚に陥ったが、それもほんの一瞬だけ。
ほどなくして日常を取り戻した彼らは休めていた手を再び動かしはじめた。
「シェイド、無事か? もう出てきてもいいぞ」
よく日焼けした、腕白そうな少年が洞窟の奥に向かって声をかけた。
「僕は……うん、大丈夫だよ」
呼ばれてのっそりと顔を出した少年は彼とは対照的に色白で体も小さく、常に誰かの陰に隠れているような臆病さが覗く。
「この辺りは戦場じゃないって言ったろ? 艦が頭上を通りすぎる時は落下物にだけ注意してりゃいいんだよ」
空はすでに元の青さを取り戻しており、轟音に飛び去った鳥たちが木々に集まりはじめている。
「そうは言っても慣れないものは慣れないよ。ソーマはよく平気でいられるね」
シェイドと呼ばれた少年はまだ安心できないようで、落ち着きなく周囲を見回している。
もちろん、脅威となるものはない。
ほんの数分前まで彼らの上空を全長800メートルを超える艦船が飛行していたが、その影も向こうに消えようとしている。
「不要な心配したってしかたねえだろ。お前もちょっとは強くなれよな。いつまでも俺が守ってやれるワケじゃねえんだからさ」
そう言い、彼はポケットから取り出したハンカチでシェイドの頬を拭った。
このソーマという少年は言葉こそ乱暴だが、そこから受ける印象とは反対に気配りができる、優しい性格の持ち主だった。
彼らの住む町、プラトウでの評判はかなり良い。
迷子がいたら一緒に親を探してあげるし、重い荷物に困っている人がいれば躊躇わず手を貸す。
誰もが生きるのに必死なこの世界では、彼のような優しさは稀有だった。
「努力するよ。僕には無理だと思うけど……」
シェイドは力なく答えた。
外の静かなうちに、というソーマの言葉で二人は町へ向かって歩き出した。
それぞれ大きな麻袋を背負っているため、歩みはゆっくりとしたものだった。
洞窟から町まではゆるやかな下り坂だ。
一帯は青々とした草原が広がっているが、そこかしこに爆撃によって削り取られた土が露出している。
森林の延焼を防ぐために築かれた石壁も、ところどころが崩れ落ちていて痛々しい。
しかし自然の繁栄力、再生力は凄まじく、ひび割れた大地からさえも小さな命が芽吹こうとしていた。
二人はできるだけ姿勢を低くして坂道を下った。
あの頭上を覆うほどの艦は見当たらないが、爆撃機の類は時おり、編隊を組んで北方に向かって飛んでいる。
敵と間違われて誤爆される可能性もなくはない。
「エルドランに向かってるのかな?」
シェイドが訊いた。
「バカだな、首都は反対だろ。あっちには敵国の工場群があるから、それを潰すんだろ。戦に勝つには工場を焼き払うのが手っ取り早い、って親父が言ってた」
「そっか、ソーマのお父さんは軍で働いてるんだっけ?」
「戦術補佐官だから戦場に出ないのがせめてもの救いだけどな。本当は今すぐにでも辞めてほしいくらいだぜ」
しばらく歩くと周囲の様相はいくらか変わってくる。
草木の数は減少し、代わりに粗造りの石畳が町の入口まで伸びている。
その両端には野犬などの侵入を防ぐ柵が続いているが、老朽化していて意味を成していない。
「ここまで来ると、やっと安心できるよ」
道の向こうの家々を眺めながらシェイドが息を吐いた。
さらに坂を下り、泥水が流れる川を右手に進む。
するとようやく町の入口を示す立札が見えてくる。
住み慣れた町が視界に広がると、二人はようやく緊張から解き放たれる。
「おう、やんちゃボウズのお帰りか!」
入口近くで野良仕事をしていた男が声をかけた。
「やんちゃなのはソーマだけですよ。僕はいつも振り回されっぱなしで……」
一緒にするな、と言わんばかりにシェイドは口をとがらせた。
「どっちもどっちだよ。それより親御さんたちが心配してるぜ。早く帰ってやんな」
二人は会釈をして男の横を通り過ぎる。
粗末な木の柵を越えた先がプラトウである。
首都エルドランから遥か西に位置するこの町は、近代の技術がさほど流れてきていない。
人口10万人と、一応は町としての体裁は保っているものの、実情は村に近い。
農民はいまだに安い耕運機で畑仕事にあたっているし、都市部の住民も大半は代々続く工芸品を外に送り出すことで生計を立てている。
唯一、医療系統だけは比較的新しい技術と知識を揃えているが、これは人々が疫病などに悩まされていることや、それによる労働力の減少が著しいことの裏返しでもある。
「収穫はまずまずだったな。これなら今月は余裕だ」
背負った麻袋の重さを確かめながら、ソーマは頭の中で試算した。
「うん、でも次はどうする? アラタ山はもう大方採り尽くしたよ。さすがにそれより向こうに行くには時間がかかりすぎるし」
「南に穴場があるんだ。ちょっと前に見つけたんだけどな。大人たちはまだ気付いていない入り口があるから、そこなら誰も手をつけてないハズさ」
盆地に群がるようにしてできた町は、南北を鉱山に挟まれている。
また海に面してもいるため、片田舎ながらこの町は資源が豊富で、経済的にも有利と言ってよい。
だが人々の暮らしは豊かではない。
この国では資源の量は富を表すものではなく、むしろ搾取の元でしかない。
毎年あるいは毎月、過酷な税制によって、彼らの財産は枯らされていく。
プラトウの大半を占める鉱山も納税のために無造作に掘り起こされ、今ではいつ崩落があってもおかしくない山がそこかしこにある。
行き交う人々の表情は暗い。
この数年、世界を巻き込んでの戦争はその範囲をさらに広げ、戦略的に価値のないこのプラトウにまで被害が及ぶようになってきたのだ。
実際、無差別的な爆撃によって負傷者も出ており、軍部から鉱物などの資源を提供するようにとの要求もある。
戦など遠い世界での出来事と思っていた彼らにとっては、一時として安らぎは得られない。
獣のうなり声のような不気味な音を響かせながら、巨大なそれは大地に届くハズの陽光をすっかり遮ってしまった。
地上の人々は昼夜が逆転したような錯覚に陥ったが、それもほんの一瞬だけ。
ほどなくして日常を取り戻した彼らは休めていた手を再び動かしはじめた。
「シェイド、無事か? もう出てきてもいいぞ」
よく日焼けした、腕白そうな少年が洞窟の奥に向かって声をかけた。
「僕は……うん、大丈夫だよ」
呼ばれてのっそりと顔を出した少年は彼とは対照的に色白で体も小さく、常に誰かの陰に隠れているような臆病さが覗く。
「この辺りは戦場じゃないって言ったろ? 艦が頭上を通りすぎる時は落下物にだけ注意してりゃいいんだよ」
空はすでに元の青さを取り戻しており、轟音に飛び去った鳥たちが木々に集まりはじめている。
「そうは言っても慣れないものは慣れないよ。ソーマはよく平気でいられるね」
シェイドと呼ばれた少年はまだ安心できないようで、落ち着きなく周囲を見回している。
もちろん、脅威となるものはない。
ほんの数分前まで彼らの上空を全長800メートルを超える艦船が飛行していたが、その影も向こうに消えようとしている。
「不要な心配したってしかたねえだろ。お前もちょっとは強くなれよな。いつまでも俺が守ってやれるワケじゃねえんだからさ」
そう言い、彼はポケットから取り出したハンカチでシェイドの頬を拭った。
このソーマという少年は言葉こそ乱暴だが、そこから受ける印象とは反対に気配りができる、優しい性格の持ち主だった。
彼らの住む町、プラトウでの評判はかなり良い。
迷子がいたら一緒に親を探してあげるし、重い荷物に困っている人がいれば躊躇わず手を貸す。
誰もが生きるのに必死なこの世界では、彼のような優しさは稀有だった。
「努力するよ。僕には無理だと思うけど……」
シェイドは力なく答えた。
外の静かなうちに、というソーマの言葉で二人は町へ向かって歩き出した。
それぞれ大きな麻袋を背負っているため、歩みはゆっくりとしたものだった。
洞窟から町まではゆるやかな下り坂だ。
一帯は青々とした草原が広がっているが、そこかしこに爆撃によって削り取られた土が露出している。
森林の延焼を防ぐために築かれた石壁も、ところどころが崩れ落ちていて痛々しい。
しかし自然の繁栄力、再生力は凄まじく、ひび割れた大地からさえも小さな命が芽吹こうとしていた。
二人はできるだけ姿勢を低くして坂道を下った。
あの頭上を覆うほどの艦は見当たらないが、爆撃機の類は時おり、編隊を組んで北方に向かって飛んでいる。
敵と間違われて誤爆される可能性もなくはない。
「エルドランに向かってるのかな?」
シェイドが訊いた。
「バカだな、首都は反対だろ。あっちには敵国の工場群があるから、それを潰すんだろ。戦に勝つには工場を焼き払うのが手っ取り早い、って親父が言ってた」
「そっか、ソーマのお父さんは軍で働いてるんだっけ?」
「戦術補佐官だから戦場に出ないのがせめてもの救いだけどな。本当は今すぐにでも辞めてほしいくらいだぜ」
しばらく歩くと周囲の様相はいくらか変わってくる。
草木の数は減少し、代わりに粗造りの石畳が町の入口まで伸びている。
その両端には野犬などの侵入を防ぐ柵が続いているが、老朽化していて意味を成していない。
「ここまで来ると、やっと安心できるよ」
道の向こうの家々を眺めながらシェイドが息を吐いた。
さらに坂を下り、泥水が流れる川を右手に進む。
するとようやく町の入口を示す立札が見えてくる。
住み慣れた町が視界に広がると、二人はようやく緊張から解き放たれる。
「おう、やんちゃボウズのお帰りか!」
入口近くで野良仕事をしていた男が声をかけた。
「やんちゃなのはソーマだけですよ。僕はいつも振り回されっぱなしで……」
一緒にするな、と言わんばかりにシェイドは口をとがらせた。
「どっちもどっちだよ。それより親御さんたちが心配してるぜ。早く帰ってやんな」
二人は会釈をして男の横を通り過ぎる。
粗末な木の柵を越えた先がプラトウである。
首都エルドランから遥か西に位置するこの町は、近代の技術がさほど流れてきていない。
人口10万人と、一応は町としての体裁は保っているものの、実情は村に近い。
農民はいまだに安い耕運機で畑仕事にあたっているし、都市部の住民も大半は代々続く工芸品を外に送り出すことで生計を立てている。
唯一、医療系統だけは比較的新しい技術と知識を揃えているが、これは人々が疫病などに悩まされていることや、それによる労働力の減少が著しいことの裏返しでもある。
「収穫はまずまずだったな。これなら今月は余裕だ」
背負った麻袋の重さを確かめながら、ソーマは頭の中で試算した。
「うん、でも次はどうする? アラタ山はもう大方採り尽くしたよ。さすがにそれより向こうに行くには時間がかかりすぎるし」
「南に穴場があるんだ。ちょっと前に見つけたんだけどな。大人たちはまだ気付いていない入り口があるから、そこなら誰も手をつけてないハズさ」
盆地に群がるようにしてできた町は、南北を鉱山に挟まれている。
また海に面してもいるため、片田舎ながらこの町は資源が豊富で、経済的にも有利と言ってよい。
だが人々の暮らしは豊かではない。
この国では資源の量は富を表すものではなく、むしろ搾取の元でしかない。
毎年あるいは毎月、過酷な税制によって、彼らの財産は枯らされていく。
プラトウの大半を占める鉱山も納税のために無造作に掘り起こされ、今ではいつ崩落があってもおかしくない山がそこかしこにある。
行き交う人々の表情は暗い。
この数年、世界を巻き込んでの戦争はその範囲をさらに広げ、戦略的に価値のないこのプラトウにまで被害が及ぶようになってきたのだ。
実際、無差別的な爆撃によって負傷者も出ており、軍部から鉱物などの資源を提供するようにとの要求もある。
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