アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
12 / 115
序章篇

5 現実は定められた未来へ-1-

しおりを挟む
「昨日までの22件の騒乱は全て鎮めました。うち3件については主犯格が逃亡中です」

 武官の功績を文官が伝えた。

「よくやった。逃げている連中もじきに見つかるだろう。各地の責任者には監視を強化するように伝えよ」

 報告を受けたペルガモンはねぎらいはしたが、喜びはしなかった。

 これは前進ではない。

 内乱が起こり、それを鎮圧したというだけ。

 つまりは退いた足を元に戻したにすぎない。

 しかし彼はある種の満足感を得ている。

 武力蜂起は反乱分子から受けた屈辱だが、これを抑えることで改めて武威を見せつけることができた。

 文官は彼の気分が変わらないうちに立ち去った。

(しかし、これはどういうことだ……?)

 玉座に腰かけたペルガモンは頬杖をついた。

 この仕草が最も権力者らしい、とご機嫌とりの高官が言ったが、彼自身は窮屈でしかたがなかった。

(今まで民衆が蜂起した例などほとんどない。あってもせいぜい数人が官吏を襲撃したという程度のものだ。それがこうまで大きくなるとは……)

 政治とは恐怖で民を支配することだ。

 それを実践してきた彼にとって相次ぐ暴動は信じがたい。

(煽動者でもいるのか?)

 もしそうなら探し出して始末しなければならない。

 そしてその者を処刑し、知らしめ、二度と叛乱など起こしたくなくなるように民を誘導しなければならない。

「失礼いたします」

 正面の重厚な扉が開き、ひとりの高官が入ってきた。

「ああ、何か?」

「ここ数日、各所で民衆の蜂起が相次いでいると聞いております」

 彼はやや拗ねたような調子で言った。

「心配はいらん。優秀な部下たちがただちに鎮圧したぞ」

「そのことですが……」

 ペルガモンが何か不安を抱えているらしいと悟った高官は、これから自分が言うべきことは正しいと確信した。

「手緩いのではありませんか? 一味を捕らえて騒ぎが収まるのは当たり前のことです。これでは根本からの解決になっていません」

「手緩いと? ならどうすればよいと考える?」

「そもそも愚民どもが蜂起するのは、それが奏功すると思っているからです。これは政府を軽く見ている証拠です。政府……つまり皇帝のことをも――」

 彼はわざとペルガモンの怒りを誘うように言った。

「連中には躾が必要です。つまらない考えを起こせばどうなるか、を教えるのです」

「具体的には?」

 ペルガモンは思わず身を乗り出した。

 ほとんどの臣下は彼の怒りに触れないようにといつも言葉を濁すが、この男は気持ちよいくらいはきはきと言葉を紡ぐ。

 曖昧な表現にしびれを切らせて先を促さなくてもよいというのは、彼にとっては心地が良かった。

「私なら騒動があった地域を灰にします」

 高官は躊躇いなく言った。

 真顔で、一瞬の迷いもなく。

 現場から遠く離れた者のたんなる発案ではなく、彼に権限を与えれば本当にそうしてしまいそうだった。

「いえ、起こってからでは遅すぎます。その兆しが少しでも見えれば、それに関わりのあるものを全て焼き払うくらいでなければ――」

 秩序は保てない、と彼は言う。

「では、そこにいる者は――」

「殺します」

 この時、ペルガモンは自覚した。

 自分はまだ模範的な指導者ではない、と。

 ただ表面的に問題を解決しただけでは対症療法に過ぎないことを、この無表情な高官は教えてくれたのだ。

「お前の言うとおりだ。制裁が甘かった」

 彼の冷たい瞳を見ているうちにペルガモンは思い出した。

 蜂起が起こった地域の中に以前、民衆が何事かを囁いているという報告があった。

 監視と報告を怠るなと命じておいたが、あの時点で手を打っておけば未然に防げたのだ。

「よく教えてくれた。エルディラントはますます栄えるだろう。このような進言をする臣下を持ったことはわしの誇りだ」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げた彼は、その姿勢のまま口の端を歪めて笑った。

「わしは詫びねばならん。お前のような優秀な臣下の名を知らぬとは……」

 高官はペルガモンのつま先を見ながら表情をゆっくりと元に戻し、下げた時と同じように緩慢な動作で頭を上げた。

 そして二度、まばたきをしてから、

「ケイン・メカリオと申します」

 彼は通る声ではっきりと名乗った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...